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五月のバカはただのバカ

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五月のバカはただのバカ

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第9章


「あははははは!! ここまでおーいで!! その垂れ下がったお尻で追いつけるかしらぁっ!?」
 アイビス・エメラルドのフェイクが高笑いを上げて煙幕ファンデーションを展開した。
 本気を出したルシェン・グライシスの魔法攻撃は強く、魔法に抵抗力のないアイビスでは不利だ。
 そこでフェイク・アイビスは、煙幕で敵の視界を奪ったうえで銃を乱射し、大雑把に体力を奪う作戦に出たのだ。

「きゃあっ!!」
 悲鳴を上げるルシェン。榊 朝斗とルシェンの二人は知らなかったが、このフェイク・アイビスは上質紙フェイクであり、その能力はオリジナルと同じ。
 熟練のヘクススリンガーであるアイビスの上質紙フェイクは、二人にとって充分な脅威であった。

「――皮肉なものよね。魂なんてない筈のあたしが、こんな呪われた銃を使うなんて」
 『魔銃レクイエム』――使用者の魂さえ奪い取ると言われる愛銃に口付けをして、煙幕の向こう側からクロスファイアを放つ!!

「――アイビス!!」
 だがルシェンも負けてはいない。
 放たれた魔弾をものともせず、怒りに任せた天のいかづちで応戦し、アイビスがひるんだ隙に接近した。
 手にした蒼き水晶の杖で殴りかかるルシェン。その一撃を、アイビスは銃でガッチリと受け止める。
「アイビス……っ!! 覚悟しなさい!!」
「ふん……不安ならさっさと自分のものにしちゃえばいいのに……アンタたち見てると――イライラすんのよ!!」

 女の戦いは、まだ続く。


                              ☆


「マジカルガンナー☆ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)、見・参☆」
 というパートナーの姿を見て、師王 アスカ(しおう・あすか)蒼灯 鴉(そうひ・からす)は盛大に吹き出した。

「ぷーーーっ! ちょっと待って何アレ、やめてやめておなかいたい、おなか、ひぃ、ひゃははは!!」
「ぶはははは! 何だアレそっくりってか本人そのまま過ぎるだろ!! あのちびっ子もたまにゃ面白ぇことするじゃねーか!!」

 カメリアからメールを貰ったアスカと鴉、そしてルーツの3人は街にいるらしいフェイクを探していたのだが、まさかこんなことになっているとは予想外だった。

 ルーツのフェイクはどうやら上質紙フェイクらしく、その能力の高さを活かして街中の普通紙フェイクなどを始末して回っていた。
 中身のテンションがおかしいだけで、特に害のある存在ではないらしい。
 のだが。

「バッキューン、成敗だゾっ☆」
 とか、
「えーいっ、さいこきねしすだーっ☆」
 とか、いちいちフェイクを始末するたびに『キラッ☆』とエフェクト付きで演出するので、鬱陶しいことこの上ない。
 もちろん、ルーツ本人にとっては鬱陶しいどころの騒ぎではないのだが。

 スケッチブックを取り出したアスカは、そのウザルーツを形として残しておくためにスケッチしようとするが、笑いで鉛筆の動きが定まらない。
「ダ、ダメぇ〜。うまく描けない……あんなに明るいルーツ、初めて見た……ぷぷ……ウザすぎる……」
 その様子を見た鴉もご同様だ。
「ま、まあ待てアスカ……絵じゃああのウザさは伝わらないぞ……ぷぷ……動画だよ動画……携帯出せ携帯」

 そんなルーツのフェイクを存分に楽しんでいた二人だが、背筋にふと、冷気にも似たオーラを感じて笑いを止めた。
「……何を笑っている……二人とも……」
 あまりのことに硬直していたルーツが、正気を取り戻したのだ。
 魔導銃を両手に握り締めて、笑い転げていた二人に迫る。

「……まさかアレが我によく似ているとか言うつもりではあるまいな……?
 悪気ではないとはいえ、カメリアにはちょっと後で話しをしてやらねばならんが……。
 その前にアレを潰す。完全に潰す。完膚なきまでに、跡形も残さずに、徹底的に潰す。二人とも……異論はないな……?」
 ルーツは、静かにブチ切れていた。
 そのまま魔導銃をパートナー二人にぶっ放さんほどの黒いオーラで、二人を了承させる。

「は、はい! 分かりました!! アレを潰すために協力いたします!!」
 あまりの迫力に何故か敬語で答えてしまうアスカ。
「わ、分かった! 分かったから銃をこっちに向けるな!! ちゃんと協力するから、な!!」
 鴉もアスカと同様だ。とりあえず動きを止めようと龍骨の剣を構える。

 だが、事はそう簡単にはいかなかった。

 何しろ元々吸血鬼のルーツのフェイクは霧隠れの衣を装備している。
 どんな攻撃も初弾は霧に変化して避けてしまう上に、空飛ぶ箒ファルケに乗っているのでスピードも速い。

「ちっ、相手にするとこうも厄介な奴はいねぇぜ、全くよ!!」
 なかなか追いつくことすらできない鴉は悪態をついた。
「……落ち着け鴉、まずは敵の動きを読んでアスカのダッシュローラーのサポートをして奴に回避させてくれ。
 次に霧状になった時が勝負――我が仕留める!!」
 さすがにブチ切れていても冷静なルーツ、即座にアスカと鴉に作戦を告げた。
「――了解、いくぜアスカ!!」
 鴉とアスカは一直線に並び、フェイク・ルーツの飛ぶ先を予測して一直線にダッシュを開始した。

「えーい、マジカル☆シュートッ!!」
 フェイク・ルーツは先頭に立った鴉に魔導銃を乱射するが、それをエンデュアで耐えて、鴉はアスカを守りつつ接近した。
「――いまだ、アスカ!!」
「――ハイ、行くわよぉっ!!」
 充分に接近した後、アスカは鴉の背を蹴って空中のフェイク・ルーツへと飛んだ。
「たあああぁっ!!!」
 気合を込めたヴァジュラで攻撃するアスカ、しかし、やはりフェイク・ルーツは衣の効果で霧状に変化し、その攻撃を難なく避けてしまう。

「へっへーん、当らないよーだ☆」
 だが、その様子を見てアスカはニヤリと笑った。
「……ええ、攻撃を当てるのは、私じゃないものねぇ」

「――!?」
 そこには、フェイクと同じようにファルケで空中を舞う本物のルーツがいた。
「霧状になれるのはほんの数秒……元に戻る瞬間を叩けば同じ事だ!!!」
 その言葉通り、フェイクが霧から戻った瞬間を狙って、ルーツは至近距離から両手の魔導銃を魔力が尽きるまで叩きこんだ!!!

「あーーーれーーーっ!!!」
 間抜けな叫び声を残して、元の似顔絵に戻るフェイク・ルーツ。
 ルーツは、宣言どおりにその似顔絵をビリビリに引き裂いて始末した。

「……どうにかなったみたいね〜」
「ああ……まったく骨が折れるぜ……」
 と、ため息をつくアスカと鴉だが、まだルーツの黒いオーラが消えていないことに気付いた。


「……二人とも……何をしている……次はカメリアを探すぞ……事と次第によってはちょっとキツめのお灸を据えないとな……」


「ひっ! ま、まだ元に戻ってないのね〜」
「ふ、普段大人しい奴が怒ると怖いってのは……本当だな……」


 ずんずんと街中を進むルーツ。その後ろから距離を空けてついていく二人だった。


                              ☆


「ああ、さっきはありがとう、おかげで助かったよ!!」
 とクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は見知らぬ男に声をかけられた。
 知らない人に礼を言われるのは、今日は5回目だ。
「はて……今日は妙な日ですねぇ? 何かしましたっけかねぇ?」
 と、クドは首を傾げるものの、とりあえずカメリアからのメールでフェイク騒動を知り、カメリアを探している最中だった。

「騒動とあれば黙っちゃいられません、何しろカメリアはちょっと目を離すとすぐ危ないことしちゃうんですから……あ、いた」
 すると、何者かを追っているカメリアを見つけた。

 カメリアが追っているのは、闇の力に支配された『ダーク正義マスク』と、本体から分離した影の化身『カメリア・シャドウ』だった。
 ブレイズ・ブラスの姿はない。自分のフェイクを探しているうちに迷ってしまったのだろうか。
 ともあれ、一人でその二体の相手をすることは難しい。手を出しあぐねていたカメリアだが、クドの声に振り向いた。

「カメリア!!」
「おお、クドにぃか。良い所に来た。あの2人を何とかしたいのじゃ、手伝ってはくれぬか!?」
 カメリアの言葉に、二つ返事で応えるクド。
「ああ、もちろんさぁ!! お兄さんとして可愛い妹分に危ないことはさせられないからねぇ!!
 ……ところであっちのカメリアも可愛いな……何とか説得して連れて帰れないもんですかねぇ?」

 その後ろで、クドのパートナーであるハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)はため息をついた。


「アホかクド公。あんなもん持ち帰ったって迷惑なだけなのだ。だから貴様はアホだというのだ」
「……ひ、ひどい……ちょっと言ってみただけなのに……」


                              ☆


 その頃、ルシェン・グライシスとアイビス・エメラルドの女の戦いに決着がつこうとしていた。

「いまだ、ルシェン!!」
「はい!!」
 朝斗が放ったワイヤークローがフェイク・アイビスの自由を奪う。そこにサンダークラップによる電撃を浴びせ、感電させる。
「あうっ!!」
 一瞬のけぞったフェイク・アイビスに対し、ルシェンが止めの一撃、我は射す光の閃刃を放つ!!!

「あああぁぁぁーっ!!!」
 衝撃でワイヤークローが解け、フェイク・アイビスは地面に倒れた。

 そのアイビスを見下ろした一人の人影。
 ようやく合流した本物のアイビス・エメラルドだ。自分と同じ顔をしたフェイクに衝撃を受けつつも、戦いの行く末を見守っていたのだ。
 もうフェイク・アイビスに動く力はほとんど残っていない。
 首だけがギリ、と動いて本物のアイビスと視線を合わせた。
 本物のアイビスは無表情に、しかしその視線をしっかりと返した。

「ハァイ……本物さん、ご機嫌……いかがぁ……?」
「……さきほどから観察していました……私の偽者のはずなのに……どうしてあんなに楽しそうだったのですか……あなたには……心があるのですか……?」
 とあるきっかけから、最近は自分の『心』の存在について深く考えるようになっていたアイビス。フェイクはルシェンや朝斗と戦いながらも、楽しそうだった。
 フェイクは最後の力でごろんと仰向けになり、空を見上げた。
「あっははは……あんたもバッカねぇ……おばさんにしたってそうだけど、難しく考えすぎなのよ……」
 フェイクの表情は晴れ晴れとして、一片の迷いもない。自分のそんな表情を見た事もないアイビスは、戸惑った。
「……そう……でしょうか……?」
 そもそもアイビスには表情がない。その元になる感情がないからだ。しかしフェイクは言った。

「そうよぉ……心がないから感情がない?
 ……違うわね……人形師のヤツにも言われたでしょ? 人形も人間も同じよ。
 心があるから感情があるんじゃない……楽しいから、嬉しいから、悲しいから、愛おしいから……だから心がそう感じる、それだけのことなの」
「……それ……だけ……?」
「そう……それだけ……。
 そうしていつか全ては塵に返る――人も物も全て。その運命からは誰も逃れられないのよ。
 考えてみて……あんたもさ、もしパートナーが傷ついたら、悲しいでしょ?」
「……悲しい……」
 だが、アイビスにはまだその感情が理解できていない。
「ふふ……今はいいわ。
 でも憶えておいて。心があるかなんて悩むのは本当にくだらないことよ。
 そんなことをしている間に、時間はどんどん過ぎていく――もっと今を楽しみなさい。
 ……楽しめないなら、あんたは本当にただの機械よ。でも、もし、それができるなら……」
「……私には、心があるということですか……?」
「さぁねぇ……答えが欲しいなら、自分で考えることね。だってその答えは、誰も持ってないんだから。
 誰に聞いたってムダよ。あんたの答えはあんたが自分勝手に作り出していいんだから」

「自分で……作っていい……」

「そう……自分以外の物を自分の意志で作り出すこと……それは、機械にはできないわ……ねぇ」
「……?」
「もう……消えるわ。……さよなら」
「あ……」

 その言葉を聞いて、アイビスは手を伸ばした。
 もっと聞きたかったからだ。その言葉の続きを。
 だが、時間は来てしまった。
 アイビスのフェイクはあっけない言葉だけ残して。

 ――似顔絵に戻ってしまった。
 アイビスのメモリーに、棘のような残滓を残して。


                              ☆