校長室
【相方たずねて三千里】西シャンバラ一人旅(第2歩/全3歩)
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6 再び空京 空京へ到着すると、トレルは無意識に息を大きく吸った。ああ、ここへ帰ってきてしまった。 しかし諦めるのはまだ早い。海京へ行けば何か変わるかも知れない。 トレルは気合いを入れ直して駅を出ると、天沼矛へ向かうことにした。だが、行ったことがないのですぐに立ち止まってしまう。 「何かお困りかい?」 「え、ああ」 声をかけられて振り返る。どうやら同じ列車に乗っていたらしい美少女はにっこりして言う。 「天沼矛に行きたいんだろ?」 何故分かる、と言いたかったがトレルは素直に頷くことにした。 「うん、そう」 すると美少女改め御剣紫音(みつるぎ・しおん)は言った。 「俺たちが案内してやるよ。ちょうど海京には帰るところだったし」 綾小路風花(あやのこうじ・ふうか)はトレルの性別を見極めようとしている様子だったが、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)が「そうじゃな」と頷く。 トレルはそんな彼女たちに目をやりながら言った。 「ありがとう」 「じゃあ行くか」 と、紫音は歩き出した。 地球にある海京とパラミタとを繋ぐのが天沼矛の巨大エレベーターだ。 トレルが初めて空京へ来た頃にはまだ建設途中だったその名所に、自然と胸が高鳴る。 「ここへ来るのは初めてか?」 紫音の問いに頷くトレル。 「うん。住んでるのは空京なんだけどね」 「それじゃあ、まさか海京へ行くのも初めてどすか?」 と、風花。 「そうだね。ちゃんと観光するのは初めてだよ」 「それなら、ゆっくりしていくと良かろう」 アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)がそう言って、紫音も言う。 「良ければ天御柱学院も案内するぜ」 「あー、じゃあ少しだけ寄ろうかな」 と、トレル。 ついに天沼矛に乗り込むと、トレルは不思議な気持ちになった。 これまで空京からほとんど出ずに過ごしてきたが、一歩外へ出てみると様々な出逢いがあるものだ。それに加えて、こうして地球へ戻ることになろうとは思わなかった――。 「パートナーをお探しなんですよね?」 と、オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)はトレルへ言う。 「オルフェのお話でお役に立つかどうか分からないですが、トレルさんが聞いてもいいと言うのならお話します!」 「じゃあ、頼む」 と、トレルが返すと、オルフェリアはにっこり笑った。 「はい。ミリオンとの出逢いは、もう八年前になるですね……ミリオンはあの時のことをよくは語ってくれないのですが、オルフェはあの時のことを良く覚えているですよ」 離れたところにいたミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)が、オルフェリアの視線に気づいて振り向く。 「オルフェの国は敗戦国で、とても貧しい暮らしでした」 「……」 「戦争でお父さんもお母さんも居なくなっちゃって、色んな町でお仕事見つけて食べ物を分けて貰ったりしながら生きていたのですが……そんな時に、ミリオンに会ったのですよ」 と、オルフェリアはちょっと悲しげに微笑む。 「初めてミリオンを見た時はすごく疲れてて悲しそうな顔をしてて……でも、何故かすごく笑ってたのですよ」 トレルは彼女の話に耳を傾けながら、周囲に目を向ける。 「だから『そんな風に笑ったら、駄目です。貴方はとても素敵なのに、そんな笑い方したらもったいないです』って、言ったのです」 ここでも出逢いはなさそうだ。心優しい天御柱学院生とは出逢ったが、求める者とは違う。 「そしたらオルフェを見て『こういう笑い方しかできなくなってしまった』って、すごく悲しそうに言ったのです。だから、そんな顔をさせたくなくて『オルフェにできることありますか? 貴方の力になりたいのです』って、言ったのがきっかけですかね」 「ふぅん」 「それからは、ずっと一緒です。ミリオンは、オルフェの自慢の『親友』なのです」 と、今度は心から嬉しそうににっこり笑う。 すると、タイミング良く何者かがトレルにタックルという名のハグをしてきた。 「はいはいはーい!」 と、大きな声を出してはぎゅうとトレルに抱きつく夕夜御影(ゆうや・みかげ)。 「にゃーはね、にゃーはね、ずっと村の人が用意してくれたお家で寝てたら、ご主人が起こしてくれたんだよーって、にゃーーーーー!!」 ぱぁんと鳴り響く銃声。弾は御影の顔面すれすれのところを通過していき、オルフェリアが目を丸くする。 「ごめんなさいごめんなさい! だからサー撃たないでええ!」 と、トレルから離れてその場に正座する御影。 ミリオンはしばらく御影に銃口を向けていたが、やがて銃をしまうとこちらへやって来た。 「急に抱きついたら客人が困惑します。もうしませんね?」 「イエス・サー! すみませんサー! もうしませんサー!」 御影は涙目で首をぶんぶん振った。トレルは息をつくミリオンへ目を向けると、尋ねた。 「君、強化人間なんだよね?」 「ええ、そうですが」 と、トレルへ目を向けるミリオン。 「どうしてそうなったの?」 ミリオンは少し考えると、静かな口調で話を始めた。 「……あまり面白い話ではないですよ。親友と村の住人に裏切られて、強化人間の手術の実験台にされただけの話です。暴走して、村も人も全て死んでしまいましたがね」 「あら、悪いこと聞いちゃったね」 「いえ、良いんです。ただ、容姿はあの時から変わらなくなってしまいました」 「……オルフェリアと会えて、良かった?」 と、トレルは問うた。その視線の先には、びくびくする御影を優しく宥めるオルフェリア。 「あの方は、我の全てです。あの方の為なら何も惜しくはありません」 「すごい忠誠心」 「なんせ、あの方はあの時から今の今まで、我の中では『神』なのですから……」 と、ミリオンは言った。その想いが彼女へ届く日は遠くとも、今はこうして共にいられるだけで幸せだ。 空京の自宅へ戻ったトレルは家を間違えたかと思った。 「おかえりなさいませ、お嬢様! よくぞご無事で!!」 今にも泣き出しそうな顔で園井が駆け寄ってくる。抱きつかれそうだと思ったトレルはすぐにそれを避けて、自室へ向かった。 「ちょ、お嬢様!? とても心配したんですよ! 一体旅の方は――」 荷物を近くにいた侍女へ渡しながらトレルは答える。 「楽しかったよ」 「え? で、ですがお嬢様、事件に巻き込まれたとか何とかって……」 と、目を丸くする園井。 トレルは構わずに階段を上がりながら言った。 「何かの間違いでしょ、あんなの大したことないよ。それよりも山道の方が辛かった」 「山道!? えっと、それで契約の方はいかがでしたか?」 「見りゃ分かるでしょ、まったく出逢いなんてなかったよ。友だちは増えたけど」 詳しく話を聞きたい園井だったが、トレルはどうやらお疲れの様子だ。 「それは残念でしたね。ですが、まだ時間はあります」 「うん」 「あの……旦那様には、何とご報告しますか?」 二階へ着くと、トレルは立ち止まった。数段下で、園井はその背中を見つめる。 「空大、絶対に受けるから」 そして歩き出したかと思えば、すぐに自室へ入ってしまう。トレルは自信を失くしていた。自分は契約者になんて、なれないのではないか……と。 園井は複雑な気持ちになりながらも、扉の向こうに消えた彼女へ頭を下げた。 「おやすみなさいませ、トレルお嬢様」 知れば知るほど、目にすればするほどに、自分がただの一般人であることを思い知らされる。けれども、何もない退屈な日本には帰りたくない。 今年が終わるまであと二ヶ月。その期限が過ぎてしまったら、父との約束は果たせない。 そんなことをベッドの中で考えながら、トレルはヒラニプラで感じた視線を思い出していた――。
▼担当マスター
瀬海緒つなぐ
▼マスターコメント
旅は無事に終わりを迎えたようですが、依然パートナーは見つからず……。 でもトレルのことだから、落ち込んでいても寝たら忘れるので、大丈夫だと思います。 というわけで、参加して下さった皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました! 掲示板の書き込みについてですが、判定した結果、リアクションに合わないものは却下させていただきました。 採用した書き込みも、一部、書き換えさせていただいております。 本当にありがとうございました。