校長室
魂の器・第3章~3Girls end roll~
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第2章・挿話【4】〜赤茶色の犬少女・再出発と恋の終わり〜 「トライブ、なんか楽しそうだね」 「おう、デートからが俺の本気だ! 女の子に恥をかかせるマネなんてしないぜ」 「デートかあ。やっぱりチェリーさん、初めてなのかな? ……あ、来た」 「お、お待たせ……」 ジョウとトライブが話している中、チェリーが署から出てきて前に立つ。 ミニスカニーソ絶対領域の格好――もう少し詳しく言うと白いもこっとしたセーターにタータンチェックのミニスカート、黒のニーソックスに小さな赤い靴。 (か、髪、ちゃんと梳けてるよな……?) 一応ちゃんと梳き直したけど。着替える時に、勝負下着を前にどうするかと真剣に悩んでつい髪をわーーっ、とくしゃらせてしまって。 そして、悩んで悩んで―― いや、絶対領域と呼ばれるのはそれなりの根拠があるはずだ。絶対領域……絶対…… 「だ、大丈夫かな……?」 どきどきしながら聞いてみる。トライブのリクエストだって言ってたけど……。 「ああ、チェリー、すげー似合ってるぜ、最高だ」 「……!」 ぼっ! と、顔が……それこそ、火が出そうなくらい熱くなった。 「じゃ、行くか!」 トライブは、当たり前みたいに気軽な調子で肩を抱いた。その一瞬、確かに目を見つめられて彼女はぱちぱちと瞬きする。 「うん……」 そうして歩き出す2人を見送りながら、ジョウは思う。 (……長いようで短かったけど、チェリーさんの為にボクたちは何かできたのかな?) トライブはデートだってはしゃいでるけど―― (ほんの少しだけ寂しげに見えるのは、これでお別れだと思ってるからだよね) 空気はまだまだ冷たくて、そんな時に恋しくなってしまうのはやっぱり暖かいもので。 「熱いから気をつけろよ」 「う、うん……」 ほかほかの鯛焼きを笑顔で渡され、チェリーは紙袋をぴりりと破く。ちょうど真ん中あたりに点線が入っていたので、そこを目処に。 ふ、と顔を上げると、トライブは鯛焼きを半分ほど減らしてこちらを見ていた。 「……? な、何だ?」 「ん? そーいう丁寧な仕草、いいよなって」 「え……」 ほわん、と。恥ずかしさと嬉しさの混じった気持ちが芽生えて。食べる前から、少し胸があったかくなった。 「そ……そうかな」 鯛の頭をぱくりとくわえる。すると、トライブはにかりと笑って、彼女に言った。 「頭から食うところ、同じだ」 目の前で振られた半分に減った鯛焼きは、尻尾側を残していた。 『ぷり☆くら』とロゴの入った分厚いビニールで囲われた中。入ったことがなく、憧れだけがあった写真シールの機械の前で。 『はいっ! いっくよーっ!』 ぱしゃっ! 「こ、これ……」 ピンクの花のフレームに囲まれて笑う彼女の顔は、自ら見たことのない笑顔を浮かべていて。でも、少し恥ずかしそうで。 「変な話だけど……私、自分が笑ったの、初めて見た……」 「やっぱり、チェリーの笑顔は可愛いな。すぐ、いっぱい笑えるようになるぜ。鏡の前でもな」 トライブはそう言って、それから、数メートル先のシューティングゲームへ歩いていく。 「チェリー、俺、これやりたいな。付き合ってくれるか?」 少し大きな声でチェリーを誘い、硬貨を入れ始める。シューティングは、彼女がさっきから気になっていたゲームだった。ちょっとうずうずするけどデートでこれはないよな……と思っていた所でこの誘い。 (私があれやりたがってたの……気付いたのか……?) ◇◇ あっという間に時間は経って。 チェリー達がル・パティシェ・空京へ行くと、外の暗がりにアクアが立っていた。目敏くこちらを見つけて拗ねたような目を向けてくるが、近付いてこようとはしない。2人が店先まで行くと、彼女はやっと口を開いた。 「遅いじゃないですか。私も打ち上げに……と勧められたのですが集まっている顔ぶれ的に私1人では入りにくいんです。というか、1度入って伝えることは伝えましたし参加も了承されましたが落ち着かないのです。付き合いなさい」 「……それは、良いけど……」 勧められたからって律儀に来たのか、とちらりと思ったが声には出さず、チェリーは彼女とトライブと連れ立って店に入る。攻撃機能がほぼ無くなったとはいえ、チェリーの中にはアクアへの苦手意識がまだ残っている。正直、この短期間でここまで丸くなったのが信じられないくらいだ。 ……でも……それは私も同じかな。 アクアがここまで来たということは―― ぱぁん! 「おっ!」 「……わっ!」 中に入った途端、クラッカーで迎えられてチェリーはびっくりする。細かい色紙が頭の上にはらはらと落ちてきて。目を丸くしている彼女に、ゼファー・ラジエル(ぜふぁー・らじえる)がてててっと近付いてお迎えをした。 「チェリーちゃん、おかえりなさいですぅ。準備はばっちりですよー」 ゼファーの後ろには正悟とエミリア、リネンとユーベル、ライスとミリシャ、ジョウ、そしてエリザベートが揃っていた。エリザベート以外の皆がクラッカーを持っている。さらにその後方には綺麗にクロスが張られたテーブルが並び、美味しそうなケーキや料理の匂いが食欲をそそる。 正面の壁には、大きな横断幕が張られていた。カラフルで、明るい色彩。手書きで『皆さんお疲れ様』と書いてある。店内の飾りつけも、かなり凝っていた。 「ご主人様には早めに連絡もらってたのでー。気合い入れましたよー」 「……これ、全部ゼファーがやったのか……?」 「ケーキと料理はエミちゃん作ですよー」 「腕によりをかけてみたの。ちょっと作りすぎちゃったかも」 エミリアはそう言って微笑んだ。 「ミリシャさん達にも手伝ってもらいましたー。みんなでやったんですよー。仲良しになりましたー」 確かに、皆が1つにまとまっているような感じがする。護衛してもらっていた時とはまた違う、暖かな一体感。 「ミリシャさんは、すごくきびきびしていて助かりましたよー」 「皆、ありがとう……」 「ほら、しんみりしてないで、今日は楽しもうぜ!」 正悟が言い、皆は1つのテーブルに集まった。 「……チェリー……何飲む? ……いろいろあるわよ……」 未成年が多い、ということで用意された各種清涼飲料水を見てリネンが言う。 「そうだな、じゃあ、コーラで……」 「これですね、どうぞ」 ユーベルが彼女のグラスにコーラを注ぐ。その隣では、戸惑いまくっているアクアが適当なグラスを手に持っていた。エリザベートもジュースのコップを持って――もう飲んでいるが見なかったことにして。 「よし、それじゃあ……」 皆に飲み物が行き渡ったところで、ライスが音頭を取る。 ここからは、色々と考えていたことを忘れてめいっぱい楽しもう。飲んで食べてしゃべって―― 「乾杯だ!」 ――チェリーのこれからに、かな。 店内には笑顔が溢れていた。皆がそれぞれに力を抜いて、様々な話に花を咲かせている。和気藹々とした中で、エリザベートはケーキやクッキーを美味しそうに頬張っていた。 「美味しいですぅ。お昼にもらったクッキーも美味しかったですし、今日が暇で良かったですぅ〜」 「いっぱい食べてくださいねー。あまったらおみやげに持って帰ってもいいですよー」 「ほんとですかぁ?」 そんなエリザベートを眺めつつ、アクアは思う。 (エリザベート……テレポートが使えるらしいですね。望も待っているでしょうし、帰る時は同行しましょうか。……ケーキを一杯持たされそうでもありますが) そして、チェリーに近寄った。彼女には話しておきたいことがある。 「チェリー……私も、寺院を抜けました。今日の昼の話です」 「寺院を……? そうか……」 チェリーは安心したような笑顔を浮かべる。アクアとはそんなに親しいわけでもなかったしお互いに、苦手と無関心という感情しかなかったと思うけれど。それでも、自分だけ寺院を抜けたというのは――アクアがまだ在籍していた事は少し気になっていたから、純粋に良かったと思う。 「衿栖達のおかげです……。って、不思議なものですね。こんなに急激に環境が変化して――ずっと抗っていたというのに、今は『おかげ』なんていう言葉を使っている。私も……これから心に闇を抱えた誰かに会ったら『お花畑』とか『おめでたい』とか言われてしまうのでしょうか。もの凄く嫌ですが……そう嫌でもない気がします」 「……アクア……。私……私達は、このままでいいんだと思う。今のまま、自然に……。私達は、多分、誰かと話して、接することで自分を作っていくんだって……。今回のことで、そう思ったんだ。 山田太郎と2人きりでずっと過ごしていて、山田太郎の考えが普通だと、そういうものなのだと思っていた。でも、こうして皆と接して、いろんな個性の人が、考えの人がいるんだって、分かった……。それは、感化されたとか影響されたとかそういう事じゃない。新しく『知った』だけ。私の中に、私はちゃんといるから……」 「……本当に変わりましたね。でも……私達の罪は消えませんよ。これからも」 アクアはそう言って、チェリーと目を合わせた。 「……そうだな」 ――彼女の幸せが、私の幸せ、ひいては彼の幸せですか…… 「貴女、良い仲間を持ちましたね」 こんこん、こんこん。 その時、彼女達の近くの窓が何かでつつかれるような音がした。2人が振り返ると、窓の外にパラミタキバタンがとまっていた。――2羽。両方共、目が黒い。 「「ガーマル、ブロッサム……」」 『!?』 アクアとチェリーが同時に言い、談笑していた皆が一斉に振り向く。ガーマル……、ブロッサム!? え、2羽いたの? チェリーのペット、2羽いたの? もしかして後付? とかいう驚きだ。その驚きを察して、2人は言った。 「2羽共、チェリーのペットなのですよ。両方オスで、とさかが少し長いのがガーマル、短めなのがブロッサムです」 ……分かるかそんなの……!!!! と、何人が思ったとか思わなかったとか。 「……デパート……では、ガーマルだけに補助をしてもらってたんだ……。苦労をかけた……ん? 何だ?」 ガーマルが不明瞭な言葉でチェリーに話しかける。彼女はそれを、皆に通訳した。 「『ボクにモフタンっていう名字が出来たから、友達だけどブロッサムもブロッサム・モフタンだよ。兄弟みたいなものだしね。それでね、チェリー。ボク、これからアクアと一緒に居ようと思うんだ。アクアはキライだけど、ちょっと丸くなったし、ほっとけないからね。チェリーはもう、大丈夫そうだから』。……ああ、そうか……寂しくなるな……」 傍から見ると1人2役である。だが、チェリーは本当に寂しそうで。 『だから、これからはブロッサムだけになっちゃうけど、まあ、たまには会いに来るよ』 「え……? ブロッサムは残るのか?」 『うん、アクアの事もそうだけど……、ボク、一緒にいると楽しい子に会ったんだ。だから、その子とまた冒険したいな、とも思う。もふもふばっかりしてくるちょっと困った子だけど……。ボク、オスだから背中触られても……なんだけどね』 『チェリー、末永くよろしくな! そこの兄貴達も、世話になるぜ! あ、チェリー、これ訳してくれ』 「う、うん……」 ブロッサムに言われ、チェリーは正悟にそれを伝えた。そして――良いバトンを渡されたような気がして、彼女は昼に預かった住民申請書類を出した。記入はもう、終わっている。 「契約……お願いしてもいいかな……」 書類を受け取り、正悟はチェリーと向き合ってはっきりと言う。 「ああ。これからもよろしく。チェリー」 ◇◇ 「…………」 正悟とチェリーが契約するのを見届け、トライブはそっと店を出た。夜の商店街を1人歩く。チェリーは気付いていない。……これで、お別れだ。 (トライブ……) ジョウは彼が出て行った出入り口を見つめ、俯いた。トライブはきっと、裏で寺院やエリュシオンと繋がっている自分が、何時までもチェリーの傍にいたら迷惑になると思っているのだろう。だから、打ち上げで皆と仲良くしているチェリーを、新しい道に進むチェリーを見届けて外に出たのだ。 でも。 ――でも、でもでも! それじゃ、どっちも悲しすぎるよ! どうするかはチェリーさん次第だけど……ちゃんと挨拶くらいしてほしいんだもん! 「チェリーさん!」 ジョウは、チェリーに呼びかける。 「トライブ、出て行っちゃったよ! 何も言わずに! このままもう会わないつもりなんだよ!」 「……え……?」 振り向いたチェリーの顔が強張る。彼女は――弾かれたように、店を出て行った。 「トライブ!」 チェリーの声。追いかけてきたようだ。だが、トライブに振り向く気はなかった。足を止める気も。 彼女には仲間や友人がいる。俺なんかが居なくてももう大丈夫だ。 俺はチェリーに好きと言って貰えるほど上等な人間じゃない。俺の手は汚れてるし、これからも汚し続ける……。いつか、その報いを受ける日がきっと来るさ。 ――それでも俺を想ってくれるなら、1つだけ頼みがある。 立ち止まって、振り向かないままに――トライブは言った。 「どうか、日の当たる場所で、幸せになって下さい」 「…………!」 背後から泣き声が聞こえる。しゃくりあげるように、泣いている。 泣くなよ。チェリーには、笑っていてほしいんだ。 ――大切な人が笑ってくれるなら、これ以上の幸せはないのだから。