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リアクション
■ お茶会のご馳走なぁに? ■
料理もまずはキッチンを掃除するところから。
埃を追い払って、久しく使われていなかった様子のオーブンに火を入れる。
調理台の上に皆が広げた材料の数々が、ひっそりと静まりかえっていたキッチンに生命を与えるように彩った。
「お茶会といえば、なんといってもお菓子よお菓子! フウリってば勉強にばっかお金使って、いつだってあたしのおやつをないがしろにするんだから〜。今日はがっつり食べさせてもらうわよ」
ポーレットがやたらとはりきっているが、自分ではお菓子を作る様子はない。ただ、料理している皆の間を忙しく回っては、何を作っているのかと興味津々にのぞき込んでいるだけだ。
「それは何?」
ぶしつけに指さすポーレットに、種を抜いたさくらんぼを蜜煮にしていた山南 桂(やまなみ・けい)が答えた。
「チェリータルトを作っているんですよ」
蒸しカステラを底に敷いた型に、寒天と砂糖と水飴を混ぜたものと蜜煮さくらんぼをあわせたものを流し入れ、冷やし固めるのだと桂は説明する。
「固まったのを切り分ければ、底は茶色、上は赤いお菓子のできあがりです」
「なんかあたしの思ってるタルトとは違うみたいだけど、手つきも良さそうだし、味には期待して良いのよね?」
「俺自身はお菓子は簡単なものしか作れませんよ。主殿は別です。上手すぎて教えてもらった方が早いですよ……俺の場合」
自分は和食系が得意なのだと桂が答えるとフォルトゥーナ・アルタディス(ふぉる・あるたでぃす)も同意する。
「翡翠が作る物、何気にどれも美味しいから食べ過ぎそうになるわ」
「いいなー。うちはあたしも料理は好きじゃないし、フウリが作るとほとんどインスタントになっちゃうのよね」
食生活としてどうかと思うと、ポーレットは顔をしかめた。
「あら、あたしも作るのは苦手よ。だから料理は他の人にお任せ」
そう言ったフォルトゥーナに、桂が意外そうな目を向ける。
「そうなんですか? フォルトゥーナ殿は料理上手いように見えますが」
「あたし? 作らないわよ。調理のときの地味な作業とか苦手なのよね〜。それに雑に調味料とか放り込むから、味がおかしくなるのよ。適当に鍋に入れてほったらかしにする料理ならよくやるわね」
上手い人に任せておくのが安心だし、と言うフォルトゥーナは今も料理はしていない。その代わりに、茶器を温めたりとお茶を淹れる用意を引き受けている。
「上手い人がいる家はいいわね」
うちには任せる人もいないと、ポーレットは肩をすくめた。
「あんたも手つき良いわね」
今度はポーレットは軽やかな音を立てて玉子を泡立てているテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)の手元に目をやる。
「随分練習したからな!」
去年のバレンタインまで、テディはお菓子作りなど全くしたことがなかった。けれどバレンタインに皆川 陽(みなかわ・よう)からチョコレートをもらい、ホワイトデーのお返しがしたい一心で特訓したのだ。
1ヶ月間の特訓の結果、渡したケーキのお返しの効果はともかくとしてテディのケーキ作りの腕はぐんと向上した。何度も作るうちにレシピも頭に入り、考えずとも手が動く。
「パートナーのためにお菓子の練習ねぇ……甲斐甲斐しいというか、まあ、あたしには無縁だけど」
それもいいんじゃないと言うポーレットに、テディは顔を曇らせる。
「……でも最近……うまくやれてなくてさ」
家族が欲しくて陽にプロポーズしたものの、それが恋心ではなく執着心に根ざしたものであることを看破され、結果断られてしまった。それ以来、会話もほとんどなくちょっと気まずい毎日が続いている。
そんな話を聞いたポーレットはあっさりと言った。
「ふーん、じゃあ別れちゃえば。で、あたしに仕えて毎日ケーキ作りなさいよ」
「な……僕は主君のために存在している騎士だかんな! 我が主君に永遠の愛と忠誠を捧げると誓ったんだからな!」
「そ。だったらちゅーせーはいらないからケーキだけでいいわ」
まだ怒鳴っているテディの声を聞かないように指で耳栓をしながら、ポーレットはさっさとその場から離れていった。
掃除をする人、料理にとりかかる人、手伝いはせずにお茶会の開始を待つ人。
自分はどうしようかと考えて、グレッグは兄たちに告げた。
「私は厨房の方をお手伝いして参りますね……あ」
歩き掛けてふと思い出し、グレッグはヒューバートにバスケットを差し出した。
「今朝、司と焼いた薄焼きのビスケットです」
「ありがと。茶会のときに出すようにするよ」
そんな会話をかわす2人の横から、アーヴィンが口を出す。
「刃物を使うようなら怪我をしないように気を付けろ」
「はい、ではまた後ほど。行って参ります」
微笑してキッチンの方へと向かうグレッグと、それを心配そうに見つめるアーヴィンをヒューバートは笑みをかみ殺しながら見比べた。ヒューバートから見ると、怪我の心配が必要なのはどちらかというとグレッグよりアーヴィンの方だ。
(まぁ、危険な大荒野や交通量の多い場所とかいう訳じゃないし……ああでも、安心は出来ないな)
しっかりしているように見えて、グレッグには残念すぎるドジっ子属性がついている。
「……お嫁さん候補とか見つかると良いんだけどねぇ」
兄にしっかりもののお嫁さんがこない限り、おちおち自分が身を固めることも出来ない、とヒューバートはこっそり呟くと、危なっかしいアーヴィンを見守るのだった。
せっかくのお茶会なんだからと、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)ははりきってレシピ集を広げた。レシピ集、といってもそれは普通のノートに記されている。クレアたちのパートナーである本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が自分で実際に作ったことのある料理の作り方を書き留めたものだ。
「お茶会だから、メニューは絵本図書館ミルムのお茶会で作ったスコーンやグレープフルーツゼリー……それから、この間おにいちゃんが作った三種食感の苺のミルフィーユがいいよね」
本郷家では基本的に料理をするのは涼介だが、最近ではクレア、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)、ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)も料理に興味を持ち、涼介の手伝いをしたり自分でお弁当やお菓子を作るようになっている。
「エイボンちゃん、アリアちゃん。今日もがんばっておいしいお料理を作ろうね」
「ええ。お茶会のお菓子作りならこの『クッキングウィッチマギカ☆エイボン』にお任せですわ。おいしいお菓子で皆様を笑顔にして差し上げますわ」
エイボンはレシピに書いてある分量を確かめると、ミルフィーユに使うゼリーやムース、ババロア、グレープフルーツのゼリー作りに取りかかった。グレープフルーツゼリーを固めるときに、涼介が氷術を使っていたのでエイボンもそれを真似てみる。
「それならボクはミルフィーユのパイ生地を焼くね」
アリアクルスイドはパイ生地にバターを折りこんでゆく。
「何故そんなに楽しそうに作るの?」
サンドイッチとクッキーを淡々と、けれど手際よく作っていたアイドルレア写真集・雨雪の夜(ぷれみあばんりんのれあしゃしんしゅう・くれっしぇんどすのう)がぽつりと尋ねた。
「誰かがおいしく食べてくれると思うと作るのも楽しいよ」
スコーンの生地をまとめながらクレアが答える。
「誰か……」
雨雪の夜はそう呟いて自分の手元に視線を落とした。
きっちりと重ねられたサンドイッチ。手軽に作れるからと選んだメニューだけれど、それを食べる人のことは考えていなかった。
これを食べる人がいる……そう考えてみようとしたけれど、今の雨雪の夜にはぴんと来ない。
しばらく考えた後、雨雪の夜は今度はエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)に目をやった。
エレンディラが作っているのは苺のタルトと、さっくりしたパイに苺と生クリームを重ねたミルフィーユ。
タルトの上にたっぷりと載せられぬ苺の赤が鮮やかだ。
「ふふ、葵ちゃんが見たら喜びそうですね」
思わずこぼれるエレンディラの笑みに、雨雪の夜は尋ねる。
「何故笑っている?」
え、と聞き返した後、エレンディラは恥ずかしそうに頬を押さえた。
「私、笑っていました? 葵ちゃんのことを思ったら、つい」
「葵ちゃん?」
「私の大切なパートナーです。今頃ちゃんとお留守番してるんでしょうか……」
エレンディラは秋月 葵(あきづき・あおい)のことを思ってちょっと心配そうな顔になった。
「パートナーのことを考えると笑う?」
「そうですね。葵ちゃんのことを考えると、つい笑顔になってしまいます。小さくて可愛くて。元気で何をするか分からないけど、そこがまた可愛いんですよね」
気づけば今作っているお菓子も全部、葵の好きなものばかり、とエレンディラはタルトの苺ににつや出しのゼリー液を塗った。
「葵ちゃんもお菓子作りだけは上手くなったんですよ。最初はほんとうに危なっかしくてひやひやしたものですけれど」
盛大にのろけるエレンディラの話を聞きながら、雨雪の夜は少し考え。
「可愛い……」
自分のパートナーにそれは当てはまるのだろうかと小さく首を傾げると、サンドイッチを切り分ける作業に戻った。
料理をしている間にも、どんなものを作っているのかと見に来る者、いつの間にかはぐれてしまった連れの姿を捜しに来る者、料理の進み具合を確かめに来る者等々、キッチンにはひっきりなしに人が出入りする。
「食器は揃っているか? もし足りていないなら調達してくるが」
ジュバルが顔を出して食器棚の中身を確認する。お茶会は想像以上に大所帯となったけれど、収納されている食器は多い。一番シンプルなものを使えば恐らく全員分足りそうだ。もし不足が出た場合は、揃いでなくばらばらなカップやソーサーで我慢してもらうことになるが、気さくなお茶会だからそれでも構わないだろう。
「わー、お菓子のいい匂いがするー♪」
料理をしているところを見てみたいからとやってきた日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)が、調理場に漂う甘い香りに目を輝かせる。千尋の着ているとびきり可愛いお出かけ着は響 未来(ひびき・みらい)が選んだものだ。
未来が着ているのは執事服。今日は日下部 社(くさかべ・やしろ)に代わって千尋の保護者として来たのだからと、それらしく千尋に注意してみる。
「千尋ちゃん、楽しみなのは分かるけど厨房を走っちゃ危ないわよ〜。火や刃物があるんだから」
「はーい♪」
良い返事をすると、千尋は未来に言われた通りに走るのをやめた。そして大人しく料理をしている皆を見て回る。
実は日下部家で料理を担当しているのは千尋なのだ。
社もそこそこ料理は出来るのだけれど、作らせるとすぐに粉物料理になってしまう。お好み焼きもたこ焼きも確かにおいしい食べ物だけれど、来る日も来る日も粉物ばかりでは栄養が偏ってしまう。
その栄養バランスを取っているのが千尋なのだ。今日も勉強熱心に、料理をしている人の手元をしげしげと眺めては、料理の仕方を観察したり、分からないことは聞いたりして回る。逆に未来の方は料理はまったくダメなので、料理をしている皆に
「あれ、カレーの匂いがするー」
くん、と鼻をくすぐる良い匂いにつられて千尋はそちらへと引き寄せられていった。
そこでは舞衣奈・アリステル(まいな・ありすてる)たちが特製リッチキーマカレーを作っている真っ最中。
「おいしそうな匂いだねー♪」
「匂いだけじゃなくて、味も美味しいのですよ!」
舞衣奈が元気に答えた。
「ネーおねえちゃんが調合したリッチカレーのルゥとガラムマサラをもってきたです。これでおいしいキーマカレーを作って、みんなでわいわい食べるですよ!」
普段舞衣奈はネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)とともにスパイスとハーブの料理店、『焙煎嘩哩【煤沙里】』をやっている。ネージュが辛い物が苦手なので、味見や調整をするのは舞衣奈の仕事だ。
そのお店から自慢のルゥとスパイスを持ち込んだのだから、おいしく出来ないはずがない。
「隠し味はこれなのですよー」
舞衣奈は地球から取り寄せた紀州梅を細かく叩いて潰した梅ペーストを指してみせた。このほのかな酸味が牛ひき肉とタネマギたっぷりの少し辛口キーマカレーの味を、ぐっと引き締めるのだ。
「えっと……マイナちゃん、サフランライスのお水の量ってどれくらい?」
結衣奈・フェアリエル(ゆうな・ふぇありえる)が心配そうに舞衣奈に尋ねた。結衣奈はネージュと契約したばかりで、料理経験もあまりない。だから手伝いも、言われた材料を鍋に入れたり、食器を用意したりという雑用が主だ。
「もう少し水を減らした方が良いですねー」
舞衣奈は手慣れた様子で水加減をして結衣奈に渡すと、今度は高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)の手元を覗いた。
店になら、ネージュや舞衣奈のためにステップがあったり、低めの設計になっていたりするから良いのだが、屋敷のキッチンではそうもいかない。
小さな妹たちに危ないことはさせられないからと、包丁で材料を刻んだり、火を使用したりするのは主に水穂が引き受けていた。
水穂もネージュと契約したばかりで店のカレーのことは良く分からない。けれど料理は大丈夫だから舞衣奈が指示をしてくれれば、その通りに作業することは出来るのだ。
さくさくと軽やかに包丁でタマネギを刻んだり、それを挽肉と一緒に炒めたりと忙しい水穂のスカートの中で、ふさふさのしっぽが調子を取るようにゆらりゆらりと揺れている。こうして皆でカレーを作るのが楽しくてたまらないのがその動きに表れている。
「マイナちゃん、これくらいでいいのかしら?」
今回のキーマカレー作成チームのリーダー的な役割は舞衣奈だ。水穂と結衣奈への指示、そして調合済みスパイスを使っての調味等を担当して、全体の調整をしている。その舞衣奈に尋ねながら水穂は作業をしているのだが。
「水穂おねえちゃん、ボクはユウナ! マイナちゃんじゃないって!」
結衣奈と舞衣奈は髪型が違ったりと差はあるものの、見た目はほとんど同じで区別がつけにくい。
料理に気を取られているものだから、水穂は何度も間違えてばかりだ。
「あら、そうだったわね」
指摘されれば謝るけれど、またすぐに間違えてしまう。
「隠し味に梅肉を入れて……あ、これも入れるのかしら」
水穂はメープルシロップを小皿に少し取り出すと、結衣奈に差し出す。
「これ、ちょっと味見してもらえるかしら?」
「ボク、スパイスとか全く調合したことないから味なんて分からないよ」
また舞衣奈と間違えているのだろうかと思いながらも、結衣奈はつられたように小皿の中身を舐め……。
「きゃうん!」
「マイナちゃん!?」
ばったりと倒れた結衣奈に水穂は慌てて呼びかける。
「マイナはあたしなのですよー! ユウナなんかと間違えないでください、なのですよ」
ミルを挽いていた舞衣奈が水穂に注意した。
「それならこっちはユウナちゃん?」
激甘が苦手な結衣奈は甘すぎるものを口にすると気絶してしまう。メープルシロップなんか舐めたら一撃だ。
「ど、どうしましょう……ユウナちゃん、しっかり」
水穂は大あわてで結衣奈を介抱した。
普段家では柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)が過保護で、怪我をしたら危ないとなかなか柚木 郁(ゆのき・いく)には手伝いをさせたがらない。今日はその貴瀬と離れてのお茶会だから、この機会にと柚木 瀬伊(ゆのき・せい)は郁にデザート作りを手伝わせようともくろんでいた。
「郁、これをぐるぐるかき混ぜてくれ」
「これなぁに?」
瀬伊から渡されたボールと泡立て器を郁はしげしげと眺めた。
「生クリームだよ」
「これがあまあまさんなくりーむ?」
自分が知ってるクリームとは違うと、郁は泡立て器で生クリームをすくってぽとぽとと垂らしてみる。
「よくかき混ぜていれば分かるよ」
「うん、わかった」
言われたとおり、郁はぐるぐると生クリームをかき混ぜはじめた。
その間に瀬伊は苺のシフォンケーキと苺のムースを作る。
苺の果汁を絞りはじめた瀬伊の手元を見て、郁が目をきらきらさせた。
「いちごさんっ」
瀬伊は苦笑しながら綺麗に水洗いした苺を1つ、郁の口に放り込んでやった。
「美味いか?」
「あまくておいしいねっ」
郁がにこにこしているのを見ると、自然と瀬伊の表情も緩む。貴瀬には郁に過保護すぎると注意するのだけれど、実際のところ瀬伊だって郁にはつい甘くなってしまう。
今日のデザートを苺を使った物にしたのも、郁が苺好きだからという理由だったりするのだから。
懸命に生クリームをかき混ぜている郁の様子を見ながら、瀬伊はデザートを作ってゆく。
しっかりとしたメレンゲを作った後、卵黄と砂糖を混ぜ苺の果汁と粉類をさっくりと混ぜる。その2つをヘラで着るように混ぜ、型に流して焼き上げる。シフォンケーキが焼けるのを待っている間に、苺のムースをレシピ通りに作って冷やしておく。
焼き上がったシフォンケーキを冷めるのを待っている間に、すぐ隣では、
「じゃーん、かんせーい!」
口で効果音をつけながら、リン・リーファ(りん・りーふぁ)が出来上がったばかりのデザートを取り出した。
おやつのお菓子は関谷 未憂(せきや・みゆう)が作ってくれるから、いつもはリンは食べるの専門だ。だからと言って作れないわけじゃないと、フルーツゼリーを作ったのだ。
缶詰や皮を剥いた果物をゼリーの素の中に入れ、それを氷術を利用して冷やして固めるだけ。色々な種類の果物をゼリーに閉じこめたデザートを、リンはちょっと得意そうに掲げてみせた。
その隣ではプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が未憂直伝のスコーンに真剣な表情で取り組んでいた。
未憂のレシピメモを見ながら几帳面に作る。材料のグラムはぴったり。書いてある通りの手順を守り、焼き上げる温度も時間もきちんと守る。
プリムが完成したスコーンを味見していると、横から出てきたリンの手がさっと1つスコーンをさらった。
「どれどれ、あたしも味見してあげよう」
リンはもっともらしい顔でプリムのスコーンを食べると、うんうんと頷いた。
「みゆうのと同じ味がする!」
「……みゆうの……味……」
プリムは嬉しそうに微笑すると、出来上がったスコーンを皿に盛りつけた。
「これでお菓子もできたし、お茶会でがんがんしゃべるぞーっ」
リンもひんやりふるふるに仕上がったゼリーをお茶会の部屋に運ぼうと、トレイの上に並べた。他の皆は何を作っているのだろうと周りを見回してみれば、菓子から軽食まで種々様々なものが出来上がっている。
「ケーキとか作れる人、尊敬しちゃうなー」
隣を見れば、そこでは瀬伊がさましたシフォンケーキを切り分けている。
「郁、口を開けてみろ」
小さめに切ったシフォンケーキを瀬伊は味見にと郁の口に入れた。
「いちごさんあじのふわふわー」
「郁が作った生クリームをのせると、もっと美味しいんじゃないか?」
「え? いくのくりーむのせるの? ふぁ……あまあまさんでとってもおいしいのっ」
瀬伊に言われてシフォンケーキに泡立てた生クリームをのせて食べた郁は、じーんと感動に目を細める。その様子が見られただけでも、瀬伊は張り切って作った甲斐があったようで嬉しい。
「ね、瀬伊おにいちゃん」
つん、と郁に服を引っ張られて瀬伊はしゃがんだ。
「どうかしたのか?」
尋ねる瀬伊の頬に郁はちゅっとお礼のキスをする。
「いく、瀬伊おにいちゃんも、おにいちゃんのおかしも、いっぱいいっぱいだーいすきっ!」
「あぁ、俺もだよ」
郁の頭を撫でてやりながら瀬伊はこっそりとため息をつく。
郁にこんな癖がついたのは貴瀬の所為だ。可愛いのだけれど、誰彼かまわずだと今後困る。帰ったら貴瀬を含めてしっかりと言い聞かせるかと思っているところに、瀬伊は視線を感じて顔を上げた。
じっとこちらを見ていたプリムは、瀬伊と目が合うとぱっと逸らしたが、またおずおずと視線を戻し。
「……こうかん……」
味見用のスコーンをそっと差し出した。
「そっちはスコーンか。お茶に合いそうだな」
スコーンを受け取り、プリムとリンの分のシフォンケーキを用意する瀬伊の横から、郁がひょこっと顔を出し、
「いくのあまあまさんくりーむものせてあげるね」
と、たっぷりと生クリームを絞った。
「いっただーきまーす! うん、ふわふわ。こんなケーキが焼けちゃうなんてすごいねっ」
「……ん……」
リンとプリムの反応ににこにこしながら、スコーンを食べようとした郁を瀬伊がちょっと待ってと止めて、横半分に割ってやる。
「こうして、郁の生クリームを載せて食べたらどうだ?」
「こっちにもあまあまさーん」
郁は世にも嬉しそうな顔でスコーンにかぶりついた。
綺麗になった部屋においしい料理を並べよう。
それが内緒のお茶会のはじまりの合図なのだから――。
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