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魂の器・第3章~3Girls end roll~

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魂の器・第3章~3Girls end roll~
魂の器・第3章~3Girls end roll~ 魂の器・第3章~3Girls end roll~

リアクション

 
「あ、お湯だね! こっちのコンロが空いてるよ。2箇所くらいは使うかな? はい、薬缶」
「ありがとう!」
 厨房にいたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)に2つの薬缶を手渡され、中に水を満たしていく。それらを火にかけたところで、ファーシーはどこかから慌しい空気を感じた。そちらを見ると、ミニス・ウインドリィ(みにす・ういんどりぃ)神野 永太(じんの・えいた)燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)に何か主張している。その内容は――
「早く出よう、帰ろうよ!」
「ミ、ミニス?」
 皆がばたばたとしている中でいきなり急ぎだしたミニスに、永太もザイエンデも戸惑っていた。ポーリアの出産を知った永太は、運ばれていった彼女を何となく目で追いつつ、自分とザイエンデの事を考えていたところだった。まだ、手を繋ぐ以上の事をしたことのない永太達だったが、それでも想像してしまう。
(赤ちゃんか……。ザインは、子供が生める機晶姫なのかな。でも、そうだとしたら、それって、私とザインが……つまり、色々とするってこと……)
 袖を引っ張られたのは、その色々について想像して1人悶々としていた時だった。いやいやそんなことまだ早いし、いや早いとかじゃなくてだから……とか。多分、もう少しで頭を抱えていたかもしれない。
 そんな煩悩に支配されかけていた永太に帰ろうというミニスの真意が掴めるわけもなかった。意外と頭の回るミニスは、研究所に留まるのがザイエンデにとって酷であることに直ぐ思い至ったのだ。
 出産はおめでたいこと。でも、ザイエンデと一緒にお風呂に入っているミニスには分かっていた。彼女は、人と同じような行為で子供を授かり、産めるような身体ではない。
(そんなザインが出産のことを知って、ましてや子供が生まれて幸せそうにしている二人を見たら……、どう思うか……!)
 ミニスは足りない身長分浮き上がり、永太の耳元に囁きかける。少し遅れてついてきているザイエンデに聞こえないように。
「……ザイン、ああ見えてかなりナイーブで落ち込みやすいんだから、悩ませたくないよ。永太も気を使ってよ!」
(落ち込む……? 悩む……? まさか……)
 その台詞で、永太はやっと察しがついた。
「……そうだな、そろそろ帰ろうか。じゃあ、ファーシーとアクアちゃんに挨拶を……」
 イナテミスの家に帰れば、皆と会う機会もほとんどなくなるだろう。ちゃんと挨拶をしておきたい。
 そう思って2人の姿を探すと、ファーシーはこちらに向かってきているところだった。
「な、なぜ私まで……」
 迷惑そうな顔をしているアクアを連れて、たどたどしいながらに近付いてくる。少し慌てているようだ。自分達の様子から、研究所から出ようとしていることに気付いたらしい。
「永太さん達、帰るの?」
「あ、うん……」
「そっか……、色々ありがとう。気をつけてね」
 微笑むファーシーと仏頂面のアクアに対し、永太は笑顔を見せた。
「また何か困ったことが有ったら……、いえ、困ったことが無くても、暇な時でも構わないですから、いつでも連絡をくださいね。二人のためなら、いつでも直ぐに駆けつけて、力になってあげますから」
 そして、手持ちのメモに携帯電話の番号を書き付ける。アクアに差し出すと、彼女は怪訝そうにメモを受け取った。
「何ですかこれ、番号……?」
「アクアちゃんも、あまりゆっくり話せなかったけど、遠慮なく電話してきて良いですからね。機会が有れば、いつかイナテミスの家にも遊びに来てください。ザインの手料理でお持て成ししますので」
 忌憚なく言う永太に、アクアは多少の混乱を感じた。誰かに優しく、好意ある言葉をかけられるのに慣れず、まだその事実を受け入れられない部分があるからだ。
「…………」
 だが、落ち着きを取り戻す前に、ザイエンデが笑みを向けてくる。
「私の手料理でよければいつでもご馳走いたしますので、何時でも遊びに来てくださって構いませんからね」
「…………」
 アクアは、無言のままにメモと彼女を見比べた。そこから感情は読み取れない。
 ザイエンデは続ける。
「アクアちゃんは、あまり強がってはいけませんよ。みな、貴女のことを、私も含め、大好きなのですから。力になりたいと思っているのですから」
「大好き……?」
 アクアの目が僅かに見開かれる。どこか幼さを垣間見せて、信じられないというように。
「そうです。アクアちゃんのことを思っている人は沢山いるんですよ」
 優しい声音。そこに、永太が今思いついたという感じでファーシー達に言う。
「そうそう、それと、いつか2人にも新しい家族ができて、広いお家に引っ越そうかな、とか思ったときは、相談してください。それまでに私が大工としての腕を磨いて、2人の為に新居を建ててあげますからね」
「「……家族?」」
 ファーシーとアクアは、同時にきょとんとした声を出した。永太はにこにこと笑っている。気軽な口調で、冗談ともとれる様子だったがその実、彼は本気である。
「そ、そんな……、家族なんて煩わしい! 私がそんなもの作るわけないでしょう!」
「家族、か……うん、そうね、新しい家族……うん……」
 否定と、何か考え深い反応をする2人。
「じゃあ、そろそろ行きますね」
 永太とザイエンデは一礼して玄関へと向かう。帰ろう、と最初に提案したミニスも2人に続く。少しだけ、足取りが重い。
 せっかく仲良くなったファーシーと別れるのは寂しい。
 もっと一緒に遊びたい。でも。
 ミニスは振り返り、彼女に向けて思い切り手を振った。精一杯の強がり。
「ファーシー、またね!」
「うん、また会いましょう」
 ファーシーの笑顔を受け、ミニスは外に出た。扉を閉める前に、もう一回。
「バイバイ」
 と、小さく呟いた。

「お待たせ! さあ、帰るわよ!」
 元気に追いついてくるミニスを迎えながらも、ザイエンデの意識はまだ研究所にあった。今、中では新しい命が誕生しようとしている。
(子供が産まれるということはおめでたいことで、祝福してさしあげたい。でも私は……)
 人の子を産める身体ではない。
 研究所から視線を外し、前を行く永太の背中を見つめる。
(……私は永太と一緒に居られるだけで幸せだけれど……、永太は違うのでしょうか……。人と人とが寄り添いあい生きてゆく上で得られる幸せを、機晶姫である私が傍にいるせいで奪っているのではないでしょうか……)
 ――私は、永太の傍に居ても良いのですか……?

                            ◇◇

「あ、あの、私も立ち会っていいですか?」
 処置室の前。蓮見 朱里(はすみ・しゅり)アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)と共に、通路に出てきたモーナに話しかけていた。メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)も、ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)と一緒に彼女に協力を申し出た。『出産の現場』自体に立ち会ったことは無かったが、男性では手伝えないことも多いだろう。こういった経験は貴重で、メイベルとしても興味がある。
「よろしければ、出来る範囲内でお手伝いさせてください〜」
「お邪魔にならないようにしますから……」
「いいよ。この処置室は余裕を持った設計になってるから。20人くらいは入るんじゃないかな?」
 メイベルに続き、朱里が遠慮がちに言うとモーナは軽く許可を出した。戸を開けて自分は脇により、彼女達をいざなう。中に入る時、ステラがモーナに話しかけた。デジタルビデオカメラを持っている。既にカメラは回っていて、どうやら、ここに来る前に大部屋の様子も撮影していたらしい。
「中の様子を撮影してもいいですか? 後で、ポーリアさん達に贈呈したいと思うのですが……」
「ん? プレゼントするの?」
「はい。多分、本人たちも気もそぞろで、色々と起きた事態を把握するには難しいと思いますから。映像を見ることで、後年お子さんにこんな風だったと笑いながら話せるでしょうし」
「なるほどね……、うん、いいよ。全体の雰囲気とか撮るんだよね?」
「はい」
 微笑み、ステラは中に入っていった。

 その頃。
「あっ! ファーシー様、お湯が沸いてるでありますよ!」
 ファーシーが厨房に戻ると、スカサハが慌てて呼びかけてきた。薬缶の口からは、シューシューと水蒸気が立ち上っている。
「わ、大変!」
 急いで火を止めるも、ぐっつぐつの湯を前に、その後どうすればいいか分からない。
「えっと……、このまま使うんじゃないのよね?」
「水を入れて温度を調節する必要があるな」
「ここに入れるでありますよ!」
 朔に教えてもらって、スカサハの用意した盥に湯を入れて適温に調整していく。厨房を出て、たぷたぷと湯が波打つ2つの盥を朔とスカサハが運ぶ。手持ち無沙汰になったファーシーは、途中で朔に聞いて清潔なシーツを何枚か取りに動き出した。
「…………」
 その様子を、アクアは壁に寄りかかって、いつもの眠そうな顔をして眺めていた。だが、そこに何かを感じたのか、所要で一時的に戻っていたルカルカが足を止めて歩み寄ってくる。
「? アクア、どうしたの?」
 訊ねられ、アクアは少し迷ってから彼女に言う。
「本当に変わりましたね、ファーシーは……。あの子は、あんなに誰かの為に一生懸命になる娘じゃありませんでした。むしろ、皆に突拍子もない要求をして困らせてばかりで……」
 ルカルカは、アクアの視線を辿るようにしてファーシーを見ていた。やがて、そのままアクアに目を向けることなく話し始める。2人の視線は、合わさったままだ。
「ファーシーの変化は周囲や体験とかから自然にかな。人は、変わると決めて変わらずとも、生きる中で自然と変化していくの。不変の物はなくて、心も体も変っていくけど、それは自然な事なの」
「自然な事……ですか」
 そして、ルカルカがこちらを向いた。
「……アクアも、ちょっと手伝ってみない?」
「!? ……私は、そんなものに興味はありません。誰かの手伝いをするなんて……。ルカが手伝うのは勝手ですし、止めませんが」
 関心無さそうに、しかしちらちらと処置室の方を気にしながら。……何だか、表情と行動が少しちぐはぐだ。なので、ルカルカはしつこく誘わずにこう言った。
「そう? でも、やってみたくなったらいつでも参加してね。希望者は入っていい状態になってるみたいだし、いい体験になると思うわ♪」
 ――そう、きっといい体験になる。今はちょっと、意地になっているだけだから。もう少し考えて、素直になるきっかけがあれば彼女は参加してくれる。
 2人の前を、シーツとタオルを抱えたファーシーと朔達が通りかかり、ルカルカは3人に声をかけた。
「ポーリアの所に行くの? 私も行くわ」
「あ、うん……」
 先行する彼女の後を、ファーシーがこちらを気にしつつ通り過ぎる。……もの凄く、誘いたそうな表情をしていた。
「……出産、ですか……私には縁のない話でしょう」
 彼女達を目で追いながら、アクアは独り呟いた。

                            ◇◇

「さて、遙遠達はここで待っていましょうか」
「手伝わないのか?」
 緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)にたずねられ、手近な椅子に座った緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は言う。
「手伝えることは何もありませんからね。それに、あんまり大人数で固まっても邪魔なだけでしょう」
「……うーん、そうか……」
「無事に生まれたら見れる範囲で見せてもらいましょう」
 何か出来る事は、と思ってしまう霞憐だったが、そのもっともな意見に得心して通路に続くドアに目を遣る。その近くではスバルが右往左往していて――
 その奥に思いを馳せつつ、霞憐は思った。
(終わるまで、ずっと応援してるよ……。母子共に大変だしな……、頑張れよ……)