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第四章:夜を駆ける
 アポロトス襲撃事件の直ぐ後、コンビニの周囲を哨戒していた剛太郎のパートナーのソフィア・クレメント(そふぃあ・くれめんと)は、剛太郎から無線で「空飛ぶジジイをみつけるべし!」という連絡を受けていた。が、ソフィアは気乗りしない表情で無線に応答する。と、いうのも本当は彼女は警備でなく、店員としてレジ打ちをしてみたかったのだ。
「わたくし、警備員ですけどイケメンの逮捕にしか興味ありませんわ……あら? この音は」
 月夜に照らされたソフィアの銀色のポニーテールが風になびく。
 柚と海の乗るグレイ、そして健闘の乗るクェイル、二体のイコンがソフィアの傍を走り抜けていく。
 頭部をソフィアの方へ向けたグレイの外部スピーカーから海の声がする。
「ちょっと賊退治に行ってくる。ソフィア、気をつけろよ?」
「はーい。……て、いくら気を付けても出る者は出ますでしょうに……」
 ただ、ソフィアの心中には「盗賊のイケメンにナンパされたらどうしましょう?」という、やや危ない発想が膨らむ。勿論、警備なんてほったらかしてホイホイ付いて行きたいソフィアだが、剛太郎の命令は絶対なので、そう行動出来ない事を残念がりつつ……ではあったが。

 ソフィアに声をかけた海は柚のイコン、グレイの中で溜息をつく。
 本来二人乗りのイコンで海は柚の操縦シートの直ぐ傍に立っていた。
「全く……オレは楽に稼げるって聞いてこのバイトに応募したのに、全然楽じゃないぜ? 柚もそう思わないか?」
「えっ? わ、私は嬉しいですけど?」
「へ?」
 海が柚を振り返る。柚が慌てて発言を誤魔化そうとして……海の顔が予想以上に近くにある事に戸惑い、また直ぐ様前方を向く。
「そ、それにしても夜のバイトって危険そうですね! 気をつけないと……」
「柚、焦りすぎだよ」
サブパイロットシートに座る三月が突っ込む。
「あ、焦ってなんていませんよ! ちゃあんと超感覚を使って危険を察知出来るようにしてますから!!」
「危険か……ボクが居なかったら、このコクピット内も危険だったかもね」
「どういう事だ?」
「男は狼なのよ〜って歌が……」
「み、みみみ三月ちゃん!! だ、大丈夫です! 海くんは、狼なんかじゃ……」
「オレが何だって?」
「あぁ……で、でも海くんが狼なら……そ、その時は柚はか弱き羊でしょうか……」
 何かを想像したのか、真っ赤な頬を両手で覆い「イヤイヤ、私のバカ」と顔を振る柚。
 いわゆる手放し運転状態になったグレイがやや蛇行運転気味に揺れる。
「おい。そっちのイコン?」
 傍を走る健闘達のクェイルから通信が入る。
「あ、健闘さん。て、敵ですか!?」
「いや……」
「やっほー、柚ちゃん。ご機嫌だね!」
 何やら楽しそうな香奈恵の声が聞こえてくる。
「フフフッ、狼に食べられそうな迷える子羊の声が月夜の荒野に響くのも中々良いものね」
「時と場合によるけどねー」
 これは茨と緋葉の声。
 今度は健闘の声が聞こえる。
「あのよ、柚。ラブでコメるのは別にいいけどな、外部スピーカーは切っておいた方がいいぜ?」
「……え?」
 柚が見ると、先ほど海が使用した外部スピーカーのスイッチがオンになっている。

「きゃあああぁぁぁぁーーっ!!!!!」

 荒野に一瞬響く柚の悲鳴。一瞬なのは、直ぐに三月がスイッチをオフにしたからである。


「……悲鳴?」
 柚の絶叫を悲鳴と思ったソフィアが哨戒コースからやや道を外す。
 ソフィアの前にはゴツゴツした岩山が数個見える。更に、何かが激しくぶつかり合う音も。
「賊が隠れるにはもってこいの場所ですわね? このまま下がったのでは警備部の名折れになりますし……」
 岩山に用心深く接近したソフィアが、チラリと様子を伺う。
「!? あ……アレは!?」

 ソフィアが発見した岩山の谷間で、昼間コンビニを強襲した二体のシュメッターリングを相手に生身で戦いを繰り広げるのは、警備員のラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)であった。
 ラルクは、朝と昼は学校や鍛錬があるため夜の警備員のバイトをしていたのである。
「大変ですわ……賊がこんな近くまで……」
と、剛太郎への無線を送ろうとするソフィア。しかし、背後にアポロトスの影が伸びている事に彼女は気付いていなかった。

「くそ、どこに行きやがった!?」
「落ち着け。例えイコンのセンサーが人間サイズには反応しないとはいえ、目視で見つければほぼ接近は出来なくなる!」
 シュメッターリングの二人のパイロットが通信でやり取りする。
 戦いはラルクの攻勢が続いていた。
 スキルの『ドラゴンアーツ』による身体の強化、及び『先の先』による捨て身の攻撃。地形である岩山の窪みを上手く利用し、尚且つ『神速』と『疾風の覇気』の気の解放で更に素早く動き、ヒットアンドアウェイの攻撃を繰り返す。
「おらああぁぁぁーーっ!!」
 シュメッターリングの傍を蝶のように舞い、蜂の様に強烈な飛び蹴りをかます。
ガンッ!!!
 グラリと昼間に猛のネレイドから大ダメージを食らったシュメッターリングがよろける。
「膝の関節部を狙ってくるのか……」
「おい! マシンガンで一気にカタを!!」
「バカ!! 頭領から言われたオーダーを忘れたか!? 俺達は物音を立てちゃ駄目なんだよ? 幸い、このハエみたいな奴は只の戦闘狂なだけだ。応援は呼んでないんだろうしな」
 シュメッターリングに乗る冷静な方のパイロットの読みは当たっていた。


 数刻前、彼らは上から合図があるまでここに待機する、というオーダーを受けていた。
だが、そこを「さって、働かざるもの食うべからずって奴だからきちんと仕事をすっかなー」とコンビニの周囲を巡回していたラルクに発見される。
「おいおい……いきなり発見したのがイコンかよ? しかもあれは、昼間コンビニを襲ったっていう二体じゃねぇか……」
ラルクはそう言って、首と両腕の拳をゴキリと鳴らす。
「そんじゃあ、早速だが……本気で行かせてもらうぜ!」
ラルクの戦いは、そうして幕を開けたのである。

「チィ……!?」
 闇雲に振り払われたシュメッターリングの手を寸ででかわすラルク。
 しかし、その風圧だけで彼の体はまるで落ち葉の様に吹き飛ぶ。
「よっと……!」
 岩山の壁で両足を踏ん張り着地する。
 ラルクの精悍な顔を汗が伝う。
「流石に、二体相手ってのはキツいか……だが、こいつら。俺の姿が見えてないにしろ、全く武器を使いやがらねぇ……何を企んでやがる?」
 最初は「まぁ、疲れたら誰かに言って休憩すればいいよな」と考えていたラルクは、今やその考えを忘れかけていた。
 ラルクの真なる狙いはシュメッターリングの膝関節部ではない。装甲がやや手薄な背中である。
「(さぁ、俺を探して、こっちに背中を向けやがれ! 一気にぶち抜いてやるぜ!)」
 岩山の影に身を潜めつつ、ラルクがそのタイミングを伺う。
「くそ、どこ行きやがった……」
 一体のシュメッターリングがラルクの近くで身をよじる。
「今だッ!!」
 ラルクが跳躍する。
「鳳凰の拳!!」
 ラルクの鍛えあげられた左右の拳が唸りをあげる。
ドゴッドゴッ!!
「!!……こ、攻撃を受けてる!?」
 コクピット内のパイロットが悲鳴をあげる。
 装甲に亀裂が入るも粉砕まではいかない、ラルクは直ぐ様『龍の波動』を使う。強烈な闘気が発せられ、イコンの防御力が下がる。
「鳳凰の拳!!」
ゴグシャアアァァッ!!!!!
 シュメッターリングの背中の装甲が砕ける。
「もう一撃でぇぇーーッ!!」
 鳳凰の拳を振り上げるラルク。
「そこまでじゃ!!」
 野太い声に、ラルクが振り返る。
 そこには、縄で拘束されたソフィアを抱えたアポロトスがいる。
「この娘の命が欲しくば、攻撃をやめるのじゃ!!」
「!? ソフィア? どうしてここに……」
「ラルクさん! 後ろ!!」
「はっ!?」
 躊躇ったラルクにもう一体のシュメッターリングの腕が伸び、彼を捕まえる。
「ぐっ!……ミスったぜ……」
「よくもやってくれたな。この機体だって安物じゃあないんだ……このまま握りつぶしてやろうか……」
 ミシ、ミシッとラルクの鍛えあげられた体が軋む。
「がぁああああああぁぁ!!」
 苦痛に叫ぶラルク。
「よすのじゃ。この娘とその男……あの店を潰すのに使うのじゃ!!」
 アポロトスがそう言い、シュメッターリングが握力を弱める。
「おい、じじい! コンビニを襲う盗賊の頭領ってのはおまえか?」
「如何にも……中々骨が折れたぞ? 盗賊に落ちぶれていたエリュシオンや鏖殺寺院などの敗残兵の統率を取る、という行為は!」
「へっ……そんな人望があるなら、もっと別のところで使うんだな?」
「ワハハハハッ、このまま握りつぶされたいか、若いの?」
「コンビニ襲うチンケな盗賊になるよりはマシかもな?」
ラルクの発言が何かの琴線に触れたのか、シュメッターリングが再び腕に力を込める。
「がぁああああああぁぁーーッ!!」
「ごめんなさい! ラルクさん……」
ぐったりとしたラルクを見て、ソフィアはそう呟いた。