リアクション
* * * 東カナン首都・アガデの都―― 「ここがアガデなのね」 正門をくぐって早々天津 亜衣(あまつ・あい)は、ほうっとため息をついた。 市街戦を想定されて作られたのか、アーチ型の小門が路地の入り口に設置されている。扇状に敷き詰められた石畳、大型の石材で曲線を多用して組まれた切石積みの家々、張り出した窓。ドーム型の屋根や尖塔のような屋根もあるが、そのどれもが赤い。屋根だけ見れば中世ヨーロッパというよりはイスラムに近い建築のようだ。2つが適度に混ざり合い、融合している――ちょうど、昔のトルコのように。 噴水を中心とし、シンメトリーで配置された広場の正面には、まさしくアギア・ソフィアと言うべきよく似た大聖堂があり、上部には女神イナンナをかたどったステンドグラスがはめ込まれ、きらきらと陽光を受けて輝いていた。イスラムは外面を質素に、内部を荘厳に造る建築様式が多いから、きっと内部はあれ以上に、さらに豪奢なアラベスクやカリグラフィーがほどこされているに違いなかった。 道を行き交う人々もまた、亜衣にしてみればクラシカルでレトロな服装だ。 「きれい……なんて美しいの」 大通りの中心に立ち、まるで物語の中に迷い込んだような錯覚さえ覚えながら、亜衣が感動に打ち震えていたというのに。 「おーい、これうまいぞ。おまえも食うか?」 こういった感動・感激とはまるっきり無縁の男、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が、広場の露天商から購入した羊串を両手に握りしめて歩いてきた。 旅情だいなし。 「……ヴェーゼル…」 「なんだ? 串は嫌か? じゃあこっちはどうだ?」 紙袋をガサガサさせて、ハーブが練り込まれた丸パンを取り出す。ほかほかしておいしそうなので、つい亜衣も手が出てしまった。 「ありがと」 こうなると、もう責められないから困る。 いや、これもひとつの情緒だろう。この風景にパンの食べ歩きは許されると思う。うん。 そう思い直し、並んで歩きながらぱくついた。 「ほかにも何か買ったの?」 左手にまとめられた袋にちらと視線をやる。 「そりゃ、せっかく東カナンの首都に来たんだしな。名物はひと通りためしとかないと。 あ、馬刺し食うか? というか、馬刺しだと思うんだが」 袋をガサゴソして、三つ折りされたケースを掴み出した。下の肉が見えないくらい草(多分ハーブ)がふんだんにかけられていて、まるでタタキのようだ。 「馬の肉だと言っていたから、馬刺しだな。うん」 「――パス」 「ふーん。うまいのに」 ひと切れ持ち上げ、ぺろりと食べた。 (……なんでこんな男と一緒に歩いてるんだろ、あたし) あたしのことなんか、全然女と思ってないに決まってる。 ガサツだし、いい加減だし、デリカシーなんてカケラもないのに。 あるのは食い気と―― 「うはっ! 今すれ違ったの、見たか? 亜衣! すっげーたっゆん金髪美女! こーんなメロンみたいなのゆっさゆっささせてたぜ!? そういやさっきも壁んとこに赤毛でイイ女いたしー。東カナンって美女の産地でもあるんかなぁ? こーりゃしばらくここに住んでもいいかもー」 色気ばっかり。 「――こんな所まで来て、なに女の人ジロジロ見つめてるのよ、失礼でしょッ! ほらッ、さっさと歩きなさいよ! 遅れちゃうじゃない!!」 どんっと両手で思い切り背中を押し出した。 「ってぇなぁ! まだ余裕あんじゃねーか。そんなに強く突くなよ、落とすだろっ?」 もったいねーじゃねぇか、と指についた羊串のタレをなめている。 (あーもう、あたしったら、なんでこんなバカとパートナー契約なんてしちゃったのかしらッ!) ムキーッと髪を掻きむしりたい思いで、亜衣はパンにかぶりついたのだった。 |
||