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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~前篇~

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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~前篇~

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第四章 再会

 囮の輸送船翔洋丸が二子島に入港したのは、その日の午後だった。
 到着を待ちわびていた御上や円華たちが、島に降り立った船長を出迎える。
「お待ちしてました、宅美司令!」
「おいおい、御上君。司令はやめてくれ。今の私はただの船長だよ。円華さんもお元気そうで。ご活躍は、伺っておりますぞ」
「宅美さん。その節は、お世話になりました」
円華は、深々と頭を下げる。
男の名は宅美 浩靖(たくみ・ひろやす)。かつての二子島紛争の際、攻略軍の司令官として采配を振るい、その巧みな用兵で戦いを勝利に導いた人物である。
 今回、囮の輸送船を仕立てるにあたり、御上たちの強い要望で船長に就任したのである。
「まずは、本部までおいでください。詳しい報告は、そこで伺いましょう」
 景信が促した。

 本部ではまず最初に、戦闘の結果、翔洋丸にはほとんど損害らしい損害が出なかったことが報告された。宅美は、漆髪 月夜の作戦計画の優秀さを、口を極めて賞賛した。
 また、捕虜への尋問については、『まだ始めたばかりで、詳細な情報については今後の結果を待たないといけない』と前置きした上で、次のように報告した。

まず、空賊たちの中に、金鷲党のメンバーは非常に少ないか、ほとんど存在しないと見られること。空賊の多くは、食い詰めて都市に出てきた葦原の農民の子弟で、最近空賊となったばかりだということだった。
『空賊たちの戦い方は統制が取れておらず、個々が好き勝手に戦っているという印象を受けた』という宅美の話も、この証言を裏付けている。
また空賊たちの根拠地は、二子島周辺の無人島に、分散して存在しているらしいということだった。
また宅美は、
「とにかく、やたらと捕虜を拷問しようとする若いのが多いのには、正直閉口しました。少し、教育する必要があるかも知れませんな」
 と、苦言を呈した。

 また、この場ではまだ月美あゆみとミディア・ミルが音信不通になったことは、触れられることはなかった。
 あゆみたちは、対空賊作戦とは別に、独自の判断で調査にあたっていたために、宅美も月夜たちも、その動向を把握していなかったのである。

「取り敢えず、当面の空賊の脅威は取り除けたと思います。一段落つくまでは島におりますから、好きなように使ってやってください」
 宅美は、そう言って豪放に笑った。



 大樹の影に腰を下ろして、休憩を取りながら五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、これまでに発見した死者たちのことを、思い返していた。
 終夏と雨宿 夜果(あまやど・やはて)が担当したのは、激戦が繰り広げられた地峡部から、妹島へと少し入ったところだ。
 今のところ遺体の回収作業が終わったのは、地峡部から金冠岳の麓にかけての地域だけで、白姫岳のある妹島の方は、ほぼ手付かずのまま残されていた。
 二子島の気候は、亜熱帯から熱帯に位置している。この高温多湿の元では、遺体の腐敗は非常に早く進む。終夏の発見した遺体も全て、既に白骨化してした。
 腐敗途中の遺体を回収するよりは精神的なショックは余程少ないと言えたが、骨になってしまっている分、回収の手間は増える。また白骨化してしまっていれば、その分遺体の身元が判明する可能性は低くなる。

『死者たちの魂が少しでも安らげば』と、発見した遺体一つ一つに語りかけ、《命の息吹》を吹き掛けた時の、何とも言えない切ない気持ちが蘇ってくる。自ら進んで参加した仕事だったが、どうしても気が沈みがちになるのは否めなかった。

「キミ、大丈夫!疲れてない?ハイ、差し入れ持ってきたよ!」
ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)が、ミネラルウォーターを持ってやって来た。
受け取った水に口をつける終夏。冷たい水が喉を通りすぎ、身体中に染みこんでいく。少し、元気が出たような気がした。

「ねぇ、キミ!キミって、この間の戦いの時も、この島にいたんだよね!その時の話、聞かせてくれない?」
「え……?いいけど……」
 怪訝そうな顔をする終夏。
「ボクさ、今日みんなと一緒に、死んじゃった人の骨を一生懸命拾ったんだ。この島では、沢山の人が戦ったんだよね?でもボクには、どうしてそんな風にみんなが戦いあったのか、どうしてもわからないんだ。だから、あの時のコトを知ってる人から話を聞けば、何か分かると思って……」
「そうなんだ……。私も、戦ったわけじゃないんだけど、それでよければ……」
「ウン!」
 終夏は、あの戦いで自分が体験したことを語り始めた。

「そっか!それじゃ、松田さんは助かったんだ!よかったね!」
 終夏の話を聞き終わったディオネアの第一声が、それだった。
 松田(まつだ)とは、二子島の守備隊が降伏した後もそれを認めようとせず、最後まで戦おうとした侍である。
その侍を終夏は、守備隊司令の外代 沖也(としろ・おきや)と夜果と3人で説得したのだ。
「うん……。松田さん、あれからどうしたのかな……」


「お、嬢ちゃん!ここにいたのか!」
 向こうから、夜果の背の高い姿が近づいてくる。
「嬢ちゃんに会いたいって人、連れてきたぜ!」
「え?」
「……どうも。ご無沙汰しております」
 夜果の後ろで、顔中を不精髭で覆われた男が、頭を下げている。
 記憶の糸をたどってみるが、終夏にはまるで心当たりがない。
「松田です。あの時、終夏さんと夜果さんに命を助けていただきました」
「え……、松田さん!?」
「はい」
 男は、照れくさそうな顔をしてもう一度頭を下げた。

 戦いの後松田は、侍であることを捨てた。
遊佐堂円(ゆさ・どうえん)が残した、『新たなる葦原藩のため、力を尽くして欲しい』という願いを叶えるために、どうしたらいいか。それを叶えるために、真剣に悩んだ末の結論だった。
しかし、侍以外の生き方を知らない松田である。新しい仕事は、なかなか見つからなかった。
 そんな時、かつての白姫岳要塞守備隊指令、外代 沖也(としろ・おきや)から声がかかった。二子島で、戦没者慰霊碑建設の作業員を募集しているということだった。松田は、迷うこと無く応募した。
 松田と終夏、夜果の3人は、一頻り昔話に花が咲かせた。松田は、『何故戦ったのか』というディオネアの問いにも、誠実に答えてくれた。
「我々は、侍です。侍とは、何かを守るために戦うのです。新しい総奉行と、総奉行が連れてきた人たちは、多くのモノを葦原にもたらしましたが、また多くのモノを葦原から奪っていきました。新しい総奉行のお陰で、多くの葦原の民が豊かになりました。それは私たちも知っています。しかしその影で、より多くの民が困窮に喘いでいるのです。私たちはそれが許せなかったんです。でも、それが人を殺していいという理由にはならないですよね。侍を辞めて、こうして慰霊のために働いていると、それを痛切に感じます。もっと早く、気付くべきでした」
 松田は、悲しそうに言った。

 終夏は、幽霊の話を松田に聞いてみた。すると、松田も『何回か見たことがある』という返事が帰ってきた。
 幽霊は必ず暗くなってから現れ、妹島よりは姉島、それも金冠岳周辺に多く出るということだった。幽霊が現れるようになってから夜間の作業が禁止されたため、一時期目撃情報も減っていたが、ここ一週間くらいは宿舎の周辺にも出没するようになって、また目撃例が増えているという。
「自分で力になれることがあれば、作業員宿舎にいますので、またいつでも声をかけてください。今日はお会いできて、すごく嬉しかったです」
 松田は最後にそう言って、帰って行った。
『もう一度、この島に来て良かった』
終夏は松田に会って、心の底からそう思った。



「それで、私の手を借りたいというのは?」
 夕日に赤く染まる東郷のブリッジに、霧島 春美(きりしま・はるみ)の姿があった。
「あぁ。俺とティーの2人で、戦いの後にココに来た連中のモノと思われる遺留品を洗いだしてみたんだが、これがかなりの数でな……。とても俺一人じゃ、調べ切れそうもない。聞いた話じゃ、《サイコメトリ》する対象を探してたそうじゃないか。手伝ってくれないか?」
「べ、別に、探してた訳じゃ……」
 春美は、同じ推理研のブリジット・パウエルの主張する『金鷲党はこの島に遺した“何か”(主に金塊)を探してるのよ!』という説を裏付けるべく、“鍵、地図、金塊”といったモノを探していたのだが、結局、そういった類のモノは、一切見つからなかったのである。
「そ、それで!ドレから視ればいいんですか?」
 微妙に恥ずかしかったのか、指示も待たずにブリッジの机や床に所狭しと並んだ遺留品へと向かう春美。
「どれでも、好きなのから始めてくれ。何せ量が多いから、ムリに今日中に終わらそうとしなくてもいいからな。休み休みやろう。ティー、何か様子がおかしかくなったら、すぐに止めてくれ」
「了解です」

 春美と鉄心の2人は目を閉じ、遺留品に意識を集中していく。果たして、この霊視は大変な作業となった。
 遺留品の大半は遺体回収班が残していったもので、これらは大した問題はなかったのだが、まれに混じっている戦闘の死者の遺品などを霊視してしまうと、かなり辛いモノがあった。
 死者の断末魔の痛みや苦しみ、恐怖などが、モロに自分にフィードバックされてしまうのである。無論そうならないように霊視をコントロールすることも可能だったが、それには大変な精神力を消費した。
 途中、何度も休憩を取りながら、それでも手がかりを求めて霊視を続ける2人。その努力の甲斐あって、ついに手がかりとなりそうな物を見つけることが出来た。作業を始めた頃はまだ傾き始めたばかりだった太陽が、いつの間にかとっぷりと暮れている。
「ちょっと、コレを視てください」
 春美が、鉄心に声をかける。その春美の前にあるのは、血が付着した懐紙だ。
 それに手をかざし、霊視を試みる鉄心。
 その脳裏に、ある光景が浮かんできた。

 ブリッジにいる、侍と思しき複数の男達。何事か話している。
 視線の主が、窓の外を見る。その視線の先にあるのは、作業員たちの宿泊施設だ。
 夜だというのに、施設の周りはこうこうと明かりで照らされ、作業員たちが行ったり来たりしている。中には、大声で何事か叫んでいる者もいる。
 今度は、視線の主は手にした紙を見た。何か、地図のような物が書かれているようだが、良く見えない。ただ、『金冠岳』という文字だけが、はっきりと視えた。
 視線の主が、血のついた刀を、懐紙で拭う。
 そこで、光景が途切れた。

「……どうです、視えましたか?」
「あぁ。侍と、何かの地図。『金冠岳』と書いてあった。それに、慌てた作業員たち……」
「やっぱり金冠岳には、何かあるんですよ!それに幽霊騒ぎも、彼らが引き起こしたに違いありません!」
「一度本部に戻って、詳細を報告したほう良さそうだな」
 鉄心の言葉に、春美も頷いた。