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リアクション
第4章
ちょうどその頃、また別の場所では事件が起こっていた。
いや、そこでも手錠は配られていたのだが、ここでの事件はそれではない。
あえて言えば、猥褻物陳列罪。
「ままー、あれなぁにー?」
「み、見るんじゃありません!!」
十田島 つぐむ(とだじま・つぐむ)とミゼ・モセダロァ(みぜ・もせだろぁ)の姿を見た幼児を、その母親が抱えて走り去って行く。
それもそのはず、ミゼの普段着はラバー製のベルトでできたベルトボンデージとラバー下着と手袋とブーツ。辛うじて局部は隠れているデザインなのだが、もはやそれがどうしたという体裁の悪さを誇る服装だ。
しかも、そんな彼女が首輪で繋がれて四つん這いで街中を引き回されているのだから、さすがに子供に見せるわけにはいかない光景である。
「ああ……遂に私の夢のひとつが……!!」
だが、彼女は冷ややかな周囲の視線にもめげずに、恍惚とした表情を浮かべている。
ミゼの首輪にはブラック手錠が掛けられ、その手錠はつぐむの腕と繋がっている。
「よしよし……可愛いミゼ……さあ、もっと恥ずかしい姿を街中のみんなに見て貰え」
そのつぐむは優しい瞳をミゼに向けて微笑む。
「は……はい、御主人様!!」
当たり前ではあるが、今のつぐむは正気ではない。
ブラック・ハート団が配っていたブラック手錠の効果を知ったミゼは、いち早く手錠を入手し、自らのコレクションである首輪にその手錠を掛け、つぐむに接近して手錠を繋がれることに成功したのである。
その結果、ミゼは従来の『ドMぱわー』が数倍に高まり、つぐむはミゼに対する愛情が異常なまでに高まった。従来であればミゼの性癖に困惑していたつぐむだが、手錠の効果により彼女が望む愛の形――すなわち、『理想の御主人様』として開眼してしまったのだ!!
しまったのだじゃないだろ、という話もある。
つまりこれは何かの罰ゲームや精神的折檻ではなく、ただの散歩なのだ。
「ああ……こうして御主人様と散歩できるなんて……ワタシは幸せです……」
しかもやっかいなことに、愛に溢れた散歩なのだ。
警察は街中の手錠事件に追われて二人を止めることはできないし、周囲にこの行為を止めようという勇敢な一般人はいない。そもそも、困ったことに二人はとても幸せそうなのだ。
そんな突っ込み不在の状況で、二人は歩いていく。
その二人を後ろから眺めていたのが、竹野夜 真珠(たけのや・しんじゅ)である。
「つ……つぐむちゃんが……おかしくなっちゃった……」
と、愕然とした表情でその様子を見つめている。
その傍らにはガラン・ドゥロスト(がらん・どぅろすと)が並んでいた。
「うむ……あの手錠のせいであろうな。しかも、街で見てきたところによると……あの手錠は時間で爆発するようなのだが……
聞いているか?」
真珠は聞いていなかった。
持った大鎌を強く握りしめ、ぶるぶると震えている。顔色が悪い。
「……つぐむちゃんが……つぐむちゃんが……」
「……おい?」
ふらり、と物陰から道路に出ると、その大鎌を大きく振り上げた。
「もうだめだ……きっとミゼの毒素的な何かがつぐむちゃんに感染しちゃたんだ……かわいそうなつぐむちゃん……今すぐ楽にしてあげるから……」
「お、おいちょっと待て!! どうするつもりだ!!!」
ガランは慌てて真珠を羽交い絞めにした。
確かにつぐむとミゼを止めたいところだが、大鎌で斬りかかるのはやりすぎだ。
「離してーっ!! つぐむちゃんとミゼを殺して真珠も死ぬーっ!!」
羽交い絞めにされながらも、バタバタと暴れる真珠。
そんな騒ぎを尻目に、ミゼの感情はいよいよヒートアップしていた。
「ああ……こんな素敵な散歩に連れてきて貰えるなんて……それだけでワタシもう達してしまいそうです……!!」
と、その瞬間。
手錠の方もタイムリミットに達したのか、ミゼとつぐむの間で爆発を起こした!!
「あああぁぁぁーん!!!」
「うわっ!?」
もともと手錠の効果を知っていたミゼはともかく、つぐむは手錠が爆発することは知らない。
魔法の爆発に体力を奪われて倒れながらも、つぐむは正気に戻って、言った。
「お、おい……これはどういう……というか……俺は何を……」
別に爆発したからといって記憶がなくなるわけではない。今までの自分の行為を思い出してショックを受けるつぐむ。
ミゼはというと、心底残念そうにため息をついた。
「ああ……夢の時間も終りなのですね……儚いものです」
ガランの羽交い絞めから逃れた真珠は、正気に戻ったつぐむに抱きついてわんわんと泣き始めた。
「わーん!! 良かったよー、つぐむちゃーん!! もうみんなで死ぬしかないかと思ったよーっ!!」
物騒なことを言うなよ、とつぐむはガランを見上げた。
「なあ……何がどうなってるんだ?」
ガランはのっしのしと三人に近づき、つぐむを助け起こす。
「まあ……間違いなくミゼ殿の仕業であろう。後で叱ってやると良い」
ダメですガランさん、それでは彼女にはご褒美です。
☆
「え、ちょ、ちょっと!!」
神和 綺人(かんなぎ・あやと)は抗議の声を上げた。
うっかり受け取ったブラック手錠が勝手に動き、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)と繋がれてしまったのである。
それはまだいい。
だが、その途端にクリスが綺人を押し倒してきたのだから、さすがに抗議のひとつもせざるを得ない。
「クリス!! やめて、街中で押し倒すのはやめてーっ!!」
だが、そんな綺人の抗議も虚しく響くばかりだ。
何しろ、手錠の効果ですっかり高まってしまったクリスはまさに肉食系女子。今の綺人は猛獣に狙われた獲物なのだ。
「ふふふ……街中でなければいいんですかー? もう止まらないんですよ、アヤも観念してあんな事やこんな事をされて下さい」
「いや、街中じゃなければいいってワケじゃないけど!! というかあんな事とかこんな事って何!!」
その言葉にちょっとだけ頬を赤らめるクリス。
「イヤですよそんな事……乙女の秘密です、口えは言えません♪」
「く、口では言えなくても行動には移すんだねーっ!?」
綺人も必死の抵抗を見せるが、何しろ手錠で繋がれているのでうまく身動きが取れない。
条件はクリスも同じ、結局二人でもみくちゃになりながら街中を転がる。
「い……一体どうなんてってるんだ……」
と、転がりながらも綺人が周囲の状況を見ると、同じように手錠で繋がれているカップルが多数いるのが見えた。
爆発して黒コゲの者、辛うじて爆発を回避できている者。
「――あれは!!」
その視界の端に映った光景に、一筋の光明が見えた。
「……」
ぴたりと、抵抗の手を止めた綺人。クリスは、その様子に満足気な笑みを浮かべた。
「あら、観念したのですか? ……では♪」
「クリス……」
「?」
「お、押し倒してくるときのクリスは嫌い!!」
「!!!」
その一言と共に、手錠は粉々に砕け散り、二人は自由になった。
「よ、よし……やっぱり嘘でもいいから嫌いって言えば取れるんだな……」
綺人は他のカップルを観察して、爆発を回避する方法を知ったのだ。
だが、その一言の代償として、クリスの心を多少なりとも傷つけてしまったことは否定できない。
「……アヤに……アヤに嫌われてしまいました……」
と、両手を顔面に当ててさめざめと泣いているクリスに、綺人は気付いた。
「あ、クリス……!」
急いでクリスに寄り沿い、そっと抱き締めて頭を撫でた。
「ごめんねクリス、さっきのは手錠を外すための嘘だから……本気にしないで。でも……ごめんね?」
目に大粒の涙を溜めながら、クリスは綺人を見返した。
「うぅ……ほ、本当ですか……? 私、アヤに嫌われたら生きていけません……」
その瞳を真っ直ぐに見つめながら、綺人は頷いた。
「嫌いになったりしないよ。……そりゃあ、押し倒された時に怖いとはよく思うけど
……そうだ、帰りにケーキを買ってあげるから。さっきのお詫びに、僕が奢るよ」
「……ひっく……食べるなら、ケーキよりアヤがいいです……」
そのクリスの台詞に綺人が苦笑いを浮かべたその時。
「ケーキですか、悪くありませんね」
と神和 瀬織(かんなぎ・せお)が綺人の腕を取った。
「……うむ……爆発しなくて済んだのは良かったが――どうも俺たちのことを……忘れているのではないか?」
反対の腕を取ったのはユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)。
二人とも最初から綺人達と一緒にいたのだが、クリスが綺人を押し倒した辺りから空気と化していた。
ユーリはどうせ爆発するまで止まらないだろうと思っていたので、最終的に介抱すればいいかと思って待機していたし、瀬織は手錠を外したかったのだが、一瞬でクリスが綺人を押し倒してしまったので、対処するヒマがなかったのだ。
「あ……ごめん、ユーリと瀬織の存在、すっかり忘れてた」
「あら、そういえばいたんですね、ユーリさんと瀬織」
どうやら本気で忘れられていたらしいと、頭を抱えるユーリを尻目に、瀬織はクリスをたしなめる。
「婚前交渉をやめろとまではいいませんが……せめて寝室ですべきではないですか?
……というか、綺人まで忘れてただなんて」
落胆する瀬織に苦笑いで返す綺人。
「ご、ごめん」
「いいえ、許しません。いいお店を知っていますから、そこのイチゴタルトで許してあげましょう」
と、掴んだままだの綺人の手を取って、瀬織はずんずんと歩きはじめる。
「え……瀬織に奢るとは言ってないよ?」
綺人は戸惑いながらも言うが、両腕を取られているので抵抗できない状態だ。
もう反対側の腕を取っているユーリも、今回ばかりは少し寂しそうだ。
「……仕方あるまいな……まったく、ずっと傍にいたというのに……せめて茶くらいは飲ませて貰わないとな……」
「あ、待って下さいなー」
と、ケーキ屋に連行されていく綺人を追って、クリスも早足で歩き始めるのだった。
まあ、仲良きことは美しきかな、という事で。
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