校長室
魂の器・第3章~3Girls end roll~
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第2章・挿話【2】〜それぞれの祈り〜 「寺院の人の冥福を祈る?」 「……そうだよ。だからついてくんのは勝手だけど邪魔すんじゃねーぞバカ女」 「それで、警察署なのね」 アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)の話を聞いて、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は塀の向こうに建つ警察署を見ながら歩を進める。2人の前を歩くのは空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)だ。空京の地祇である狐樹廊が空京に来るのはいつものことだが、アストライトはさて何をしてるんだろうと思いリカインは無理やりついてきた。それが、ここまで真摯なものだったのは少し驚きである。 「狐樹廊も、今日はそれで来たの?」 「いえ、見回りのようなものですね」 晴れて首都となる前から、空京はシャンバラ屈指の都市だった。人が、光が多ければまた陰も強くなるもの。様々な事件に見舞われるもまた勲章のようなものといえるかもしれない。だが―― 「この地の名を頂く地祇として、不穏な事態を見過ごすわけにはまいりません。それこそテロなど企てる愚か者がおりますれば灰も残さずナラカへと送って差し上げましょう」 「これから行くのはその『愚か者』の所だぞ? 警察で骨までナラカに送るとかすんなよ」 「ご安心を。手前も死人に鞭打つような態度には賛同しかねています。すでに命を落とされた方を追い詰める必要などありはしないのですから……おや」 ふと、狐樹廊が足を止める。不思議に思って視線を戻すと、向かいから何やら集団が歩いてきていた。彼女達も警察署に用事があるようだ。何だろう、運転免許の講習会でもあるのだろうか。否、その中には車椅子の少女もいる。 「……何かあったのでしょうか」 「聞いてみる?」 リカインは彼女達に話しかけた。そして、得た答えは―― 「弔い?」 奇しくも、先程聞いたばかりの話と似通っていた。しかも、訪問する相手は同じようだ。 「うん。わたし……あの日、少しだけ太郎さんと関わったから。それで、お別れを言いにきたの。みんなも、それぞれに理由があるみたいよ」 「そうですか……。あの事件の日にデパートにおられたんですね」 「それにしても……、同じようなことを考えてる人が他にもいたのね」 「そういや、さっき電話した時に刑事のオッサンが『またか』とか言ってたな」 リカインとアストライトが口々に言うと、ファーシーは不思議そうな顔をした。 「同じよう? また?」 「俺も、事件の犯人を祈りに来たんだよ」 「山田を……ですか? 寺院の人間を、何故?」 理由が読めない、とアクアが疑問を口にしたのを受け、アストライトはそれについての考えを話し出す。 「鏖殺寺院なんて一括りに言ったって、テロリストなんて言葉すら霞むような下衆もいれば、想像以上に真っ直ぐな奴もいる。……それに、だ。俺らだって依頼という形で少なからず命を奪ってきてるんだから偉そうに正義だ悪だと言う資格なんてねぇと思ってる」 「…………」 「鏖殺寺院は敵だ。それは間違いねえけど、死んじまったらみんな同じ人間なんだしな。……身寄りのない奴も結構いるんだろ?」 「「…………」」 チェリーが目を伏せ、アクアがぴくりと眉を動かす。それには気付かず、アストライトは言う。 「てことで、俺なんかじゃ味気ねぇだろうけどさ、せめて冥福ぐらい祈ろうと鏖殺寺院側の犠牲者を時々聞いて回ってたんだよ」 「……チェリー?」 深く俯いたチェリーに、茅野 菫(ちの・すみれ)が心配そうに声を掛ける。前髪に隠れて分からないが、その様子は涙を堪えているようにも見えた。チェリーはぶんぶんと何度か首を振り、菫からハンカチを受け取る。それを顔に当てて面を上げると、彼女はアストライトに心から言った。 「……ありがとう……」 「ん? ネーチャン、犯人の知り合いなのか?」 聞かれ、チェリーはこくりと思い切り頷いた。 「……そろそろ行くぞ。いつまでもこんな所にたむろってたら邪魔になるだろ」 彼女達を視界に捉えつつラスが言い、それを契機に皆は歩き出す。リカインが口を開いたのは、それから間もなくのことだった。 「……私は正義や悪なんて語れるような生き方をしてきてないけれど、どんな相手であれ弔いたいって気持ちや行動はいいことじゃないかしら。まあ、重い話はこれくらいにして……」 彼女は明るい声で、皆に言った。 「そうそう、みんなは蒼空歌劇団って知ってる? 恥ずかしながら私も一員なんだけど、興味があったらぜひ見に来てね。団員希望も大歓迎だから」 「……来たな」 一行の姿を見ると、ロビーの椅子に座っていた警部は立ち上がった。今日は部下はいないらしい。 「呼び出す前に待ってるとか、警部ってのは暇なのか?」 ラスの姿を見て、警部は苦虫を噛み潰したような顔をした。 「……お前もいたのか。まさか、弔いに?」 「まさか。ただ、ピノが来たいって言うから……」 警部の視線がピノに向く。元気のない少女の様子に、彼は気の毒そうな表情になった。 「……そうか。遺骨は部下が用意して、見張っている。これが必要書類だ」 「げ、何だこれ、複雑だな……」 数枚のA4用紙を渡されてラスが顔をしかめると、レンが声をかけてきた。 「面倒な法的処理は俺の方で済ませよう。その間に山田と対面してくればいい」 「あ、ああ……それじゃ」 書類を受け取り、レンは警部に向かって名を告げた。警部は頷く。 「電話をしてきた男だな。こっちのテーブルで書くといい、茶でも出させよう。もう1人遺骨を見たいというやつがいてな。もうすぐ来るだろうから俺も待たせてもらうが」 「いや、それなら、もう来ている」 レンが振り向き、アストライトが近付いてくる。 「俺がアストライトだよ。さっき、外で会ったんだ。一緒に行くなら別々に手続きする必要もねぇだろ?」 「む、そうだな……では、案内しよう」 警部は受付の婦警にレンに茶を出すように言うと、廊下に足を向けた。一行が彼についていく中、ファーシーが止まってあれ? とロビーをきょろきょろとする。ずっと一緒に来ていたはずの2人組がどこにもいない。いつの間にか増えていた蒼空の花園の住人もいない。 「どこいったんだろう。……まあ、いいか」 だが、彼女はそう深く気にすることもなかった。皆の後を追いかけていく。 「……先生、駐車禁止区域ですよ」 警察署前。そこは、当然の如く路駐禁止区域である。路駐する者数多居れど、警察の前で慣行する者はまず居ない。だが、シルヴェスターはそこに堂々とセルシーちゃんを停めていた。その運転席にはフライングヒューマノイドが乗っている。 「こいつを見張り番に置いておくから大丈夫じゃ!」 「ヒューマノイドは身勝手で、殆ど言う事を聞かない従者ですよ。何をするか分かりません」 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)はそう指摘する。実際今も、運転席で何かいじっているのが見えた。しかし、シルヴェスターの自信は微動だにしない。 「ワシの躾は万全じゃ!」 そして警察の敷地内に入っていく。パラ実生であることは気にしない。堂々としている。 「…………」 どうやら、これ以上言っても無意味のようだ。ガートルードはそう判断し、1度だけセルシーちゃんを一瞥してから歩き出した。 ◇◇ 部下に案内され、皆が霊安室に入っていく。その後ろの方を歩いていたラスは、入口の手前で足を止めた。 「……エース」 「? 何だ?」 中に入りかけていたエースが振り返る。 「ピノ、頼んでいいか? ずっと気にしてくれてただろ」 「……エスパー?」 「見てれば判る」 確かに、エースはピノと、チェリーの様子が少し気になっていた。2人は明らかにこの対面に気構えている。自分が結構いつまでも引きずる性格なので、あまり深刻に落ち込みすぎていなければいい、と心配だった。 「おにいちゃん、来ないの?」 ラスと手を繋いでいたピノが、不安そうに彼を見上げる。 「俺は中に入ったら、それこそ骨壺を壊しかねないからな。……弔うなんて、まっぴらごめんだ。だから、外で待ってるから」 「あれ、ラッスン、行かんのか? んじゃあ、俺も待っとるわ」 「ちーは……うん、待つよ!」 「……お前達は行けよ」 後ろから声を掛けてきた社と千尋にそう言うと、社は思いっきり背中を叩いてきた。 「なーに言っとるんや! 言うたやろ? 最後まで付きおうって。ピノちゃんにエースさんがついとるなら俺はお前や。何やあれやで。ラッスンもさっきから危なっかしいからなあ」 「……どこがだ」 「そこがだよ。自分も待ってるよ。そんなに時間掛からないだろうし」 「俺も外で待っていますよ。山田さんに特別用があるわけでもありませんから」 ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)が言い、大地もそうして戻ってくる。 「シーラさんは中に入ってピノちゃんを見ていてください。あ、ビデオとかまわさないでくださいね?」 「わかりましたわ〜。おまかせください〜」 ビデオを仕舞って霊安室に消えていくシーラ。大地は次に、ティエリーティア達に声を掛ける。 「ティエルさん達は中に入るんですよね?」 「はい。ファーシーさんが心配ですから〜。フリッツは〜」 「行くに決まってんだろ!」 「私もティティが心配ですから一緒に行きます」 「危ない所に行くんじゃないんですよ〜」 ティエリーティアとフリードリヒ、スヴェンが霊安室に入っていく。 「マナカはどっちにしようかなーーーーーー。ねえ、どっちが良い?」 春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)に見上げられ、ラスは少し考えてから彼女に言った。 「ピノについていてくれ。お前に懐いてるし、一緒に居れば安心するだろ」 「おっけ。んじゃ行ってくんね! 終わったらみんなで楽しいことしよーーーー!」 「仕方ありませんね。行きますか……」 真菜華に続き、エミール・キャステン(えみーる・きゃすてん)も中に入っていく。霊安室の扉が閉まると、大地はラスに話しかけた。 「随分と真菜華さんを信頼してるんですね。何ですか、いつも鬱陶しそうにしてますが、実はそうでもないとか?」 「……何だよいきなり……」 少々鼻白んで大地を見てから、ラスはふいと視線を逸らした。 「別に……、そう悪いやつでもないだろ」 ◇◇ スチール製であろう長方形のテーブルに白い布がかけられ、その上に白い水溶性の袋に入った直方体の箱が置いてあった。袋の口は紐で締められ、蝶結びされている。 「……すみませんが、遺骨はこの状態なので1人1人骨壷に骨を入れていくことは出来ません。ですから、焼香をする形になります」 部下の指示に従い、輝夜とアシャンテ達、アストライトとリカイン、狐樹廊、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)とキリカ・キリルク(きりか・きりるく)、アクアが順に線香を立てていく。 (何故、私がこんなことを……) 5000年生きていてもこういった場の経験の無いアクアは、見よう見まねで焼香を済ませた。その間に何か具体的な事を考えることもなく、何となくもやもやとした形のものを感じつつ後方へ下がる。背を向ける時、無意識下で別れの言葉を呟いたことには気付かずに。 (……静かですね) でも、息が詰まるような感じではない。ただ、時が進むにつれて室内が線香の香りに満たされていく。 (何かが焼ける匂いというのは何度も嗅ぎましたが、この香りは初めてです……) ◇◇ 遺骨の隣に、椎名 真(しいな・まこと)が白い百合の花をそっと置く。それを見届けてから、原田 左之助(はらだ・さのすけ)は真と共に線香を立てて手を合わせた。山田との面識はないが、死者の前ではそういう些細なことは無用だろう。 真もまた、静かに手を合わせていた。話を聞いて彼が山田、そしてチェリーに抱いたのは、悲しみに似た感情。 怒りとか、そういうのはない。皆が元に戻れたから言える甘い事、なんだけれども。 ――ナラカへの旅路がせめて穏やかなものであったように。 それだけを、彼は祈る。 一目会えてよかったと、そう思う。 目を開けて、振り返る。そこには、後方で順番を待つチェリーが辛そうな顔で立っていて。遺骨に目を戻し、否応なく脳裏に浮かんでくるのは「パートナーロスト」という言葉。 しょっちゅう死に掛けたり怪我をしている真にとってそれは他人事ではなく、骨を前にすれば尚更に考えてしまう。 彼女は――そして、ここへ来た人達、自分と同じように弔いに来た人達は、どういう想いなんだろう。 それが、少し気になった。 焼香を終え、遠野 歌菜(とおの・かな)と月崎 羽純(つきざき・はすみ)に場所を譲って後方へ退く。彼女達を見つめる真に、左之助が淡々と話しかけてくる。 「……何を考えてる?」 真の思考を読んだかのような、言葉。 「何かを思うなら思えばいい。本当に何を思ったかは当人しかわかんねぇけどな。これも、こいつが思うように進んだ末路の一つだろう」 左之助の目は、静かに壺に向けられていて。 「うん……」 真は前を向いたまま、そう応えた。 ◇◇ 遠野 歌菜(とおの・かな)と月崎 羽純(つきざき・はすみ)は、2人並んで遺骨と向き合い、線香を立てた。 暗緑色の線香の先に点る朱色の灯。それを見て、彼女達は目を閉じる。2人にとって山田太郎とは、羽純の記憶を取り戻す切欠になった人。 彼に届くよう、歌菜は心を込めて語りかける。 山田さん……チェリーちゃんにも言いましたけど、 皆を傷付ける行為で簡単に許せない事だけど、 ――でも、貴方が居たから、羽純くんは過去の記憶を取り戻す事が出来た。 その事に感謝しています。 私は、貴方に一言お礼が言いたかった。 「――――」 薄く目を開けて羽純の様子を伺う。今、何を考えているのか、それがとても気になった。 (羽純くんは……どうなんだろう?) 本当は……嫌、だったのかもしれない。辛い記憶を思い出すのは……どんな気持ちなんだろう。 「どうした?」 「えっ!?」 不意に訊かれ、歌菜は驚く。どうやら、思いが顔に出てしまったらしい。そう、羽純が彼女の揺れる気配に気付いたのは、黙祷を終えてすぐのこと。 らしくない元気のない様子。しかもこちらを気にしている素振り。何を考えているかは想像がついた。その上で、羽純はそっと彼女の背を押す。「どうした?」という言葉で。 「うん……」 歌菜は少しだけ迷いを見せてから、羽純に聞いた。 「……羽純くんは記憶、取り戻せて……よかったのかな?」 思っていた通り。その言葉をゆっくりと心に沁み込ませ、彼は言う。 「俺は取り戻せてよかったと思ってる。確かにいい思い出とは言い難いが、記憶が蘇って……俺はやっとちゃんとここに立てた気がする。 今がどれだけ幸せなのか……分かったんだ」 「……羽純くん……」 黙祷中、羽純が心で呟いた事。山田に伝えた事。それは。 『記憶を取り戻せた事に感謝している』 その一言だから。 羽純は左手で、歌菜の前髪にそっと触れた。脇に流すと、彼女の表情がよく見える。 「だから、そんな顔をするな。俺の幸せが歌菜の幸せに繋がるんだろう? 俺を幸せに出来るのは……きっと、お前だけだ。そのお前がそんな顔してると、俺を幸せにできないぞ?」 「…………」 歌菜は羽純をじっと見つめた。優しい、想いのこもった、言葉。 その言葉は、すっと深く彼女の中に入ってきて。 「おかしいな。私が羽純くんを幸せにしようと思ってたのに、羽純くんに逆に幸せを貰ってる」 そして、歌菜は羽純の指先をきゅっ、と握った。 「……ね、昔の話、聞かせて。辛い思い出も全部。羽純くんが嫌じゃなければ、私もその記憶、一緒に共有したい。 ――ううん、私がもっともっと羽純くんのこと、知りたいんだ」 「……ああ……」 羽純は笑い、その大きな手で彼女の手を、握り返した。