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【2021正月】羽根突きで遊ぼう!

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【2021正月】羽根突きで遊ぼう!

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第10章 魔剣「悪魔とSSとイルミンと」

「聞いた話なんだが名前で呼ばれるのがイヤらしいじゃないの、フェ・ン・リ・ルちゃ〜ん」
「…………」
 KKKとの死闘の後、休憩中だったフェンリルの元にやってきたゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が開口一番、こう言った。その手には羽子板が握られている。
「お、怒った? 怒っちゃったの? そうか、そんなにフェンリル(魔狼)がイヤか、イヤなんだな? だったら今日からオメーは小犬ちゃんだ。だ〜ひゃっはっは!」
「……一体何しに来たんだ」
 口調こそ冷静を装っているが、さすがのフェンリルも体の奥底で怒りが湧いてきていた。
「あん? 暇だからに決まってんじゃん。正月だってのにやることも無いし」
「だったら家で寝くたばっていればいいだろうが」
「ヤだよ。それなら地味に不幸振りまいてた方が楽しいし」
「迷惑だ、帰れ」
「おやおや小犬ちゃんはご立腹ですか〜?」
「その小犬もやめろ。それならまだフェンリルの方がマシだ」
「え〜、ど〜しよっかな〜? ど〜しよっかな〜?」
 迷惑を与えるのが目的なのか、ゲドーはフェンリルの周りをぐるぐると回る。
「ん〜、それじゃあこうしよう。ハイブリッド羽根突きで決める。俺様もオメーも同じフェルブレイド、条件は五分ってやつだ。まさか断るとは言わねえよなぁ?」
「条件はともかく、まあいいだろう。相手になる」
「よし、じゃあ俺様が勝ったらオメーのあだ名は今日1日小犬ちゃん。負けたらチワワちゃんで勘弁してやろう」
「……待て、なんだその俺が得しない条件は」
「あ、やっぱりわかった?」
「わかるに決まってるだろう……」
 というやりとりの後、またテスラ・マグメルを審判に迎え、試合が始まった。先攻はゲドーである。
「さぁて、早速行かせてもらうかね」
 言ってゲドーが羽根を打つと、彼の隣から魔方陣が浮かび上がった。
 フェンリルは知っている。あれは悪魔のパートナーを召喚する陣だ。
 そして彼の想像通り、そこからゲドーのパートナーシメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)が姿を現したのである。
「……なんですかこの状況は?」
「羽根突き」
 シメオンの問いにゲドーがあっさりと返す。
「ああ、そういえばやると言ってましたね……」
「そういうこと。だから救世主サマ、手伝ってくれよ」
「……2対1で?」
「2対1で」
 羽根を打ち合いながらゲドーは明らかに反則級の会話をしていた。悪魔の「召喚」はあくまでもスキルであり、使うこと自体は反則にならないというのが彼の主張である。
 もちろん審判のテスラはそれを咎めようとしたが、フェンリルがこれを制した。
「構わん。少しばかり余興に付き合ってやる」
「ほう、2対1という不利な状況でもひかぬその姿勢……素晴らしい! ならば私も応えましょう。救世主として!」
 現れたシメオンも羽子板を手にし、羽子板に参戦した……。

 結果から言えば、2対1でもフェンリルは善戦した、といったところである。ゲドーの光術による目くらましが毎回入り、それは防ぎきったものの、シメオンが隙を突いてフェンリルの足元に羽根を落としたのである。
 明らかな反則だったがそれでも勝ったゲドーは高笑いを繰り返し、シメオンはシメオンでギャラリーに拍手を求めていたが、周囲も羽根突きを行っていたため見向きもされずに終わっていた。
「……新たな救世主に惜しみない賞賛と拍手、は誰もしてくれませんかそうですか」
 そしてゲドーの方は、フェンリルに詰め寄っていた。
「さぁて、俺様が勝ったんだから今日1日お前は小犬ちゃんで決定だな! ま、召喚を認めちまった小犬ちゃんの責任ってこと――で!?」
 だがそんなゲドーの頭を鷲掴みにする者がいた。なんと、召喚されてゲドーに協力したシメオンである。
「確かに、召喚はスキルです。ただし、私達二人で行う……ね。言うなれば、外野からスキルで援護するようなもの。当然反則負けに決まっているでしょう!」
「え、ちょっと、救世主サマ。そっちだってノリノリで羽根突きやってたじゃないのさ。それなのになんで俺様が怒られてんの?」
「認めたのは確かに彼ですが、やっぱり反則なんですよね……。原則1対1ですし」
 そこにテスラも割り込み、墨が含まされた筆を突きつける。
「乗った私にも責任はありますが、ここは1つ……」
「お仕置きが必要ですね」
「ちょ、ちょっと、そりゃ無いでしょ! 俺様が勝ったのにいいいいぃぃぃ!?」
 叫びもむなしく、ゲドーは顔面全体に墨を塗られてしまった。

「なんだかよくわからないが、うやむやの内に向こうが反則負けを食らったのはわかった。反則を一部、余興で認めたのはこっちだが……」
「まあ私の中では、最初から反則負けというジャッジは下ってましたし、気にすることはありませんよ」
 精神的に疲れる試合を征し、再び休憩状態に入っていたフェンリルの元に1人の学生がやってきた。彼はその名を影野 陽太(かげの・ようた)という。
「フェンリル・ランドールですね。影野陽太です。すみませんが、自己鍛錬として君にハイブリッド羽根突きで勝負を挑ませてほしいんですが、構いませんか?」
「……まともな人間が来たか」
「は?」
「いや、こっちの話だ。わかった、お相手しよう」
「では、よろしくお願いします」
 引き続きテスラに審判を頼み、2人の試合はフェンリルを先攻にして始まった。
 陽太は羽根突きに臨む前、ほぼ完全とも言えるフェンリル対策をその身に施していた。
(フェンリルは魔剣士。必殺技として使ってくる可能性があるスキルは3つ。それにさえ注意していれば何とかなるはず……)
「アルティマ・トゥーレ」を防御するためにアイシクルリングを2個装備し、「奈落の鉄鎖」の重力に対抗するためにサイコキネシスを訓練し、「その身を蝕む妄執」から身を守るためにセルフモニタリングの訓練とお守り代わりにティーカップパンダを連れてくる、という念の入れようである――もっとも、フェンリルはまだ幻覚攻撃を身につけていないため、最後の対策だけは無意味に終わったが。
 フェンリルは最初は技を使わず、普通に羽根を打っていた。もしこのまま彼がスキルを発動しなければ自分の対策はすべて無駄になってしまう。だが陽太としてはある点では歓迎し、ある点では歓迎しなかった。彼はこの羽根突きを「防衛の訓練」として勝負に臨んでいた。かつて守りきれず殺されてしまい、今は復活してきた彼女を今度こそ守りきるための訓練である。そのため陽太は一切の「攻撃」を行わず、完全に「防御」に徹していた。
 フェンリルの方もだんだんとそれに気がついた。目の前の対戦相手はまるで闘争心が無い。勝つためではないのは丸わかりで、どうやら「負けない」ためでもないようだ。その動きはまるで、後ろの何かを守ることを想定しているような……?
(……少しばかり、仕掛けてみるか)
 陽太の打った羽根を視界に捉え、フェンリルは羽子板に冷気を纏わせていく。彼が持ちうる最大級の技、アルティマ・トゥーレだ。
(来た! 俺はそれを待っていたんです!)
 陽太は全身の毛が逆立つのを感じた。それは「強力な技を放ってくる」ことに対する期待である。なぜなら、それを防ぎきってこそ、誰かを守る自信につながるのだから!
 果たしてそれは放たれた。フェンリルはアルティマ・トゥーレを上乗せした羽根を、陽太の「背後」に飛ぶように打つ。
「残念、俺の防衛計画は万全です!」
 フェンリルの動きを読み取った陽太は瞬時に羽根の目の前に飛び出した。まさにそれは、要人を守るために凶弾に身を晒すシークレットサービスさながらの動きである。
 思わず陽太はその羽根を体で受けそうになったが、ふとこれが羽根突きであることを思い出して、羽子板で打ち返す。
(やはりそうか。彼は間違いなくこの羽根突きを『防衛』『護衛』に見立てている)
 ほぼ鉄壁の守りを見せる男を、どうやって攻略するか。間違いなく正攻法では駄目だ。ならば搦め手か……?
(……あまり使いたくない手だが……)
 フェンリルは返ってきた羽根を打ち返すべく、再びアルティマ・トゥーレを発動させる。
「2連続!? 望むところです!」
 次のショットも、陽太の背後を狙って打つ。そして陽太は再び羽根の前に身を晒そうとする。
 だが、前回のショットとは違い、今度は1つ別の妨害が発生した。陽太自身の体が動かなくなったのである。
「な、こ、これは……!」
 体が何かにのしかかられているかのように重く、まともに動けない。それは間違いなく、フェンリルによる「奈落の鉄鎖」を使った、対戦相手への直接的な妨害だった。
「し、しまった……!」
 サイコキネシスでは重力それ自体に干渉することはできない。超能力が干渉するのは、あくまでも「物体」である。奈落の鉄鎖が上乗せされた羽根であるならばまだどうにかなったが、自分が重力干渉を受けてしまえばどうにもならない。
 羽子板を突き出すがギリギリで届かず、アルティマ・トゥーレが乗った羽根はそのまま彼の背後に飛んでいった。
「勝負あり。勝者、フェンリル・ランドール」
 陽太は自身の背後を守りきれず、その場に屈した。

「やはりな。影野、お前は試合中、後ろの誰かを守っていたんだな。まあ誰なのかは、その【終身専属SS】という肩書きから考えればすぐにわかるが」
「…………」
「見事だったぞ」
「え?」
 何事か非難されるのかと思った陽太は目を丸くする。
「護衛に徹し、攻撃に自らの体を差し出す、という姿勢は評価されてしかるべきだ。普通の人間にはできない。SSとしては申し分ないだろう。だが……」
「だが?」
「だが、お前自身はどうする? 要人を殺害しようとする時、敵はどんな行動に出ると思う? 状況にもよるが、大抵は集団で襲い掛かり、護衛役を抑えている間に数人が要人の下へと突撃するだろう」
「ええ、ですから俺は――」
「護衛を強化するために、想定外の行動にも対処できるようにする、というのはいい。だが、もしそう来るなら、俺ならまずその護衛役を倒すことに集中するだろう。さっきの試合のように、な」
「……!」
 少なくとも先程の試合における陽太は、守ることしか頭に無かった。つまり、目の前の相手を打ち倒さず、攻撃に身を晒し続けることを選んだのである。だがそれでは、いつか護衛の自分は倒され、その隙を突いて背後を襲われるだろう。
 陽太がとれる行動は2つ。1つは、攻撃してくる相手を近づけさせないために、こちらから攻撃すること。もう1つは相手への攻撃は別の誰かに任せ、自分は防御と援護に徹すること。
「人間が1人でできることなど高が知れている。まあ、その辺りは言うまでも無いかな?」
「…………」
 しばらく考え込んだ風の陽太だったが、不意にこう言った。
「去年は……確か普通に羽根突きが出来て、スゴク嬉しかった覚えがあります。この1年、本当に色んなことがありました」
「…………」
「この試合で、次の1年に向けての目標が改めて決まりました。教訓、ありがとうございます」
 晴れやかな笑顔で、陽太は右手を差し出した。
「……頑張れ」
 ただそれだけを言って、フェンリルはその握手に応じた……。

「あら、そこにいるのは薔薇学の魔剣使いさんですね?」
「ん、そうだが、そちらは?」
「あ、申し遅れました。私は志方 綾乃(しかた・あやの)と申します。よろしければ、一緒に踊りませんか? もちろんハイブリッド羽根突きですが」
 陽太との試合が終わったすぐ後に志方綾乃が試合を申し込んできた。
「いいだろう。相手になる」
 アルティマ・トゥーレや奈落の鉄鎖を使ったところなのでそれほど精神力が残っているわけではない。だがこの1試合ならどうにかなるだろう。フェンリルは羽子板を「剣」として構えた。
「では、よろしくお願いしますね。イルミンスールが生み出した脅威のエクストリーム・スポーツ、楽しみましょう」
 言って綾乃は羽子板を2枚、両手に構えた。両手利きの彼女だからこそできる芸当である。
 ところで彼女はハイブリッド羽根突きを「イルミンスールが生み出した」と言ったが、これは厳密には間違いである。そもそもはイルミンスールと蒼空学園の校長の意地の張り合いから生まれたものであり、よって実際は「イルミンスールと蒼空学園が〜」ということになるのだ。もっとも、彼女は自他共に認めるイルミンスール至上主義であるため、蒼空学園の名は出したくないだけなのだが。
「それでは、試合開始」
 テスラが開始を告げる。先攻はフェンリルだった。
「打ち出された角度と速度から考えて、落下ポイントはこの辺り……」
 フェンリルが羽根を打つと同時に、綾乃はすぐさま弾道を計算する。これはバトラーの会得する財産管理技術の応用である。
 大体の計算が終わると、次に彼女は片方の羽子板を羽根に向け、軽く念じた。すると飛んでいた羽根は少しずつその軌道を変え、自分のもとに引き寄せていく。
「サイコキネシスは攻撃に使うだけが能じゃないんですよ?」
 そして綾乃は眼前にやってきた羽根を右の羽子板で打ち返す。
(とはいえ、ちょっと参りましたね……。羽子板二刀流で両手がふさがっている分、しびれ粉が使えません)
 自分の胸元にしびれ粉を忍び込ませ、それを羽根に振りかけて打つ。フェンリルが羽根を打つと同時にしびれ粉が彼にかかる、という作戦だったのだが、まず2枚の羽子板で両手がふさがっていること、そして自分が羽根を打つその衝撃で、羽根に付着したしびれ粉が落ちてしまう可能性があることから、さすがにこれは断念せざるを得なかった。
(いい考えだったんですが、使えないのでは志方ないね……)
 結局彼女はその作戦を諦め、別の手を考える。フェンリルの必殺技を受けるための対策はしてきた。後はどうやって持久戦で彼を疲弊させるか、そこが問題だ。
 だが彼女にそれを考える暇は無かった。ほとんど精神力を使い切っていたフェンリルが早くも仕掛けてきたのである。
「俺も大分疲れてきているからな。悪いが、すぐに決めさせてもらおう」
 その言葉を聞いた綾乃は内心で慌て、また喜んだ。最小限の力で相手の疲弊を誘い、真綿で絞め殺すように持久戦に持ち込んで、最終的に勝つというのが当初の計画だ。ならば向こうが必殺技を打ち込むのを待ち、「護国の聖域」を利用して技を受け止め、疲弊させてやればいいではないか!
 フェンリルが「剣」に構えた羽子板を振り抜く。軽い音を立てて羽根は綾乃の脇を通り過ぎようとする。そこに素早く回り込み、羽子板を交差させて受け止めれば……!
 だが綾乃が羽子板を交差させることはなかった。その理由は、まず第1に、フェンリルは羽根を打つ際にアルティマ・トゥーレを乗せなかったこと。第2にその分の精神力を、綾乃に直接かける「奈落の鉄鎖」につぎ込んだため、綾乃が動きを阻害されたことである。
 そう、先程の陽太に対して使ったものと全く同じ戦法だった。
「うっ、まさかこんな手で来るなんて!」
「すまないな、早く決めたかったのだ」
 羽根は無情にも、綾乃の羽子板に当たらず床に落ちた。
「勝負あり。勝者、フェンリル・ランドール」
 追い討ちをかけるかのように、テスラの無情な宣言が聞こえた。
「うう……、せっかく勝ったら『頬に渦巻き』とか『額に肉』をやろうと思ってたのに……」
「それは残念だったな」
 その言葉を残し、さすがに疲れがピークに達したのか、フェンリルは救護所へを歩いていった……。