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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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第1章 魔の徘徊者 3

「我が怒りに応えよ――天の審判ッ!」
 太陽のように輝く金髪が、魔力のうなりになびき上がったその瞬間、叫びに応えて轟いたのは雷撃の一撃であった。けたたましい音を立てて宙を奔った雷に、周りを取り囲んでいた魔物たちは恐怖の色を浮かべていた。
(……そうだ、それでいい)
 魔物たちの中心にいる金髪の青年――音井 博季(おとい・ひろき)は心の中で頷いた。
 冷厳を思わせる鋭い視線をベアウルフとオークという亜種の魔物たちに巡らせながらも、博季は決して魔物たちに自ら襲いかかろうとはしなかった。
 無論――
「……ッ!」
 神の怒りにでも触れたかのようないかづちに怯むことなく、果敢に牙を剥いたベアウルフには、攻撃を避けたと同時に反撃を起こす。
「我が剣導くは、想いの光!」
 両手で持ち上げた聖剣に光を宿して振り上げて――しかし、剣の腹を用いて敵を弾き飛ばした。そいつはそれにも関わらず体勢を整えて続けざまに博季へ挑もうとする。
「我呼び起こすは……原初たる燎原!」
 だが、その前にそれを防いだのは轟々と燃え盛った炎の嵐であった。目の前に広がったそれに、魔物たちは怯えてすくみあがる。それだけではない。続けざまに放たれた雷撃が、再び魔物たちに向けて吼えたのだ。
 もはや、挑むことすら叶わぬ。
 そう言わんばかりに、彼らは一斉に逃げ出していた。絶えず、その背中に向けて、更なる追撃の魔術が放たれる。だがそれは――決して魔物たちを焼き尽くすことはなかった。
(それでいいんだ)
 もしかしたらこれは、甘いと一言で片付けられることなのかもしれなかった。
 でも、それでも……傷つけることはしたくなかった。それをしてしまったら、何かが変わるような気もする。そして、自分の想いさえも変わってしまう気がした。
 決然とした色が博季の瞳に浮かんでいた。
 確かに甘いのかもしれない。このような世界で、傷つけることなく共存を願うことなど難しいのかもしれない。しかし――それでも願いたいのだ。彼らにも命と領域というものがあるのだから。
 自分を襲おうというのなら、襲えばいい。
(……そのときは、いくらでも追い払ってみせるさ)
 そのために、自分の力はあるのだから。



 雨宮 七日(あめみや・なのか)は歩いていた。
 目的はない。ただ、拗ねて黙り込んだ子どもがあてもなく歩くように、彼女は歩を進めていただけだ。静寂の中で聞こえてくるのは自分の足音だけだった。かさついた地面を一歩ずつ踏みしめてゆく自分の足音。
 ――自分には足がある。
 立ち止まって、七日は自分の足を見下ろしながら思った。周りを見回すと、そこは荒廃しきった村であった。いつの間に、こんな場所に着いたのか。
 一人だ。
 途方もないほどに一人であり、いつも隣にいたはずの誰かはいなかった。
「静かですね」
 こうして静かな世界にいると、日比谷 皐月(ひびや・さつき)のくだらない声と共にあった日々が嘘のようにも思えてきた。――いや、あるいは夢だったのかもしれない。
 夢は覚める。楽しい夢も、哀しき夢も。そして、自分が自分であったはずの夢さえも。七日は薄く唇の端を緩めた。微笑みのように見えなくもなかったが、どこか儚げなものを宿していた。赤い瞳の奥が、過去の何かを映してゆく。
 ――魔物たちの獰猛な声が聞こえてきたのはそのときだった。
「…………」
 顔を持ち上げたとき、七日は自分がいつの間にかベアウルフとオークの魔物たちに囲まれているのに気づいた。彼らはいかにも都合の良いところに餌があったといわんばかりに、牙を剥いて唸り声をあげている。
 七日は眉をゆがめた。
「……人の、機嫌が悪い時に」
 憐れだと告げるような声を発し、彼女の双眸が鋭くなった。
「こうも群がられると、纏めて薙ぎ払いたくなってきますね」
 いつの間にか、彼女の声に応えるかのように、地面からアンデットが這い出してきていた。それらは七日を守る従者のごとく、彼女の周りに布陣される。そして、二つの純白の魔弾――クロウカシスが彼女の指に包まれていた。
「ああ、それが――それが、良いです。慈悲は有りません。救済も有りません。塵芥のように、と言うのも生温い。ただ無残に、無造作に――」
 魔物たちが、一斉に襲いかかる。
「――ただ意味も無く、死になさい」
 暗転。
 魔弾が弾かれる軽やかな音が鳴ったと思ったとき、そのときには、魔弾に込められていた術式が発動していた。下腕部を包み込むように生まれたフレームを初めとして、中空に出現するは巨大な魔砲を構築するパーツたちだ。やがてそれらは複雑な形状を意思ものの如く作り上げてゆき、雪の様に白く美しい魔砲を顕現させた。
 無論――それは二大魔砲として、だ。
 魔物たちは美しくも戦慄を覚える禍々しい魔砲の姿に、思わずたじろいだ。まるで次元さえも違うものに立ち向かう畏怖のようなものが、彼らの足をすくみあげたのだ。ある意味で、それは獣の本能としては正しかったのかもしれない。
 しかし惜しむらくは――どちらにせよ、魔砲は魔物たちに照準を合わせていたということだ。
 魔砲に魔力が集まったと思ったその瞬間には、魔物たちの踏みしめる地面から奈落の鉄鎖が飛び出し、彼らを縛り上げる。それこそ、磔の囚人のごとく。
 咆哮が鳴った。
 彼らの姿を無残に撃ち抜いたのは闇の底から唸りをあげたような氷結の力であった。闇の氷が地面ごと戦場を凍りつくし、闇の力は魔物たちを残酷なまでに死に滅する。
 逃げようとする魔物たちはアンデットにふさがれて逃げ場を失い、磔の囚人となって魔砲の断罪を受けた。幾度となく撃ち込まれる魔力の弾。
 巨大なその力に、反動がないはずもなかった。
「……ッ」
 一発を撃ち込むごとに、心臓を鷲づかみにされるような苦しみが七日を襲う。どれだけ反動を抑制しようとも、地獄の門から召還される魔砲の威力と引き換えの衝動は、計り知れない。
 それでも――彼女は砲撃をやめようとはしなかった。
 何度も、何度も、逃げ惑う魔物たちを撃ち屠り、そしてやがて、彼女は膝をついた。同時にアンデットたちは消え去り、そこには誰もいなくなる――もはや、生きる者は七日だけであった。
「どうして……」
 氷に覆われた荒廃の地に、七日の頬を伝った何かがぽつりと落ちた。
 静寂が戻っていた。静かだ。とても静かな世界で、彼女の瞳から冷たいものが流れ落ちた。すがるような彼女の声に、答える者は誰もいなかった。