空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

リアクション公開中!

浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

リアクション


8.制空権獲得戦



「来たぞ! 1、2、3……三つだ」
「任せてください!」
 クェイルのレーダーに三つの機影が映る。だが、これは敵のイコンではない。魚雷だ。
 レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は向かってくる魚雷にライフルの標準を合わせる。複数のイコンが動き回るこの海域の中で使える魚雷は、誘導を切って直進するだけのものか、もしくは直接コントロールを行ったものかだ。ソナーの自動誘導では、この海域では魚雷が迷走してしまう。
 有効射程に入ったところで、レリウスは魚雷を撃った。
「着弾確認……くそっ、一つ掻い潜りやがった」
 ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)が表示されるモニターに向かって悪態をつく。今の動きは、ただ直進しているだけの魚雷ではないのは明らかだ。
「間に合うか!」
 単純な形状であるため、水中での速度はイコンよりも魚雷の方がずっと速い。
 魚雷は一息の間にクェイルの横をすり抜けてゆく。レリウスは即座にクェイルを振り返らせて、ライフルで魚雷を狙った。
「よし!」
「ふぅ、やりましたね」
 なんとか、魚雷を撃ち抜けた。
 ここを抜かれてしまえば、こちらの旗艦であるシュペール・ミラージュに危険が及ぶ。防衛装備は積んであるだろうが、それでも指揮を担っている艦に余計な仕事をさせるわけにはいかない。
「おいおい、少しはのんびりさせろってんだ」
 また、レーダーに機影が映る。
「嘘だろ、全部でいくつだ……十二、いや、十三だ! 来るぞ!」
「じゅ、十三だって!」
 先ほどまでは、二発か三発か、そんな程度のものだったが、今度の魚雷の数はその六倍近い。水中ではどうしてもイコンの動きが鈍くなる、全部を撃ち落すのは無理かもしれない。
「慌てるな!」
 そこへ、通信が入った。
「誘導魚雷なんて高価なものを、こんなまとめて放ってくるという事は向こうが慌てているんだ。これを凌げば、こちらも前にでていける!」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)ダイネクサーが、自ら魚雷に向かって突っ込んでいく。
 魚雷が発明されたばかりの頃ならまだしも、数を多く放って命中率を底上げするなんて方法は今ではまず使われない。空中を進むミサイルがそうであるように、魚雷もまた進化しているのだ。そして、その高機能に見合うだけ、高価になっている。
 本来ならば、無駄うちでしかない大量の魚雷は、まともに魚雷を使っては敵の戦艦まで魚雷が届かないという向こうの判断があっての事だ。レリウス達の行っている魚雷の迎撃は、相手の判断に影響を与えている効果的な行動なのだ。
「まだ速度は出せるか?」
「よゆーだね。魚雷と追いかけっこは難しいけど」
 ダイネクサーの管理を任されているロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が、OKサインを出すと、さらに速度をあげならソードを抜いた。
「そんな密集させてしまってはな!」
 一番魚影が濃い所に突っ込んだエヴァルトは、機体を捻らせながら魚雷の上を飛び越え、ソードでそのうちの一つを切り裂いた。衝撃に反応して魚雷は爆発した。
 魚雷の進行方向とは反対の方向に最大速度を出しているが、それでも小さくは無い振動がダイネクサーを襲う。
「ぐっ……どうだ?」
「機体は大丈夫……魚雷は、うん、いい感じ。残り七つだよ」
 魚雷の爆風に飲み込まれたのはおおよそ半分。もう少しいけるかとも思ったが、操っている誰かがうまい事逃がしたのだろう。だが、これだけ削れば、
「後は任せた。できるな?」
「了解。全部撃ち落します」
 後ろにはレリウスが控えている。
 ダイネクサーのレーダーに映っていた魚雷の機影は、間もなく全て消失した。
 
 シュペール・ミラージュの背中に上で、スナイパーライフルを構えるイコンの姿があった。セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)セシル専用イーグリットSCだ。
「そんな単調な攻撃では、一発たりとも当りはしませんわ」
 セシルが狙っているのは、シュペール・ミラージュを狙って空母から放たれるミサイルだ。定期的に放たれるミサイルを、一つ一つ丁寧に狙撃しているのだ。
 ミサイルが最高速度に達すれば狙い打つのも至難のわざだろうが、高度を取ってこちらに狙いを定めようとしている最中であれば、撃ち落すのはそこまで難しい作業ではなかった。
 しばらく、我慢比べのようなミサイルの発射と迎撃が繰り返されたが、やがて向こうが先に弾切れを起こしたのか、ミサイル台が静かになった。
 代わりに、空母に新たな影が現れた。
「あれは……イコンのようですわ」
 光学スコープが捉えたのは、今まさに飛び立とうとするイコンの姿だ。見た目は、水中で確認されているシュメッターリングと同型機だ。対空用に用意していたのだろうか、まごついた様子もなく発進する。
「ミサイルでも、イコンでも、一機たりともこちらには近づけませんわ!」



「ちょろちょろと!」
 ヘリコプターは、移動速度は戦闘機に比べれば劣るが、その分小回りが効く。だからといって、見てから避けるなんて芸当がそうそうできるものではないが、飛び交うヘリは匠にこちらの攻撃を避けてみせる。恐らく、パイロットの腕がいいのだろう。
「右のがこっちを狙ってるわ!」
「くそっ」
 雨宮 渚(あまみや・なぎさ)の声に氷室 カイ(ひむろ・かい)は頭ではなく体で対応し、月詠の高度を一気に下げる。頭上を、ロケット弾が通過していった。
「あっぶねー」
「ぼーっとしてる暇ないわよ」
「ああ、わかってるよ!」
 武装集団のヘリの武装は、ロケット砲とガトリングがメインだ。小回りの効くヘリが、集団で弾幕をばら撒いてくる様子は中々厄介で、空母近くまで取り付くのは骨が折れそうだ。
「今更避けれるか!」
 こちらにロケット弾を放ってきたヘリに向かって、マシンガンでお返しをする。ヘリの装甲では、対イコン用の武装の直撃を受けたらひとたまりもない。姿勢の制御ができなくなったヘリは、ぐるぐると回転しながら海面に叩きつけられた。
「よっしゃ」
「ちょっと待って、なんか来てる」
 こちらに向かって直進する熱源を見つけ、渚はそれをモニターに表示する。速度からして、ヘリにしては早く、ミサイルにしては遅い。嫌な予感はしたが、案の定映し出されたのは敵のイコン、シュメッターリングだ。
「空飛んでるってことは、水中用の奴じゃないってことか」
「対空用に用意してたってこと。随分と準備がいいじゃない」
 こちらに向かってくるのは三機、ヘリの相手ですら余裕が無いというのに、あの数をさらに追加するのは厄介だ。
「敵は空だけじゃない!」
 水中から放たれたディープ・ブルーのマジックカノンは、一機のシュメッターリングの左足を撃ちぬいた。突然の攻撃を受けたその機体は、一度バランスを崩して着水しかけるもなんとか持ち直す。
「かすっただけか。やっぱり、水中から空中だと狙いがズレるんだな」
 最初の一撃で撃墜まで持ち込めなかったが、御剣 紫音(みつるぎ・しおん)の砲撃はシュメッターリングの出鼻を挫くには十分なものだった。突然の砲撃に驚いたのか、敵は一度高度を取り直すようだ。
『風花、空中に出てきたイコンはこいつらだけか?』
『はい。それだけどすぇ』
 綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)は旗艦内で情報管制の任務についている。今も相当な量の情報が押し寄せているのだが、テレパシーでの風花の対応はすごく落ち着いていた。出てきた増援のイコンを含め、慌てるほどの状況ではないということだろう。
『よし、まずはでかいのを狙う。水中から砲撃するから、敵のイコンの下に回りこまないよう伝えてくれ』
『はい、伝えてきますぇ』

 飛行魔法と光翼併用し生身で空中での戦闘に参加していた夏侯 淵(かこう・えん)は、こちらに向かってくる小さな影に目を細めた。
「魚雷を撒いてたヘリも、空中の迎撃に回ったみたいだな」
 空母からあまり離れず、魚雷を投下していた数機のヘリが作業をとりやめてこちらに向かってきていた。
 魚雷投下作業をしているのは、こちらで迎撃のために動いているヘリと違い、偵察用の小型のものだ。純粋な火力はもちろん、パイロットの腕もここで飛び回るヘリより劣るはずだ。
「あんな小さいのまで使ってくるってことは、もう品切れなんだろうな」
 ふん、とカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が鼻息をならす。カルキノスも淵と同じく、生身で空中戦に赴いていた。
 飛び出してきた三機のシュメッターリングは、向こうにとってもある意味切り札だったのだろう。それが、出した瞬間に攻撃を受けて動揺しているのだ。
「単に、ばら撒く魚雷が終わっただけかもしれんないだろ」
「ああ、なるほど。その考えは無かったぜ」
 どちらにせよ、あの偵察ヘリ部隊が貧相な事に代わりない。
 だが、いくら貧相なヘリでも、数が増えれば厄介は厄介だ。実際、この攻撃ヘリ隊は思った以上に手ごわい。特に今は、こちらの空中戦に出ているイコンのほとんどが、増援のシュメッターリングの相手をしている。
 これであいつらが到着したら、鬱陶しくて叶わない。
「よーし、勝負しようぜ。勝負」
「なんだいきなり……」
「どっちが多くこいつらを落とせるか勝負だ。あいつらが到着するまでに、多い方が勝ちな?」
「……どっちにせよ、ヘリは相手にしなきゃいけないしな。わかった、いいだろう。勝ったら何か奢ってもらうぞ」
「気をつけた方がいいぜ、なんせ俺の食う量は半端無いからな」
「そういうのは、勝ってから言うんだな」
 淵とカルキノスがヘリの相手をしている地点から、少し前に進んだところでは、イコンとイコンの空中戦が繰り広げられていた。二人が少し後ろにいるのは、この戦いに巻き込まれないためだ。それだけ、この戦いは激しいものになっていた。
「あいつら、目まわんないの! ヘリもそうだけど!」
 敵のヘリもそうだったが、特にルカルカ・ルー(るかるか・るー)が相手にしているシュメッターリングの動きは、おかしかった。凄いのではない、おかしいのだ。常識のある空中戦闘ではない、酒にでも酔っているのではないか。おかげで、まだこちらの攻撃が一発も当っていない。
「恐らく、向こうも似たようなことを考えてるぞ」
 憤るルカルカを、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はそう諭す。
 変態飛行に対応しているつもりは無いが、二人の操るレイもまた敵からの被弾を一つも受けていない。こちらは、まだ外から見れば行動の目的がわかる動きをしている分だけ、マシではあるはずである。
「訓練を積んでるって動きじゃないのが、むかつくー!」
 互いに被弾なしではあるが、状況は五分ではない。相手のシュメッターリングが攻撃を被弾していないのは、あの読めない動きに合わせて、戦闘ヘリが援護をしてこちらを牽制してくるからだ。
「空中はこのエースであれば守りきれると考えていたんだろうが、考えが甘かったな」
 後方の偵察ヘリが動いているのは、ダリルも既に確認していた。相手の航空戦力が、これ以上追加されるのは想像しづらい。戦中では判断しづらいものがあるが、それでもこちらが優位に動いているのは間違いない。
「さっさと撃墜して、空母を丸裸にしてやるんだから!」
 防空用の戦力が無くなれば、軽空母そのもの対空戦闘能力は低い。そもそも、船自体の攻撃力を捨てて、戦闘機の基地として作られているのだから当然だ。それだけ、戦闘機の攻撃能力は高いということでもあるが、それを失えば空母の末路など考えるまでもない。
 そして、海上において空母とはまさに生命線だ。
 二隻いるうちの空母の一つでも沈めることができれば、武装集団は戦闘行為を継続できないはずだ。二隻あるという事は、つまり二隻ないと今のイコンやヘリは運べない、という事でもあるはずだからだ。
 だからこそ、こちらが一秒でも早く空を押さえたいのだ。その為には、なによりもまず出てきたイコンを全て撃墜しなければならない。
「あれだけ被弾して、まだ飛べるなんて……あちらのパイロットも腕がいいみたいですね」
 片腕は吹き飛び、腹部への被弾で内部機関の一部が露出している状態で、敵のシュメッターリングは戦闘を継続していた。空中で腕を失って落ちなかったという事は、腕一つ分の重量の変化を、パイロットが対応したという事だ。
 同じ事を御凪 真人(みなぎ・まこと)は自分のパラスアテナでやれと言われてできるだろうか。メインパイロットのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の腕は信頼しているが、しかしそんな危険なことは実験すらしたいとは思わない。
「確かに、あっちのフラフラしてんのも、足が無いのもシブトイよね」
 自分の体ならば、意思の力でどうにかなるだろう。だが、イコンは気合でなんとかできるものではないだろう。パイロットのイコンに対する知識と、その知識を十全に生かせる操縦技術あって、初めてしぶとい戦いができるのだ。
「やばっ」
「ぐっ」
 ヘリから放たれたロケット砲を避けた先で、パラスアテナに振動が走った。敵の機関銃が直撃したらしい。この機体の装甲は、シュメッターリングの機関銃では簡単に貫けはしないが、バランスが崩れた。
「こんのっ!」
 姿勢制御用のバーニアに被弾すれば、あとは落ちるだけだ。それを防ぐために攻撃を仕掛けている、ボロボロのシュメッターリングに向き直る。そのうえで、
「もう、怒ったんだからっ!」
 全速力で、突っ込んだ。
 密着すると同時に、パラスアテナはシュメッターリングの肩を掴む。
「これで終わりよ!」
 パイルバンカーを叩き込んだ。
 腹部に叩き込まれた一撃は、その破壊力をもってシュメッターリングの下半身を吹き飛ばす。いくらしぶといといっても、これではもうまともに動くことはできないだろう。
「無茶苦茶しますね……」
 パラスアテナの装甲、バーストダッシュによる加速性能。勝算が無かったわけではないものの、危険な行動だったのは否めない。だが、とにかくこれで、敵のイコンのうち一機の戦闘能力は完全に奪えた。
 周囲を一度見回してみる。フラフラ飛び回っているのも、片足を最初の一撃でもっていかれのも、まだ戦闘を続けているが、周囲のヘリはだいぶ数を減らしているようだ。
「なんとかなりそうですね」
「そうみたいだね……さすがに、コレを海に捨てちゃうわけにはいかないよね」
 下半身は吹き飛ばしたが、コックピットは潰してはいない。中には、てこずった相手とはいえパイロットが存命中である。今、これを海に投げ捨てたら確実に沈んでしまうだろう。
「そうですね、弾薬の補給がてら、捕虜を後方に預けましょうか」
 空中戦はもう間もなく詰めの段階に入るだろう。
 残る心配ごとは、水中の方がどうなっているかだ。