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リアクション
■第28章 追駆
東カナン ザムグの町――
タイフォン家の館の扉を大きく開け放ち、外へ飛び出す者がいた。館で捕虜となっていた東カナン領主バァル・ハダドである。
本来であれば人目を避けなければいけない脱走だというのに委細構わないその音を聞きつけ、一斉に館の窓に明かりがともった。
「うわぁ…」
七刀 切(しちとう・きり)は、にわかに騒がしくなった館内とバァルを見比べた。起き出してきた彼らをここで足止めするべきか、それともバァルについて行くべきか…。
なにしろ「飛空艇を持っていたな?」と訊かれ、頷いたものの、彼が飛空艇を操縦できるかどうかも知らない。第一、外壁沿いにはたくさんの飛空艇がとまっている。どれが切のアルバトロスか、バァルに見分けがつくのだろうか? キーは?
「待って、バァルさん! ワイも行く!」
あわてて玄関前の階段を飛び降り、あとを追いかける。
2人の前に立ちはだかったのは、屋外で東カナンの行く末を考えていた笹野 冬月(ささの・ふゆつき)だった。昨夜襲撃を受けた際、ふと思い立ったことについて考えを整理していたら、バァルが館から飛び出すのが見えたのだ。
相手が客人待遇の領主とはいえ、捕虜の脱走を見逃すわけにはいかない。
自分1人では止められないだろうが、館の仲間が駆けつけるまでの足止めはできるかもしれない。そう考え、冬月は雅刀を手に、上空から斬りかかった。同時に、氷のルーンを刻んだ小石をバァルの足元に落とし、氷術を発動させて凍らせることで動きを封じようとする。斬りかかるのはフェイク、こちらが真の狙いだ。しかし、鎧という重りなしのバァルの速度は、冬月の想像をはるかに上回っていた。
「……ッ!!」
小石が地面につく前に跳躍したバァルの高さは冬月を軽く超え、彼を鞘に納めたままのバスタードソードで一撃のもとにはじき飛ばす。冬月は圧倒的な力の爆発を受け、人形のように街路を転がっていった。
「ふわ……すげ。さすが東カナン一の大剣士――あ、待って!」
バァルは冬月を返り見ることもせず、まっすぐ外壁へと向かってひた走る。
まさに風のごときスピード。そこに、ひょっこり路地から如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が現れた。
彼女は、ダハーカを素材に使った魔鎧の作成は諦めたものの、今後のネルガル戦に備えて武具でも作れないかと思い立ち、夜にまぎれるようにして正規軍の目を盗み、こっそり砂漠へダハーカ解体作業に行っていたのだ。そして、鋼鉄製の大きめの鱗を何枚か持ち帰ることができて、ほくほくしていたのだが。
不運も不運。脱走中のバァルと行き当たってしまった。しかも、その行く手をふさぐというかたちで。
「あーっ!!」
捕虜のバァルが外を走っているのを見て思わず指差したものの、それでどうなるものでもない。
バァルは彼女に見つかっても足を止めず、むしろ走る速度が増したように見えた。
「おー。捕虜の脱走のわりには派手にいってんなぁ」
カイン・クランツ(かいん・くらんつ)が感心したようにヒュウと口笛を吹く。
「ば、ばか言ってないで! あんたはこれ持ってさっさと消えちゃって!」
そう言う玲奈も、今度ばかりは逃げた方が全然いいのだが。あいにくと、玲奈にその気はないらしい。――単に思いつかなかっただけかもしれないが。
カインに鱗のたっぷり入った袋を押しつけ、姿をくらまさせると、自身は健気にも光条兵器・白銀の大鎌を構える。
冴え冴えとした、なかなか美しい武器だ。その大きな刃は威嚇的でもある。
しかし、バァルにそれを警戒している様子は全くなかった。
「いやああああっ! 来ちゃ駄目!!」
おそるべき速さで近づいてくるバァルに向け、大鎌をぶんぶん振り回す。当然そんな攻撃当たるわけがない。
バァルは彼女の頭にとんと手をつき、頭上を飛び越えやすやすと街路に着地した。
「はい、ごめんねぇ」
呆けている玲奈の大鎌を持った手を脇にどけ、切が横をすり抜ける。
「――はッ。ち……ちょっと、待ちなさいよ!」
あわてて振り返ったが、そこにあったのは遠ざかる切の後ろ姿だけで、バァルの姿はすでにどこにもなかった。
「はや! ……っていうか、あれ、脱走……なの? ほんとに?」
それにしてはあまりに堂々としすぎてるんだけど、と小首を傾げる玲奈だった。
「待っ……待ってください!」
抜け道を通り、先回りに成功した笹野 朔夜(ささの・さくや)が路地から飛び出した。
彼の女王のバックラーとバスタードソードが真っ向からぶつかる。
「お願いします、止まってください! 何か訳があるのなら、相談にのります! 話し合いましょう!」
「邪魔だ」
バァルのかすれた重いつぶやきが聞こえる。
冴えた青灰色の瞳が放つ、殺意のこもった冷徹な視線。しかしそれが自分に向けられたものでないことを、朔夜は数々の経験から悟れていた。
彼の瞳は朔夜の姿を映していても、朔夜自身を見てはいない。彼を突きぬけ、その先にあるものを見ている。
(それが何にせよ、彼が冷静さを欠いているのはたしかですね)
女王のバックラーでバァルの攻撃をすり流しながら、朔夜はさらに言葉を継いだ。
「どうか落ち着いて……僕たちに力にならせてください! あなたにもしもの事があったら僕は、東カナンの人に……いえ、いなくなってしまった人達に顔向けできません!」
「うるさい! そこをどけ!!」
バァルは鞘ごと剣を叩きつけた。女王のバックラーを一撃で砕くや、返す手で柄頭を朔夜の胸に叩き込む。
「!!」
重い一撃を肺に受け、朔夜は息がつまった。肋骨にひびが入ったか……何本かイったかもしれない。ぐらりと傾いだ体に電光石火回し蹴りが入る。防ぐことはおろか何をされたのかも分からないまま朔夜は飛ばされ、向かいの壁に激突した。
「――こっわー…」
壁に頭をぶつけたのか、それともぶつかる前からか。気絶している朔夜を見て、切がつぶやく。
だが、これでまだ手加減しているのだ、と思った。その証拠にバァルは剣を抜いていないし、息の根をとめようとまではしていない。進む先からどかせられさえすればいいのだろう。
にしても。
「どうしたもんかねぇ…」
バァルの消えた前方を見て、うーんと考え込む。
全力で走っても、差が開くばかりで全然追いつけない。となれば、このままあとを追うよりいっそ…。
朔夜の現れた路地を見て、切はそちらに足を向けた。
バァルの走る速さはまさに驚異的で、だれも追いつけなかった。もうあと1区画ほど走れば外壁だ。このまま逃げ切るかと思われたとき。
前方に仁王立ちした人影を見て、バァルはざっと砂塵を蹴立てて止まった。
今までの相手とはあきらかに毛色が違う。
その風貌とともに威圧的でありながら殺気も何も感じ取れない、無に近い気配からそれと嗅ぎ取って、バァルはバスタードソードを鞘から抜いた。
雲に隠れていた月が現れ、その光の下、正体があらわとなる。
――三道 六黒(みどう・むくろ)だ。よりによってこの自分の前で、反乱軍を皆殺しにすると言い切った東西シャンバラ人。
口をきいたのは会見での一度きりだが、その性は分かっていた。この手の男は、どけと言ってどくようなら、最初から前をふさいだりはしない。
「……誰にも気付かれぬと思ったか? 全て、きさまの思い通りになると思ったか?」
しんと静まり返った夜の町で。
六黒の重い声は、距離をとっていながらも一言一句バァルのもとへ届いた。
「思い通りだと…」
クッとバァルは嗤いに喉を詰まらせる。
何ひとつ、思い通りにいったことなどない。ただのひとつたりとも。
自分はただ、あいつのてのひらの上で踊らされていただけだ。おそらくはネルガルやアバドンの姦計すらも利用した、あの策士。
そうとも知らず、計画通りにいっているとばかり思い込んでいた…。
「――滑稽だな。これもまた、あいつの策というわけか」
目の前に立つ男。
こいつは知らない。自分の考えでここに立っていると思っている。
それはたしかにそうだろう。だがあいつは……セテカは、こうなることも読んでいたに違いない。真実を知った自分を足止めするために、幾重にも配置された罠のひとつ。
そうでないと考えるには、あまりにセテカのことを知りすぎていた。
「……そこをどけえっ!!」
セテカの姿が脳裏をかすめると同時に、怒りが爆発的に膨れ上がる。
バァルは地を蹴り、一気に剣の間合いへと走り込んだ。
「!」
一瞬で距離を詰められたことに内心驚きながら、六黒は最初の一撃をかろうじてハイパーガントレットですり流した。
彼は知らなかった。武闘大会に参加していたころ、兵たちからはその速さから疾風のバァルあるいは雷撃のバァルと異名を受けていたことを。鎧はあくまで軍の長として部下に与えるイメージのためだけに、周囲から着させられていたにすぎないのだ。
その重りから自由となった今、彼の動きは常人をはるかに超えていた。
(――速い!)
黒檀の砂時計を用いることでどうにか同等。そこから繰り出される研ぎ澄まされた猛攻をしのいでいたが、龍骨の剣を抜く隙が全く見つからない。
ガツッッ!!
「むぅ…」
腹部に重い蹴りをくらって、六黒はザザッと背後にすべった。
同等ではない。わずかにバァルの速度が上回っている。
六黒は懐から勇士の薬を取り出し、飲むことでさらに反射速度を上げた。バァルが間合いを詰める間に、高速抜刀で龍骨の剣を抜こうとする。しかし鞘から完全に抜き切る前に、バァルのバスタードソードと噛み合うこととなった。
「ふん。なるほど。餓鬼の顔をしておるわ」
「なんだと?」
「それが餓鬼だというのだ。うまくゆかぬはわしらのせいか?」
「そんなことはひと言も言ってはいない。むしろ、おまえたちはあわれだ。まんまと策略にはまったわたしも十分愚かだが、利用されていることに気づけないでいるおまえたちは、さらに愚かしいからな」
「なに?」
思いがけない言葉を聞いて、六黒の力がわずかに緩む。
その隙をついてバァルは六黒の髪を掴み、顔面に膝を叩き込んだ。
「……く…」
目の上が切れ、血が流れる。
「師匠!!」
上空、ワイバーンに乗って見守っていたドライア・ヴァンドレッド(どらいあ・ばんどれっど)が、六黒の劣勢に目をむいた。ワイバーンを旋回させ、急降下する。
しかし彼の狙いはバァルではなかった。
「バァルさん、こっちだ!!」
脇道から回り込んでアルバトロスをとってきた切が、すれ違いざまバァルを拾い上げようとしていたのだ。
「師匠の戦い、邪魔させねぇンだよ!」
ドラゴンアーツで増加させた膂力で虚刀還襲斬星刀をふるい、伸ばされた切の腕を切断しようと図る。だが虚刀還襲斬星刀は蛇腹を伸ばしきった瞬間に銃撃を受け、ちぎれ飛んだ。
路地に残っていたヘリファルテのリゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)が、スナイパーライフルで蛇腹剣の最も弱いところを突いたのだった。
「ちぃッ!」
さらに銃撃してくるライフルの弾を避けながら、地表すれすれまで降りたワイバーンを操って再び上昇する。
「しっかり掴まって!」
スロットルとブレーキを同時に操り、切は眼前に迫った外壁を、ほぼ垂直に上ることで飛び越えた。
アクロバティックにひねりを入れ、勢いを殺すことなく北へと機首を向ける。
「おっと、行かせねぇぜ! そっちのあンちゃんは、まだうちの師匠と決着つけてねぇだろ!」
ドライアが前方に回り込み待ったをかける。機動力ではワイバーンの方がはるかに上だ。
ワイバーンが口を開けた。吐く炎でアルバトロスを撃ち落とすつもりだ。
「……くそ!」
「させません!」
後方からリゼッタが再びスナイパーライフルを構える。
そこに、何の前触れもなく、ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)の大魔弾『コキュートス』が落ちた。
一体いつからそこにいたのか……セントリフューガに乗った牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が、嘲笑の笑みを浮かべて落下するドライアと地上の六黒を見下ろしている。
「くそッたれがぁ!!」
ドライアは必死にワイバーンを操った。この速度で地上に叩きつけられれば、ワイバーンとともにおだぶつだ。
直撃した『コキュートス』に皮膜を凍らされ、翼の一部を欠損したものの、ドライアの指示によってワイバーンはどうにか意識を回復し、懸命に羽ばたくことで激突を回避した。
「あ…」
礼を言おうとした切を、アルコリアが一瞥する。
助けたわけではないと彼女の無感動な目は言っていた。たまたまそうなっただけだ。
彼女の目的は、地上にありて彼女を険しい眼差しで見上げる、あの三道 六黒ただ1人。昨夜の戦いでアコナイトを倒した彼に興味を持ち、今度はアルコリアとして再戦に赴いてきたのだ。
「あのコにはこちらでの戦闘慣れの為にと思って今回身体を貸しましたが、驚きましたね。まさかあのコが敗れるだなんて」
ではあれは、葦原で倒した神より強いのか。
神を一撃で倒した饕餮の装甲を削ったときより苦戦するのか。
カミロ・べックマンのイコンのバリアを剥いだときよりもきついのか。
「神の代替品サロゲート・エイコーンすら水に浸した角砂糖のようで退屈してたんです。……弱かったら、許しませんよ?」
アルコリアは、さっとセントリフューガから飛び降りた。その手は軽く腰の海神の刀に添えられている。
アコナイトとの戦いやバァルとの戦いを行動予測で観察して、すでにある程度の情報を得ていたアルコリアは、地に降り立つやいなやすぐさま六黒へと突き進む。
「参ります!」
金剛力を上乗せした、すれ違いざまの抜刀術。
六黒の二の腕が裂かれ、頬が切れた。
だが同時に、ハイパーガントレットと黒檀の砂時計、勇士の薬で速度を上げた六黒の高速抜刀で、アルコリアの脇腹も切り裂かれる。
ほんの上面のみだ。お互い先手を読もうとするあまり、一撃が浅い。
「ふふふふふ…」
たらりと垂れた血を見て、アルコリアは不敵に笑った。
まさしく。こうでなくては、いっそ興醒めというもの。
「マイロード!」
上空のナコトが、まるでわが身が傷ついたかのように引き攣った声を上げた。
「そこの者! マイロードを傷つけたこと、万死に値します!」
指を突きつけ、向かおうとしたナコトの肩をかすめるように、ワイバーンの炎が視界をふさぐ。
「てめーの相手はこの俺だッ! よくも不意打ちなんざ汚ねー真似しやがってッ!!」
体勢を立て直したドライアが高みより牙を剥く。
ナコトは無言で迷彩防護服を用い、闇にまぎれた。
しかしドライアはそのことに気付かない。空に立ったまま自分を睨みつけるナコト――それはシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が用いたメモリープロジェクターによる投影だった――に破損した虚刀還襲斬星刀でランスバレストをかける。
「あまいあまい。その程度の観察力じゃあ戦場では全然命とりだよぉ〜」
きゃははっ
地上のラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)が、ぱんぱん膝を叩いて嗤った。
「なにっ!?」
映像のナコトを突き抜けた直後、待ち構えていたガーゴイルがカッと口を開ける。
「ちくしょう!」
ドライアはとっさに手綱を強く引いた。ワイバーンの首を持ち上げ、これを盾とすることで自身の石化を防ぐ。
頭部を石と化し、落下していくワイバーンの背を蹴って地上に降り立ったドライアは、ラズンにスキル・毒虫の群れで呼び寄せていた毒蛾たちを放った。
「させません」
シーマがシーリングランスで横槍を入れる。
胸を裂かれたドライアのスキルが強制解除され、支配から逃れた毒蛾はラズンにぶつかる前にパッと闇に散って行った。
「くそぉ…!」
突然の横からの攻撃にたたらを踏んだドライア。そこにすかさず闇にまぎれていたナコトの大魔弾『タルタロス』が火を吹いた。
これをかわせたのは生来の力か、それとも勇士の薬によるものか。
「同じ手を何度もくうかぁーっ!!」
ナコトに向け、虚刀還襲斬星刀を槍のように投げた。すばやさの落ちたナコトはこれをかわしきれず、手で払いのけるしかない。その一瞬をついてドライアはゴーレムをラズンたちに仕掛けた。これをシーマが打ち倒し、岩の塊としている間に自身はワイルドペガサスで空中に逃げる。
「3対1たぁ卑怯なやつらめ…」
地上の2人を見下ろしながら、ドライアは荒い息を必死になって整えた。
正直、かなり危なかった。だが回避することができた。
「まだまだこんなものではありませんわ。マイロードに土をつけた罪、その身で購っていただきましょう」
ぞくりとするほど間近から、ナコトの声が聞こえた。
「くそがぁッ!! なめンじゃねーぞ!」
振り返ったドライアの前、何体ものナコトの姿が浮かび上がる。メモリープロジェクターによる幻だ。そのうちの1体が本物で、隙をつくつもりなのだ。
「おらあッ!!」
毒虫の群れを発動。再び集約した毒蛾を鞭のようにして、全てのナコトを一瞬で貫通させ掻き消していく。
「残念。そのどれでもありませんわ」
すぐ真上から。
ナコトは血のインクで強化した大魔弾『タルタロス』を撃った。
ドライアは雷撃に身を引き裂かれつつ落下した。
どうと重い音をたて、足元に落ちたドライアに視線を走らせた六黒の動作を隙と見て、アルコリアが間合いへ飛び込む。
「これで終いですっ!」
今一度刃を納めた剣を用いてのチャージブレイク、疾風突き。
全てを攻撃力に変えた必殺の一撃が六黒のブレイドガードを突き破り、左肩を貫いた。
「……ふん」
肩に突き刺さった剣の鞘を握る六黒。アルコリアごとそのまま強引に引き抜くかと、だれもが思ったとき。
六黒は、鞘をさらに自分の中に押し込んだ。
「! なにっ!?」
驚いたアルコリアは、その一瞬、逃げが遅れた。
ぐいと剣に腕を引かれ、六黒の間合いに無防備な首をさらす。彼女のなめらかな肌に、次の瞬間六黒の牙が突き立てられた。
「しまったっ! 吸精幻……夜…」
アルコリアの目から、急速に光が失われていった。剣柄を持つ手から力が抜け、だらりと下がる。
「マイロード!!」
「やめろおぉっ!!」
シーマが突撃をかける。飛竜の槍でシーリングランスを振るおうとした彼女に向かい、六黒は無防備なアルコリアを盾とした。
「卑怯な…!」
「おまえがそれを言うんじゃねぇよ…」
寸前で手を止めたシーマをドライアが横殴りする。
「ハーッハッハッハ!!」
まともに入って地面を転がったシーマを見て、ドライアは血を吐きながら高笑った。
まさに満身創痍。常人であれば立ち上がることもできないほどの傷を負っている。
よろけた背中が、自身のワイルドペガサスに当たった。
「乗れるか?」
「……へっ。師匠こそ、大丈夫か? その腕で」
六黒は無言でアルコリアから手を放すと、剣を引き抜いた。
穴から鮮血が吹き出そうと、びくともしない。
「愚問だったな」
2人はワイルドペガサスにまたがり、一気に上空へと駆け上がった。
北の方角を見たが、とうにバァルの乗るアルバトロスの姿はない。かすかに、数機の飛空艇が見えるだけだ。
『わたしも十分愚かだが、おまえたちは、さらに愚かしい』
(愚か、か…)
「――行くぞ」
六黒は北東へ馬首を巡らせた。
はるか前方に連なるエリドゥ山脈へと向けて――。
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