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第三章 そこは地獄か伏魔殿か

 即売会会場は、結構な広さを見せる。
 同人誌やハンドメイドグッズの売り場たるブースが大半を占めてはいるが、その一方で、多くのコスプレイヤー達が自分達の渾身の衣装を各所で披露していたりする。
 この手のイベントでは最早、風物詩といって良い。
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が十二星華がひとりテティスのコスプレに挑んでいるのは、己の美意識の顕示欲のあらわれか、はたまたテティスへの敬意とコスプレイヤーとしての誇りがそうさせるのか。
 しかしながら、山葉校長と加夜が、被写体として悦に入っているミルディアの様子を目撃した際には、どちらかというと前者の意識がより強くあらわれているように見えてならなかったという。
 あまりにもミルディアが撮影会の被写体プレイに興じ過ぎていた為か、折角各所でゲットしてきたBLものの同人誌が、紙袋に入れられたまま、その辺に放置されていた。
「おーい……自分の持ち物はちゃんと管理しとかねぇと、誰かに持ってかれちまうぞー」
「今ね、それどころじゃないの!」
 山葉校長の折角の呼びかけにも、ミルディアは撮影会こそ至上のひとときといわんばかりに、拒絶の咆哮を返してくる。
 駄目だこりゃ、と山葉校長が肩を竦めるその間にも、ミルディアのコスプレイヤーとしての全身全霊の被写体プレイが続いていた。
 その時加夜が、あら、と小さく声を漏らした。
「涼司くん……ほら、あそこ」
「あいつら、何やってんだ」
 加夜の呼びかけに、涼司は渋面を作って頭を掻いた。
 見ると、いつものトライアングルビキニ姿で撮影会の被写体に興じているセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の姿があった。
 ついでにいえば、いつもはこの手のイベントには冷淡な態度を示すことが多いセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も、例のレオタードワンピース姿を被写体扱いされてしまっていた。
 ふたりして、こんな格好である。恐らくその辺のカメラ小僧達から、コスプレか何かかと間違われたのであろう。尤も、彼女達の普段着があの姿であることを知っている山葉校長にしてみれば、この光景はいささか滑稽に映らないこともない。

 ところで、山葉校長はセレンフィリティとセレアナのものと思しき紙袋を、撮影会近くの壁際に発見した。
 見たところ片方の紙袋は随分と大量の同人誌を突っ込んでいるようだが、もう一方はその半分程度しか入っていない。
 どっちがどっちの持分だろう、と山葉校長が訝しんでいると、撮影会を一旦休止してひと息入れようと戻ってきたセレンフィリティが、中身の多い方の紙袋を抱え上げて、自慢げに笑った。
「ふっふっふ……どうよこれ! これが今日の戦利品よ!」
 しかしながらその中身はというと、熱血少年漫画にベタなラブコメ、更にBLだの百合だの、もうジャンルなどお構いなしのカオス状態だった。
「……で、こんなにたくさん買ってどうするの? 全部読めるの?」
「なにさ! そういうセレアナだってたくさん買ってるじゃない!」
 セレアナの指摘に対するセレンフィリティの反論も、一部的を射ている。
 実際、セレアナの戦利品も決して少なくはなかったのだが、だがそこには、セレアナなりの哲学が隠されていた。
「何をいってるの、セレン。私のはしっかり内容を吟味し、手元に残すだけの価値があるか、そして再読に耐えられるかどうかを基準にしているのよ。あなたみたいに手当たり次第買いまくって、下手な鉄砲数撃っても当たりませんでした、とは違うのよ」
 ドヤ顔でセレンフィリティを論破するセレアナだが、山葉校長の目から見れば、どっちもどっちであった。

 更にすぐ近くの別の一角では、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)が泉美緒風のビキニアーマーっぽいコスプレに興じているのを、早乙女 蘭丸(さおとめ・らんまる)がカメラに収めまくっていた。
 しかし、ひとつ大きな問題がある。
 実はみことの体型は、泉美緒のとってもけしからんきょぬーとは全くかけ離れた、ひんぬーを通り越して洗濯板に近いうすっぺらな胸元しかなかったのである。
 もちろん蘭丸とて、泉美緒の如き魔鎧装着姿とみことのぺったんこ胸では、あらゆる意味で非常に問題が大きいことは重々承知していた。承知した上で、曰く。
「だが、それが良い」
 どこかの傾奇者のような爽やかな台詞を口にしながら、ひたすら激写を続けるのみであった。
 しかし、そこに異を唱える者が居る。誰あろう、我らが校長・山葉涼司だった。
「えぇい駄目だ駄目だ駄目だ! 泉美緒さんのけしからんきゅぬーを、お前の洗濯板で汚させる訳には、断じていかん! せめてシリコンでも注入してこんかぁ! この不埒者が!」
「ちょっと! みことのコスプレにけちをつけるなんて、良い度胸してるじゃない!」
 反論したのは、蘭丸である。
 ここから、山葉校長と蘭丸の、互いの美意識を相手にぶつけ合う面罵の応酬が始まるのだが、みことはもうすっかり狼狽してしまい、一方で加夜は、完全にドン引きしてしまっていた。
「えぇと……ボク、どうしたら良いでしょう?」
「そうですね……とりあえず、シリコン入れてくるのだけはやめておいた方が良いかも知れません」
 みことの今にも泣き出しそうな面に対し、加夜は眉間に皺を寄せ、すっかり困り果てた様子でそう答えるしかなかった。

 ところで、そんな騒ぎを九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)がいささか呆れた様子で眺めていた。
 ジェライザ・ローズは今回の即売会では『シラカンバ』なるサークルを運営し、冬月 学人(ふゆつき・がくと)座頭 桂(ざとう・かつら)のふたりと一緒に、小説を出品している。
 ところが、どうにも勝手が違った。
 実はつい先程まで、ジェライザ・ローズは別のブースでBLものの同人誌を流し読みしてきて、顔を真っ赤に茹で上がらせて帰ってきたのだが、その際、どうにも変な違和感を覚えてならなかった。
「うーん……何かさ、学人の言ってる同人誌って、ここで出回ってるのと、何か違わない?」
「ん? そうかな。それより、ロゼの文章、今になって見返してみると……かなりあちこち、独創的というか、ちょっとおかしいというか……微妙な箇所が多いんだけど」
 ジェライザ・ローズの感性に対し、学人はこれまたピントがずれた回答で、話を別の方向に持っていってしまう。こういうところが、彼らの勘違いの根底に流れている大間違いの源流なのだが、本人達は全く気づいていない。
「だってほら……あそこで、ああいう格好のコスプレがどうのこうのって……」
「コスプレってぇ、何やねんな? 私にはよう、分かりゃしまへん」
 笹の葉でくるんだおにぎりをもぐもぐ食いながら、桂は山葉校長と蘭丸の激論をちらりと見やる。
 それから、自分達が作成した同人誌の山を一瞥した。ほとんど売れていない。
「それにしても、おかしいなぁ……僕の小説、前はもっと、評判良かったんだけどなぁ」
「……っていうかさ、何か根本的に間違ってないかな、私達」
 みことの妙にアンバランスなビキニアーマー風の衣装を眺めながら、ジェライザ・ローズは小さな溜息を漏らした。
 何かが違う。そう、決定的な何かが。
 だがこの三人の感性では、その何かに気づくかどうかも疑わしかった。