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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~

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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~
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 ――部署異動が無ければ、アクアの下に送られなければ、シャンバラに変化が無ければ、こんな事にはならなかったのか。否、違う。きっと太郎は、私は、いつかこの事件を起こしていた――

 窓の鍵を開けて外に出たチェリーは、混乱と共に、身体中に痛みを感じながらよろよろと庭を走った。着ているのが薄い病院着の為、空気の冷たさが身に沁みる。全身のダメージは、菫と医師の治療によって緩和されていた。倒れた時の痛み、衝撃は計り知れないものだったから。外傷を負った両脚はまだかなり痛むが、動けないほどではない。
 1番痛むのは、心。
 どうして痛むのか理解出来ない。
 ただ、痛む。
 毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)に山田の死を確認して仇を討ちたいかと問われた時、チェリーは迷わず肯定した。『仇を討たない』など、彼女の選択肢には最初から無かった。何故なのか。好きでも嫌いでも無い相手。パートナーだから。
 何故だ。山田太郎の顔が浮かぶ、大佐の顔が浮かぶ。自分を殺そうとしたラスとリネンの顔が浮かぶ。2人の感情が分からないわけではない。パートナーに危害を加えられた時にどんな気持ちになるのか、とライスに言われた時、少しだけ理解できた、ような気がした。
「はあ……はあ……」
 庭を飛び出す。
 行く宛など何処にもない。
 どうしたらいいのかも分からない。
 菫、パビェーダ、ヴァル、キリカ、院長に看護師……
 彼等は優しかった。暖かかった。安らぎを感じた。
 でも、だからこそ、あそこにはもういられないから。
 いられない。
「…………!」
 殺意を感じ、チェリーはびくりと身を竦めて立ち止まった。彼女の前方と左右に道が分かれている。右側から、5人の男女が歩いてくる。1人は虎に乗っていて、1人は自分よりも重症を負っているように見えた。自分を射るような視線を向けている。そして――彼の隣にいる少女から発せられる殺意は――生半なものでは無かった。本能が、激しい警告音を鳴らす。
「……あれが……チェリーか……?」
「……そうだ……」
 リリア・フェンネス(りりあ・ふぇんねす)に確認され、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)が頷く。それを聞いた瞬間、リリアはチェリーに向かって地を蹴った。シャルミエラ・ロビンス(しゃるみえら・ろびんす)は、彼女の意図をすばやく察した。
「oh! 止まってください!!」
 しかし、リリアは止まらない。もとより、クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)以外の命令など聞く気も無かった。
「……待て……訊くべきことを訊いてからだ……」
 クルードが静かに言うと、リリアはチェリーの首に手を掛けかけた所でぴたりと止まった。力を抜いてチェリーを睨みつける。
「……剣の花嫁を元に戻す方法を……教えろ……どうすれば……いい……?」
 クルードに問われ、チェリーはアシャンテに視線を送った。彼女はあの場に居た。印象に残っていたから覚えている。共に来たのなら彼女から情報を得ている筈だが、直接聞きたいということか。
「……山田太郎が、言った通りだ。バズーカを再度撃つ事で、元に戻る……。自力で戻るというのは、例外中の例外だ……」
 次に、アシャンテが前に出る。その彼女に対し、チェリーは別の名前を呼んだ。
「……ガルムエッジ……」
「……何……?」
 不意を打たれ、アシャンテは吃驚して目を見開く。御陰 繭螺(みかげ・まゆら)がびくっ、と怯えた顔をした。
「アーちゃん……」
 その細い声を聞いて、アシャンテは振り向いた。
「グレッグ……」
 遠くに行くように合図すると、グレッグは繭螺を乗せたまま背を向けた。
「……やだ……アーちゃん……」
 繭螺は、離れたくない、というように腕を伸ばしかけた。避けてはいても……嫌われてはいないのか……
 昼間の一件で、アシャンテは自分の過去を知ることになった。薄々感じていたことではあったが、まだ動揺は収まらない。だが……今は、それ以上に繭螺の事が気にかかっていた。元に戻ってから、繭螺は明らかに自分を避けている。
(仕方ない事だとは思うが……どうにも落ち着かない。やはり……もっとちゃんと過去と向き合うべきなのだろう……だから、聞く……私の、過去を……)
「……ガルムエッジ……それが、私の名か……?」
「……? お前、記憶が……?」
 アシャンテが肯定を示すと、チェリーは言う。
「撃つ時は虎に気を取られて気にしていなかったが……デパートでお前を見た時に、確信した。ガルムエッジ……鋭き猟犬と呼ばれていた……3年前のサミットテロの時に行方不明になって、今は抹殺命令が出ていたはずだ……」
「……う、ああ……」
「クルード!?」
 突然呻き始めるクルードに、リリアが駆け寄る。怪我のせいだろうか。チェリーは彼等から目を逸らして、続ける。
「そうだな、今は随分と丸くなったように見える……。あの頃は、殺戮を躊躇わない者として有名だったぞ……」
「殺戮、だと……?」
「……私が知っているのは、このくらいだ……」
「……そうか……ならば、死ね……」
 クルードが腰の刀に手を掛けた。そのまま身体を引き摺るようにチェリーに近付き、今正に抜刀しようと――
「……!」
 チェリーはその瞬間、弾かれたように逃げ出した。相手は深手を負っている。アシャンテ側に自分を殺すつもりはないようだ。それなら――逃げられる。
「……待て……逃がすわけにはいかない……」
 リリアが追いかけてくる。大丈夫、大丈夫……彼女は素手だ。逃げられる……。
 そして、必死に走った先に在ったのは――