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Trick and Treat!

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Trick and Treat!
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リアクション



22.はろうぃん・いん・ざ・あとりえ。そのじゅうさん*お着替えさせ隊Aグループ。


 今日は、ハロウィン。
 ハロウィンで仮装して練り歩き、お菓子をねだる。
 楽しそうではないか、と七刀 切(しちとう・きり)はブラックコートを掴んだ。
 そして、
「音穏。唐突だけどこれを被って『トリックオアトリート』って言ってくるんだ」
「……は?」
 怪訝そうな顔で居る黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)に、投げて渡した。
「なぜ?」
「ハロウィンだからな、仮装だぜぃ」
「いや、だからって。我がその恰好になる理由になるまい?」
「したくないのか? ハロウィンなのに?」
「ハロウィンだなんだではなく、理に適っていないことをしたくないだけだ。理由を述べよ」
 だって、そうやって常に合理性に沿って動く音穏が仮装したら、
「面白そうじゃながッ!?」
 素直に理由を言ったら、殴られた。


 そんなツンツンとした行動を取りつつも。
 音穏は、手渡されたコートを律義に着ていた。
 ――まぁ、恩人である切の頼みだし、な。
 仕方ないのだ。
 別に楽しんでいるわけではない。
 ブラックコートにロングスカート。指輪に羽。箒にはネコが二匹。
 魔女っ子ルックになった音穏は、「ふむ」と鏡の前で自分を見て頷く。
「なかなかそれっぽいな」
 随所に切の趣味が含まれている気がしてならないが(そして後ろで親指をグッと立てて喜んでいるが)、気にしない。
「切は着替えないのか?」
「ワイ? あー衣装がないんだよなぁ……」
 と言いつつ、スパイクバイクにジャック・オー・ランタンの塗装を開始。
「あ、別に準備がめんどいとかそんなんじゃないぞ。
 音穏の衣装だって、ワイの趣味とか、そういうのも」
「切は口を開くな。墓穴を広げているばかりだぞ……」
 呆れて思わず、アドバイスをするような形になってしまった。
「それは危ねぃ! 教えてくれてありがとなー。
 ……よし! じゃー街に繰り出すぜぃ!」
 塗装を終えて、音穏の手を取って。
 二人は街に繰り出した。


「トリックオアトリート! あはは、お菓子たくさんだなー」
「ふん」
 なんだかんだ、音穏も切もお菓子をたくさん、もらった。
 仮装をしたカップルや、一人でお菓子をもらって回る人々に。
 あげたり、もらったり。
「音穏も自分より小さい子にお菓子をあげたり、楽しんでるみたいだったし」
「な……! 別に我は、楽しんでなど。偶然チョコを持っていただけだ」
 そんなことを言うが、どうだか。
 ちゃんと前日に用意していたじゃないか。
「……ところで切、ここはどこだ?」
「ん?」
 呼びかけられて、気付いた。
 随分街の外れに来てしまったらしい。
「まさか、迷子か」
「いやいや。方向音痴だけどさぁ、そんなはっきり言わなくていいだろ。偶然偶然」
「偶然迷子になるなどあるまい。……おや? あれは民家か……?」
 音穏が前方を見て、首を傾げた。
「なになに。……人形工房?」
 その家にかかっていたのは、愛想のない看板だった。
「こんな街外れに工房ねぇ。まぁ、ここも面白そうではある!」
 ならば、
「突撃だ!」
「やはりか……」
 音穏もきちんと付いてきてくれている。
 じゃあ、ほら。
 ドアを開けて、
「トリックオアトリート!」
 ねだりに行ったら、
「ちょっ、ねえ、助け――」
 店主らしき人物が、切に向かって手を伸ばしてきて、
「へ?」
 きょとんとしているうちに、その人は工房の奥に引きずられていった。
「……なんだ?」
 音穏が疑問符を浮かべる。
 が、誰も答えてくれない。
 代わりに、
「とりっくおあとりーとよ!」
 小さな魔女――クロエが、可愛くラッピングされたお菓子を手渡して来ていた。
「ふむ。交換か?」
「こうかん、すてきね!」
 そしてチョコレートを渡し、微笑まれてぎこちなく微笑み返していて。
 ――さっき、助けてとか言われそうになった気がしたけど、気のせいか?
 切は、言われた言葉を無理矢理記憶の底に沈めた。
 理由はふたつ。
 工房の奥から、止めるなよというオーラを感じたのと。
 机の上の、パイが美味しそうだったから。
「ねおーん。パイ頂こうぜぇ!」
「パイ?」
「いろいろあるのよ? おちゃ、いれる?」
 クロエもパイを勧めてくれたし、うん。
 別に非情でもなんでも、ない。きっと、たぶん。


*...***...*


 七刀 切が見た、その一種異様な光景になった理由を知るには、少し時間を遡らなければならない。
 全ての元凶は、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が来た事である、と言っても過言ではない。
「それがしたちの噂が遠く海京にまでとどろいているらしいがいくらか誤っているゆえに、御奉仕してる正しい姿を見せる必要がある!」
 というのがオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)の弁で、それゆえ光一郎も工房へ来たのだが。
 そしてオットーは、とりっくおあとりーと、の一言も言いださず、キリッとした様子でリンスに一礼し、人が多い故に散らかってしまった工房の片付け、あるいは取れた飾り付けの修繕などのお手伝いに精を出していたのだが。
 光一郎は、違った。
 正確には、光一郎の考え方が、違った。
「ハロウィンと言えばさぁ?」
 リンスの隣に椅子をがこがこ、床に引きずりながら持ってきて。
 偉そうにも見える態度で、どっかり腰を降ろし、話しかける。
「仮装じゃん」
「しないよ? 仮装」
「人の話は最後まで聞きましょうねぇリンスきゅん。
 で、仮装ってことはつまり支度。支度するってことは着替えるってこと。着替えるんなら、即ち脱衣」
 得意げに、人差し指を一本立てて、ふりふり振りながら。
「体育の秋といえば保健体育の実技で、脱衣。
 食欲の秋といえば美味しく頂いちゃいましょう俺様が、的な意味で、脱衣。
 芸術の秋といえば裸婦スケッチということで、脱衣」
「誰か医者呼んでよ。頭の」
「ってことは、つまり俺様が一肌脱ぐまでもなく、誰がどういう行動を取ろうともリンスきゅんは今回脱ぐ運命にあると! もう決まっていることだと! 俺様は声を大にして言いたい!!」
「もうすでに大声だよむしろ口を閉ざせよ」
 呆れ果てたリンスの声にも聞く耳持たず。
 もとより、彼の意志など気にしない。
 俺様が楽しければそれでいいのだ。
「そこで、ご主人様なリンスきゅんがお着替えの途中で倒れてお風邪を召したりしないようみんなでお手伝いデスよ」
 そしてそこで息を吸い込み、
「リンスきゅんの仮装を手伝う人ー!!!」
 大声で、参加者を集ってみた。
 げっ、とリンスが思う間もなく。
「乗りました!」
 真っ先に、高務 野々が挙手をした。
「レイスさん、仮装ですよー!」
「面白そうだな!」
 野々の声に続き、新堂 祐司が立ち上がる。珍しく……本当に珍しいことに、岩沢 美咲が止めたりは、しなかった。普段なら、「馬鹿祐司! 迷惑とか考えなさいよ!」と鉄拳制裁を見舞っても、おかしくないのに。
 祐司もそれが疑問だったらしく、美咲を疑問符混じりに見た。美咲はそっぽを向いてしまい、その真意は測りかねない。
「ほーらほらリンスきゅーん? みんなリンスきゅんの仮装が見たいってさ!」
「嫌だってば」
「俺様ね、一つだけ守ってる教えがあるんだ」
「……?」
「それは、『他人の嫌がることは進んでしなさい』って。ばあちゃんが言ってた」
 したり顔で、しみじみと。
 それから光一郎は、ギラリと瞳を輝かせ、
「だから脱げっー!!」
「うわぁっ!」
 エプロンをひっぱった。エプロンの結んである部分を引くと、簡単にはらりとほどける。が、腰に下げている作業用の皮ポーチがベルトで留っているため、脱げはしない。
「ちぃっ……!! 無駄にガード硬いなリンスきゅんは!」
「ちょ、やめろって! ベルト解こうとするな! 変態!!」
「ふはは、観念しろリンスぅ!」
「新堂!? 押さえないでよ離せよ!」
 取り囲まれたと思ったら。
「こンの馬鹿祐司ィ!」
 美咲のグーが、飛んだ。
 止まった!? と思ったら、
「人前で剥くのは、さすがに……でしょう。ほら、簡易更衣室建ててあるから!」
 もっと、計画的だった。
「俺の家なのに完全アウェイってどういうことなの……」
 既に抵抗が面倒になったのか、ぐったりとした様子で、リンス。
 そのリンスの手を、光一郎ががしりと握りしめ。
「お着替えしましょうねェー?」
 にんまり、いや〜な笑顔で笑って、言う。
 それに加えて、
「メイド魔法少女のコスチュームがあればそれがいいな」
 祐司が言い。
「あ、私、持ってますよ」
 すかさず野々が、あの大量の衣装の中から素早く希望の服を取り出す。
「何に驚くべき? 男の俺にメイド魔法少女をやらせようとしていること? それともあの衣装の山からなんの迷いもなく指定の衣装を引きだしたこと? そもそもそれを所持していたこと?」
「細けぇこたぁいいんだよ、リンスきゅん」
 ほらほら行くぜと光一郎に腕を引かれたその瞬間。
「それがし浜名うなぎ、ちゅ→2。名前はまだない、貴様らに名乗る的な意味で!
 大切なご主人様のリンスきゅんを脱がすというこの不埒、例え神様俺様視聴者様が許しても、それがしが許し申さぬ!!」
 いつでもお風呂に入れるように……と、風呂掃除に精を出していたオットーが、鬨の声を上げた。
「それがしセーラーメイド長がご主人様に代わって折檻である!」
「黙れSM長」
「略してはならぬ!!」
 光一郎のツッコミにもめげず、頑張って立ちはだかっている。
「オットー……」
「リンスきゅんの貞操は、それがしが守る!」
「じゃ、腐れナマズはリンスきゅんのかわゆい恰好を見たくないんだな?」
「……リンスきゅんの、かわゆいかっこう……?」
「メイド魔法少女だってよ? それに簡易更衣室があるから人前で着替えさせるわけじゃねーし。そういう意味では貞操無事だし」
「……ぐ、ぐぬぬ……ひ、退かん! 退かぬぞおぉぉぉ!!!」
 と、言葉では言っておきながら、道をしっかり開けていた。
 勝ち誇ったような、清々しい光一郎の笑顔。
 負けても悔いなし! という、オットーの顔。
 そして、疲れた。といったけだるさを前面に押し出した表情のリンス。
「……本郷ー。助けてー」
 引きずられる途中で、本郷 涼介に助けを求めてみた。
「リンス君も嫌がっているしねえ……見捨てるのも、問題だよな?」
 と、涼介が光一郎の前に立ちはだかる。
「そうですねえ、嫌がる相手に、無理矢理着せるのはどうかと思いますよ?」
 神楽坂 翡翠も止めに入り、「なんでしたら自分が着ましょうか?」と代案まで出す。
 すると今度は、「翡翠くんが女装するくらいならあたしがするー! その衣装可愛いもん♪」と榊 花梨が無邪気に笑った。
「む? メイドになってくれるというなら、俺は構わんぞ!」
 祐司はそう言って、花梨がコス衣装を着ることを了承。
 その隣で、美咲が「……リンス、着ないんだ……」と、威圧を発動していそうな雰囲気で呟くが、嫌がり具合に自己で納得させたらしくそれは収めていた。大人である。
「何? 丸く収まるノリ? やだねー若者だし祭りだしで、これで楽しまなきゃ損じゃん」
 収まらないのは、光一郎である。
 逃げられないように、リンスの手首を掴んだままぶーぶー、ぶーたれる。
「そんなに仮装させたかったの? 南臣は」
「えー。…………」
 問われて、沈黙。
 それから、手を握ったまま器用にもぽん、と手を叩いた。一緒に叩かれる羽目になったリンスが「痛い」と呟いたが気にしない。
「俺様、元々はリンスきゅんにお似合いのコスを探すためにいじりに来たんだった」
「目的全然違うじゃん」
「忘れてた」
 ケロリと言って、笑う。
「着替えたよー!」
 呆れる間を置かず、簡易更衣室からメイド魔法少女の恰好の花梨が出てきた。その場でくるくる回って、スカートの裾をひらひらさせている。
「可愛いですねえ」
 と翡翠に褒められて、花梨も満更ではなさそうで。
 更衣室の利用者が居なくなったところで、エイボン著 『エイボンの書』が歩み寄ってきた。
「どしたのお嬢ちゃん」
 光一郎が疑問符を投げると、エイボンは、
「リンス様。仮装、しませんか?」
 きちんと畳まれた衣装を、すすーっと。
 見たところ、魔法使いの衣装のようだ。
「……どうしても着せたい?」
「……嫌ですか?」
 そんなリンスとエイボンのやり取りを見て、光一郎は安楽椅子探偵見習いらしく、リンスの無表情から内心を推理してみることにした。
「リンスきゅんのその、間……。
 メイド魔法少女に比べれば全然マシ、と思っているに違いないし。
 それに、ここまで仮装しろって言われんなら、いっそ仮装しちゃったほうが面倒じゃなくね? とか考えてそうじゃん?
 というよりも、さっさとしていればよかった、という思いさえあるのではなかろーかと俺様は判断した。
 つまりリンスきゅんは仮装をする! じっちゃんの名にかけてこれが真実!」
 ビシッ、と指を突き付けると、はぁ、とため息を吐かれた。
「どう? 俺様の推理力」
「初対面の時よりはレベルアップしてるね、だいぶ」
 かなり当たっていたようだ。ふふふこれで俺様も名探偵。迷ではなくて、名探偵。
「南臣のことは、相当なクセモノだって認識しておくよ」
 面倒、という意味だろうけど。
「ははは。光栄痛み入るっスねぇ」
 全ての意味を理解しながらも、光一郎は笑う。
 すると、リンスは観念したらしい。
「じゃ、エイボン。これ借りるよ」
 衣装を取って、更衣室に入っていった。


 出てきたときには、魔法使い。
「コーディネイトの甲斐がありましたわ……」
 涼介が着ているのとは、色が違って紫色のそれ。
 色が違うのには意味がある。エイボンなりに、考えたのだ。
 紫の色言葉には、神秘的、などという意味がある。直観的な表現力、想像力の豊かさ、など創作家にとってそれっぽいものでもあり。
 なにより、人形に魂を吹き込んだりするリンスには、その色が一番それっぽいなと思って選んできたのだ。
「紫か」
「嫌いですか?」
「着ないから、似合うのかなーとか。思っただけ」
「私。頑張って、コーディネイトしたんですよ?」
「じゃ、似合わないわけないか」
「はい♪」
 事実、似合っているし。
「兄様と、リンス様。お揃いです」
 無邪気に笑って、エイボンが言う。
「ね。おそろいになったね本郷」
「おそろいなんて、女の子同士がやるものだと思っていたよ」
 涼介は、ちょっと呆れたように言うけれど。
 どことなく二人とも楽しそうだと、エイボンは思った。
 そしてそれが、とても嬉しい。


*...***...*


 さて、そうしてリンスの身に危機が迫っていた頃。
 また別の一方でも、危険は迫っていた。