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雲のヌシ釣り~対決! ナラカのヌシ!~

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雲のヌシ釣り~対決! ナラカのヌシ!~

リアクション


第一章

ダンダンダンダダダダダダン
ダンダダンダダダダダダン

物々しいバックグラウンドミュージックがどこからともなく響いてくる。

ババーン!

仰々しい効果音と共に現れたのはテロップ、の書かれた看板だった。
『タシガン秘境! 空峡の大雲海 クモサンマ釣り場に』
『幻の超巨大魚 ナカラのヌシは存在した!!!』
大胆な書体で書かれたそれを写したあと、カメラがズームアウト。
完全防備の探検服を身に付けたリリィ・ルーデル(りりぃ・るーでる)が顔を出した。
「此処に……あのナラカのヌシがいるのね……!」
険しい表情でリリィが歩を進めた瞬間――
「きゃあっ!!」
何かに足をとられ、リリィが体勢を崩した。
雲海にあるはずもない大きなアリ地獄だ。
「くっ、こんな、こんなところで! でも諦めないわ、私は絶対にナラカのヌシを……! 追いつくから先に言って!」
バッチリカメラ目線でそう叫んだ瞬間、カメラがリリィの前方を向く。
そこには自らの体に糸を巻きつける典韋 オ來(てんい・おらい)の姿が。
「頼んだわ……みんな……」
そして過酷なヌシ釣りが始まったのだった……。

「大姐! この先にそー様がいるんだな!?」
「そうよ、きっと彼のことだから流行に乗って飛びこんでるはずだわ」
ほらごらんなさい、とローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が指差した先では、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)横山ミツエ(よこやま・みつえ)が糸を垂らしていた。
「ほんとだ! あたしも今すぐ行くぜ! ヒャッハー!!」
二人の――否、ミツエの姿を認めたオ來は、何のためらいもなく雲海へと飛び込んだ。
それを見送ったローザマリアは、用意してきた折りたたみ椅子を開いてミツエの傍へ座り込む。
「ごきげんよう、釣れてる?」
「……それなりよ」
一瞥と共に返事を返すミツエの声は、釣果に納得がいっていないせいかどこかそっけなかった。
けれど、自らの釣り竿にローザマリアの竿が近付き、釣り糸が絡んでいくとその視線が再びローザマリアを向く。
「ちょっと」
「何かしら」
「あなたの竿が絡まってきてるんだけど?」
「友釣りよ、友釣り。どうせヌシは一人の力じゃ釣れないのだし、気にすることないわ」
「……そういう問題かしら」
「そうよ。それより、あなた。こんなことをしてどういうつもりなの?」
「どういうつもりって?」
ローザマリアの唐突な問いに、ミツエが訝ったような声を上げた。
「ヌシよ。ヌシなんて釣ってどうするつもりなの? そのためにパートナーまでエサにして」
「別に、どうってことはないわ。クモサンマが食べられなくなるのも、エリザベートにヌシを釣られるのも気に入らないだけよ」
それに、とミツエは雲海の水面を一瞥する。
「エサにするのは信用していればこそ、よ。こういうのはパートナーとの共同作業でしょ」
「パートナーを信用するのは大いに結構だと思うわ。けれど、それとこんな危険を冒させるという事はイコールではないと思うのだけれども?」
「何が言いたいわけ?」
「――よう、横山。釣れてるか?」
二人を取り巻く空気が剣呑になりかけた瞬間、打ち壊すようにのんびりとした声が割り込んだ。橘 恭司(たちばな・きょうじ)だ。
「いい釣り日和だよなぁ。喉渇くだろ。茶でも飲むか?」
竿を足に挟んで片手で固定しながら、水筒から麦茶を注いで差し出す。
「え、ええ」
瞬時呆気にとられたように瞠目していたミツエは、けれど茶を受け取って口をつけた。
「クモサンマ釣れるといいよな。大物がかかってくれたらいいんだが」
少し竿を揺らしながらぼやいた恭司に、ローザマリアが割って入る。
「ちょっと」
「おう、クライツァール。釣果はどうだ?」
「……始めたばかりなのよ」
ローザマリアの答えに頷いた恭司は、揺れた竿に目を移す。
「……しっかし、しばらく釣れそうにないな」

「――劉備さん、最近はどうです?」
「最近ですか、ばたばたしていて落ち着く暇もないですね」
水中で劉備 玄徳(りゅうび・げんとく)に話しかけたのは、恭司のパートナーである趙雲 子竜(ちょううん・しりゅう)だ。
周りで吊るされている『エサ』は皆、魚がかかるまでやることもなく各々好きに過ごしている。
趙雲もはじめこそエサとして何かしなければと思っていたが、みんなの様子を見て普通に暇をつぶそうと劉備に話しかけたのだった。
「ばたばた、ですか……。横山さんも忙しそうですからね」
「ええ、ですが彼女は強い人ですからね。心配はいらないでしょう」
「劉備さん……彼女を信用しているんですね」
「もちろん信じていますよ、彼女には無限の可能性があると」
微笑して頷く劉備に、趙雲も微笑を返す。この信用……否、信頼は誠だと知れたからだ。
ああ、美しき哉。
などと。
感慨に耽っていると、頭上が騒々しくなった。そしてゆっくり降りてくる、人影。
力なく頭を垂れたまま吊るされていたのはラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)だった。
「……これはこれは」
「だ、大丈夫ですか?」
趙雲が窺うように肩を揺らすと、ラムズの瞼がそっと持ち上がる。
そして二人を見、皆を見、辺りを見回すと首を傾げた。
「えっと…………あれ?」
「大丈夫ですか?」
「え、あ、はぁ……おそらく」
安否を問われ曖昧に頷いたラムズは、それからふっと上を見上げた。
「ええと、……きっと気が向いたら助けてくれますよ」
そしてラムズの視線は、自分が繋がる糸の先。きっと地上の竿、を握るパートナーだろう。
ぼんやりして見づらいその先をみるその目は何処か遠くを見つめているようだった。

「あのあのあのっ、よかったらっ釣りのコツとか教えてもらえませんか?」
「……エサつけて竿垂らしてれば一匹くらいなら釣れるわよ。あとは黙ってじっとしておくことね」
ミツエに話しかけること十数回。ついに適当にあしらうような返答を賜ったラヴィニア・ウェイトリー(らびにあ・うぇいとりー)は、
「はい……」
と小さく頷いて釣り糸を水面に落としていた。もちろんエサはラムズだ。
そしてラムズを吊っていて、あの子が釣れないわけがない。
垂らした瞬間案の定、後ろから竿を掴まれた。。
「ちょwwwwwwwおまwwwww何やってんのwwwwww」
怒っているのか笑っているのか、よくわからない台詞を吐きながら音速で割り入ってきたのはクロ・ト・シロ(くろと・しろ)
「何しちゃってるわけwwww釣り?wwwwww釣りなの?wwwwww」
「釣りだよ、見ればわかるでしょー」
「皮肉なんですけどwwwwwそれくらいわかるわwwwwwてかラムズで釣れるとかwwwwwww本当に釣れるとでも思ってんの?wwwwwwマジプギャーwwww」
そんなクロの小馬鹿にした態度に、むっとしたのは無理もない話で。
「釣れるに決まってんでしょ!! 五十になろうとしてんのにあの容姿だよっ!? 絶対食いつくっての!!」
「奥さんwwwwwww姦計じゃねーんだぞwwwwwwタコがwwwwwww」
「んだとぅー!?」
があっ! と。
売り言葉に買い言葉ならぬ買い態度。がったーん、と立ち上がった瞬間ラヴィニアの両手は竿を手放してクロへと向かう。
その手を爪を出して応じようとして、クロは視線を流す。
「っておまwwwwwちょwwww自重マジ自重wwwww」
「はぁっ!?」
「竿wwwww」
「あ」

「あ」
「あ」
「あ」
短く上げられた劉備、趙雲、そしてラムズの声がぴったりとハモった瞬間。
がくん、とラムズが頭一つ沈んだ。
「って、危ない!」
一拍遅れて二人が手を伸ばすものの、間に合わない。
果てがあるかもわからない、あってもナラカに続くような雲海に沈んでいくなど見過ごすわけにはいかない。
「手を……っ」
驚きのせいか動じていないのか、抵抗をしないラムズに思わず呼び掛ける。
「……ええと」
ゆるりとラムズの手が持ち上がった瞬間。
「――危ないっ!」
ザバァッ!! ガシイィィッ!!!
無駄に熱い効果音と共に、突如飛び込んできた人影がラムズの腕をつかむ。
引き上げながら横に落ちてきた釣り竿を掴み、水面までまた浮上していく人影に圧倒されて見送っていた趙雲は、くいくいと糸を引かれて自分も水面に顔を出す。
そこにはパートナーの恭司やミツエ、ぎゃあぎゃあと言い合いをしているクロとラヴィニアの姿。
そして、ラムズを地上へ返した勇気あるナイスガイ、ルイ・フリード(るい・ふりーど)がいた。
「……ええと」
「まぁなんだ……無事か?」
いつの間にか幾人も増えているという状況に首を傾げる趙雲に、恭司が問いかける。
「ええ……」
「こっちはご覧のとおりだ。俺にもよくわからん」
「はぁ……」
「いやぁ、危ないところでしたな!」
「気をつけた方がいいよ。沈んだら本当にナラカ行きになっちゃうから」
ルイの横から顔を出したシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)に言われ、ラムズは頷く。
「いやー! 無事でよかった! 今度は離さないからね!」
ラヴィニアがルイから竿を受け取り、ごめんねぇ、とカラカラ笑う。
「無事でよかったじゃねェよwwwwwマジお前なんなのwwww懲りろしwwww」
「大丈夫だって! 今度はしっかり握って釣るから!」
「だからwww釣るのやめろしwwww寧ろお前がエサになれよwwwww」
「あのぅ、また竿が落ちそうですけど……」
おずおずとそう言ったのは不釣り合いなほどの大きさの竿を両手に持った、マリオン・フリード(まりおん・ふりーど)だった。
「ほら、けんかしてるとエサの人がまた落ちちゃいますよぅ」
「気をつけてください。また落ちても助けられるとは限りませんからね」
ハッハッハ、と明るい笑い声を響かせ、ルイはマリオンに向き直る。
「マリーも気をつけなくてはいけませんよ」
「はーい、お父さん。でも、みんながいるから大丈夫だよ。お父さんもセラお姉ちゃんも気をつけてね!」
「うん、行ってくるね。大物に食らいつかれてくるから楽しみにしてて」
「うんっ! いってらっしゃい!」
手を振って見送るマリオンに手を振り返して、ルイたちはまた海中へと戻った。
「さーて! では改めてヌシを釣りますよー! さぁ! ナラカのヌシよ、この魅力的な私を見なさい! ルイ☆ポォージングゥ!!」
シャキーン☆
どこからともなく聞こえてくる効果音と共に次々と『活きのいいエサのポーズ』をとるルイを、セラを筆頭とした他のエサたちは呆れたように見ているのだった。
「……ルイ、赤褌が食いこんでるよ」