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リアクション
第5章
ラビットホール総合管理室でも、第1フライトの現状は確認できていた。
いや、管制室よりもさらに詳細に見る事が可能だった。
「OvAz」が宇宙に到達してからというもの、衛星から撃ちだされたレールガンの弾数は既に三桁に達し、照射されたレーザーの本数はそろそろ四桁に届こうとしている。
が、射線はすべて「OvAz」から大きく外れていた。「的外れ」なんてものではない。
(この衛星群を作った皆さんは、SDIとかについて少し調べるべきだったね)
湯島茜はモニターを見て溜息をついた。
(これじゃあ、校長じゃないと止められないよねぇ)
「OvAz」操縦室内には、弛緩した空気が満ちていた。
「星の数ほどの迎撃衛星?」
「大したことないね?」
そんな声がちらほら聞かれる。
あまつさえシートベルトを外して無重量状態に体を浮かし、「飛んでる飛んでるー」「見てみて、すーぱーまんの真似ー」と遊ぶヤツまで出てくる始末だ。
「てめぇら気抜いてんじゃねぇ!」
操縦席から鴉が声を張り上げた。
「とっととお使い済ませて帰るぞ。〈素子〉活性化と念動推進充填後、探査船までの軌道に乗る! キビキビやれ!」
「『フォーティテュード』『オートガード』、張り直しました」
鴉の隣で永太が言いながら、「財産管理」を働かせた。
「……『OvAz』航路、推進出力、タイミング、道中の被弾確率、検算終了。問題ありません」
「念動推力充填完了。鴉、あとは頼んだわよ?」
アスカの台詞に、鴉が「フン」と鼻を鳴らして操縦桿を倒そうとした瞬間、
「ちょっと待って!」
サンドラが叫んだ。
「『禁猟区』に反応……何か来るッ!」
同時に、地上管制にも異常な反応があった。
「地球各地より、異常なデータ観測! ……何だこりゃ!?」
「静玖、『何だこりゃ』じゃ分からん。何だ?」
「俺にも分からねぇよ、こんなの! オッサン、あんたが見てみろよ!」
静玖の手元にある液晶画面を見て、風羽斐も言葉を失う。
「……なるほど、こりゃ分からん」
「そこ何してる! 正面に映像を出せ!」
エースの声に、静玖が手元のキーボードを操作。巨大な世界地図のあちこちに窓が開き、映像が出た。
映し出されたのはいずれも青空だ。仮想宇宙には「太陽」が設定されておらず、「夜」が存在しない。位置的に地球の反対側にあるような観測基地から見える空も、すべて「昼間」のものだった。
それらは、見る者が見れば、仮想宇宙の「つくりもの」っぽさを感じさせる不思議な光景ではあった。が、空に映る「それ」の異様さに比べれば、大した問題ではあるまい。
たとえば、オセアニアから見る空。そこに映る巨大な影は、指を広げた掌に見えた。視直径120度を超える常識外れの掌は、空を落とそうとしているかに思えた。
北米では、やはり空を巨大な影が横切っているのが観測された。内陸部上空から北北西に向け、「帯」のように伸びる影は、アラスカ沖上空で止まっている事が確認された。「帯」の終点にはオセアニア上空のように「広げられた掌」があり、長大な「帯」は、実は「腕」という事を見る者に思い知らせた。
そして、南米の上空では──
「ふっふっふっ……ふっはっはっはっは、ですぅ」
仮想地球に飛び交う電波の全周波数帯に、語尾に特徴のある笑い声が鳴り響いた。
「……仮想宇宙……仮想宇宙の外側から、巨大な何かが、侵入しています……! 信じられません!」
天貴彩羽が、声を震わせた。
「バカな……『あれ』は封印されたはずだ!」
モニターを見て、ダリルも声を震わせる。
南米の上空に、巨大な「顔」が映っていた。
「顔」の下にはもちろん首がある。首は肩へと続き、肩からは腕が伸び──
空を覆い尽くすほどの、いや、仮想地球を覆い尽くすほどの、腕を広げた巨大な人影が、そこにはいた。
イルミンスール生ならば、誰もが知っているその姿は──そのあまりに巨大な姿は──
「宇宙超帝エリザベート・ワルプルギス、ここに爆誕ですぅ! お前達を容易く宇宙には行かせないですぅ!」
「うわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
「OvAz」操縦室内は、恐慌に包まれた。
「OvAz」の窓には、宇宙空間に現れた巨大なエリザベート・ワルプルギスの姿が映った。
正面だけではなく、天井、壁面、全てに、だ。
辛うじて理性を保った鴉が操縦桿を倒し、機体を急加速させる。
「おい、聖騎士!」
「……! はいっ!?」
「これから地球に逃げ帰る! 指示を出せ、大気圏突入の為に、俺はどういうルートを取ればいい!?」
「……機首を仰角30度、進路は対地表俯角30度で降下! 進行方向に『遠当て』を撃てば、スリップストリームを作って大気摩擦を軽減できます!」
「……だそうだ! アスカは『遠当て』をぶっ放せ!」
「……わ、分かったわ!」
「逃〜が〜さ〜な〜い〜で〜す〜ぅ」
操縦室内のスピーカーから声が鳴り響き、搭乗者の鼓膜と心身を震わせた。
直後、全ての窓が光に包まれ、次の瞬間耳を聾する轟音が鳴った。スピーカーから耳をかきむしるようなノイズ。
(……っ!)
「機体に雷撃! 〈素子〉コーティング面40%剥離!」
ルーツが叫ぶ。
鴉は眼を細めながら、窓に注意を向けた。光に覆われる中、辛うじて見える青。最低限、機首は地球を向いたらしい。
「アスカ、『遠当て』! これから地球にダイブする!」
再び轟音。窓を覆う白い光と、今度は激しい揺れが加わる。天地が十数回逆転する中、綾小路風花の脳裏にはこれまでの人生が猛烈な勢いでフラッシュパックしていた。
――突然、操縦室内の明かりが落ちた。
「探査船〈迷子ちゃん〉消滅。シミュレーション中止」
シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)の宣言がスピーカーから聞こえても、搭乗員は誰一人として「自分が生きている」事を実感する事が出来なかった。
「うあ」
統括席で、ゼレンの隣に座っていたエリザベートは小さく声を上げた。操作盤の水晶球に伸ばしていた手を引っ込める。
「……ちょっとやり過ぎたですぅ」
「校長、しばらく隠れてて下さい」
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