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黒いハートに手錠をかけて

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黒いハートに手錠をかけて

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第8章


「くそっ、どうなってるんだ!!」
 と、ブレイズ・ブラス(ぶれいず・ぶらす)は叫んだ。ブラック・ハート団のアジトである廃工場は壊滅したものの、首領である独身子爵が見つからないのだ。
 壊滅するアジトを後に、ブレイズは街に戻っていた。敵のボスを捕まえなければ、また同じような事件が起こってしまうだろう。

 そのブレイズの横に、勢い良く走ってきたバイクが止まる。

 バイクに乗っている男は、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)と、魔鎧として装着された龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)
「苦戦しているようだな、ブレイズ」
 その姿を見たブレイズは答えた。
「あ、あんたは……ケンリュウガー先輩!!」
 バイクから降りた牙竜は、ブレイズと共に街の様子を眺める。
「ブレイズ、無事か?
 ……ああ、俺は無事だ。手錠に繋がれてはいるが、魔鎧の灯と繋がれているから支障はない。
 それに……ヒーローに爆発はつきもの、慣れているからな」
「なるほど、さすが先輩だぜ!!」
「そんなことよりブレイズ、さっさと事件を解決しなくてはならないぞ」
「……そうなんだ、どこに行ったのか敵のボスが見当たらねえ。奴を捕まえないと事件を解決したことにはないらない――」
 だが、そのブレイズの言葉を聞いた牙竜は首を横に振った。
「いや、違う」
「……?」
「ヒーローに与えられた時間枠は30分!! CMを入れると20分少々しかないんだ、急がないと番組枠をはみ出してしまう!!!」

「な、なんだって!!! ど、どうすればいんだ!!!」
 驚愕するブレイズに、牙竜は続ける。
「簡単だ――あれを見ろ!!」
 指さす先を見ると、黒タイツに身を包んだウィンターがとぼとぼと歩いている。

「……やれやれ、酷い目にあったでスノー」

 アジト襲撃のドサクサに紛れ、草薙 武尊の手から逃れたのである。
「あれは、ウィンター?」
 よくツァンダの街を事件を求め走り回っているブレイズは、ウィンターとも知り合いである。
「そうだ、良く見ろブレイズ。彼女は黒タイツを着せられているだろう、きっとブラック・ハート団に騙されているんだ!!
 いいかブレイズ――いや正義マスクよ、洗脳を解いて彼女を救えるのはお前しかいない!!」

「そ、そうだったのか!! だけど先輩、俺には洗脳の解き方なんて分からない!! どうすればいいんだ!!!」

 そこに、牙竜の右拳が炸裂する。
「この馬鹿者がーっ!!
 洗脳の説くのは魂を込めた心からの説得と、長いヒーローの歴史でも決まっているのだ!!」
 だが、まだブレイズは煮え切らない。
 何しろ頭の悪い彼、魂を込めて殴るのは得意だが、説得は大の苦手だ。

 そのブレイズに向けて、何かを投げた人物がいた。

「ならばブレイズちゃん、これを使いなさい!!」
 オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)だった。
「……あ、あんたはっ!?」
 物陰からオルベールがブレイズに投げた物――それは一つの黒いマスクだった。
「私は正義のヒーローに力を貸す者……ソウル・アルケミストのルベール!!
 それよりもそのマスクを使いなさい、ブラックデーに相応しい、その名も『ブラックマスク』!!」
 それは、オルベール――魂の錬金術師ルベールが特技の錬金術を活かして作り上げた、黒いマスクだった。

「あ、ありがたい……!! これがあればどうにかなる気がしてきたぜ!!」
 それはただの思い込みである。さすがの単純バカ、ブレイズ・ブラスであった。
 ケンリュウガーの鎧として、牙竜に装着された灯は、そんなブレイズに言葉を掛けた。
「いいですかブレイズさん、子供を説得する時は相手の目線の高さに合わせてしゃがむのです。
 そして『俺が事件を解決して、君を必ず幸せにする!』と説得するのです!!」
 その言葉を聞いたブレイズ――いや、正義マスクは力強く頷き、ブラックマスクを装着した。
「ありがとう先輩……!!
 行くぜ、正義マスク、『ブラックフォーム』!!」
 そして、夕方から夜になりかかっている街で、姿を消したウィンターを探して走り出すのだった。

「ウィンター!! 俺が必ず幸せにしてやるから、待ってろよおおおぉぉぉ!!!」

 ブレイズの姿が見えた後、牙竜は灯に尋ねた。
「なあ……さっきの台詞……『君を幸せにする』じゃなくて『君の幸せを守る』とかにしないとおかしいんじゃないか?」
「……そういえばそうですね。まあ、何かプロポーズっぽいですけれど、いいんじゃないですか?」
 そんな二人のやり取りを、オルベールは聞いていた。


「……結構無責任ね、正義のヒーロー」


                              ☆


 ところで、そのオルベールは師王 アスカ(しおう・あすか)のパートナーである。
 彼女が今何をしているのかというと。


「悪い……アスカ。俺はお前が嫌いだ」


 恋人になったばかりの蒼灯 鴉(そうひ・からす)に絶縁宣言されている真っ最中であった。
「え……」
 その一言でアスカと鴉を繋いでいた手錠は外れた。
 もちろん、鴉の言葉は手錠を外すための嘘なのだが、それでもアスカにショックを与えるには充分な一言だった。

 何しろ、ホワイトデーにようやく鴉の告白に対して返事をしたアスカ。鴉にとっては長い恋が実った瞬間であった。
 そして今日は、そんな二人が恋人になってからの初めてのデート。

 普段はおしゃれに興味のないアスカも、姉代わりのオルベールにコーディネートや化粧を頼んで。
 春物ワンピースにトレンチコートにショーブーツ。普段のアスカだったらまずしない薄化粧もばっちりとして。
 そんなアスカの様子に内心ウキウキだった鴉も、突然手錠で繋がれてはしかたない。
 アスカを爆発させるよりはと、心にもない絶縁宣言だったわけだが。

「……」
 くるりと背を向けて、アスカは携帯を取り出した。
「……アスカ……」
 空気が重い。以前ならともかく、恋人になった二人の間でこの絶縁宣言は効いた。
 何と声をかけたらいいものかと迷う鴉。その迷いが手錠をばら撒いた犯人への怒りにすり替わるのに、さほど時間はかからなかった。
 そしてそれはアスカも同じだった。

「……うん、そう。お願いねぇ」
 と、誰かと話していた電話を切った。
 その相手はアスカのファンの集いの一人。
 静かに怒り心頭していたアスカは、ファンの集いを利用して人数を集めたのである。

 何のために――決まっている。

「……許さない、許さないわよぉー……」
 犯人集団の殲滅のためだ。
 ゆらりと暗黒のオーラを出して歩くアスカを止めることもできずに、鴉もまた怒りの表情でブラック・ハート団残党刈りを始めるのだった。


「そうだな……細かい話は後にして……とりあえず犯人に地獄を見てもらうか……」


                              ☆


「……独身子爵とやらはどこに行ったんだ……?」


 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は呟いた。
 ブラック・ハート団の残党を追い立てていた真司だが、未だに敵のボスである筈の独身子爵に辿りつけない。

「そうですね……見つかりませんね……ごめんなさい、私のせいで……」
 そのパートナーのヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)はというと、両手を手錠で繋がれて全力で自己嫌悪中である。
「……」
 さっきからこの調子で、真司は手錠が爆発する前に何とか外さなければと、内心からに焦って街中を奔走していたのだが。

「いつもそうですよね……私ってばダメ人間で……。
 強化人間のぅせに超能力はいつまでたっても不安定だし……。
 いつも道に迷っては真司に迎えにきてもらってるし……。
 ああ、これからはダメ強化人間と名乗るべきでしょうか……。
 なんだかんだと真司に迷惑ばかりかけてるし……。
 私なんていっそのこと爆発しちゃったほうが真司のためじゃないでしょうか……。
 胸もないですし……」

「……ほら、手を出すんだ。あと最後のは関係ないだろう」
 と、ため息をつきながら白い鍵で手錠を外した。
 独身子爵は見つからなかったが、ブラック・ハート団の残党から解除キーは入手したのだ。

「あ……ありがとうございます……」
 と、手錠を外してもらったヴェルリア。だが、その表情は暗いままだ。
「……どうした?」
「……手錠は外れましたけど……私が真司に迷惑かけてることには変わりないな……って」
 そう言って、さらに俯いてしまうヴェルリア。
「……」
 もう一度ため息をついて、真司は左手で軽くヴェルリアのおでこを小突いた。
「――?」
「全く……そんなことを気にしているのか。
 パートナーは誰よりも大事な存在なんだ……そのためにできることは最大限やる。それが当然だろう。
 迷惑とか、そういうレベルはとっくに超えているんだよ。
 だからまあ……そんなことは気にするな」

「……真司……」

 真司はいつもそうだった。普段は寡黙で無愛想なくせに、欲しいものはいつだってちゃんと与えてくれる。
 だから自分はきっと真司のパートナーをしているのだし、これからもずっとそうなのだろうと、ヴェルリアは思った。

「はい……ありがとうございます……」
 それと同時に、今度は自分が真司には何かできないものだろうかと、ヴェルリアは思い始めたのだった。


                              ☆