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想い、電波に乗せて

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想い、電波に乗せて
想い、電波に乗せて 想い、電波に乗せて

リアクション

 それは、ある一日の出来事――。

 パートナーのマクシベリス・ゴードレー(まくしべりす・ごーどれー)が熟睡中だということを確認したフラメル・セルフォニア(ふらめる・せるふぉにあ)は、静かにそっと部屋を出た。
 向かうは携帯電話の店だ。
 注文していた携帯電話が届いたと連絡があったのだ。
 それを受け取ると、早速近くの公園に出向いて、マクシベリスへと電話をかけた。

 フラメルが部屋を出て、数十分も立たないうちにマクシベリスは起きていた。
 辺りを見回してみると部屋に一人きり、フラメルの姿はない。
「寝過ごしてしまったか……」
 呟き、身体を起こす。
 折角の穏やかで静かな時間だ、出かける気も起きず、趣味の読書に勤しもうと本に手を伸ばした。
 ソファーに腰掛け、手にした本を読んでいると、ふいに携帯電話が鳴り響き始める。
 相手の名前はなく、表示されているのは電話番号だけだ。
「誰だ?」
 知り合いは多い方ではないけれど、休日に連絡を取ってくるような仲の友人であれば、番号を登録しているため、表示されるはずだ。
 思い当たりのない番号を暫し睨み付けた後、マクシベリスは通話ボタンを押した。
「……もしもし、マクシベリスだ」
 緊張しつつ、相手を探るように低い声で切り出す。
『おぉ〜マベリー! 遅いぞ! まだ寝ておるのかと思ったぞ!!』
 電話越しに聞こえてきたのは、フラメルの声だ。
 声が明るく、何やら上機嫌のように聞こえる。
「どうしたんだ? 電話なんて珍しいじゃないか。それにこの番号……」
『うむ! 契約時に頼んでいた色の物が今日届いての!』
 余程嬉しいのか、マクシベリスの言葉を遮って、フラメルは答えた。
 いつの日だったか、共に携帯電話を新規契約しに行ったのを思い出す。
「そういえば、あのとき、色が無かったんだっけか。フランの好みの」
『そうなのだ! 待ちに待って手に入れた、欲しい色! 嬉しくてのう!!』
 フラメルは嬉しそうに言葉を弾ませる。
 その後も、外の天気はどうだとか、先ほど猫が散歩していただとか、フラメルは他愛も無いことを並べる。

『じゃあ気をつけて帰ってこいよ』
 マクシベリスがそう告げてくる。
「あ、待ってほしいのじゃ!」
 慌ててフラメルは、通話を切ることを遮った。
「いつもありがとうなのじゃ!」
 フラメルは、普段トラブルを持ってきては、彼を無理矢理つき合わせていることについて、日ごろの感謝の気持ちを精一杯込めて、そう告げる。
『ああ、こちらこそ。これからもよろしく』
 笑いつつ応えるマクシベリスの声に、感激を覚えながら通話を終わらせた。



 昼下がりのリリト家の庭。
 エリティエール・サラ・リリト(えりてぃえーる・さらりりと)がテラスでティータイムを過ごしているのを木蔭で見守る人影が三つ。
 ルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)と彼女のパートナー、セディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)カイン・エル・セフィロート(かいんえる・せふぃろーと)だ。
 エリティエールに縁談が来たらしい。
 相手は、名門貴族の子息だと聞く。
 エリティエールはリリト家の当主であるため、当然政略結婚であろう。
 その話を聞いてから、カインの落ち着きがなくなったため、様子を窺いに来たのだ。
「つーかとりあえず赤くなる程度には好きなんだろ? エリィはあの通り、他人に対しては尽くしまくるけど、自分のことがほとんど考えられないような奴だ。
 このままじゃ二つ返事で…それも全く疑問も嫌な感情も持たず、当たり前に引き受けるだろう。
 お前それでもいいのか? 良くないだろ。だったら行って来い!」
 ルナティエールがカインの背中を押すと、彼は踏み止まった。
「いきなりそんなこと言えるかよ!」
 小さい声ながらも声を荒げるカインに、ルナティエールはため息を一つ吐いた。
「ったく、しょうがねーな。だったら携帯鳴らせ。携帯越しなら、ツンデレなお前でも言えるだろ?」
 彼女の提案に「確かに……」と頷いて、カインは携帯電話を取り出す。
 頬を染めながら、エリティエールの番号を呼び出し通話ボタンを押す様子をルナティエールはセディと共に眺めた。

「カインさん? 珍しいですね。どうかしましたか?」
 ティータイム中のエリティエールは首を傾げつつも電話に出た。
『エリィ。縁談受けるつもりなんだろ。政略結婚だぞ? 相手はお前自身を見てるワケじゃない!』
「そうかもしれませんが……先方が望んでいらっしゃいますし、良いお話ではありますし……」
 カインに一気に捲くし立てられ、エリティエールは目を白黒させた。
『お前は良くても…俺は良くない! 冗談じゃない! 結婚するなら、ちゃんとお前に惚れてる奴としろ! ……あーっ、もう! まどろっこしい!』
 声を荒げたかと思うと、通話が切れ、庭木の影からカインが出てきた。
 驚き、エリティエールは席を立つ。
「そういう奴がいないなら、俺がお前を嫁にもらってやる!! 誰のものになってもいいってんなら、俺のものになれ!」
「え……? あ、の……カイン、さん?」
 突然のプロポーズに、エリティエールは目を丸くした。
 その間にも息を整えた彼は彼女へと近付いてきて、その肩を抱き寄せると彼女の唇に己のそれを重ねた。
「……これで俺のものだ。他の男のものなんか絶対なるな! わかったな!」
 告げると、カインは高速ダッシュで去っていった。
 エリティエールは呆然とし、力が抜けたようにその場に座り込んだ。

「カインは……両親のいない環境から、どこかで甘えと寂しさを抱えているところがある。
 それは私たちで受け止めているからいいのだがいつかはそこから成長しなくてはならないだろう」
 カインが通話を切り、庭へと出て行った後、セディがふいにそう話し始めた。
「うん……?」
 ルナティエールはカインとエリティエールへと向けていた視線を隣のセディへと向ける。
「だから、これはカインにとっても成長になる。
 カインとエリィ、お互いが必要なもの、欠けたものを補い合えるかもしれないな。
 私とお前がそうであるように、な」
「そうだな……そうあってほしい」
 こくりと頷くルナティエールを見て、セディが彼女の肩へと手を伸ばす。
「何してんだ?」
 けれど、後方から掛けられた声に、その手は阻まれた。
 振り返るとセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)アスティ・リリト・セレスト(あすてぃ・りりとせれすと)カイルフォール・セレスト(かいるふぉーる・せれすと)の三人が歩み寄ってきていた。
「なんだ、馬鹿も来てたのか」
 ルナティエールがセシルを見ながら、そう告げる。
「馬鹿っていうな、性悪!」
 セシルもルナティエールを見て、言い返した。
「お前もエリィを心配してたんだな」
「そうだよ、エリィのことだから二つ返事で縁談受けるに決まってる。んなことさせられるか」
 告げて、セシルは庭の方へと視線を向けた。
「三つ子の姉として思うよ。エリィには、本当に幸せになってほしい。でもあの子は、それを探すことも出来ないんだ」
 アスティがエリティエールのことを見ながら、ぽつと呟く。
 彼女は、生まれたときからリリト家を継ぐと決まっていた。後継者の意味でもあるエリティエールと名付けられ、籠の中、敷かれたレールを走るのが当たり前の日々を過ごし、自分のことを考えられない環境で育ってきたのだ。
 当たり前だからこそ、そのことに疑問を持つこともなく、過ごしてきたのだろう。
「けど、いつだったかエリィは僕に言ったよ。
 想い人を追い続ける、一途で熱い気持ちを持つことの出来る僕がうらやましい。自分には決して出来ないからって。
 だから……その気持ちを持たせてあげたい。カイン、頼むよ……!」
 祈るように、アスティはカインへと視線を向ける。
「あの二人なら、お互いに成長出来ると思うんだよな。カイン、頑張れよ。お前なら出来る!」
 ルナティエールも共に、カインへと声援を送った。
 それを見守りつつ、セシルが口を開く。
「俺もずっと気になってた。
 何かを見つけられるかもしれないって理由で俺と契約した。自分にとって、何か成すべきことを見つけられるかもしれないって。
 でもさ。あいつ、自分に対しての感情がどこか麻痺してるように思うんだ。
 あいつが怒ったり悲しんだりするのは決まって周りの奴らのため。
 自分のことでは決して感情を動かさない。
 いつも笑って、微笑んで……天真爛漫にお転婆してるように見えるけど、
 それで動くのはいつも『誰か』のためだ。
 エリィの本当の顔は、名門貴族家の当主やってるときの……凛としてるけど感情の見えない、あの姿なんだと思う」
 そう話している間に、カインはエリティエールへとプロポーズし、口付けた後、高速ダッシュで去っていった。
 静かに見守っていたカイルフォールも、彼の行動には少々驚いたようで、一瞬呆然としたものの、一番に木蔭を出た。
 エリティエールへとゆっくりと歩み寄ると、彼女の傍に膝をつき、優しく微笑みかける。
「エリティエール。私たちは……君の幸せを何よりも願っている。
 そして……強く自分を想ってくれるひとがいるというのは、とても幸せなことだ」
 カイルフォールにアスティが居たように。
 ただ只管、彼のことだけを想い、彼のために働こうと一生懸命だったアスティのことを思い出す。
 彼が愚行に走ろうとしたとき、彼女は必死で止めて、泣いて引っぱたき、思いを告げてくれた――そんな彼女をカイルフォールは愛したのだ。
 それを思い出しながら、彼は言葉を続ける。
「自らが強い想いを持てないなら、自分に向けられた強い想いに応えればいい。
 私はそう思うぞ。
 カインは……本当に真剣に、君を愛している。そうだろう?」
 カイルフォールは訊ねるように、語尾を上げて、告げた。
 いつの間にか、他の四人も木蔭から出てきて、彼女へと近付いてきている。
 まだ呆然としたままのエリティエールは彼らを見上げてくる。
「エリィ。そういうワケらしいから、縁談は断れよ。絶対にな。
 あれだけ想ってくれてるんだ、応えてやったらどうだ?」
 彼女の頭をぽんぽんと撫でながら、セシルが告げた。
 二人の言葉を受けて、エリティエールはぼんやりとしたまま、微笑む。
「そう、ですね。カインさんを……カインを、悲しませたくはありません。縁談は断わります」
 一つ頷いて、応えた後、エリティエールはアスティの方を向いた。
「お姉様。なんだか鼓動が早い気がします。お姉様も……お義兄様を初めて見たとき、こうだったんですか?」
「そうだね、そんな感じだったよ」
 微笑み返すアスティに、エリティエールは納得したようだ。
 去っていったカインへ少しでも早く応えたいと、皆を見上げて、告げた。