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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第2章(5)
 
 
「いや〜、皆には見つかって、道には迷って。ははは、相変わらずの展開で困ったものです」
 洞窟を歩きながら月詠 司(つくよみ・つかさ)が笑う。 彼は本や精霊の噂を聞いてこの洞窟へと駆けつけていた。
 司は極度の巻き込まれ体質の為トラブル好きなパートナー達には秘密にしてやって来たのだが、しっかりと後を尾けられていた上に転送に巻き込まれてしまったのだ。
「大丈夫大丈夫、何とかなるよ。道に迷ったって死ぬ訳じゃないんだから、冒険を楽しめばいいんだよ」
「素晴らしいお考えですわ、智緒様! たとえ迷っても、それで全てが終わりではありませんものね」
 気楽に構える北月 智緒(きげつ・ちお)天寺 御守(あまでら・みもり)が賞賛する。方向音痴の二人にとっては道に迷う事など日常茶飯事であり、こういった事態には常にポジティブに対処出来るようになっていた。
「それより、わたくしは魔法の本とやらに興味がありますわ。何でも願いが叶うなんて凄い事ですもの。ところで、その本は一体どこに?」
 既に色々勘違いしている御守。人生すら方向音痴な彼女の言動には慣れているのか、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)が息をするのと同じくらい自然に嘘をつく。
「ミモリ、魔法の本はまだ発掘段階なのよ。だからその辺を掘ったら出てくるかもしれないわ」
「まぁ、そうでしたのね、シオン様。それでは早速サイコキネシスで掘り当てて見せますわ!」
「あ、サイコキネシスなら私も使えるよ。よ〜っし、それじゃ、どっちが先に見つけるか競争だね!」
 御守だけでなく、桐生 理知までもが手当たり次第に地面を引っぺがす。どうやら彼女も相当な天然さんのようだ。
「ちょ、ちょっと理知! 理知は本を持ってるでしょ!」
「――あ、そっか」
 理知の突っ込み係である智緒が何とか押し止める。このままだと崩落しないまでも洞窟が土砂だらけになる所だったので、彼女の行動は英断といえた。
(あらあら、あの娘もからかい甲斐がありそうね。ふふ、これはいい映像が撮れそうだわ)
 シオンが手持ちのデジタルビデオカメラを構える。世渡り、集団行動が苦手な彼女だが、こういった一歩引いた位置から他人の騒ぎを観察するのはむしろ好きである。
 
「サア、コノ攻撃ニ耐エラレルカナ?」
 
 洞窟に声を反響させながら、精霊の輪郭が薄っすらと浮かぶ。そして瞳を赤く光らせると、先頭にいた篁 月夜に何らかの精神波を送った。
「くっ、これは一……体……」
 まともに精神波を受けた月夜に猛烈な眠気が襲い掛かり、思わず膝を付く。
 だが、寝つきが悪い彼女は中途半端に意識が残り、眠いのに寝られないあの苦しみを味わっていた。理知が慌てて月夜へと駆け寄る。
「つ、月夜先輩! 大丈夫!?」
「大……丈夫……だ。だが……強い眠気が……」
「眠気? それが精霊の攻撃なんだね。わかった! 私に任せて!」
 苦しむ月夜を助ける理知のアイデア。それは――
「ね〜むれ〜♪ ね〜むれ〜♪」
「って理知! それじゃ駄目でしょ! 起こしてあげないと!」
 智緒の突っ込みもむなしく、子守唄によって月夜の眠気が促進されてしまった。苦しみからは解放されたものの、そのまま眠り込む。
「ね、寝ちゃ駄目ー! 起きて、起きてー!!」
「月夜様が寝てしまいましたわ! 智緒様、どう致しましょう!?」
「えっと、えっと……今精霊がこっち来たらマズいから、智緒が攻撃するよ!」
 月夜を御守に任せ、智緒が翼の剣を抜く。そのままソニックブレードを放とうとするが、その途端に精霊は洞窟の奥へと素早く逃げ出した。
「あ、待ちなさい! 理知、皆、追うよ!」
「う、うん。でも月夜先輩はどうしようか?」
「ふふっ、ここはアタシにお・ま・か・せ・よ♪」
 月夜夢 篝里(つくよみ・かがり)が月夜を抱きかかえる。普段から司や御守が厄介事に巻き込まれてボロボロになるので、こういったサポートはお手の物だった。
「司ちゃん。アタシは見ての通り走れないから、あの精霊ちゃんを見失わないように先に行ってくれるかしら」
「う〜ん、私だけ先行すると何か厄介事が待っている気もしますが……まぁ、行ってきましょう」
 この場を篝里達に任せ、司が精霊を追って走り出す。目的の相手は既に結構先へと行っているようだった。
 
 
 司達から少し離れた場所。精霊が逃げた道の先には御凪 真人が倒れていた。転移した時の影響で眼鏡が外れてしまったらしく、周囲の景色がかなりぼやけている。
「痛たたた……転移の危険は予測していたのに、油断してしまいましたね……セルファ、そこにいますか?」
「う、うん。私は大丈――えっ!?」
「どうしました? 何かあったんですか?」
「な、何よこれ……」
「セルファ? どうしたんですか、セルファ?」
 パートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)に何度も呼びかける。だが、彼女は目の前の光景に言葉を失っていた。何故なら――
「ま、真人が……三……四…………え、ど……どうなってるの?」
 その場には真人の姿をした男が何人も存在していた。
 もちろん倒れこんでいる真人以外は精霊の生み出した偽者なのだが、セルファにとっては彼の姿をしているというだけで気持ちが落ち着かなくなって来る。
「どうしたんですか? セルファ。そんな顔をしていては、せっかくの可愛い顔が台無しですよ」
「なっ!?」
 真人の一人が優しい笑顔を浮かべ、甘い台詞を口にする。それを聞いた途端、セルファの顔が真っ赤になった。
「ほら、笑ってよ。君の笑顔が僕は好きだな」
「いつも突っ走って苦労かけさせるなよな。まぁ、お前のフォローはオレじゃないと出来ねぇだろうけどさ」
「セルファっ。洞窟から出たらボク……話があるんだ」
 更に他の真人達が次々と口を開く。純粋な好意を向ける者、ぶっきらぼうながらも気遣いを見せる者など様々だ。
 本物では無いとは言え、真人の姿で迫られ続けるセルファが精神的に追い詰められていく。そして偽真人の一人が彼女に触れようとした時――何かがキレた。
「だ……ダメー!!
「へぶっ!」
 綺麗な右ストレートが炸裂し、偽真人その1が吹き飛ばされて壁に激突する。そのままセルファは次々と拳を繰り出していった。
「一体何が……とにかく眼鏡を探さない――とっ!?」
 本物の真人が現状を把握しようと動き出した瞬間、セルファの攻撃が襲い掛かってきた。その攻撃を何とか察知し、ぎりぎりの所でかわす。
「くっ、眼鏡、眼鏡はどこに……あ、あった!」
 運良く地面に落ちていた眼鏡を発見し、素早くかけ直す。ようやく視界が戻ったその先では、自分の姿をした何者かを次々と殴り飛ばしているパートナーの姿があった。
「……うわぁ」
 目の前の光景に思わず引いてしまう。姿が姿だけに痛々しいどころの騒ぎでは無かった。
 
 ――そこに、彼の宿命というか何というか、これ以上ないほどの(悪い)タイミングで司が飛び込んできた。
 
「せ……精霊も結構速いですねぇ〜。でも確かにこっちに行ったはずで――」
「まだいたわねー!!」
「すねぁっ!?」
 炸裂、右アッパー。封印解凍による力が上乗せされた一撃をまともに喰らい、司が錐もみ回転で吹き飛んでいく。そのまま天井へと激突してから地面へと落っこちた。
「あ、あら? 私は何を……」
 ようやくセルファが正気に戻る。それを見て真人は一安心とばかりに息をついた。
「最後はやり過ぎだと思いますが、どうやら精霊を倒す事に成功したみたいですね」
「えっ!? そ、そうね。多分これで試練クリアじゃないかしら」
「それにしても、何故この精霊達は俺の姿をしていたんでしょう。己の弱点は自分自身……そういう事なんでしょうか」
 セルファへの精神攻撃だったとは微塵も思わずに考えを巡らせる真人。そのまま司の後を追って現れた月夜達の元に向かう彼の背中を見ながら、セルファはため息をついた。
(そうよね。本当のアイツはこういう奴よね)
 先ほどの偽者の姿が頭に浮かぶ。優しい言葉をかけてくれた真人達。でも――
(うん、やっぱりアイツはこうじゃないと。こんなアイツだから私は……って、違う違う!)
 再び顔を真っ赤にし、喉元まで出てきた想いを否定する。どうやら彼女が素直になれるのはまだまだ先のようだった。
 
 
「これで一つ目クリアだね! 完成するのが楽しみだなぁ」
 精霊が宿り、ほのかに光り始めた本を抱きしめて理知が楽しそうに言う。後は他の者達と合流し、残りの間の調査組の攻略を待つばかりだった。
「ククク……油断スルノハマダ早イゾ」
 その時、再び精霊の声が聞こえて来た。そいつは素早く理知や真人、月夜達の間を駆け抜けたかと思うと、その手にある物を持って現れた。
「あ! あれって入り口でお姉さんから貰ったおにぎりの包み!」
「俺のも取られています。いつの間に……」
「私もだ。あの精霊の速さは相当なものらしい。皆、気をつけろ」
 相手の超絶的な速さを目の当たりにした一行の間に緊張が走る。
 精霊は怪しい笑みを浮かべるとおにぎりの一つを手に取り、包みを剥がし始めた。
 現れたおにぎりは七色と言えば良いのか、何とも不思議な色合いをしていた。それを見た者は思わず眉をひそめる。
「コノ物体ヲ使ワセテ貰ウゾ。ククク……たーげっとハ…………オ前ダァ!!」
 今まで試練らしいものが無かった篝里へと精霊が襲い掛かる。その素早い動きで他の者をかわずと、篝里に防御を取らせる暇を与えずに、その口の中におにぎりをねじ込んだ。
「ドウダ、余リノ味ニ声モ出ナイダロウ。サァ、ソノ苦シミヲ耐エテミセルノダ」
 精霊が勝ち誇った笑みを浮かべる。だが――
「ごちそうさま。もうっ、いきなりお口に入れてくるなんて、この乱・暴・さん♪」
「バ、馬鹿ナ! トテモ食ベル事ナド出来ナイハズダ!」
「あら、そんな事言うならアナタも食べてみればいいじゃない♪」
「コノ色合イ、マトモナ味覚ガアレバルレァ!?
 恐る恐るその味を確かめようとした精霊。口と思われる部分におにぎりを入れた瞬間に脳(?)内で大爆発が起こり、そのまま泡を吹いて倒れてしまった。次の瞬間には今までの精霊と同じように光となり、理知の持っている本へと吸い込まれていく。
「そうそう、アタシって精霊に転生してからナラカの実とか、ごく一部の物しか美味しく感じなくなっちゃってたのよね。あの精霊ちゃんに言い忘れちゃってたわ♪」
 結局、自滅という形で最後の精霊は敗れていった。このおにぎりの製作者は、心を込めた料理がここにいる者達を救ったなどとは夢にも思うまい――