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人形師と、写真売りの男。

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人形師と、写真売りの男。
人形師と、写真売りの男。 人形師と、写真売りの男。

リアクション



17


 冒険屋仲間達の友人が困っていると聞いて、ルイ・フリード(るい・ふりーど)は街へ飛び出した。
 しかし土地勘のないヴァイシャリーである。
 その上ルイは、酷い迷子癖を持っている。
 どれくらいかというと、
「毎度思うのだけどな……よくもまあ、意図的でもなくこれほど迷えるものだ」
 夜、日が暮れるまで迷えるほどだ。
 リア・リム(りあ・りむ)に案内されてようやく工房に到着した時、事件は全て解決していた。
「……すみません、リア」
「今に始まったことじゃない。けど次からはもう前に立つなよ。いいか? いくら心配だからといって飛び出していくなよ。一人で先走って迷子になるんじゃないぞ。探す方が大変なんだからな? わかったか?」
「はい、本当にすみません」
 ぺこぺこ謝っている間に、シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)――通称セラ――が、工房のドアを叩いていた。
「はい」
 ドアからリンスが顔を出す。冒険屋の面々が言っていたように、声からも表情からも感情の読み取れない人物だ。
 だから、この遅い時間の訪問を嫌がられているのかいないのかさえもわからない。
 とあらば、とにもかくにもルイ☆スマイルである。
「初めまして! 冒険屋所属、ルイ☆フリードです!」
 ニコオォォっと笑顔で、フレンドリィに挨拶。握手! と差し伸べた手に手を重ねられたらぎゅっと握って上下にぶんぶん。
「よろしくお願いします!」
「よろしく。……冒険屋ってオズワルドのところのだよね」
「はい! よく皆さんがお話してらっしゃいますね」
 会うのは初めてだし、よく知りもしないけれど、きっと良い人なんだろうなあという感想を抱く程度には。
 だってリンスの話をしている時、みんな何かしら楽しそうだったり嬉しそうだったりしているから。
 工房に入ってドアを閉めてから、
「初めまして。僕はリア・リム」
「セラだよ。フルネームだと長いからセラって呼んでね。セラもリンスのことをリンスって呼ぶから」
 斜め後ろに控えていたリアが、丁寧に頭を下げた。対照的に砕けた様子でセラも自己紹介。
「リムやセラも冒険屋? 随分大規模だね」
「セラはそうだけど」
「僕は冒険屋じゃない」
 だけど、ルイ達の仲間が助けたいと思う人物ならば助けたいと思う、と。
 そう言って、リアも協力してくれた。……今となっては、主に道案内を、だが。
 ――だってセラさん、迷子な私のことを笑っていましたしね……! いえ、セラさんが楽しいなら構いませんけどね!
「普段人助けなんてまったく!! というほど……ていうか本当に一切しないセラだけど、イロイロあるから手伝ってあげよう! ちなみにイロイロはプライベートな理由だから秘密にしてあげてるんだ、セラって偉いよね!
 というわけで、リア〜。協力ヨロ!」
 セラが楽しそうに、リアへと親指を立てて笑っている。なんのことだろう。ルイは首を傾げた。
「事件は終わったのではないか? 本当にやるのか?」
「だってまた工房の周りに人が来たら問題だろ? あっちの写真屋さんがもう写真を売らなくなっても、もう買っちゃった人はここまで来ちゃうかもよ? アフターケアをきっちりしてこその冒険屋さ。だからヨロ!」
「……まあ、筋は通っているな」
 ――??
 躊躇いがちだったリアが、顎に指を当てて頷いた。ルイとしては疑問符しか浮かばない。
 ――二人は仲良しさんですね……私の知らないところで、いろいろと話が進んでいます!
 ただ、そうやって、家族が仲良しなことを喜ぶばかりだ。
 と、ちょいちょい、リアに手招きされた。工房の外を指差されている。
「どうしました?」
「ちょっと外まで来てくれるか?」
「はいはい」
 外に出る。今更だが夜風が冷たい。
「で、ポーズを取って。それから、うん、いつものスマイルで」
「こうですね!」
 ビシッとサイドチェスト。それからニコオォォ、とルイ☆スマイルを浮かべたところで。
 ちくっ。
 ――ん?
 ――何か、刺されました?
 ――蚊、にしては早いですよね。いえせっかちさんという可能性も、
 ――あれ?
 ――身体の自由、が、
 ――……。


 石化したルイを見て、リアは手を合わせた。
「すまん、ルイ」
 手と手の間には、さざれ石の短刀。
 セラから話してきかされていた作戦を実行するには、ルイの石化が必須だった。
 リンスの状況を聞いて、ルイが飛び出して行ったあとセラが思いついて言った一言。
『えー人の目が嫌だって頭抱えてるなら、人除の像を設置すればいい話だよ! ルイを石化させちゃえばイチコロさ☆』
 想像してみたがまったく問題なかった。むしろ効果は抜群だろうと思って、行動に移るつもりなら手伝うぞと協力する意思があることを話して聞かせ。
 そして今、行為に及んだわけで。
「おおー……完璧。これで夜にまぎれてよからぬことをしようとしていた人も心臓麻痺で一撃だね!」
 工房の前。ポーズをキメて満面の笑みでいる、ルイ。
 ……ちょっと申し訳ないけれど。
「アフターケアを考えれば、ちょっとだな」
 問題ない。


*...***...*


「リンスさんは、写真が嫌いですか?」
 メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は問い掛けた。問うてから気付く。勝手に撮られたりしていたんだ。いい気分なわけがない。
 でも、否定して欲しかった。だから、訊いたのだろう。たぶん。
 だけど、肯定の答えが返ってくるかもしれないことが怖くてメティスは俯いた。
 人の記憶は無くならない。
 思い出の品、音楽、匂い、景色。
 そんな些細なことをきっかけに、遠い記憶を呼び覚ます。
 メティスにとって、写真は特別なものだ。
 機晶姫であるメティスは、1年後も10年後も今の姿のまま。
 けれど写真を見れば実感できる。思い出せる。
 自身の姿形が同じでも、確かにそこに居たこと。その人と過ごしてきたこと。
 思い出の品。思い出を残す品。
 残したいと思っている。
 ひとつでも多く、幸せな思い出を。楽しい思い出を。
 しばらくの沈黙の後。
「どうだろうね?」
 否定でも肯定でもないリンスの答えに顔を上げる。いつも通りの無表情でリンスはメティスを見ていた。
「嫌い、ではないですか?」
「嫌うほどのことでもないしね」
「そうですか」
 ほっとした。写真を嫌っていたら、言い出せない。
「リンスさんと一緒に写真を撮りたいです」
 承諾してくれるだろうか。
 確かにあなたと同じ時間を過ごしてきた、その証を残すことを。
 誰かの傍に居るということは、一緒に年を取っていくこと。
 喜びと悲しみを共有するということ。
「私は、皆さんと同じように年を取ることは出来ません。けれど心は違います。
 これからもリンスさんと一緒に喜びと哀しみを味わっていきたいです。
 だから一緒に写真を撮ってくれませんか?」
 今日の思い出を明日に残すために。
「変なの」
 リンスが言った。
「変でしょうか?」
 顔を見たら、笑っていた。くすくすと、おかしそうに。
 ……笑うほど変なことを言っただろうか。
「……変でしょうか?」
 二度同じ言葉を繰り返したら、また少し笑われた。


 そんな二人を、レン・オズワルド(れん・おずわるど)はのんびりと眺めていた。
 口元には笑みを浮かべて、静かに見守る。
 日常の中で出てくる疑問。悩み。それにぶつかった時、色々と口を出して考えるよりも、ただ彼らが答えを出してくれるのを決して見捨てることなく、傍で見守っていきたい。
 居場所はここに在ると。
 いつでも傍に居ると。
 そんな安心できる存在でいられるように。
 それから視線をノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)へと移動させる。
 クロエや美羽、千尋が紺侍に写真を撮ってもらっている最中、後ろでぴょこぴょこ跳ねては目立ち、フレームインしてドヤ顔して。
 ――あいつは見ていて飽きないな。
 くつくつと笑っていたら、ノアがメティスとリンスが話しているところへ乱入していった。
 また見守るか、と足を組んで椅子に深く腰掛ける。


「むー、リンスさんはどうして怪訝そうな顔で私を見ていたのでしょうか!」
「セイブレムこそどうしてドヤ顔でフレームインしてたの」
 問い掛けに問い掛けをぶつけたリンスへと、ノアはちっちっち、と指を振った。
「いいですか? アイドルたるもの、写真を撮られることは日常茶飯事です」
「アイドルだったの?」
「はい。実は私、アイドルグループ『秋葉原48星華』の一員なのです。ですので撮られ慣れています。
 ……というより、カメラを向けられたらどんな状況でもカメラ目線になるしかなく」
「それは妙な習性がついたね」
 いつか首捻挫しそう、と素っ頓狂な心配をするリンスへと、再びちっちっち。
「私レベルになると、カメラを向けられそうであると予知し、身体の向きなどは前もって変えてしまいますから」
 ピースだってしてしまうし、むしろ自分から撮られに行くし。
「リンスさんが撮られた写真にも、よくよく見たらピースをしているシスターさんが写っていることでしょう」
「ピースをするあほ従業員なら居た」
「ならシスターさんも必ず居るはずです。探してみてください。
 という、某リーを探せ! みたいなことは置いといて。
 メティスさんと一緒に、写真を撮るのですか?」
 本題へ移る。
 もしも写真を撮るというなら、ノアも混ぜて欲しいと思った。
 というより、レン達も巻き込んで、いやいっそ工房に居る人全員で記念撮影なんてどうだろうか、と。
 それはきっといい思い出になるだろう。
「撮ろうと思ってるけど。セイブレムも一緒に写る? あの顔で」
 考えていたら、リンスが乗ってきた。珍しい、と思ったけれど水を差すことはしないでいいだろう。にこり、笑って頷いた。
「もちろんです。というよりみんなで記念撮影をしたいです!」
「記念って? 何記念?」
「え、それはですね、えーと……」
 質問の答えに窮していると、肩をぽんと叩かれた。
「レン」
「何でもないような日常を記念して」
 その答えに、笑ってしまった。
「そんなの記念日じゃないですよ」
「セイブレムと意見が一致した。珍しい」
「私は素敵だと思います。何でもないような日常こそ、大切なものですよ?」
 ノアは「ふむ」とひとつ頷く。レンの言葉だけではピンと来なかったが、メティスに言われるとなるほど、と思えた。
「じゃあ、何でもない日常を記念する写真を撮りましょう!
 紡界さん、お仕事ですよ! 紡界さん!」
 紺侍を呼んで、人を集めて。
 狭いし撮りづらいと言われても、「そこを何とかするのが写真屋たるあなたの役目です!」と無茶振りのように言って笑い。
 ぱしゃり、ぱしゃり。
 シャッターが、切られた。


*...***...*


 記念写真の撮影も終え、みんなが帰ってから。
 なんとなく、リンスは外に出た。
 もう人目はないかとか、そういうことをまだ気にしてしまっているのかと思うと情けないが。
 確認しないままではいられなくて。
「……なにこれ」
 外には誰も居ない。
 居ないが、石像ならあった。
「フリード……」
 満面の笑みを浮かべてポージングをしている、ルイの石像が。
「挨拶以降見なくなったなって思ってたら……」
 背中に貼り付けてあった紙を剥がして読んだ。
 『魔除(人除)の像〜ルイ・フリードVer〜 1000G』。
 ……哀れである。
 ――外に置いたままなのは忍びないな。
 そう思って部屋の中に入れようとしたけれど、
「重っ」
 そりゃそうだ、ルイの体格な上に石像なのだから。
「……ごめんフリード」
 ――石像だし、風邪は引かないよね?
 免罪符的に言い訳をして、工房内に戻った。