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リアクション
2 葦原島
そんなトレルの様子を上空から見守る者があった。レッサーワイバーンに乗った毒島大佐(ぶすじま・たいさ)である。
携帯電話で掲示板に書き込みをしつつ、双眼鏡を覗きこむ。
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4 :大佐:2020/10/13(火) 14:12:20 ID:BusUZiMa
現在、トレルが空京大学から出てきた。
これから、リアルタイムで報告していくよ。
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葦原島に着いて早々、トレルたちは八雲の持ってきたラングドシャでおやつ休憩をとっていた。街まで送っていく約束だったので、ゆっくり話をするならこの時だろう。
「葦原島には桜が移植されていてね、春になると一面ピンク色で綺麗だよ」
と、天音は言った。今は紅葉の季節なのでその様子を見ることはできないが、そう言われると気になってしまう。
「日本の春の風景に慣れているなら、その光景にほっとできるかもしれないね」
「春、かぁ」
今年中にパートナーを見つけることができず、空京大学にすら入れなかったら、その光景を見ることは出来ない。トレルはぼーっと考えて、もう一つ何か策を練ろうかと思った。けれども、すぐには浮かびそうにない。
「これ、美味いね。また弟さんが?」
と、トレルは話題を切り替えた。隣にいた八雲は安心した様子で微笑む。
「ああ。気に入ってもらえて、嬉しいよ」
「弟さんは天才だ。これなら三食いける」
と、トレルはラングドシャを次々に口の中へ放りこむ。八雲はその様子を、ただにこにこと見守っていた。
「……嬉しそうだね」
と、トレルに言われると、八雲は笑顔のままで答える。
「いやぁ、美味しそうに食べる君を見ているとね。何だか、抱きしめたくなりそうで」
「……」
思わずトレルはそっぽを向いた。そんな台詞、他人に言われたのは初めてだ。
そしてその様子を、少し離れた地上から見ている者がいた。――弥十郎である。
見ているだけでもなかなか恥ずかしいのだが、弥十郎には八雲がトレルを見て『可愛いなぁ』と思うのが伝わってきて、余計に恥ずかしくなる。確かに彼女は可愛いかもしれないけれど……わざわざ付いてくる必要はなかったかもしれない。
微妙な気持ちになりながら、弥十郎は鼻の頭を人差し指でかいた。
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6 :あきひこ:2020/10/13(火) 16:43:18 ID:s1n0Nome
明倫館の正門前でトレルさんらしき人を見かけたよ
最初、男の人かなって思ったけど、空色のショートカットって珍しいから、とトレルさんで間違いない……よね?
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葦原明倫館の近くへ来て、トレルは今更ながらに一人旅の寂しさを知った。
先ほどまで一緒にいた友人たちと、もう少し時間を共にしたかったとさえ思う。だが、ここからは一人なのだ。
そうしてトレルが気合を入れると、誰かが声をかけてきた。
「あの、トレルさん……だよね?」
東雲秋日子(しののめ・あきひこ)だ。
「ああ、あきひこちゃん」
「良かったー。今日はどうしたんですか?」
と、秋日子は安心した顔で問う。
「パートナー探しの旅に出てるの」
と、トレルが答えると、遅れてキルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)と奈月真尋(なつき・まひろ)がやってきた。
「あ、お久しぶりですー」
今回は女装姿のキルティスがトレルへ言い、初対面の真尋はその姿を見て首を傾げる。
「おー、キルティスくん。で、そっちの方は?」
男装しているトレルは男のように見えるが、喋ると女性であることがすぐに分かる。真尋はそうと知ると、安心して頭を下げた。
「どうも初めまして、奈月真尋いいますー」
「ああ、トレルですー。よろしく」
と、トレルは名乗り返すと、一つ息を吐いた。
「にしても、ここって何かいる?」
「何か、っていうのは?」
「契約できるパートナー。いないなら、せめて情報だけでも欲しいな……」
そう言ったトレルに、秋日子はそれなら、と元気よく口を開いた。
「お話しますよ。えっとね、キルティとはヴァイシャリー周辺で会って、気付いたら契約してたの」
「……気付いたら?」
「何というか……電波を感じたとしか、説明できないんだけど」
と、秋日子が苦笑気味に言い、キルティスが口を開く。
「もう! 電波だなんてロマンがないです。僕は運命を感じたんですよ?」
「あ、ごめん、トレルさん。あんまり参考にならなかったかも」
秋日子はそう言って申し訳なさそうにした。
「最初は、普通の女の子だと思ったんだけどね」
と、ぼやく秋日子へ、キルティスがまた言う。
「何ですか? 僕は普通の女の子じゃないですか。やだなぁ、秋日子さんったらー」
ちょっとわざとらしいようにトレルには思えたが、今の状態のキルティスと深く関わるのは面倒くさそうだ。
「えーっとね、真尋とは幼馴染だったんだけど、葦原島で偶然再会したら、何故か強化人間になってたの。それで、まだ誰とも契約してなかったから契約したんだよ」
「ウチも、何で強化人間になったんか、分かんねぇのですよ」
と、真尋は言う。
「もしかすると、トレルさんの知り合いも強化人間になってるかも?」
と、秋日子が言ってみると、トレルは考える様子を見せた。
「知り合いが強化人間、ねぇ」
当たってみる価値はあるかもしれないが、トレルは元々それほど知り合いが多くいるわけじゃない。屋敷にいる人間は園井を含め、みな日本にいた時からの付き合いだから、偶然再会しようにも出来ないだろう。
秋日子らと別れたトレルは、ふと気がついた。――葦原にはまだ、知り合いがいるじゃないか!
平和な一日を堪能していた紫月唯斗(しづき・ゆいと)の携帯電話が着信を告げた。
「よ、久しぶり」
と、電話に出る唯斗。もう片方の手には食べようとしていたとっておきのわらび餅。
「え、今葦原に来てる? うん、ああ、分かった。そんじゃ、明倫館正門のとこで待ってて」
電話の向こうで話しているのはトレルである。
「おう、んじゃまた後でなー」
ぷちっと通話を切り、唯斗はわらび餅を元あった場所に隠すと、パートナーたちへ声をかけに向かった。
「みんな、ちょっと出かけるよー」
集まってきたパートナーたちへ唯斗は言う。
「トレルがこっち来てるっていうから、案内しようと思う。で、プラチナはバイク、エクスは飛空艇で来てくれ。場所は明倫館正門前」
「そうか、トレルが来ているのか。なら、用意をしていこう」
と、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が言う。
「後で運転するのはお主だからな?」
「分かってるって」
「トレルという方が誰かは知りませんが了解しました。睡蓮様、エクス様の運転は若干危ないので、こちらにどうぞ。安全運転かつスリルを味わえます」
そう言ってプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)は紫月睡蓮(しづき・すいれん)を見る。
「え? 分かりました。じゃあ、お願いしますね、プラチナ姉さん」
と、睡蓮は言った。
正門前で待っていると、唯斗は門を飛び越えて上から現れた。
「悪い、待たせたか?」
トレルはびっくりしながらも言う。
「いや、別に」
間もなくしてエクスたちが現れ、睡蓮はプラチナムの運転のせいでちょっとへばっていた。
「よし、じゃあ行こうか」
と、唯斗は飛空艇に乗り込んだ。トレルも後に続く。
「どこか行きたいとこあるか?」
「んー、よく分からないから任せるよ」
「そっか。そういや、パートナーが一人増えたんだ。プラチナって言って――」
と、後ろを振り返る唯斗。プラチナムはトレルを見ると言った。
「アイゼンシルトシリーズ番外。プラチナムと申します」
彼女は魔鎧だった。
「何かさ、この前、ザナドゥに行ける穴ってのがあるって聞いて、行ったら本当にザナドゥに行けちゃってさ」
と、唯斗が説明を始める。
「んで、見て回ってたら何か工房みたいなとこがあって、話聞いたら、付けてる封印を解けたら持って行っていいって言うから、光条兵器とか使ったらあっさり解けちゃって、それで連れて来ちゃったわけだけど」
「羨ましい」
「はは。何かオレ、封印に縁があるんだよなぁ」
と、唯斗はへらへらと笑った。
唯斗に教えてもらった宿屋に一泊したトレルは、のんびりと街を歩いていた。
「トレルってのは、お前か?」
と、声をかけてきたのは泉椿(いずみ・つばき)。ネットの掲示板で知りえた情報を元にやってきたのだ。
そうとも知らずにトレルは言う。
「ああ」
「よっし、あたしがツァンダまで送って行ってやるよ」
「え?」
「行くんだろ、ツァンダ」
当然のように聞き返す椿。何だか事情がよく分からないながらも、トレルは頷いてみせる。
「え、ああ、うん、行く」
「じゃあ、乗りな!」
と、椿は小型飛空挺を指さした。どうやら悪い人ではないらしい、と判断したトレルは後ろに乗らせてもらうことに。
「何で俺のこと知ってんの?」
「ネットで見たからさ」
「名前は?」
「あたしは泉椿。お前、パートナー探してるんだってな」
と、椿は小型飛空挺を走らせ始める。
「うん」
「やっぱ縁だと思うぜ、都合だけじゃ契約はできねぇ。でなきゃ、あたしだって女だけじゃなく、美形のパートナー見つけてるぜ!」
と、言う椿。どうやら、トレルの知らないところで何か不満があるようだ。
「美形って言ったら守護天使だよね。ツァンダには天使がいっぱいいるらしいけど」
「マジで? それは楽しみだなぁ」
椿が期待するようににやにやする。
「その後はどこ行くんだ?」
「ヒラニプラ」
「ああ、教導団のある場所か。孤児院の子どもたちを避難させるのに世話になったが……あ、最近、湯治場が出来たって聞いたぜ」
温泉って良いよなぁ、と言う椿。ヒラニプラに関する情報をあまり持っていなかったトレルにはありがたい情報だった。
葦原島から出たところで、同じ道を行く者たちがいることに気付いた。
「あれ、トレルさん?」
と、速度をやや緩めて近づく神和綺人(かんなぎ・あやと)。
「おー、あやとくんだ」
これまで空京の外に出る機会が少なかったからか、実際に外へ出てみると様々な人たちに会う。
「久しぶりだよね、パートナー探しは順調なの?」
「全然。だから今、旅してるの」
「旅って、危険ではありませんか?」
と、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が口を開く。
「パートナーもいないのに」
「だから、あたしが護衛してるんだろ? まあ、ずっと出来るわけじゃないんだけどな」
と、椿が頼もしい返答をする。
「でも心配だよ。ツァンダまでで良ければ、僕たちも一緒に行くよ」
「あ、それはありがたいなぁ」
トレルがそう言うと、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が素朴な疑問を口にする。
「初めから護衛は付いていないのか?」
「いないよー。っつか、俺が嫌だって言ったの」
綺人たちがちらっとトレルを見る。
「だってさ、良い相手に出会っても、俺じゃなくてその護衛の人が契約しちゃったら嫌じゃない?」
「確かに、そういう可能性もありますね」
と、納得する神和瀬織(かんなぎ・せお)。
「だから一人旅してるんだ」
それにしては危険だ、と心配する綺人たちだった。
「あやとくんたちって、ツァンダに住んでるんだっけ?」
と、トレルが問うと、クリスが頷いた。
「ええ、そうです」
「守護天使、いっぱいいる? みんな美形なんでしょ?」
トレルだけでなく椿まで返答に耳を傾ける。
「……守護天使にも、いろいろいるかと思います。まぁ、一概に否定はできませんが」
と、瀬織がユーリへ視線をやる。守護天使である彼は美形なので、守護天使=美男美女というイメージもあながち間違ってはいないだろう。
「ツァンダに対する印象はそれだけなのか?」
と、ユーリはどこか呆れたように問う。トレルは首を傾げると、言った。
「ああ、蒼空学園? でも興味ねぇんだよなー。守護天使に会えればそれで良いや」
一応頭の中には入っていたようだが、興味がないと言いきられてしまってはどうしようもない。クリスたちが呆れたり困惑している中で、綺人だけがくすっと笑った。