空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

リアクション公開中!

浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

リアクション


9.ガネット



 頭でわかってはいても、実際にうまくできるかどうかというのは、別問題だ。
 水中用に改修されているのだからといって、SAY−CEが空中と同じ動きができるわけではない。空気にも抵抗は存在するが、水の抵抗とは比べられないほどのものだ。
「大丈夫ですか?」
 魔装のレスフィナ・バークレイ(れすふぃな・ばーくれい)が、装着している峰谷 恵(みねたに・けい)に尋ねる。直撃でこそなかったが、魚雷の爆風に押されてしまったため、コックピットが大きく揺れたのだ。
 だが、レスフィナが心配しているのは肉体的なものではなく、精神的なものだ。
「回避できると思ったんだけど、癖って簡単に抜けないね」
 焦っていたり憤っていたり、そういったものは受け答えからは感じられなかった。とりあえず、レスフィナは内心息をついた。
「水中用と、水中用改修でここまで動きに違いでるとは思いませんでした」
 迎撃に出てきた武装集団のシュメッターリングは、こちらがまだ不慣れである事を除いても、動きがよく見えた。恐らくは、こちらが既存のイコンを水中に適応させただけなのに対して、あちらは中身がほとんど水中用に交換されているのだろう。
 だからこそ、多少の被弾を「受ける」覚悟で動けるのだ。エーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)は、そう分析していた。敵の動きには、水中で撃墜される事に対しての恐怖がほとんど感じられないのはそのためだろう。
 対して、こちらはどこまで被弾していいのか、浸水にはどう対処するのか、レクチャーは受けているが、不安が拭えない。先ほどの魚雷の爆風に押された時も、不安でたまらなかったのだ。
「また避けられた! この!」
「波のせいで銃身がぶれてっ……」
 波に押されて、銃身がほんのわずかにずれる。相手との距離がまだ遠いため、この些細なブレが大きな違いになってしまう。対して、向こうが使っているのは、小型の魚雷だ。レーザーで敵の位置を確認する近距離用のもので、向こうは気楽に放つが避けるのは一苦労だ。
 今はまだ、互いに距離を取っているが、このまま距離を詰められたらどうか。いや、距離を詰めさせるつもりはない。このままの距離を保ちつつ、なんとか仕留める。
 こちらの射程圏内の敵機は二機、うち一機は別の相手をしているので、こちらに先ほどから小型魚雷を放っている奴をなんとか―――
「あっ」
 もう一度姿勢を制御しなおし、マジックカノンの銃口を向けようとしていたところで、明後日の方向から飛んできた砲撃が、敵の機体を貫いた。
「……さすが、水中用ですね」
 こちらをあれほど苦戦させていた敵機が、いとも簡単に撃墜された。
「ガネット……か」
 天御柱学院の用意した、最新鋭機。水中での使用を前提に作られ、水中でより適した行動ができるよう可変機構を持つ次世代機だ。その性能は、こと水中においては水中用改修や、敵の水中用とされているシュメッターリングらのさらに一歩先をゆく。
「あー、ボクの獲物だったのに」
「助けてもらった、という発想は無いんですね」
「いいじゃない。別に、こっちがピンチだったわけではないのは確かですし。それに、人の獲物を取るのは行儀がいいとはいえません」
「確かにそうですが……そうですね、行儀の悪い行いでしたね」
 正面の敵影が消えたので、SAY−CEは空母に向かって進む。まだまだ敵は多い、戦闘は継続中だ。なら、戦意を削ぐようなことはせず、むしろ味方に対してライバル意識を持つのはいいことだ。行儀の悪い味方に目にもの見せてやる、ぐらいが丁度いいのだろう。
「よーし、今度は一撃で仕留めるんだから!」
「その調子ですよ」



「おいおい、こりゃどういう事だ?」
「既に、何者かと戦闘があったようですが……」
 グリンブルスティ―Aのモニターに映し出された画面は、想定していた状況とは違うものが表示されていた。
 斎賀 昌毅(さいが・まさき)マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)の二人は、【ガネット小隊】の一員として、海底から戦闘区域に突入するための移動の途中だった。最初は、ソナーに表示された細かい物体は、魚影かゴミか何かだと考えてあまり気にしなかったのだが、ある程度近づいてそれがモニターに表示されると、移動を中止して周囲の警戒に切り替えた。
 ソナーに表示されていたゴミと思われる物体は、イコンの一部だ。腕や頭部など、バラバラになったイコンの一部が漂っている。
「武装集団が海底の調査をしてるって報告はあったけど……」
 一緒に潜航していたSeeDrakkhen天王寺 沙耶(てんのうじ・さや)も、この光景は想定外だったのだろう。先日海京でのイコンによる水中戦があったが、その時に破損したイコンが流れ着いたと考えるには、ここを漂うイコンのパーツの量は少し多すぎし、密集しすぎている。
「でも、調査するだけなら、軽空母を二隻も用意する必要無いわよね。考えてみれば」
 アルマ・オルソン(あるま・おるそん)が言う。
 確かに、海底を調査したいだけならば、武装の意味は無い。自分達の身を守るためだとしても、随伴イコンを二体も用意すれば十分だろう。過度に戦力を持ち出しているからこそ、こうして海京側から危険視されているのだ。
「つまり、あれか? あいつらは俺達とは別の何かと戦うためにここに居るってことか」
「戦うのが目的かどうかはわからないけどね」
 もっとも、だからといって放置できる存在でもない。海京の巡視船を攻撃したのは紛れも無い事実なのだ。このままこの地点に居座らせるわけにはいかない。
「あれ? じゃあ、ここって武装集団と、そいつと戦ってる何者とかいうのが集まる危険地帯じゃない?」
 ふと、沙耶が言うと同時に、ソナーが怪しい音を拾う。自然音ではない―――敵だ。
「あいつは……なんかで見たぞ」
 出てきたのは、人型のイコンではなく、カニをモチーフにしたと思われるロボットだ。
「海京神社の防衛システムです。なんでこんなところに!」
 既に戦闘を潜り抜けたあとなのか、片腕や足などところどころが欠損している。だが、こちらに向けている敵意はありありと感じられる。
「魚雷、来ます!」
「当るか!」
 グリンブルスティ―Aが魚雷を潜り抜け、お返しにとガネットトーピドーを射出する。既に機能不全に陥りかけている防衛システムは、対処することができずに爆風に飲み込まれた。
「余計な弾薬を使っちまったな」
「これ以上進むのは危険ですね」
「そうだね。ボクたちに、こいつらと戦う理由はないし……目標地点より手前だけど、浮上して合流した方がいいよね」
「別ルートから潜航している方は大丈夫かな?」

「追いかけっこで、シュヴェールトヴァールに勝てるわけがないぜ」
 別ルートで潜航していたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)リリウム・ホワイト(りりうむ・ほわいと)の背後には、シュメッターリングの小隊があった。
 海京神社の防衛システムより、厄介なものに遭遇してしまったのである。
 だが、相手のシュメッターリングは戦闘のために海底を進んでいたのではなく、イコンがすっかり入りそうな大きなコンテナを移送している最中だった。
「どうする、相手をしてやるか?」
 併走するオルタナティヴ13/Gのパイロット、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)からミューレリアに通信が入る。
「いや、順調に距離が離れてるし、あいつらまともな水中用の武装もしてないみたいだ。このまま引き離した方がお得だぜ」
「魚雷は無限に積めるわけじゃないもんね」
 と、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が言う。ガネットのガネットトーピドーは高威力の魚雷だが、積載可能数と命中率に少し難がある。できれば、これは敵の空母に対して使うべきだろう。
「このまま、浮上していって一気に敵の防衛網を食い破ってやる。あいつらが作業してたってことは、ここはもうあいつらのテリトリーだ。そっから敵が突っ込んできたら、まともに対応できないだろうよ!」
 ミューレリアに促されて、リリウムがさらに速度をあげる。限界いっぱいだ。シリウスもそれに合わせて速度あげる。もう、後方のシュメッターリングは追いつけない。
「一気に敵影が入ったのです」
 唐突にソナーに大量の敵影が映し出される。敵のイコン、魚雷、その他諸々。一瞬でソナーはパニック状態だ。その中には―――
「そっちも無事だったんだね」
 別ルートで潜入していた沙耶達の姿があった。
 ミューレリアらは予定地点に入る前に敵に遭遇してしまい、少し早めの浮上となってしまったが、向こうも同じような状況なのだろうか。偶然とは言え、突入タイミングが揃ったこの機は逃す理由は無い。
「このまま空母の腹に大穴を開けてやるぜ! いっけぇぇぇ!」
 四機のガネットから、敵の二隻の空母に向かい一斉にガネットトーピドーが放たれた。



 潜水形態のガネットの動きは、別格と言っても過言ではなかった。
 空気よりも抵抗の大きい水の中では、手足はむしろ邪魔になる。手足があるが故の優位性はあるが、水中でサメに襲われた人間になす術が無いように、ガネットに追われた敵のイコンは真っ当に対応するのすら難しい。
「派手にやりますね……」
 ガネットの小隊による海底からの急襲は、うまくいっていた。同型機に搭乗する星渡 智宏(ほしわたり・ともひろ)は、しかしその戦果に対して表情はあまりいいとは言えない。
「あんなに攻撃されたら、沈んでしまいそうですね」
 時禰 凜(ときね・りん)も同じ意見のようだ。そう、空母は確かに脅威ではあるが、早々と沈めてしまうわけにはいかない。
 水中用イコンの整備施設やそのノウハウ、またこんな場所に駐留し排除しようと訪れた自分達を会話も無しに攻撃してくる理由。あの空母が沈んでしまえば、それらは全部海の藻屑だ。
 かといって、現代の軽空母もダメージコントロールは柔軟にできているため、戦闘能力をそぎ落とすというのは言葉では簡単でも現実的には難しい。首の皮一枚で、なんて言葉があるがそれを狙って行えというのは、一対一の決闘ならまだしも大人数が動き回る戦場では難しい。
「沈む前に、周囲の戦力を静かにしないといけませんね」
 空母そのものを瀕死にするよりは、まだ周囲の戦力を奪う方が難易度は低く現実的だ。凜の操縦技術もあるだろうが、{ICN0002941#アイビス Type−G/F}の動きに敵のシュメッターリングはついてこれていない。パイロットの腕などを比べる前に、対応できていないのだ。
「おい! 応答するんじゃ!」
 突然、織田 信長(おだ・のぶなが)から通信が入る。
「どうかしたんですか?」
「お主のポイントは、動いておらんよな? 海底を進んできた奴らの数も作戦と変わらん、そうじゃろ?」
 畳み掛けるように質問をしてくる。作戦の内容について、ではないようだ。
 こちらは作戦通りに動いているし、ガネットの部隊も変更になってない、と伝えると信長はほう、と何故か少し嬉しそうな声をこぼした。
「ふむ、ならばあ奴は泥棒か、もしくは死体漁りが趣味というわけじゃな」
「どういうことです?」
「海の底から面白い奴が現れおったわ……っ!」
 一度通信が乱れたが、すぐにまた向こうから声が届く。今度は、信長ではなく桜葉 忍(さくらば・しのぶ)からだった。
「信長は一人でやるって言うけど、ちょっとキツいかもしれないんだ。これるなら、手を貸してもらえるか?」
「どうしたんですか?」
「ガネットだよ。敵が海京神社の防衛システムを引き連れて、出てきたんだ」
「ガネットが?」
 通信している間に、凜が既にアイビス Type−G/Fを忍達のところへ進めていた。間もなく、こちらにも状況が視界に入る。
 六天魔王は元から水中適正のあるイコンだ。ガネットの潜水形態ほどではないが、水中での機動性はかなり高い。それが、一機にイコンに振り回されている。
 その機体は、確かに忍が口にしたようにガネットに見えた。だが、歪だ。どこか、おかしい。
「援護します!」
 凜がアイビス Type−G/Fを、敵のものと思われるガネットに向ける。智宏も、とにかくまずは六天魔王から敵の機体を引き剥がすためにダートを放った。砲撃は当らなかったが、新しい敵を警戒してか、ガネットらしき機体は一度離れた。
「なんじゃ、来てしまったのか。あの程度、私一人で十分じゃというのに」
「あれ一人ならいいだけどな」
 レーダーには大量の機影が映し出されている。海京神社の防衛システムとして、ダンジョンの探索者の行く手を阻んだ、大型のカニ型機晶姫だ。自我はほとんどないが、いや、それよりも何故こんなところに居るのがわからない。
 そして、何よりもわからないのは、防衛システムは引きつれていたはずのガネットらしき機体に攻撃を仕掛けているのである。もっと視野を広げると、敵も味方もなく、とにかく近いところにある相手に攻撃をしているようだ。
「あれは……新しい増援というわけではないみたいですね」
「よくわかりませんけど、あのカニも対処しなければいけないということですよね?」
「そういうことになりそうじゃのう。せっかく来てもらったんじゃ、あのカニどもの始末、任せてもよいよな? 私はあのツギハギガネットを沈める。不意打ちでいい気になっておるようじゃが、そんな一時の優位なぞすぐにひっくりかしてやるわ!」
 ツギハギのガネットと言われてみれば、あのガネットの一部一部は本来のものではない部品に入れ替えられている。恐らくは、シュバルツ・フリーゲのパーツだろう。
 先日の海京での戦闘では、僅かだがガネットの撃墜があったという。そのうちの一機を回収し、ありもので修復したのだろう。本来のガネットにある潜水形態への変形機能は無いようだが、人型形態での動きは通常のガネットを上回っているようだ。
 回収した敵のイコンを、わざわざ修理しなければならないほど武装集団の資源は貧窮しているとはとても思えない。なら、あのツギハギガネットはパイロットの意向で回収したものを修復したものだ。
 そんな事を言える人物、そんな事を言って通してしまう人物。それはもう、敵の中で相当な影響力を持っているに違いない。それはつまり、エースという事だ。その人の為ならば、不要な労力をかけてでも希望を通してもいいと判断できる程の腕を持っている。
 戦局そのものはこちらが有利だ。たった一機のイコンでそれをひっくり返せるとは思わない。思わないが、しかし、あのツギハギガネットをたった一機のイコンと考えるのは危険だ。
「厄介な相手になりそうですね」