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人形師と、チャリティイベント。

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人形師と、チャリティイベント。
人形師と、チャリティイベント。 人形師と、チャリティイベント。

リアクション



15.魂の器。


 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)も、情報屋である。
 なので、リンスが困っていることは知っていた。
「いつも人形作りでお世話になってるし」
 ヘリウムガスの入った風船を手遊びしながら、ルカは言う。
「悩みがあるなら、聞くよ?」
 つい、と風船を差し出した。
 昼時を回った店内は、静かだ。さすがに昼食の時間にケーキを食べにくる人は少ないらしい。
「言いづらければ言わなくていいんだけどね」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がルカルカの言葉を補足する。
「でも、話すことでリンス君の悩みが解消されるようならいくらでも聞くから。言ってね」
「話して解決するような類じゃない、かな。気持ちだけ受け取るよ、ありがとね」
「そっか」
 エースが淡く微笑んで、給仕に戻って行った。それを見送ってから、ルカはふっと呟く。
「身体は、魂の器みたいなものなんだと思う」
 魂は、普通の人の目には見えない。
 けれど、必ず有るもので。
「降霊でも役に立てないかなあ」
 ふわり、フラワシを出してみせた。フラワシにリンスを癒すように頼んでみる。と、ゆったり旋回したフラワシが、リンスに微笑みかけた。幸せそうな、笑顔。
「一度聞きたかった」
 不意に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が口を開いた。
「本来、人間の体にあるべき物を別の容器に入れて稼動させる事に無理は発生しないのか?」
 無理? とリンスが首を傾げる。
「そっか。無理が発生しているから、今調子がおかしいのかもしれないわよね」
 うんうん、と頷いてみせるが、リンスは疑問符を浮かべたままだった。自分でもよくわかっていないのだろう。だからきっと、ここに居るのだ。わざわざ出向いて。
「それと。その状態を続ける事はクロエに良い結果を齎すのか?」
 宙ぶらりんだった視線が、つ、っとダリルに向けられる。透明な色をしていた。純粋な、子供のような目だとぼんやり思う。
「結果は知らない。どうなるかも、何も。ただ、今クロエは幸せそうに笑ってる。俺はそれを守りたい」
「……そうか」
「うん」
 そういえば今日、クロエちゃんは居ないのね。今更ながらルカはそれに気付く。
 ――そうだ。ケーキをお土産に渡してもらおっと。
 思い立って、席を立つ。エースとフィルが談笑しているレジの方へ。


「綺麗に咲いたねー」
 フィルが嬉しそうに楽しそうに、笑った。
 見ているのは、ラナンキュラスやガーベラ、スイトピー、薔薇などの春花で作られたフラワーアレンジメントである。良い出来だったので、お店の装飾にどうかと思って作ってきたのだ。
「カモミールもいい感じに乾燥できてたから持ってきたんだ。お茶にどうぞ」
「きゃー、さっすが。嬉しいな、今淹れようそうしようー♪」
 鼻歌交じりに言うフィル。中々の反応だ。それに、美味しいケーキに渾身の出来であるカモミールティーを添えられるのなら願ったり叶ったりだ。
「あ、お茶が入るの?」
 そこへルカがやってきて、声を弾ませる。
「淹れるよ。ルカちゃんも飲むよね」
「飲む飲む。あと、ケーキいくつか見繕ってほしいな。クロエちゃんへのお土産にしたいの」
「はいはーい、今すぐにー」
「なら、お茶淹れるの手伝うよ」
「あらま。お客さんにやらせるとか俺、駄目な子っぽいなー」
「そんな。フィルさんのこと駄目な子なんて思う訳ないでしょ」
 これでも一応、尊敬しているんだ。裏の顔含め、色々と懇意にしてもらっているし。
 だから少しでも恩返し。そういうつもりなのだから、気にして欲しくない。
 ちらりと表情を窺ったが、気にしている素振りは無いので一安心。いい香りのするお茶にも満足だ。
 お茶とケーキを持って席に戻ると、
「クロエちゃんはともかく。剣の一族は体も心も造られた物であり自然のそれではない」
 何やら、シリアスそうな空気が漂っていた。
 ルカルカとフィルと、エースは顔を見合わせて。
 一先ず、黙って席に着いた。


 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の言葉を否定することはできないとダリルは思う。
 ――多分、俺よりクロエの方が人に近いのは事実だ。
 なので、ただ沈黙で答えた。
「クロエちゃんは反魂に近い黄泉返りというかなんというか。付喪神系の事象といって良いと思う。
 『人』としての感情があり、生い立ちがあり、色々と心残りもあったのだろう。だから、彼女は幸せを願い、また周囲も彼女の幸福を考え、願う。こういう形も良いのだろうね。
 けれど、剣の花嫁や機晶姫は『兵器として開発された物』だ。存在目的に明確な立脚点がある」
 ――ああ。否定しないさ。
 沈黙を、貫く。
 ルカルカが、きゅっと手を握ってきた。気を遣われているらしいが、別に気にしていないから大丈夫だ。
「古王国ではちゃんと仕様書も付けていたものなのだよ? 電算機と同じだから、資料検索やデータ参照には役に立ちたまえ」
「元よりそれくらいしか出来ん。だが出来ることはやるつもりだ。言われるまでもない」
「宜しい」
 くつくつ、メシエが笑っていた。それを見て、エースがうーんと唸る。
「メシエの考え方は完全に制作者側だな。身分社会の根強いタシガン貴族ならではというか」
 製作者と被創造物な立場の差や、明確すぎる扱いの区分。それをエースは指していた。
「とはいえ、ちょっと納得しちゃうけど。ダリルコンピューター」
「納得しないでよ、ダリルは人間よ? クロエちゃんだって、人間」
 ぷぅ、と頬を膨らませてルカルカが反論。
 当の本人である自分が否定できないのに。
「魂のある存在は全部人よ。だからダリルも否定していいのよ?」
 そう言われても、ぴんとこないのだ。
「別に、歩く計算機だの有機コンピューターだのと言われても構わないしな」
「えぇー……」
 微妙な空気の中、「さて」とフィルが席を立った。
「そろそろご来店かなー」
「ん」
 続いてリンスが席を立つ。
「ご来店?」
 ルカルカがドアに目を向けた。誰かが入ってくる様子は、ない。
「うん。リンちゃんのお客様がね。ご来店されてるかもーって」
「リンス君へのお客様?」
「そそ。今日の俺、リンちゃんとお客様のパイプ役なの。リンちゃんのスランプをその人に治してもらおうと、」
「お喋りすぎる男はモテないってクロエが言ってたよ」
 フィルの発言を、リンスが遮った。あまり聞かれたくないことらしい。
「あはは。それもそうだね。俺男じゃないかもしれないけど。
 まあ、そういうわけで♪ お客様へのご奉仕もあるので、俺は一旦席を離れまーす」
「気遣ってくれたのに、ごめんね?」
「気にするな。好きでやっていることだ」
「そうそう。気にしないで」
 ダリルの言葉に、次いでルカルカとエースが頷いた。店の奥へ行くふたりに手を振る。
 どんな人に会うのか、少しだけ気になった。
 まあ、関係ないのだけど。
 良い結果になれば、それで。
 ――ならんようなら、分析でも情報の提示でも、出来ることはするがな。
 人であろうとなかろうと、それくらいなら出来るから。


*...***...*


 リンスの持つ、『作った人形に魂を込める』という異能は先天性のものだ。
 が、『その人形から魂を抜く』能力は、後天性のものである。
「ほらね、魔女サマ来てたー」
 情報屋の仕事をする際に、フィルが使う部屋。そのドアを開けるなり、場違いなまでに明るい声でフィルが言う。
 リンスも続いて部屋を見た。6人掛けテーブルの椅子の一つ。ドアから一番遠い席に、『魔女サマ』こと彼女は座っていた。
 長い黒髪、赤い目と唇。口元と目元は笑みの形に歪んでいる。
 ディリアー・レッドラム。
 リンスに魂を抜く力を授けた、魔女。
「待ったわよォ? 二分くらい」
 大人っぽく淫靡な印象を与える外見とは裏腹に、妙に甘い声でディリアーは言った。
「それは悪かったね」
 俺は何時間か待ったけど、とは言わないでおく。
 適当に入口近い席に座った。彼女は、変わらずににこにこと笑っている。
 沈黙。静寂。フィルがドアを閉める音が、響く。また沈黙。小さく息を吐いて、決心する。言おう。あまり、この人の力を頼りたくないけれど。
「魂を抜く能力が弱まってる」
 ハロウィンの時。
 全ての人形から魂を抜いたはずなのに、一体だけ動いていた。
 クリスマスの時。
 同じく、抜いたはずの魂が抜けておらず、納品した人形はぴょこぴょこ動き回った。
 それ以来、一人で全てを作ることをやめた。
 クロエに最後の一針だけ縫ってもらったり、従業員である衿栖の手を借りたりして、魂が宿らないようにしてきた。その甲斐あってかトラブルは起こっていない。
 が、こんな落ち着かない状況がいつまでも続くと、困る。それこそ気疲れして本当のスランプに陥ってしまう。
「知ってたわァ」
 彼女はにっこりと、柔らかく綺麗に笑った。楽しそうな声だ。
「知ってるなら解決の方法を教えてほしいんだけど」
 言うと、ディリアーが立ち上がった。近付いてくる。ゴシック調のワンピース。スカートが、ふんわりと揺れている。かつん、こつん、ヒールの音が高く透明に響く。
 ぴたり、リンスの目の前で止まると、腰を屈めて視線を合わせて、ぴっ、と眉間に指を突き付けてきた。真っ赤なネイルと長い爪。この手じゃ針に糸が通しづらそうだなと、思考をブレさせる。
「…………」
「……いつまでやってるの」
「って言われるまで、やってるつもりだったの。ふふ」
 にこ、と一見穏やかな笑みを浮かべながらディリアーは言って、離れて行った。
「もう大丈夫よォ? また元通り、お人形さんから魂を抜けるわァ」
 何ら変わったところはないから実感がない。が、そもそも抜けなくなった時だって変化の兆しはなかったのだからなくて当然か、とも思う。
「ありがとう」
「どォいたしまして。じゃァアタシ、帰るわね」
 言うが早いか、彼女の姿は忽然と消えて。
 部屋にはフィルと、自分だけ。
「や、相変わらず圧があるね魔女サマ。怖い怖い」
「そうだね」
「ま、何にせよ。元に戻ったならよかったよねー」
「原因不明なところは未解決だけどね」
「まあまあ。で、どーするのー? すぐ帰っちゃうのー?」
「少し休んで行っていい? 疲れた」
 彼女と会うと、いつもこうだ。警戒するというか、なんというか。妙に気を張ってしまって疲れてしまう。
「どーぞー。店内?」
「できれば。この部屋からは出たい」
 頷いたフィルと共に部屋を出て(気のせいだろうけれど空気が軽く感じられた)、店内に戻った。