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黒いハートに手錠をかけて

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黒いハートに手錠をかけて

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                              ☆


「……どうしてこうなった」
 如月 佑也は呟いた。
 街中を歩く佑也と、その横に並んで歩くラグナ・オーランド。
 ラグナは、一歩佑也の後ろを歩き、佑也の服の裾を摘まんでいる。
 少しだけうつむき加減で、大人しく。

 その後をの物陰から様子を見ているのは気絶したラグナ ツヴァイを背負ったラグナ アイン。
 つまるところ手錠で繋がれた二人を助けるため、手錠を配っている連中を捕まえようとしての囮捜査なのだが。

「な、何だかものすごく恥ずかしいんですけど……」
 佑也は再度呟いた。
 今この場にはいないが、佑也にはしっかり想い人がいる。
 その本人にこの現場を見られる心配はなかろうが、誰か知人にでも目撃されたらかえってどんな噂が流れるか分からない。
「し、知り合いに会いませんように見つかりませんように……って痛ててててっ!?」
 佑也は突然悲鳴を上げた。
 周囲の視線を気にして挙動不審な佑也の腕を、ラグナがきゅっと抓り上げたのだ。
「ラ、ラグナさん何するんですか……」
 抗議する佑也だが、いつも笑顔のラグナが珍しく頬を膨らませているので、抗議を取り止める。
 ラグナは告げた。
「もう……佑也さんったら、仮にも女性と歩いている時にそんなにキョロキョロしていてはいけませんよ……デリカシーがないんですから……」
「……あ、すみません」
「まったく……相手に気のあるなしはともかく、レディを飽きさせないのも殿方の責務ですのよ?」
 と、ラグナは微笑んだ。
 それは難しそうだ、と佑也は苦笑いする。ふと、疑問が口を突いた。
「それにしても……ちょっと楽しそうですね?」
 問われたラグナは、ちょっとだけ頬を赤らめて、笑った。
「あら……いけませんか? 私にも恋に恋する乙女だった頃はあるんですよ? 殿方と並んで歩くなんて久しぶりなもので」
 そんなもんですか、とピンときていない佑也の視線を誘導するラグナ。
「それにほら、キョロキョロするなら――少しでも情報を探るべきでしょう?」
 と、ラグナに言われて見渡すと、街の人々は爆発して黒コゲになっている人もいれば、助かっている人もいる。
「……本当だ……爆発には条件があるんですね……」

 だが、かえって爆発しているカップルの方が、助かったカップルよりも満足気な表情を浮かべているのは気のせいだろうか?

 ミルディア・ディスティンもそんな中の一人。
 結局のところ、絡み着いてじっと見つめながら自分を愛でてくる和泉 真奈から逃れることができないと悟ったミルディアは、せめて真奈に被害が及ばないようにと行動に出た。

「えーと……ここをこうして……」
 ミルディアは身体や手の位置を工夫して、自分が着ていた上着で手錠を包んだ。
 少しでも爆発の被害を食い止めようという工夫だった。
 だが、手錠の影響ですっかり盛り上がってしまった真奈はそんなことにはお構いなし。ミルディアがもそもそと動くのでかえって密着してしない、熱い吐息を形のいい唇から漏らす。
「はぁ……可愛い……どうしてこんなに可愛いのでしょう……きゃっ!?」
 真奈が驚いたのは、どちらかというと逃げ腰だったミルディが突然自分に抱きついてきたからだ。

「ああ、ミルディもやっとその気になってくれたのですね……」
 もちろん違う。
 夢見るようなうつろな表情の真奈と対照的に、ミルディアの表情は真剣そのものだ。
「……ちょっと外れそうにないから……ゴメンね」
「?」
「どうやら、繋がった相手を嫌いって言えば取れるみたいなんだけど……嘘でもそんなこと、言いたくないし……」
「……ミルディ……?」
 上着で包んだ手錠を自分の方に引寄せ、手錠と真奈の間に自分の身体を挟みこむ。
 その結果、ミルディアと真奈は抱き合うように密着することになるが、気にしてはいられない。

「爆発はできるだけあたしが引き受けるから! だ、だから密着しちゃうのは仕方ないの、ちょっと我慢してて!!」

 いつ爆発するか分からない。周囲を見る限り爆発しても命に別状はないようだが、それでもその程度のダメージがあるか分からないという恐怖の中で、ミルディアは気丈に笑った。
 その笑顔を、真正面から抱き締める真奈。
「――真奈?」
「……ありがと……」


 そして、手錠が爆発した。


 佑也とラグナは、比較的近くで爆発したミルディアと真奈の様子を目撃した。

 二人は黒コゲになっているが、ミルディアが機転を利かせたおかげて真奈はさほどのダメージも受けてはいない。ただ魔法の効果で体力を吸い取られて、脱力しているだけだ。
「だ、大丈夫ですか?」
 と佑也は声をかけるが、どうにかパートナーを守ったミルディアは笑顔を向けるのだった。
「……へ、へ……だいじょうぶ……でも、ちょっと動けないかな〜」
 そのミルディアと共に地面に転がった真奈は、きゅっとミルディアに抱きついた。

「そうですね……しばらく動けませんから……しばらくこのままでもいいですわね……」


 ミルディアと真奈から事情を聞いて、手錠の飛んできた方へと走り出す佑也とラグナは、路地裏で絡みつく嘉神 春と神宮司 浚を通り過ぎていた。

「や……やりすぎた……あきらかにやりすぎた……ッッ!!」
 春の脳裏をわずかな後悔の念がよぎった。
 すっかりその気になってしまった浚が撫でまわしてくる手に反応して、「やん」とか「あふん」とかそれっぽい反応をして遊んでいたのがすっかり裏目に出てしまったのだ。


 つまるところ、すっかり大暴走。


「春……春もその気なら、俺は……」
 その気じゃないよバカ、というかその気だったどうする気だ、という春の突っ込みももはや遠い。
 興奮した浚は路地裏の壁に春を押し付けてその身体をまさぐる。

「ちょ、ちょっと待って待て! あれは冗談ふにゃあああっ!?」
 普段ならば、春が嫌がる態度を見せればすぐにスキンシップもやめる浚なのだが、今の浚にはそれは不可能。
 春の可愛い耳にかぷっと噛みつき、春を狼狽させる。
「……春……春と一緒なら俺……黒コゲになっても……」

 ヤバい、この空気はヤバい。春はどうにか身体をよじらせて逃れようとするが、元々体格差があるうえ、逃れなければならない相手とは手錠で繋がれているので、逃げられるわけもない。
「ふ、ふにゃあ、くすぐったいって……」
 と、自分の視界の端に映った手錠のカウントが、またひとつ減った。


 ――1から、0へと。


「ふぎゃあああっ!?」
「どわあああっ!?」
 いよいよ盛り上がっていた浚に冷水をぶっ掛けるように爆発する手錠。

 お望みどおり黒コゲになりながらも、春に抱きついたまま路地裏に転がる浚。
「あー……なるほどこれは動けない……」
 まあ、しばらく抱きついていられるからいいか、と浚は春を見ると、アテが外れたのが悔しいのかふくれっ面をしている。
「もー。結局爆発しちゃったじゃんかー。ざっくんのせいだからね、もうきらーい」
 ぷい、と春は浚の腕の中でそっぽを向いてしまう。
「そ、そんなぁ……」
 手錠に体力を吸い取られた浚はそのまま力なく頭を地面に落とし、春はその様子を見てちろっと下を出すのだった。


「ひゃあっ!!」
 と、後ろから叫び声がして、佑也とラグナは振り返った。
 見ると、ラグナ アインに背負われていたラグナ ツヴァイが目を覚ましたのだろう、アインに密着しているのをいいことにそのまま愛の抱擁に移行したのである。
「あ、姉上!! ボクは、ボクはもう!!」
「ツ、ツヴァイ落ち着いて!!」
「いいえ落ち着いてなどいられません!!
 この溢れ出る衝動!! 抑えようもないこの気持ち!! これがきっと愛!!
 この手錠は二人を繋ぐ愛の鎖なのです、姉上――姉上もボクと同じ気持ちですね! これはまさに運命!!」

 もうすっかり出来上がってしまっているツヴァイ。もとよりアインのことが大好きな姉上至上主義のツヴァイが、手錠の効果でさらにオーバーヒートしてしまったのだから止まるわけがない。

「なるほど……この状態のツヴァイを、ラグナさんが気絶させたんですね」
「ええ、そうなんですのよ……あまりにもアレでしたもので……ねえアインちゃん? 相手のことを嫌いって言えば外れるみたいよ?」
 ここまで街の様子を観察して、とりあえずそれが手錠を外す条件の一つであることは分かっていた。
 だが、その条件の提示に首を振るアイン。

「……いいえ、それはできません」
「アイン?」
「だって、ツヴァイは大事な妹だから……大好きな妹だから、嫌いだなんて嘘でも絶対に言えません!
 それくらいなら、私は爆発するほうを選びます!!」

「……アイン」
 ぐ、と佑也は拳を握り締めた。
「分かりました……一刻も早く手錠を外す方法を探しますから」
「佑也ちゃん、あれ!!」
 声を上げたラグナが指差す方向を見ると、黒ずくめの男が二人で黒い手錠を配っているのが見える。
「よし、アインとツヴァイはそこで待っていて!!」
 と、既に走り出しているラグナの後を追って、佑也は走り出した。
 手錠を順調に配っている黒タイツの男、『ブラック・ハート団』の一員と、成り行きでその手伝いをしている木崎 宗次郎に向かって。

 二人は、路地裏に逃げ込んだ二人を追い詰める。
「な、なんで行き止まりに逃げるんだよっ!!」
 と、路地裏に追い詰められた黒タイツ男は宗次郎に文句を言った。
「だ、だってだってだって……!!」
 もちろん、突然追いかけられて反射的に逃げ出した宗次郎はそれどころではない。
「さあ、男の尊厳とその象徴を失いたくなければ、さっさと手錠を外してもらいましょうか……」
 ラグナは薙刀をチラつかせながら、黒タイツ男に詰め寄った。
 黒タイツはそれでも、精一杯の強がりを見せる。
「くくく……嫌だね……。
 街中だというのにイチャつくカップルや、ブラックデーの機会に恋人を作ろうという奴らは、このブラック・ハート団が許さない!!」

「なら、そのブラック・ハート団をこのヨウエンが許しませんよ」
「――え?」
 その声は、上空からだった。
 
 紫桜 瑠璃を抱きかかえた緋桜 遙遠が上空から黒タイツ男の上に降ってきて、踏み潰したのだ。
「ぎょえわっ!!?」
 突然のことに対処できない黒タイツ男は、なす術もなく遙遠に潰される。
「上空から手錠犯が追い詰められるのが見えましたもので――まことに勝手ながら参戦させていただきますよ」
 と、形ばかりの挨拶を佑也とラグナに向ける遙遠。
「さあて……絶縁を宣言する以外に、この手錠を外す方法を教えてもらいましょうか」
 キラリと遙遠の瞳が光ると、立ち上がろうとした黒タイツ男の周りの一瞬、光の刃が突き刺さって地面が大きくえぐれた。
 我は射す光の閃刃――遙遠が放った術が辛うじて身体を傷つけない範囲で突き刺さったのだ。
「ひぃぃぃ……」
 それでもう黒タイツ男は戦意を失った。

 同様に、そのはるか以前から戦意を喪失していた男、宗次郎は一応逃げないようにとラグナに薙刀を突きつけられてガタガタと震えた。
「ひぃぃぃ、違うんです……僕は夕飯のお買い物に来ただけなのに……。
 たまたま手錠を配るの手伝えって言うから手伝っていただけなんです……」

 その時、表通りから声がした。止められたバイクのボディには『愛羅武勇』のペイント。
「――宗次郎さんから離れな!!」
「!!」
 一瞬のうちに踊りかかった人影は宗次郎の妻、木崎 鈴蘭だ。
 金砕棒による一撃を薙刀でかわしたラグナの隙をついて、宗次郎とラグナの前に割り込む。
「鈴蘭さん!!」
 宗次郎が地獄に仏、という声を上げる。鈴蘭は元レディースでヤンキーだが、宗次郎の前では結婚18年目の可愛い奥さんなのだ。
 正確には、宗次郎から見れば何をしていても可愛い奥さんというだけなのだが。
「宗次郎さんに危害を加える奴は許さないよ!!」
 と、金砕棒を構えなおす鈴蘭だが、宗次郎が後ろから話しかけた。
「ち、違うんだよ鈴蘭さん……」
 宗次郎は鈴蘭にだけはまともに話すことができる。
 かいつまんで事情を説明する宗次郎に、鈴蘭は相好を崩した。

「え、ああそうなの? 無関係? えーと……あななたちが探してるのはこの手錠?」
 と、振り返って宗次郎が黒タイツ男から受け取った手錠一式を差し出す鈴蘭。
「え……あ、はい」
 佑也がその袋を受け取ると、中に小さなオモチャの白い鍵が入っている。
「……どうやら、それが手錠を解く鍵のようですわね」
 ラグナはその鍵を取り、佑也を促して路地を走っていく。
 ここまでそれなりに時間を食ってしまった。そろそろアインとツヴァイの手錠が爆発するかもしれない。
「じゃ、じゃあこれで!!」
 と、佑也はその後を追う。

「ふうん……では、こちらの方も同じ物をお持ちですよね? 大人しく出してもらいましょうか」
 それを見た遙遠も足元の黒タイツ男に詰め寄った。
 その腕の中では遙遠の胸元に頬ずりをした瑠璃が、幸せそうな声を上げる。
「ふにふに〜、あにさまはきもちいいにゃ〜」
 黒タイツ男は観念して鍵を差し出した。
 それを受け取った遙遠は、優しく瑠璃の頭を撫でるのだった。
「全く……こんな姿を見せられては、嘘でも嫌いなんて言えませんからね」


 佑也とラグナは間一髪、アインとツヴァイの手錠を外すことに成功した。
「ふー……これで一安心ですわね」
 と、ラグナがため息をつく。佑也は、さすがに疲れたのか、その場にへたり込んでしまったアインの頭を撫でた。
「……よく、頑張ったね」
 アインは少しだけ照れたように、しかしはっきりと頷く。
「はい……自分の気持ちに、嘘はつけませんから」
 その横では、手錠の反動でぐったりとのびているツヴァイがのんびりと寝息を立てていた。

「何だかよく分からないけど、大変だったわね?」
 と、鈴蘭は宗次郎の労をねぎらった。
「うん……で、でも僕、買い物はしてきたよ。今夜はイカ墨パスタにしようね」
「あら、ちゃんとお買い物できたなんて、偉いわぁ……宗次郎さんは自慢の旦那様ね」
 ご機嫌な様子で宗次郎の頭を抱えてぐりぐりと撫で回す鈴蘭。
「う、うん……鈴蘭さんは最高の奥さんだよ……」
 そして二人は、バイクを押しながらゆっくりと夕陽の街を帰って行くのだった。


 いや、事件はまるで収拾していないのだが。