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リアクション
chapter.4 増多教授の憂鬱(1)・和服と水着の誘い
ここで場面は、空京大学へと移る。
大学に数ある研究室の中の一室。ひとりの男が、持っていたグラスをことり、とテーブルの上に置いた。目にかかった前髪を細く長い指で掻き分け、ふうと一息吐く。その所作は、彼の持つ外見の若さからすればやや大人びたもののように見えた。
増多 端義(ますた・みずよし)。臨時で大学へ招かれた彼の本職は、国際女性観察機構(WWO)の理事長である。WWOで多大な功績を上げた彼は、特別講師として短期間ではあるが、ここへ招かれていた。その噂を聞いてか、早速増多教授のところには生徒が訪れていた。
「さあ増多様、もっとお飲みになってください」
そう言って、彼が置いた空のグラスに酒を注いだのは秋葉 つかさ(あきば・つかさ)だった。
「あまり強くはないけど……女性の注いでくれたお酒を断るわけにはいかないね」
くい、と増多教授が液体を喉へと流す。
「増多教授、すごい飲みっぷりね!」
「まだまだ、お酒はありますからね、増多さんっ」
彼の両脇に立ち、彼を煽るように黄色い声を上げているのは桜月 舞香(さくらづき・まいか)とパートナーの桜月 綾乃(さくらづき・あやの)である。
「いやあ、君たちみたいな子が訪ねてきてくれるなら、いくらでもここで講師をしていたいね」
可愛い女の子に囲まれ、増多教授はすっかりご機嫌だ。顔が赤いのもきっと、お酒のせいだけではないだろう。決して広くはない研究室、言わば密閉空間、そこにいるのは自分と美少女3人。この状況で舞い上がらずして、何が女性観察機構理事長だろうか。彼は、すっかり夢心地だった。
がしかし、現実はそう素敵なことだけではない。
ここにいるつかさや舞香、綾乃らは、何も増多教授にお酌をするため彼を訪ねたわけではない。その目的は、彼を酔わせ、誘惑することにあった。なぜそんなことをするのか? それは、女性観察機構という存在をこの世からなくそうと彼女らが目論んでいたからである。
もっとも、その根底にある思想はつかさと舞香らで異なってはいたが。単純に怪しい組織を壊滅させようという舞香らに対し、つかさは男女観察機構なるものを立ち上げ、教授を抱き込むことで既存の機関を吸収合併しようとまで考えていた。いずれにせよ、「この機関をなくすため、目の前の男を凋落させる」という点において、彼女らの利害は一致した。
「あら、増多様、こぼれたお水が垂れてしまいそうですよ」
つかさがぐい、と正面から彼に近づき、和服の襟元から平らな胸元を覗かせながら彼の口元を布で拭く。同時に、彼の左右ではなぜかワンピースタイプの水着にまで服を脱いだ舞香と綾乃が、その豊満なバストを揺らしながら、彼にマッサージをしていた。端から見ればハーレムもハーレム、そう、言うならば前門の貧乳、後門の巨乳である。
「いいね、君たちは、とてもいい」
椅子に座ったまま増多教授は、とてもご満悦だった。そんな羨ましい風景を、ヨダレを口から漏らしつつドアの隙間からこっそり覗き見ている男がいた。
「なんだよアレ……なんだよアレ! 俺もあんな目に遭ってみてぇぞ!」
もしかしたら、下半身からも何か漏れているのではないかという勢いでハアハア言いながらぎゅっとドアに挟んだ手に力を入れたのは、鈴木 周(すずき・しゅう)だった。
「てっきり国際女性観察機構って名前からして、女の子を覗いたりじっと見つめたりするだけかと思ってたけど……こんな活動もあったのか! まさに俺の天職じゃねぇか!」
とうとう我慢できなくなった彼は、バン、とドアを勢い良く開け、増多教授たちの前へと姿を現した。
「頼む! 俺をWWOに入れてくれ!!」
「……? 誰だい、君は」
突然部屋に入ってきた男に、増多教授が訪ねる。周は元気よく、大きな声で答えた。
「俺は鈴木周、17歳。女の子をいやらしい目で見て17年……こんないい組織、初めて知ったんだ! 頼むよ、入れてくれ!」
「それは、不純な動機ではなく、ちゃんと女性を観察したいという断固たる意志からの希望かい?」
「もちろんだぜ! 将来は、この道で食っていきたいくらいの覚悟もあるぜ!」
「……そうか、そこまで強い意志があるのなら拒みはしないよ。君も、この機関に入るといい」
拍子抜けするほどあっさりと加入を受け入れられた周は、飛び上がって喜んだ。
「マジか!? やったぜ、ありがとな、端義にーさん!」
浮かれる周を尻目に、その場にいたつかさや舞香らは好機が来た、と神経を研ぎすませる。もしここで何か尻尾を出そうものなら、組織を潰すには格好のタイミングだと踏んだのだ。
「ちなみに、普段はどんな活動をしてるんだ?」
おあつらえ向きとばかりに、周が組織の内情に迫る。もちろん彼の場合、単純な好奇心からなのだが。
「普段かい? 普段は、女性を見ているよ。僕たちはね、いつだって女性を目で追っているんだ。そう、たとえるなら、流れ星が流れた時に自然とその光を見届けてしまうように。君は、普段どんな女性の追い方をしてるのかな?」
なんだかよく分からないが、ちょっと良いことを言った風の増多教授に周は感動した。いや、もうこの空間に足を踏み入れた時から、彼のハートは震えっ放しであった。興奮のあまり、周はこれまでの犯罪に近い行動を軽々と口にしてしまった。
「なんだかすげぇな! あ、俺はちなみに、日頃からあらゆる場所で女の子をのぞこうとしてみたり、エロいコスプレ衣装を女の子に着るよう頼み込んだりしてるぜ!」
「ちょっと、それ……」
もう我慢ならない、と飛び出しかけた綾乃を、舞香が止める。どうせなら、すべての罪を暴いてから懲らしめてやろうと思ったのだ。何より、彼女の感が告げていた。この男たち、明らかにもっと色々いやらしいことをしている、と。彼女の想像通り、それから増多教授と周の会話はヒートアップしていった。
「なるほど、コスプレはいい。コスプレはいいね。一度断られたのを、無理矢理着せるとさらにいい」
「に、にーさん結構強引なんだな……!」
「いいかい、周くん。女の子が言うイヤは、本当はイヤじゃないということなんだよ」
「おおっ! 勉強になるぜ!」
「ちなみに、周くんはどんなコスプレが好きなんだい?」
「俺か? 俺はな、これだな!」
言って、どこからか周が取り出したのは競泳水着だった。周はそれを愛おしそうに撫でながら、それの良さを説く。
「こいつは元々、エロが目的のものじゃねぇ。しかし、だ。『機能を追求したら、何かとんでもなくエロいことになっていた』っていうこれがいい! さらに、機能を追求した結果だから、目的のためには恥ずかしくても我慢して着ざるを得ない! くあーっ、たまんねーっ!!」
目の前に水着を着ている舞香と綾乃がいるにも関わらず、彼は一切空気を読まずに鼻息を荒くしていた。いや、ある意味空気を読んだ上でのこれかもしれない。
「恥ずかしいのを我慢……か。それはね、周くん。とてもいい。女性の羞恥心はいつだって、僕たちに想像を与えてくれるからね。どうやら君は、17歳にしてそのレベルに到達してしまったんだね」
教授に褒められさらに周は気分が高揚したのか、目の前の女性たちを見て、驚くべき提案をした。
「これはもうアレだよな、実践で確かめるべきだよな!? ほら、ちょうどここに女の子たちもいるし!」
と言っても、3人の女性のうちつかさは同じ部活の戦友、残るふたりは既に水着着用という状態なのだが、リミットがブレイクしていた周はもう競泳水着を着させずにはいられなかった。
きっと、ファッションとしての水着ではなくスポーツとしての水着であることへのこだわり、そして一旦脱がせてまた着させるというその行程が彼にとっては重要なのだろう。
「え、た、確かめるってまさか脱がせ……」
綾乃がじり、と一歩後ずさる。しかしここで怯んだのでは、組織の壊滅のため行動してきた今までのことが無駄になる。あくまで初志貫徹の姿勢を崩さず、綾乃の代わりに周と増多教授の間に立ったのはつかさだった。
「あら、素晴らしい衣装ですね。皆様を代表して、私が着させていただきます」
言うや否や、つかさはしゅるり、と帯を緩めた。その際に着物の裾から見えた何かを、増多教授は見逃さない。
「ほう……」
ごくり、と喉を鳴らし、増多教授は目を見開いた。その間にもつかさの衣装はどんどんはだけ続け、このままではどこまで脱ぐのか分からない勢いだった。
「あ、足袋は残しておいた方がよろしいでしょうか?」
「分かっている。君は、実に分かっているね。可愛い子には足袋をさせよ、ということわざもあるからね」
増多教授の意図を汲んだかのように、つかさは巧みに見えそうで見えない脱ぎ方で薄着になっていく。ちらり、と彼女が増多教授や周の下半身に目を向けると、微妙に変化が起きているようにも見えた。それを確認したつかさは、突如脱ぐことをやめ、近くにいた舞香と綾乃に告げた。
「反応アリ! 繰り返す、対象物に反応アリ!」
それは、彼女たちの間でのサインであった。この言葉を合図に、彼女たちは計画を実行に移し出す。
「……え?」
いきなりオペレーターのような口調になったつかさに戸惑い、目を丸くする増多教授と周。その隙に、舞香はちゃっかり準備していたハイヒールとムチを装備し、ぴしゃりと床を一度叩いた。驚き彼らが舞香の方を振り返ると、彼女は「待ってました」とばかりに高々と宣言した。
「やっと正体を現したようね、国際女性観察機構! 女性を観察してフェチの研究をするだけでなく、こんな犯罪まがいのことまでしていたなんてね! 所詮変態の集まりなのよ! そんな不潔なメンバーには、お仕置きよ!」
あっけに取られている増多教授を、舞香は押し倒した。彼の顔に、ヒールのかかとが刺さる。
「いたっ、いたたた……」
「さあ、このまま踏んづけられたい? それともムチで叩かれたい? いっそ、胸の谷間で窒息死でもする?」
どうやら舞香は、女性としての武器をフルに使い、悩殺しようという腹づもりらしい。それで彼らが女性恐怖症にでもなれば、組織は壊滅というわけだ。
「あんたたちなんか、女性を見るのも嫌になって、男性観察機構にでもなっちゃえばいいのよ!」
増多教授の上に乗った舞香が、ぎゅうっと胸で彼を押し潰す。
「う、うお……」
「お、俺にも! それ、俺にもやってくれ!」
観察機構の存亡より、目の前のシチュエーションが羨ましくなった周は舞香目がけて突進しようとする。が、後頭部に突然強い衝撃を受け、彼はその場に倒れた。
「……っ!?」
彼の後ろに立っていたのは、「最後尾」と書かれたプラカードを抱えた綾乃だった。その最後尾カードによるヘビーな一撃が、彼をダウンさせたのだ。もはや聞こえているかどうかも怪しい周に向かって、綾乃は言う。
「女の子をいやらしい目で見る悪い人は、人生の最後尾からやり直しなさい!」
その後、騒ぎをかけつけた大学職員が研究室に駆け込んできて、増多教授は複数の女性へのわいせつ容疑で留置場に送られた。周は、未成年だからと見逃されたらしい。
なお、つかさは増多教授と既成事実をつくり、口外を禁じる対価として男女観察機構へ既存の機関を吸収するはずだったが、彼が潔く逮捕されたため計画は未遂に終わった。
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