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リアクション
第7章
その頃、ライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)は倒れたカメリア達の前に偶然通りがかった。
「……何やってんの?」
と、ライカは幾重にも折り重なっているカメリア達に問いかける。
何しろカメリア、クド・ストレイフ、琳 鳳明、南部 ヒラニィ、天津 麻羅、鬼崎 朔の六人がその場で黒コゲになりながら倒れているのだ、疑問は尽きない。
「……うん、まあちょっとの」
何と説明したらいいものかとカメリアは首を捻るが、ライカのパートナー、スティーデ・ゼルニナ(すてぃーで・ぜるにな)の両手が手錠で繋がっているのを見つけた。
「あ……その手錠」
すると、スティーデは答えた。
「はい、これは我がシンピパッセ神の愛を受け取れるアイテムなのです」
「シン……何?」
カメリアは目をぱちくりさせる。
「シンピパッセ神です。あらゆる人々に愛と幸福をもたらす神様です。いつも神は我々を見守ってくださっています」
キラキラと瞳を輝かせるスティーデは、手錠の効果で世界中に対する愛を高まらせていた。それにより、元々愛おしいこの世界に対して、無上の愛を極めた状態になっていたのである。
別な言葉で表現すると――。
日頃の電波率が急上昇した、とでも言えばいいだろうか。
「――で、その神は何と言うておるのじゃ」
カメリアはとりあえず深く突っ込まない方針で尋ねた。
「はい……この『愛手無』を使えばきっと世界中の人々に私と神の愛を伝えられると思うのです。」
カメリアは再度尋ねた。今日は聞き返すことが多い日だなと思いながら。
「愛……何?」
スティーデは誇らしげに胸を張り、答えた。
「愛手無です。愛のために両手を無くし、しかしそれと引き換えに大きな愛を得られる、私はこれをそういうものだと確信しております。
いいですか、人は何かを持てばその両手は塞がってしまいます。人の身では両手で持てるものしか持ことはできません。
ならば人が真に持つべきものは何でしょう。
そう、愛です。愛だけがあればそれでいいのです……!!」
もはやカメリアにはスティーデに掛ける言葉が見つからない。とりあえずパートナーであるライカに声を向けることにした。
「あの……お主のパートナーは……いつもああか?」
「おおむね」
だが、そんなライカとカメリアを無視して、より強力な愛――つまり電波――を受け取ったスティーデは歓喜に打ち震えて、叫んだ。
「ああ! 感じます、大きな愛の存在を!! ご覧なさい、あそこにも我が神の愛情を全身で感じている方がいらっしゃるではありませんか!!」
そこに姿を現したのは天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)である。
「お……お主はっ!?」
カメリアや倒れている仲間たちは叫んだ。そこにいたのは顔見知りであり冒険屋ギルドのメンバーであり天御柱学院所属の天空寺 鬼羅である。
ついでに言えば全裸であった。
「……何かもう突っ込み疲れたのぅ」
と、カメリアはごろんと横になってしまった。
だが、そんなカメリアの様子も気にせず、全裸で両手を手錠に繋がれたままの鬼羅はその場に両膝を落とす。
まあ、要するに手錠で繋がれてテンションが上がりすぎて全部脱いでしまったのだ。
当然のように、その心の内にはスティーデの言うように全世界への愛情に溢れていた。
「ああ……この溢れる愛情をどうすればいいというのだ……この身体に抑えておくにはオレの全世界の女性への愛は大きすぎる……!!!」
一人、絶望的なほど大きな愛に苦しむ鬼羅に、スティーデはそっと手を差し伸べた。
「……大丈夫です」
「……誰だ……?」
「私は神の使い、愛と平和の天使――スティーデ・ゼルニナです。その愛はあなたの身体にしまいこんでおくには大きすぎます。
……祈るのです。
祈りによってその愛を本来あるべきところ……神とこの世界へと還しましょう……そしてあなたはより大きな愛情を得るでしょう。
それはきっと、あなたを苦しめない完全なる愛となるのです」
「おお……! そんなことが……!! さすが神……!!!」
普段であればスティーデの言葉も電波の一言で片付ける鬼羅であろうが、何しろ今は手錠の効果でテンションMAXだ。
スティーデの言葉に呼応するように、両膝をついたままの姿勢で、大いなる大地に額を押し付けていった。
両膝と両腕を通じてこの大地――すなわち世界へと自らの愛を放出する!
それは、見るものに思わずため息をつかせるような、美しい姿だった。
つまるところそのポーズは完璧なまでに土下座なわけだが。
「伝われ……オレの愛!!」
だがしかし、鬼羅とスティーデは本気そのもの。
確実にスティーデは感じていた。鬼羅の全身から世界へと愛が伝わり、さらにそれ呼応するかのように神からの愛が集まっているのを!
そう、今まさにこの天空寺 鬼羅という器に世界中の愛が集まったのだ!! 彼らの主観的には!!
「おお……! 世界中の愛が集まっています……!! Do gather love in the world……!!」
ドゥー、ギャザー、つまり土下座!!
「そうとも……!! これぞオレの秘奥義『Do get the love in the world!!』」
ドゥー、ゲット、ザ、ラブ、すなわち土下座ラブ!!
「……もう一度聞くが……お主のパートナーは、いつもあんなか?」
と、その光景をどうしたらいいか分からないまま見つめていたカメリアは、ライカに尋ねる。ライカは答えた。
「……おおむね」
そんな二人をよそに、スティーデの応援で鬼羅の愛情はますます高まり、今や本当に世界中の愛情を集めているかのようなテンションになっていた。
全身を駆け巡る愛情が地面を通じて全世界へと放たれ、そして世界中の女性から放たれるであろう愛情がそれに呼応してまた鬼羅の身体へと伝えられていく。
鬼羅は今、例えるならば一本の樹――そして世界そのもの――つまり、世界樹であった。
「ああ……すばらしい……これが神の愛の姿なのですね……!!」
これぞ土下座ユニバース!!!
と、いったところでスティーデと鬼羅の手錠が同時に爆発した。
「あーっ! 神よ、神よーっ!!」
「うおおおぉぉぉ! これが、これがオレの愛だあああぁぁぁっ!!!」
そのまま二人は黒コゲになりながら、その場に倒れてしまった。
だが、その表情は何かをやりとげたような満足気な表情であった。
「……何か……イイ顔してるなあ……」
と、ライカはスティーデの顔を覗き込んだのだった。
そしてそもそも全裸で走りまわっていた鬼羅に追いついて来た警察官が、鬼羅を連れて行ってしまったことなど、本当に些細なことだった。
☆
また別な場所では。
「え、何この手錠? 爆発するのっ!?」
と、遠間から鬼羅達の様子を見ていたイランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)は驚きの声を上げた。
ご多分に漏れずパートナーの柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)と手錠で繋がれてしまったイランダは、改めて周囲の様子を確認する。
「あ、ええと……爆発するっ!? あ……嫌いって言えばいいの……?」
キッっと北斗を見つめて、イランダは宣言した。
「え、ええとアンタなんか嫌いっ! 大嫌いっ!! って何で外れないのーっ!?」
イランダは勘違いしていた。
ブラック手錠を外す条件の一つに『嘘でもいいから絶縁宣言をする』というのは確かにある。
だがしかし、その際には『その相手がそれが絶縁の言葉であることを理解し、多少なりともショックを受けること』は条件に入っているのだ。
つまり――。
「そんな言葉は嘘だと、ちゃんと分かっているからな」
という北斗には通じないのである。
「えーっ!? じゃ、じゃあ結局爆発しちゃうってことじゃないの……!!」
イランダは慌てた。爆発に対する焦りもそうだが、手錠の効果で北斗に対する気持ちが高まってしまっていることにも戸惑っている。
だが、根が素直じゃないイランダは、その感情を認めたくないのだ。
「ふえ……ど、どうしよう……怖い、怖いよ……」
混乱が極まって、ついに泣きだしてしまうイランダ。
そんな彼女を、北斗はそっと抱き締めた。
「え……」
「大丈夫だ……俺がついてる。爆発しても大した威力があるようじゃないし……心配しなくていい」
そっと、小柄なイランダを包みこんでしまった北斗は、耳元でささやいた。
本来のイランダだったら、慌ててその手を振りほどいてしまうところだろうが、今日の彼女にそれはできない。
「う……うん……」
そっと頬を赤らめ、俯いてしまう。普段ならば北斗は彼女のペットであり調教対象であり、今日だって本当は買い物の荷物持ちとして連れまわしていたといいうのに。
そんな彼女を、北斗は素直に可愛いと思った。
不安と混乱に震える手を、優しく包みこんだ。
「……まだ、怖いか……?」
不思議なもので、そうしているうちにイランダの震えは徐々に収まっていく。
「ううん……あんまり……怖くない……どうして……?」
イランダは別な意味で混乱していた。
本当に不思議だったのだ。
どうして、さっきまであんなに怖かったのが平気になってしまったのか。
どうして、抱き締められて手を握られただけでこんなに安心できるのか。
どうして、たったこれだけのことで北斗のことを愛おしいと思ってしまうのか――。
「だってほら、この手錠を見てよ、カウントがもう『1』だよ、きっともうすぐ爆発する」
と、イランダは手錠の数字を示した。
「ああ……そうだな。けれど大丈夫だ……オレが守るから」
そう言って、北斗は少しでも爆発のショックからイランダを守ろうと手錠で繋がれた腕を抱え込んだ。
「うん……きっと、そうよね……大丈夫よね……」
そして、静かに手錠は爆発した。
確かに手錠の効果によって体力は奪われ、二人はその場にヘたり込んでしまう。
だが、ちょうどあぐらをかくように座りこんだ北斗の脚の中に入り込んだイランダは、北斗にすっかり背中を預けていた。
「けほっ……大丈夫?」
「ああ……まあ体力は持っていかれたが……怪我はないようだな……良かった」
と、北斗はイランダの頭を撫でる。しばらくこうしていれば体力も回復するだろう、と。
もう手錠の効果はない。イランダの心は普段どおりだ。さっきまでのように異常にドキドキすることもない。
けれど。
けれど、イランダは自らの心の中にまだ確かにある愛情に、戸惑うのだった。
「……ああ、そういえば」
と、体力を待つだけでは微妙に手持ち無沙汰だと思った北斗は、ちょっとした話題を切り出した。
「……何?」
イランダも、特にすることもないので話に乗ることにした。
「その……以前、俺よりも年上だということを言っていたが……本当なのか?」
おそるおそる切り出した北斗。外見的には8歳程度のイランダと30歳程度に見える北斗。だが、実年齢については二人とも秘密なのだ。
「……もう、しょうがないわね……」
そっと、北斗の耳に口をつけてそっと耳打ちするイランダ。
告げられたイランダの実年齢に北斗が驚きの声を上げるまで、たっぷり5秒かかったという。
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