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ジャンクヤードの亡霊艇

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ジャンクヤードの亡霊艇

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第5章 逃げる者・戦う者


 機晶姫のブレードが佐野 亮司(さの・りょうじ)のかざした装甲板を切り裂き、亮司の鼻先を掠めた。
「っと、っぶねぇ!?」
 亮司は半欠けになった装甲板を機晶姫へと投げつけて、後方へ転がった。
 体勢を整え、後ろに居たタレントの男の方へ――
「ここは俺が抑える! とりあえず、シオと逃げろ!」
 言いながら、そちらを素早く一瞥する。
 男は腰が抜けてペッタリと座り込んでいた。亮司が渡しておいた鍋を頭に被って押さえながら、カタカタと激しく震えている。
「……無理、か」
 亮司は、思わず、かっくんと嘆息した。
「ならばシオちゃんがここを抑えるのです!」
 シオ・オーフェリン(しお・おーふぇりん)が装甲板と牙を手に機晶姫の方へと向かい、ふと、立ち止まり、こちらを向きやる。
「それで合ってるのですよね?」
「いーから、前!」
「お?」
 機晶姫のブレードがシオに迫っていた。シオが振り返りざまに、たまたま傾けた牙の先が機晶姫の胸を、ごすっと突き返した。
 ちょうど良いタイミングだったのだろう。そこを支点にして機晶姫の下半身が床を滑り、その身体が床に後頭部から落ちた。
「よくやった、シオ!」
 亮司は倒れた機晶姫へと雷術を叩き込んで追い打ちを掛けてから、
「――今の内に逃げるぞ!!」
「なんだかよくわからないけど誉められたのです!」
「そっち持ってくれ!」
 亮司はシオと共にタレントの両腕を引っ張り、引きずるようにしながら通路の奥へと駆け、角を曲がった。
 後方から気配。
「シオ!!」
 亮司が男を引き受けて、シオが後方へ装甲板を突き出す。ざらつく金属音と共に、シオの持っている装甲板が避け、奥から機晶姫の姿が覗いた。
 と。
「ビクティム!」
「ローダリア!」
 声が響いた。
 亮司たちが逃げようとしていた方からだ。
 瞬間、
「イエス、マスター」
 亮司とシオの横を掠め、ビクティム・ヴァイパー(びくてぃむ・う゛ぁいぱー)ローダリア・ブリティッシュ(ろーだりあ・ぶりてぃっしゅ)が現れて、機晶姫へと同時に武器を叩き込んだ。
 機晶姫が吹っ飛んでいき、ビクティムとローダリアが同時にシオの方を向きやる。
「その装甲板――」
「頂けますか?」
「む? む?」
 言われるままにシオが差し出した装甲板の半分ずつをビクティムとローザリアが手に取り――
『ハーフプレートカッター』
 と機械的な声。
 そして、二人が同じタイミングで半欠けの装甲板を投げ放ち、それは起き上がりかけた機晶姫を打ち倒した。
「助かった。礼を……」
 亮司は言いかけて、口をつぐんだ。
 倒れた機晶姫の向こうから、こちらへと近づいて来ていた機晶ロボに気づいたからだ。
 その射撃が床を叩きながら迫ってくる。
「息つく暇も無いな、くそっ!」
 亮司はシオと男を引きずりながら、ビクティムたちと共に転進した。
 逃げた通路の先では、
「……こっちだ……!」
「急いでください!」
 先ほどの声の主、銀星 七緒(ぎんせい・ななお)ルクシィ・ブライトネス(るくしぃ・ぶらいとねす)が避難用通路へ続くと思われる重たげな扉を開き、こちらを招くように手を振っていた。

 避難用通路の先は幾つかに別れていたが、上部へ向かっているものは無かった。
 この飛空艇は、下部からの避難しか想定していないらしい。
 ともあれ、亮司の連れていたタレントがしばらく動けそうに無かったので、彼のことはビクティムとローザリアに任せることにして、七緒は、ルクシィと通路の先を確認していた。亮司とシオも別の通路を確認しに行っている。
 何回目か、重い扉のハンドルを回して、少しだけ押し開ける。
 隙間から避難通路の外を伺い……
「……こちらの方は比較的安全そうだな」
「そうみたいですね。今のところ敵も居ないし……もし、見つかったとしても逃げきれそうです」
「……戻って知らせるぞ」
 ビクティムたちをまたせている位置まで戻ると、亮司たちもちょうど戻ってきたところだった。
「上手く抜けられそうな場所がありました。それで……」
 ルクシィが説明を途切れさせて、小首をかしげながら亮司の顔を覗き込む。
「大丈夫、ですか。なにか、顔色が優れませんけど?」
「……どうかしたのか?」
 ルクシィと七緒の問い掛けに、亮司がふらっと顔を上げ。
「一つ聞きたいんだが……」
「はぁ」
「トランプって、伝説の武器とかじゃないよな?」
 そう言った亮司の声には隠しきれ無い怯えが滲んでいた。


 機晶姫のブレードが貫いたものは、キングのカードだった。
 空中に身を逃がしていた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)の耳に、機銃の定められた音が聞こえる。
「ちょっと、失礼ー」
 とん、と機晶姫の肩を足場に、アルコリアは側方へと跳んだ。
 銃撃の線がアルコリアの軌跡を追う。
 壁を天井方面へと、すとととっと走って、アルコリアは空中にクルリと身を返した。ややあって、地面。着地と同時に深く身を畳み込んだ頭上を、後方に回りこんでいた機晶姫のブレードが掠めていく。
 掌を地面につき、思いっきり身体を伸ばしながら前転する。
 足先で後方の機晶姫の顎を強く打ち払いながら身を巡らせ、アルコリアは、よっと足裏で地面を捉えて小首を傾げた。
「今ので何体目でしたっけ」
「囲まれてるよ、アルコリア」
 アルコリアの身に纏われている赤黒いレザーコルセット――魔鎧のラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)が言う。
「あら、少し派手に騒ぎ過ぎちゃいました?」
 見回せば、通路の前方にも後方にも数体の機晶兵器が現れていた。
「どうしましょうか?」
「いいよ、アルコリア。少しくらい傷ついてもラズンが治すから」
「あら、親切」
「だって、もっともっと長く長く味わいたいから。痛みや苦しみを」
 きゃふっ、とラズンが笑うのと同時に――前後に居る機晶ロボの機銃が激しく撃ち鳴らされた。
 それを掠めながら、アルコリアの身体は軽やかに滑り出した。
 ぐるりと通路を螺旋状に駆け、銃撃と機晶姫のブレードに追われながら、通路に溢れた機晶兵器たちの頭上をすり抜けていく。


■蜘蛛との戦闘

 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は小型飛空艇に乗って、藍澤 黎(あいざわ・れい)たちにおびき出されて、こちらの方へ向かって来る大型機晶ロボを見ていた。
 ジャンク屋協会で借り受けたガスマスクと自前の遮光器を身につけている。ガスマスクの方は如何にも前時代的な、アンティークとでも呼べそうなものだった。その中に通した携帯のイヤフォンマイクに向かって言う。
「刀真……もうすぐポイントに入る」

 地上――
(何故、船が再び息を吹き返したのか……興味は尽きないが)
 黎は、蜘蛛の気を引くようにヒットアンドウェイを繰り返しながら約束のポイントを目指していた。
(今、我がすべきことを成そう)
 遮蔽の影に身をひそめながら、水筒の水をドボドボとシャンバラ旗にかける。
 機晶ロボの機銃が、身を潜めていた遮蔽物を撃ち叩き飛ばした。
 火花と金属の焦げた匂いが散り舞う。
 硬い音を立てて跳ね飛んでいった遮蔽物を後ろに、黎は混沌とした風景の端へと滑り出た。
 シィンッ、と蜘蛛の身体の一部のパネルが開き、覗いたフラッシュライトがエネルギーを静かな高音を立てる。
(目くらましか)
 黎は、そちらの方へと濡れたシャンバラ旗を放った。
 水を含んだ重い布が、光が爆ぜようとする装置の前へ到達する――のに合わせて氷術を撃つ。
 フラッシュライトに張り付いた布が光を防いでいる間に、蜘蛛の巨体の目の前を駆けて、黎は別の遮蔽物の奥へと潜り込んだ。
 蜘蛛が俊敏な足さばきで黎の後を追って足元のガラクタを踏み砕く。
 と――
「あいじゃわあたーーっく!!」
 あい じゃわ(あい・じゃわ)が蜘蛛の足元へと飛び出した。
 その手には登山用ザイルが握られている。
 しゅるるっとザイルを空中に踊らせながら、あいじゃわの身体が、ぺいんっぺいんっぺいんっ、と地面に敷き詰められたガラクタの間を飛び回った。
 いかめしい脚に絡みついたザイルの一端は固定されており、蜘蛛の動きを鈍らせる。そして、黎が氷術でその足元を更に押さえようとする。
「今なのですよっ!」
 あいじゃわの声に合わせて、それぞれの方向から潜んでいた面々が姿を現し、身を馳せた。

 ィイイイン、と蜘蛛が雄叫びのようにも聞こえる駆動音を響かせながら身を震わせ、その背中の装甲を開いた。
 頭を出したのは数発のミサイル。
 断続的な発射音を並べ放たれた小型のミサイル群が、虚空をうねる。
 的確に契約者を狙ってくるそれをくぐり抜けながら、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)樹月 刀真(きづき・とうま)は蜘蛛へと距離を詰めていった。
「よいっしょ、ですぅ」
 メイベルがハンマーで足元に廃棄されていた大きな装甲板の端を叩き起こす。鈍い音と重い風音を立てて、二人の前に広がった影がミサイルの突入に、メコッ、モココッ、とひしゃげる。
 メイベルが、はふ、と息を抜いて。
「骨が折れそうですねぇ」
「分かっていたことです」
 刀真の声の調子に、メイベルが少しだけ言葉を探してから、
「……無茶、しないでくださいね」
 言って、先に遮蔽を飛び出た。その後を機銃の射線が追う――と、同時に廃棄装甲板に突き刺さっていたミサイルが爆ぜた。
 爆炎屑の中を突っ切って、刀真は前方に飛び出た。
 蜘蛛が、足元の氷を砕き、ザイルを引き千切りながら催涙煙幕をボォッと放つ――しかし、刀真の顔には月夜と同じガスマスクと遮光器。
 次々と巻き起こる爆風とメイベルが引きつける機銃の音線を背に、刀真は目の前へ迫ったミサイルに視線を強めた。
「そうだ――俺の剣がお前を壊す前にお前が俺を殺せばいい」
 踏み足が廃屑を跳ねる。
「……さあ、踊ろうぜ!」
 氷気を帯びた剣筋がミサイルに走り、それを爆発させることなく斬り捨てた。
 更に蜘蛛へと距離を詰め、蜘蛛の脚を狙っていく。
 その反対側――
「あらあら」
 蜘蛛が放ったワイヤーをフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が剣で切り弾いた鋭い音。
「さ、今の内にどうぞ」
「助かります」
 彼女の横をガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が駆け抜ける。
「おうおう、いびせぇのー。わざわざ出向いてやったかいがあったというもんじゃけぇ」
 虚空で波打ったワイヤーが、収穫無く下方のジャンクを擦りながら蜘蛛の身体に回収されていく。
 その横を駆けながら、
「親分。派手に頼む!」
「広い場所は思い切り出来て良いですね」
 言って、ハーレックが天へ術を解く。
 キゥンッと空気が張り詰め、空から一直線に稲妻が振り落ちて蜘蛛の頭部を叩き伏せた。
 その間に、二刀を構えたウィッカーは蜘蛛の側方へと潜り込み、身を翻していた。
 己を狙って放たれた重い脚の一撃を二刀の側面に受け、そこへ滑らせるように避け――
「セオリー通りに行かせてもらおうかいのぉ!」
 ウィッカーは足元の雑多を踏み砕きながら、二筋の剣戟を閃かせた。
 未だ雷屑の散る空気を斬り裂いて、ウィッカーのプリンス・オブ・セイヴァーと高周波ブレードが脚部を削る。
 刹那――
 蜘蛛が俊敏に身を屈めたかと思うと、ゴゥッと風を叩いて姿を消す。
「上です!」
 ハーレックの声にウィッカーは反射的に跳んでいた。が、蹴った足元のジャンクが滑る。
「足らんか」
 距離を稼げない。頭上に鈍い風音が迫り、周囲を覆う影が広がる。
「――さて」
 どうするかいのぉ。と、うっすら笑う。
「ったーー!!」
 ぐんっと体が押された。押したのはセシリア・ライト(せしりあ・らいと)
 その一寸後ろに、ザンッと、蜘蛛の巨体が落下してガラクタが吹き上がる。
「無茶をしよるなァ」
 ウィッカーは、セシリアを片腕に抱いた格好で身体を体勢を立て直した。
 セシリアが、ひょこりと顔を上げ、真剣な表情で言い放つ。
「余計なお世話だったなんて言わせないからね!」
「なに、命拾いしたわ。ありがとなァ、嬢ちゃん」
 ウィッカーは笑って、セシリアの身体を後方へ離した。
 同時に――剣を閃かせながら、再び距離を詰めていく。

「――熱源感知は無いようですね……こちらの認識は視覚と音でしょうか」
 ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)は機晶キャノンで援護射撃を行いながら、蜘蛛の動向を観察していた。アーティフクサーとして、機晶技術の観点から考察を重ねていた。
「重心は……」
 と、蜘蛛の放った機銃が月夜の乗っていた小型飛空艇を撃ち落とした。
「ッ――」
 ステラは機晶キャノンの狙いへと意識を戻し、刀真が彼女を受け止めに駆けるのをフォローするためにキャノンを放った。