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新キマクの闘技場

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新キマクの闘技場

リアクション

 洗脳により知恵子をデスセーラーへと変えたキマクの穴だが、むしろ進んでその一員となった者もいた。
 衝撃の対面は、正統派に属する戦士達に少なからずの衝撃を与えたようである。
 パラ実水着とプロレスマスクをつけ、鎖のついた棺を引きずって威風堂々とリングに立つローグの弁天屋 菊(べんてんや・きく)を前に、フェイタルリーパーの朝霧 垂(あさぎり・しづり)は若干の戸惑いの表情を見せる。
 菊は自分の事を『ビリー・ミラー』と名乗っていたが、元々正統派の戦士であった彼女の正体に垂が気付くまで左程の時間はかからなかった。
「おまえだって、孤児院の関係者じゃないか!」
 そう言う垂の追求をマスクの下に悲哀の表情を浮かべた菊が返す。
「運営組織に上納金を納めないなんて賭場荒らしと同じだよ。王が自分で闘技場を経営していて商売敵を潰すって腹なら理解できるが、今回のは筋が通らないじゃん!?」
「……まぁ、決められたルールを守らなかった王ちゃんが悪いと言えば悪いんだけどさ、王ちゃんは『払いたくなかった』訳じゃなくて、『払えなかった』んだよな? 子供たちにランドセルをプレゼントして回ったから、だろ?」
「おまえは金の使い方で正義が決まると思ってるの?」
「そ、それは……でも、パラ実には良い言葉があるじゃないか……『こまけぇこたぁ気にするな』ってな」
「そうか、でもそれはあたいが何故キマクの穴についたか、という些細な疑問にも適用されるわけじゃん?」
 戦闘体勢をとる菊に、垂は虚刀還襲斬星刀を構えるしか術はなかった。


 試合は経験にモノを言わす垂が圧倒的な強さで勝負を決める……ハズであった。
 しかし、試合前のやり取りの影響からか、垂は、本気を出そうと思っても身体に心が追いつかない状態が続いていたのである。
 敵の攻撃に対する注意を施した垂の【超感覚】と【殺気看破】もどこか不調であり、懐に飛び込まれて、菊に後ろで束ねた黒色の髪の毛を掴まれ、悲痛な声をあげる。
「ぐぅ……!」
「だいたい、あたしだって王と一緒に作った『荒野の孤児院』のために上納金を納めながら金を稼いでるんだぜ? 誰も上納金を納めなくなったら闘技場が潰れちまうざねぇかよ! そしたらもう稼げなくなるだろ? 大学に行ったくせにそんな理屈もわからねぇのか? 王のヤツは!!」
「わかってる……わかってるけど、今回は……!」
「わかってねぇよ! おまえら正統派を名乗る者達は、特になぁッ!!」
 垂の髪を掴み、その顔に自分の顔を思いっきり寄せた菊が、張り裂けそうな声を出す。
 垂は、菊もまた苦しんでいるのだろうという事を感じていた。だからそれ故に試合に本気になれなかったのだ。
 菊が組織への義理立てと、個人としての人情の間で揺れている。なのに自分は、ただ、孤児院を救おうとする王の態度に共感したのみで、今大会への参戦を決めた。
 軽はずみな動機であったのだろうか? と自問自答する垂。
 人の間で生きていく上では、誰でもいくつかのままならないルールにより束縛される。それを嫌い裏切る事は簡単であるが、ツケは回ってくる。自分はそのツケと戦っているんじゃないか? そしてそれは本当に、正しき事なのか? 元来、素直な性格の垂には、敵対する菊の気持ちがわかる分、尚更身体以上の応える心のダメージが辛かった。
 菊が戦意喪失した様な垂の髪を掴んだまま、空中に放り投げ、華麗な飛び蹴りを決める。
 苦痛に顔を歪ませ、リングに叩きつけられる垂。
「どうした? もう終わりか?」
 ギブアップしようかと考える垂の脳裏を走る孤児院の子供達の顔。
 いつか王と訪れた孤児院の子供達の顔には、笑顔が溢れていた。
 目をハッと見開いた垂がゆっくりと身を起こす。
「それでも……」
「あ?」
「それでも……誰かを助けたい、て思う気持ちは嘘じゃないんだ!」
 迷いを強引に断ち切った垂が菊に向かって刀を構える。
「俺が正しいか、おまえが正しいかなんてのは、知らない。だけどな、俺はあの子達のために戦っている! これだけが真実だ!!」
「そうか……ならば!」
 ふと、リング下の棺を見た菊が【ヒロイックアサルト】を使い、最後の勝負に備える。
 ふぅ、と大きく息を吸い込んだ垂が菊に対して大きく跳躍する。
「絶零斬!」
 刀に冷気を纏わせた攻撃を放つ垂。それと同時に菊がリング下に備えたあった棺に鎖に手をかけ、引き寄せる。
――ガンッ!!
 棺を盾代わりに垂の攻撃を受ける菊。
「それくらいで!!」
「迅雷斬!!」
 垂が更に雷をのせた一撃を放ち、棺がバラバラになりはじけ飛ぶ。だが、その後ろに居たはずの菊の姿はなかった。そしてバラバラになった棺の残骸が垂の行く手を阻む。
「煉獄斬!!」
 今度は炎をのせた刀でそれを一瞬で炭に変える垂。
「振り回しすぎなんだよぉッ!!」
 菊が垂の直ぐ近くまで接近してくる。刀を戻す垂に菊の拳が当る。
 身体をくの字にして吹き飛ぶ垂を見る菊。
「!?」
 垂の目が未だ死んでいない事に驚嘆した、まさにその時!!
「疾風突き!!」
 菊に吹き飛ばされた垂が着地するやいなや、その渾身の一撃が菊の急所を捉えた。
 互いにリング上で動かなくなる垂と菊。
「ビリー・ミラーいや、菊……本当の幸せとは何か、おまえは答えられるのか?」
「……さぁね」
「俺はこう答えるよ。俺が一番見たい顔が見れる時だってな」
「そうか……あぁ、それも悪くない……かもねぇ……」
 満足したような顔を見せた菊が倒れていく。
 観客の拍手が起こる中、垂はただじっと闘技場の天井の照明を見つめているのであった。



 先ほどまで、ワイワイと雑談していた正統派の戦士達の控え室には、無言の重い空気が漂っていた。
 王はモニターを見つめながら、今回の闘いの意味、そして「俺の行動は本当に良かったのか?」と考え続けていた。
 そんな王の様子を見かねてか、ドラゴニュートでウィザードのシー・イー(しー・いー)が声をかける。
「ふうむ。反則技とは厄介なモノだナ……」
「……てめえ、今更……」
 苛立つ王の目を見たシー・イーが力強く言う。
「もう、後戻りは出来ないゾ?」
「……わかってるぜ」
 王の肩をポンと叩いたシー・イーが控え室から出ていこうとする。
「おい、どこへ行きやがる?」
「遅れてやって来る戦士がいるのダ。今回、ワタシは戦えないからナ、迎えに行ってくるゾ?」
「ああ……よろしく言っておいてくれ」
 そう言いつつ、王はガラにもなく大きな溜息をついて、シー・イーを見送るのであった。


 ここまでの戦績は、正統派が3勝、キマクの穴が2勝であった。