空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

リアクション公開中!

【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

リアクション


第2章 そこにあったはずのもの 4

 怪獣大バトル再度勃発、である。
「ぬふふ……腕がなりますよ! そして筋肉さえも!」
 いや、むしろボディビルダー対決とでも言うべきか。
「なるほど……貴方も良い筋肉をしてますね。……ならば! 私の筋肉も魅せなければ不公平というもの!」
 突然服を脱ぎだしたルイは上半身を露にし、更には鬼の力を解放し始めた。鬼人の力は一気に体内から放出され、そこに見紛うことなき戦士が――いや、やはり更に照かりと反射と凝縮の増した筋肉男が立っていた。
「さあ……思う存分殴りあいましょう!」
 サイクロプスと対峙したルイは鍛えに鍛え抜かれた鋼の肉体を駆使して、敵とぶん殴り合戦を始めていた。サイクロプスは手に持った棍棒でルイを弾き飛ばそうとするが、棍棒がぶつかっても彼の肉体はまるで金属のような音を鳴らしてそれを防御するのだった。
 どこかサイクロプスさえもルイに筋肉面において敵意を出しているのが滑稽と言えば滑稽であった。
 が、それはさておき――一体は筋肉怪獣が相手をしていても、その他にも敵はいる。
「アポクリファ、頼む!」
「近寄らないでくださいなのですぅ〜」
 綾香のパートナーであるアポクリファ・ヴェンディダード(あぽくりふぁ・う゛ぇんでぃだーど)は、彼女の声に反応して襲いかかろうとしていたベアウルフとオークに向けて奈落の鎖を発動させた。地に現れた闇の底から瞬時に飛び出た鎖が、魔物たちを縛りつけて動けなくする。
 瞬間。
 シャウラの矢がそれを射抜いていた。
 残りの魔物を炎の妖精による炎舞で一掃した綾香が、感心したように彼を見やった。
「見事な狙いだな」
「……まー、これでも一応、銃を使ってる人間だから。今回は弓矢でってことだけど……基本は変わらないってね」
 軽口半分で返したシャウラと綾香は不敵に笑って、次なる敵に攻撃を仕掛ける。
 そんな二人をサポートするのは、アンリ・マユ(あんり・まゆ)ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)だった。いや、正確にはアンリというよりはアスト・ウィザートゥ(あすと・うぃざーとぅ)と言うべきか。
 アンリの身体を借りた奈落人は、普段のアンリからは想像できぬほどの無表情で綾香を見つめていた。
(さあ……夜薙綾香がどの程度なのか、示していただきましょうか)
 語らぬその奈落人の思考は、炎を振りまく娘に対する関心だけであった。
(この程度のくだらない魔物如きでは力を測るに不足でしょうが……まあ、いいでしょう)
 どうやら……アンリ・マユの思考も自分に手伝いを要求しているようだ。老執事がどうなろうと大した問題ではないが、事を面倒にするのはいささかためらわれる。
 アストはアンリの口を用いて、静かに歌を歌った。それは数々の感情に波を生み出す歌だった。恐れと悲しみを抱き始めた敵たちに、いっそう力を増した綾香たちが攻め立てる。
 ユーシスはそんな攻め入るシャウラたちの間を縫って、雷術を放った。後方からの支援魔法は敵を一気に殲滅する。
 ふと、ユーシスはシャウラを見やった。
 どうやら今は戦いに集中しているようで、少なくともためらいのようなものは見当たらなかった。いや……隠しているのか? ユーシスの目からはそのように見えなくもなかった。
(難儀なものだね……)
 達観したように彼はそう思った。
 思えば、あの時以降――シャウラはずっと悪夢にさいまれてきた。彼自身がそれに気づいているのかどうかは知らないが、気づいていたとしても彼はそれを言うまい。ただ、自分の中で言いようのない渦と一緒に廻り続けている。
 光条兵器のカットラスを手に、突出して敵をなぎ払ってゆく鴉の背中に敵が迫る。
「鴉さん!」
「っと……悪い」
 それを支援するように矢を射抜くシャウラ。彼は弓矢を放ちながらもロベルダからは一歩も離れることがなかった。
 それはまるで抗うような姿でもある。自分が、自分に対して抗うその姿を見て、ユーシスは彼が戦っているのだと思った。魔物と、ではない。――“人を殺してしまった自分”とだ。
「心配か?」
 ふと、敵から飛びのいてきた綾香がユーシスに横から声をかけてきた。はっとなって、彼は彼女に振り向く。
「なに、心配することはない」
 綾香は不敵に笑った。
「あれはあなたが思っているよりも頭が良いさ。上手く、自分の居場所を見つけられるだろうと思う」
 それが誰を指しているのか。言うまでも、なかった。ユーシスはいつの間に自分が心配そうに彼を見ていたのかと、苦笑した。そして、それを見透かしていた少女に声を返す。
「よく……そこまで見えましたね」
「なに、これでも観察は好きなのでな……単なるおせっかいでもあるが、私はああいう真っ直ぐな男は嫌いじゃない。それに、だ――」
 綾香は言葉を切って目の前を見やった。そこにいたいまだ暴れるサイクロプス二体を見据える。
「悪いが、あいつと戦うには迷ってる暇はないのだよ」
 どう見ても中学生になりたてにしか見えない少女であったが、言葉の一つ一つにはそれを引いても余りあるほどの威厳があった。
「アンリ、……いや、アストか。そしてアポクリファ。二人で敵の動きを止めるんだ。その間に、鴉と私たちが魔法で殲滅する」
「でも……もう一体いるんじゃないですかぁ?」
 ぼけっとした口調でアポクリファが言った。が――その肝心のもう一体は殴り合いをしているようだ。殴られながらも笑顔のルイが、どこかマゾにも似たものを彷彿とさせる。
「……あれは、あの笑顔の人に任せておいても問題ないだろう」
 ぶっちゃけ、関わりあいたくなかっただけだった。
 ともかく――綾香が合図を出すと、その瞬間にアストとアポクリファが歌と鎖を発動させていた。歌に感情をかき乱されて恐れおののく敵の隙をついて、意思ある蛇のごとき鎖がサイクロプスを捕らえた。
「鴉ッ!」
「分かってるって……」
 呼びかけられた男は、面倒くさそうに呟きながらも一気にサイクロプスとの間合いを詰めた。そして、転瞬――カットラスの湾曲が、敵の身体を一閃した。
「さて、出番だ」
 お膳立てはそろった。
 ブリザードを加えた炎の聖霊が宙を奔り、ユーシスの魔術がそれを縫って鮮烈な雷撃を発した。その威力は、たとえサイクロプスといえども計り知れない。轟音と迸る力の奔流が、相手の身体を灼き尽くした。……悲鳴をあげたサイクロプスはそのまま地に伏す。
「ふははははっ! やはり、この私の筋肉には勝らなかったようですね!」
 そして、どうやら向こうの筋肉対決も幕を閉じたようだ。それを確認して、ようやく綾香たちは息をついた。
「ふう……ようやく、かな」
 が――そのとき、ピクッと指先が動いた一体のサイクロプスがいた。
「しまっ……」
 それに気づいたときには、既に遅かった。立ち上がったサイクロプスは、まるで最後の力を振り絞るかのように棍棒をぶん投げた。それが狙うは、綾香たちを過ぎた更に向こう――ロベルダだ。炎の聖霊を生みだしてそれを止めようとするが、間に合わない。
 しかし――棍棒がロベルダにぶつかることはなかった。
「ぐぁ……」
「シャウラッ!」
 ユーシスの悲痛な声が響いた。
 棍棒は、ロベルダの前に飛び出たシャウラに直撃していたからだ。彼は身体一つでそれを受け止めると、その強烈な打撃の前にくずおれた。
「シャウラさん!」
「あ、はは……よかった、無事だった」
 慌てて傍にひざを折ったロベルダの顔を見て、シャウラは苦しく笑った。
「どうして、このような……」
「だって……俺はあなたの護衛ですから……はは……でも、ちょっときつかったかな」
 すぐに、ユーシスも彼のもとまで駆け寄ってきた。口を動かす彼を、普段の冷静さからは想像できない様子で叱責する。
「いいから、君は喋らないでください」
 そして棍棒の直撃した身体の様子を調べて、ようやく安堵の息をついた。
「よかった……特にひどい裂傷はなさそうですね。打撲だけのようです」
「はは……ちょっと無茶したかな」
 自嘲するように笑うシャウラに、ユーシスと同じく駆け寄ってきていた綾香が手間のかかる子供を見るように笑った。
「本当にな。しかし……御仁を守れてよかった」
 その言葉に、シャウラは誇らしげに微笑んだ。
 “護れた”――人を殺した自分に届くかどうかは分からぬが、少しはそれで抗うことは出来ただろうか。少なくとも今は、どこか嬉しい気持ちだ。
「いてっ……いてててて、ちょ、ちょっと優しく扱ってくれって!」
「無茶をしたのは自分なんですから、文句を言わないでください」
「っていうか、おんぶはやめて! 恥ずかしい!」
 ユーシスにおぶられながら顔を真っ赤にするシャウラを、綾香たちはほほえましそう見守った。