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リアクション
■ 探索開始から二時間五分
本館で見つけた地下の入り口をくだると、そこは八神 誠一(やがみ・せいいち)が予想したとおりワインセラーとなっていた。
「おー、随分と溜め込んでるもんだねぇ」
子供が走りまわれるほど広い部屋には、ワインを並べる棚ばずらりと並び、どの棚もワインがぎっしり詰まっている。
「このタルの中にも、ワインがつまってるのかな?」
部屋の奥には、年代が刻印されたタルも並んでいた。タルに入ったワインなんて、芦原 郁乃(あはら・いくの)はテレビでぐらいしか見た事がない。
「自分でワインを作っていたんですかね?」
蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)も、物珍しそうにタルを眺めている。
「そんな重たいもん持ち運べないだろー。こっちの瓶の奴から、てきとーによさげなものをいくつか持っていけば十分さー」
「てきとーって、そんなんで大丈夫なの?」
「でもねぇ、ワインって詳しくないとわからないもんなのよ。さらに言えば、詳しくてもよくわからないもんでもあるのよぅ」
「そうなのですか?」
マビノギオンが手に取ったワインのラベルには、年代と思われる数字がやたら長い名前らしきものが書かれている。
「だってなぁ、まずぶどうのできだろー。それで、それを使ってつくるワイン作りの人の良し悪しもあるしねぇ。何時のどの家のワインがよくできていたか、なんて本か何かを片手に見ないと、普通は全部覚えてられないもんなんだよねぇ」
ワインを比較するのに専門職があるほどに、ワインというのは小難しいものである。古い武器についてくる逸話のようなものがワインにもあり、そのせいでワインというものは単に飲み物としての価値以上のものを含むことがあるからだ。
「だから、ここでどれぐらい価値があるか、なーんて考えても時間の無駄。鑑定は上に居るネリィさんに任せて、とりあえずインスピレーションで選ぶのが一番じゃないかねぇ」
「ワイン一つでも、色々と覚えないとわからない事が多いのですね」
とマビノギオンが関心していると、
「きゃー、何これっ………んーっ!」
郁乃の尋常ではない声が聞こえてきた。
「まさかこんなとこに罠が仕掛けてあったのか!」
マビノギオンと誠一が慌てて声のした方に駆け寄ると、誠一の視界がいきなりブラックアウトしてしまった。
「ふおっ、真っ暗だ」
「すみません。ちょっと、そっちは見ないであげてください」
「は?」
「えっと、そのですね………なんて言えばいいんでしょうか、その」
マビノギオンは少し困惑気味で、とにかく後ろを向いてくださいとお願いした。
よくわからないが、承諾して後ろを向く誠一。
「主、とにかく服を!」
「え、ええ。うん」
誠一の後ろで、何かごそごそしている音が聞こえきた。
「あの、もう大丈夫ですよ」
マビノギオンの声がしたので振り向くと、彼女の姿が見えなくなり、彼女の服を着た郁乃が立っていた。どうやら、マビノギオンは魔道書の姿になっているらしい。
「どうしたんだい?」
いまいち状況が飲み込めていない誠一。
「あの服お気に入りだったのにぃ! もう、絶対許さないんだから! すっごいお宝見つけるまで、絶対絶対ぜぇーったい帰らないんだから! 行くわよ!」
「え? あ、おーい、せっかく見つけたワインどうするのさー」
ずんずん奥の部屋に進んでいく郁乃。
「………やれやれ、あんなに頭に血を昇らせてたら危ないだろうにねぇ。あーあ」
なんて言いつつ、誠一は郁乃のあとを追うのだった。
祠堂 朱音(しどう・あかね)が地下のワインセラーにやってきたのは、しばらく経過してからだった。いざお屋敷へ、としたところで知り合いに頼んでいたこの屋敷の持ち主、フランクリンについての情報が届いてきたので、足止めを食らっていたのである。
「やっと地下に入れましたね」
シルフィーナ・ルクサーヌ(しぃるふぃーな・るくさーぬ)が【銃型HC】のマップを確認する。
他の探索者達に出会うたびに、マップを分けてもらっていたので踏破した距離と違ってかなりマップは完成していた。
「遠回りする必要なかったんじゃね?」
「そうね。どの道も罠は発動しきってたみたいだし、宝探しじゃなくて罠を見に来てた人も結構いるみたいね」
須藤 香住(すどう・かすみ)とジェラール・バリエ(じぇらーる・ばりえ)も続いてワインセラーに入る。
「ワインはもうみんなに持ってかれちゃってるね」
一足先にワインセラーを見て回っていた朱音がみんなに伝える。残っているのは、運び出すのに苦労しそうなタルだけだ。
「どうします? このタル持ってきますか?」
「一体何キロあるんだよ、これ………」
ジェラールは試しに持ち上げてみる。重い。持てない程ではないが、中身が七割ぐらいなのか少し動かすと中身がちゃぷちゃぷと揺れてバランスが悪い。
「これ運んでる時に罠に襲われたら、諦めるしかないわね」
「諦めるって、おい………」
「じゃあ、タルは最後の手段だね。うーん、やっぱりあっち調べてみる?」
あっちというのは方角などの事ではなく、朱音が【根回し】で手に入れた情報のことだ。何でも、フランクリン宛に定期的に大きな荷物が届けられていた、という。それも、送り主はいつも同じだが、毎回違う場所から届けられていたらしい。
「先ほどの話では、鎧や武器が送られていたらしいですね」
「そりゃ、あれだけ罠を仕掛けるんだから武器はわかるんだけど、でも鎧が全然見つからないのよね」
槍や剣や弓や鉄球やメイスなどは、発動した罠の残骸で何個も目にしてきている。しかし、鎧は食堂に飾ってあった二対しかまだ見ていない。その二つは、そこを探索していた人たちによってピカピカに磨かれてネリィに引き取ってもらったようだ。
「普段着に使ってた、なんて事はないよな?」
「でも随分古い鎧ですからね、重くて動けないのではないですか」
「そう、だな。鉄製の鎧だったら、全身で百キロぐらいになるんだっけ」
プレートメイルなんて呼ばれる、金属板で体を覆う鎧はとても重い。今では学園で売られる鎧はかなり軽量化されているが、地球の中世で使われた鎧なんてまともに歩くだけでも大変なものだった。
どうも、フランクリンは古い鎧を集めていたらしく、鉄板を組んだ鎧ならば部品が足りない中古品でも引き取っていたらしい。コレクターとして集めていたのなら、もう大量の鎧が見つかってもいいはずだが、未だにその報告は来ていない。
「ワインも充てにできないし、もう少し進んでみよう」
香住がそう言い、一向はさらに奥へと進んでいくことにした。
ワインセラーからの一本道を進むと、小さな部屋に出た。どうやらそこで行き止まりらしく、先にここまで来ていたらしい一向の姿がある。
そのうち、一人がこちらに気づいて声をかけてきた。
「あ、危ないんでちょっと下がっててもらえますか」
声をかけてきたのは、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)だった。
「どうかしたの?」
朱音が尋ねる。
「アヤが、一箇所壁が薄いところがあるを見つけまして。今からその壁を崩すところなんです」
「隠し部屋ってこと?」
「恐らく。何があるかわからないので、少しさがっていた方がいいと思います」
「ほら、出番よ」
とん、とジェラールの肩を香住が叩く。
「へ?」
「力仕事頑張ってね。うちのジェラールも手伝いたいって言ってます」
「おい、ちょ」
押し出されて、仕方なくジェラールは壁壊し組みに参加することになった。
壁を壊す作業が始まる。大変地味な作業だ。
それまで罠が無いかどうか、入念に調べていたユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が下がってきた。すこし手持ち無沙汰もあったのだろう、彼は警戒を怠らないまま話しかけてきた。
「あなた達もワインを目当てにしていたのか?」
「はい。遅かったですけどね」
シルフィーナが答える。
「ワインセラーの棚にはあまり埃が乗っていなかったから、相当なワインがあったのだろう。残り物には福があるというが、こういう場合は危険を顧みずに前に進んだ者の方がいいものを手に入れるものなのだな」
「ボクらはのんびりしてたんじゃないよ。ちょっと調べごとしてたの」
「調べごと?」
神和 瀬織(かんなぎ・せお)が興味を持って尋ねる。
「うん。なんかね、フラクリンって人は鎧を集めてたみたいなんだよね」
「鎧ですか。人形は集めていなかったのでしょうか。できれば、日本人形がいいのですが、人毛を使っている美しい黒髪の、そういうものは無かったのでしょうか?」
「う、う〜ん………そういうのは、わかんないなぁ」
「そうですか………」
瀬織はしょんぼりとしてしまった。
そうこうしているうちに、壁を壊す作業は大詰めになっていたようだ。
「お!」
と、ジェラールが嬉しそうな声をあげた。
ほんの小さな隙間だが、穴が開いたのだ。そこから向こう側は見えないか、すこし顔を近づけると、その小さな穴から真っ赤な液体が噴出してきた。
「ぶわっ」
慌てて飛びのく。
しかし、顔は真っ赤になってしまっていた。みんな顔に液体がつくのを見ているから大丈夫だが、もし原因を知らない人が見たらびっくりするだろう。
「大丈夫かい?」
一緒に壁壊し作業をしていた神和 綺人(かんなぎ・あやと)が心配そうに尋ねる。
「とりあえず、毒じゃないみたいだ。うっわ、服まで赤くなってる………最悪だ」
と、みんなが居る方に向いたら随分遠くまで避難しているようだった。ちょっと寂しい。
飛び出していた液体はすぐに勢いを失って、今はちょろちょろと出ているだけになっていた。綺人と相談して、最後まで壁を壊してしまうことにする。
壁を壊した先の様子は、またがらりと様子が変わっていた。
ワインセラーと繋がっているこの部屋は地面には石が敷いてあって平らになっているが、壁の向こう側はそのまま土のままで整地されてはいないようだ。壁も掘ったままという様子で、下手に暴れたりしたら崩れてしまうかもしれない。
しかし何より異様なのは、距離は遠いが何かの足音が響いている事だ。それも、どうやら一つではない。
「他の入り口があるのかな?」
なんて言いつつも、綺人は警戒を強めている。ジェラートの表情にも緊張の色が浮かんでいた。
「通路は狭いし、道も二手にわかれてるね。別々に進んだ方がよさそうだ」
「そうだね。じゃあ、右に行くか左に行くかはじゃんけんで決めよう。恨みっこ無しってことで」
じゃんけんの結果、綺人は右へ進み、朱音達は左に進んでいくことになった。
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