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クロネコ通りでショッピング

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クロネコ通りでショッピング
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リアクション

 
 
 クロネコ通りで捜し物する時には気をつけて。
 捜し物したつもりが買い物だったり、買い物の中に捜し物があったりするから。
 さて、あなたの捜していたものは、金の品物、それともこの銀の品物?

 
 
 
 
 本日の依頼は犬捜し
 
 
 イルミンスールの森を歩いていた霧島 春美(きりしま・はるみ)の耳に、女の子の泣く声が聞こえてきた。すわ事件かとそちらに言ってみれば、春美の友達の女の子が飼い犬とはぐれてしまったと泣いていた。
「はぐれたってこの辺りで?」
 春美の質問に女の子はつっかえつっかえ、犬を抱いてクロネコ通りに行ったものの、自分だけ帰ってきてしまったのだと答えた。相手が人ならば戻ってくるのを待っていればいいけれど、寂しがりの飼い犬が向こうでどうしているのかと思うと不安で不安で。自分から迎えに行こうと思っても、クロネコさんがいないのでは行きようがない。
「クロネコ通り?」
 何となく噂には聞いたことがあるけれど詳しくは知らなかった春美に、女の子はクロネコ通りのこととその行き方を教えてくれた。
「事情は分かったわ。大丈夫。マジカルホームズに任せといて」
 春美はすぐさまマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)を携帯電話で呼ぶと、パートナーのディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)を加えた3人で『べーカー街連盟』を結成し、まずはクロネコさんの捜索にかかった。
 だが、何しろ神出鬼没のクロネコさん。良く見かけるという地点を探してみてもなかなか会えない。
「クロネコさん見つからないね」
 ディオネアは茂みをかき分けてみたけれど、やっぱり姿はない。
「諦めちゃダメよディオ。絶対にクロネコさんを見つけて、クロネコ通りに行くんだから」
 受けた依頼を諦めたりしたら、べーカー街連盟の名がすたる。
 探して探して探し回って、そして。
「いた! トラップ・トリック・トリップ!」
「はわわ〜」
 マジカルホームズ・春美は、アニマルワトソン・ディオネアの手を引いて、茂みに飛び込んだ。すかさず、レストレード・マイトも呪文を唱えて2人に続いた。
「ここがクロネコ通りか。色々珍しいものがありそうだな」
 賑やかな街に出るとすぐ、マイトはさっと通りの両側に目を走らせて状況を確認する。他ではあまり見かけることなのい珍品が気になるけれど、依頼を受けている今は楽しんでいる暇はない。
(些か残念……いや、そんな場合じゃない)
 店の方に行きそうになる視線を、マイトは春美が依頼人から預かった犬の写真に戻した。まずはこれを頼りに聞き込みだ。捜査は足で稼ぐ。刑事の基本だ。
「この犬を見かけなかったか?」
 通りを歩いている買い物客、店先の花に水をやっている店員。
 次々に聞き込みをしているマイトのトレンチコートを春美が引っ張った。
「ねえレストレイドくん、あの人、犬のことに詳しそうだと思わない?」
 あの人、と春美が指したのは犬の顔に人の身体を持つ人だった。急ぎ足に通りを歩いていくその後ろを、3人はこっそりつけていった。やがて犬の人は1軒の店の扉をくぐっていった。
「春美ー、ここ何屋さん?」
 ディオネアに聞かれて春美は店内の様子を探ろうとしたけれど、店の正面は壁に木の扉があるだけで覗けるような所がない。
 手がかりはないかと眺めた店の看板には、さらりと流れるような書体で『喫茶バスカヴィル』とあった。
 その名にマイトは刑事の勘が何かを感じた……気がした。
「入ってみよう」
 思い切って扉を開けてみればそこには――犬がいた。というか、店内にいるのはすべて犬だった。
「犬喫茶? にしては客まで犬ってのは不思議な光景だな……」
「はわわ、ここすごいね。わんこばっかりだ」
 犬ばかりの光景にディオネアは目を丸くする。
「こんなに犬がいるんだから、捜してる犬が紛れているかも知れないわ」
 春美は店内を捜し始めた。小さな小さな犬を見つけて和んだり、ドッグフードを勧められて慌てて断ったり。
 マイトも捜査を開始したが、この店に集まっているのは犬といっても普通の犬ではない。
「こいつ機晶犬か? うわ、こっちの犬は幽霊犬?」
 透けている犬に触ろうとしたマイトの手は抵抗もなくそのまま突き抜けた。
「お手!」
 小さな犬に手を出したディオネアの頭に、後ろから伸びてきた大きな犬の手が載せられて、ぐしゃ。
「ふぎゃー、ちがうちがう〜」
 犬に頭を抑えられて、ディオネアはばたばたと手足を振り回した。
「あ、見つけた!」
 捜していた犬そっくりの犬を見つけて、春美が両腕で抱きかかえた……途端。犬だったそれはゲル状になり、春美を包み込んでゆく。
「レストレイドくん助けて!」
「春美……っ!」
 マイトは手を差し伸べようとして、あれ、と途中で止めた。
「それ、じゃれてるだけじゃないか?」
「じゃれて……?」
 そう言われれば、と春美は一安心。けれど今度はディオネアの悲鳴があがる。
「いやー! 食べないで〜!」
 クマのような犬に追いかけられ、大きく開けた口がディオネアの頭を……。
 その途端、3人はクロネコ通りから放り出された。時間切れだ。
「肝心の本ボシは見つからず、か」
 マイトはトレンチコートの裾についた犬の毛を払った。
「そんな、ホームズが依頼に失敗するなんて……」
 春美は愕然としていたが、それを慰めるように足をぺろぺろと舐めてくれる舌がある……ぺろぺろ?
「居た……」
 足下で尻尾を振っている犬にしばし呆然とした後、春美ははっと我に返ってその犬を確保した。
「レストレイドくん協力してくれてありがと」
 春美はマイトにウインクを送った。
「まあ、こっちも色々退屈しなかったから」
「また何かの時には協力よろしくね。さ、一緒に犬返しにいこ。彼女の笑顔が今回の報酬よ」
 終わりよければすべてよし、と春美は犬を連れて依頼者の女の子のところへと向かう。その後についていこうとしたマイトの背中が、不意に重くなる。
「マイトー疲れたからおんぶして」
「いいけどディオ、何キロあるんだ?」
「それは……ないしょだもん☆」
 マイトの背中で、ディオネアはふふっと笑った。
 
 
 
 ユーノの用件
 
 
 
「こんな奴来なかった?」
 クロネコ通りを行き来しながら、ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)は道行く人に似顔絵を見せて回っていた。けれど、ニコの描いた似顔絵はかなり捜し人であるユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)からかけ離れていて、見た、という人に従って行ってみたら、全く違う生物を指さされてしまった。
 どよーんとした雰囲気で歩くニコの傍らに寄り添って、ナイン・ブラック(ないん・ぶらっく)はこそこそとささやき続ける。
「今頃あいつ、俺たちのことをイルミンにチクってるに違いねェ。魔法街なんて言やぁ、イルミンスールの生徒だらけに決まってンだからな」
「う……」
 ユーノに対する不信感を植え付けようとしてくるナインに、ニコの心は千々に乱れる。
 確かめなければならない。ユーノが自分のことをリークしに行くのかどうか。
(ユーノって正義ちゃんで、口うるさくて、いっつも僕の邪魔するんだ……)
 ニコはやりたいことをやっているだけ。なのにそユーノはの気持ちも分かってくれようとはせず、それは駄目なことですよ、と困ったような顔で言う。人を怪我させたのだって、ニコなりの理由があった。でも、皆それが悪いことだと言う。
(大人って、皆そうなのかな? それとも僕がおかしいのか……?)
 そんなことを悶々と考えているうちにも、ナインはニコに揺さぶりをかける言葉をあれやこれやと吹き込んでくる。
「あいつを見つけたら、しばらく尾行すンぞ。あの偽善者がどんなしっぽを出すか、楽しみだなァ」
 ニコの表情が不安に曇れば曇るほど、ナインは機嫌良くなっていった。ニコに悪事をはたらかせようとする際に、ユーノはかなり煙たい存在になる。そのユーノとニコの間を引き裂いてしまえば、あとは自分の思うままだ。ユーノが見つかるかどうかはナインに取っては問題ではない。要は、その間にどれだけニコにユーノへの不信を植え付けられるか、なのだ。
 そうして自分を窺っているナインには気づかず、ニコはぐるぐると思い悩み続ける。
(ユーノは僕の事嫌いになっちゃったのかな。言うこと聞かない、女王の為に働かない僕のことなんて……)
 もし……ユーノが本当に、自分の情報をリークしようと考えているのなら、裏切り者は殺さないといけない。そんな考えと、嫌だ、嘘だとユーノを信じる気持ちが、ニコに交互に湧き上がってくる。
(こんなに不運になるならずっと地下に独りでいればよかったんだ……)
 あれこれ話しかけてくるナインが煩くて、制しようと振り向けた顔のその先の店先に、ニコはユーノを見つけた。
「こんな所にいやがったンか。よし、ここからは尾行すンぞ」
 ナインは言ったが、その頃にはニコはもう走り出している。
「ユーノーー!」
 半べそをかいてしがみついてくるニコに、手にいっぱい荷物を抱えたユーノは驚いた。
「ニコさん? どうしてここに?」
「ユーノは僕を裏切ったりしないよね?」
「もちろんしませんよ。あ、少し待ってて下さいね。後これだけ買ったら終わりですから」
 興味津々にこちらを眺めている店員に代金を支払うと、ユーノは大量の荷物を抱えて店を出る。
「帰ったら、これで美味しいものを作りますからね」
 ユーノの買い物は、レシピ本に調理道具、新鮮な食材等々、食べ物関係ばかりだった。子供の非行は、孤食や栄養の偏りも原因だと聞いたユーノは、ニコが悪事をはたらき、波裸蜜多実業に逃げ出すようなことになったのは、パートナー兼保護者の自分の責任だと痛感した。その為、せっかくクロネコ通りに来たのだからと料理に必要なものを買い出ししていたのだ。
「料理には愛情、と聞きましたので、半分が優しさでできている薬も買ってみました。これを入れればきっと美味しい料理ができるのではないかと思うんです」
 それは食材なのか、そんなものを入れて本当に美味しい料理が出来るのか、という疑問はさて置いて。
(ユーノの用件がただの買い物で良かった……)
 屈託無い笑顔のユーノの腕にしがみつくようにして歩きながら、ニコはほっと息をついたのだった。