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内緒のお茶会

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内緒のお茶会

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■ お茶会のはじまりはじまり ■
 
 
 
 部屋を綺麗に掃除して。
 おいしい料理を並べよう。
 最後の仕上げはテーブルを囲むたくさんの顔。
 
 
 埃だらけだった部屋はこざっぱりと掃除され、テーブルには花が飾られている。
「みんなお疲れ様ー。結構早く準備が出来たわね」
 ポーレットが満足そうに腰に手を当てて言った。といっても結局ポーレット自身は何も手伝っていなかったりするのだが。
「飲み物はちゃんといき渡ってる? まだの人は手ー挙げて!」
 自分の分はちゃっかり確保して、ポーレットが呼びかける。
「冷たいものが良い人はすっかりとしたアイスティーはどうかしら。完熟桃を使ったアイスティーを用意してきたの」
 メープルは希望する皆にアイスティーをサーブしたが、ルアークには注がずにおく。
「これ、ほんのり甘いのよね。ルアークには花茶を淹れてあげるわ」
 甘いものが苦手なルアークのために、メープルは中国の工芸茶を淹れた。お湯を注げばカップの中でふわりと花咲く、見た目も綺麗な御茶だ。
「たまにはこういう風にのんびり過ごすのも悪くないでしょう?」
「ま、悪くはないけれど……」
 スリルが足りない、とルークはぼそりと付け加えた。
「こっちに温めたカップがあるからそれを使ってね」
 フォルトゥーナが準備しておいたカップに、雨雪の夜が紅茶を注ぎいれた。紅茶をいれるのは初めての雨雪の夜だが、方法は本で読んだから問題は無いはずだ。実際、カップに注がれた紅茶の様子は雨雪の夜が予測していたのとほぼ同じ状態だった。
 けれど、実際に自分の目で見る光景はとても新鮮で。
 状態は同じはずなのに、思い描いていたものとは何かが違う。何かが、弾む。
「もうお茶もらってない人はいない? じゃあお茶会を始めるわよ」
 ポーレットは大きな声で周囲に呼びかけると、自分のカップを少し持ち上げた。
「掃除や料理を手伝ってくれた人はお疲れ様ー。今日は地球人には内緒のお茶会だから、ゆっくり楽しんでってね。堅苦しいことは、無しよ」
 そう言うとポーレットは一口紅茶を飲んだ。
 それがお茶会開始の合図。
 皆、それぞれ自分の飲み物に口をつけた。
「お茶のお代わりが必要な人は言って下さいね。お菓子が足りなければ持ってきますよ」
 エレンディラは自分の飲み物そっちのけでちょこちょこと動き回っては、皆の世話を焼く。
「あんたもお茶飲んだら? 放っておけばみんな勝手に飲み食いするわよ」
 自分はさっそくフルーツゼリーを口に運びながらポーレットが言うが、エレンディラはいいんですと首を振る。
「皆さんにはゆっくりお話をしていてもらいたいんです。それに、百合園女学院・紅茶研究会の腕の見せ所ですし」
「紅茶研究してるんだー。じゃ、あたしにも紅茶のお代わり持ってきて」
 ころっと態度を変えてポーレットはエレンディラに頼んだ。
 
 
「すげえ、カレーまであるぜ」
 地球人抜きのお茶会なんて珍しいからと出掛けてきた大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、早速キーマカレーを皿に大盛りにしてもらった。まずは空腹を落ち着かせてから、他の菓子も全制覇してゆこうと視線を巡らせると、その目がばちっとフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)と合った。
 それも合った、という生やさしいものではない。ギッと力あるフェイの視線がこちらを睨みつけている。
「へ? オレなにもしてない……よな?」
「あの名無し野郎がいないところで綾耶とのんびり……幸せ。しかし……やかま死い野郎つきだと……聞いてない。理不尽だ」
 フェイはむすっと答えた。
 今日は匿名 某(とくな・なにがし)のいないところで結崎 綾耶(ゆうざき・あや)とのんびり出来る、と喜び勇んでやってきたら、2人きりではなく康之も一緒だった。その為、フェイが康之に投げる視線は完全に邪魔者を見る目つきだ。
「何が理不尽なんだよ。俺だってこの茶会に出る資格はあるんだからな」
「……仕方ないからいてもいい。ただしお前は置物。あまりやかま死くするな。そして話しかけるな。かけても無視する」
「ひっでぇ」
 康之の抗議には耳を貸さず、フェイは綾耶を手招きした。
「なぁにフェイちゃん?」
 何も疑わずに近寄る綾耶を膝の上に抱えてフェイは席に座ると、綾耶の結った髪の先をにぎにぎと握りしめた。
「ところで……なんで私はフェイちゃんに抱えられてるんだろう?」
「何か間違ってる? どこが?」
「うーん、そう言われると……」
 何か間違ってるような気はするもののそれを言い表せず、綾耶はなし崩しにフェイの膝の上に収まった。
「せっかくだからおまえらも何か食えよ」
 康之に言われ、綾耶はどれを食べようかと迷う。
「フェイちゃんは何食べますか?」
「……スコーン……あーん」
 フェイが開けた口に綾耶はクリームをたっぷりつけたスコーンを食べさせた。
「なんだかフェイちゃん、雛鳥みたいでちょっと可愛いな〜」
 綾耶はにこにこしながらフェイの口元についたクリームを拭いた。そんな綾耶を抱きかかえながら、フェイは幸せを噛みしめる。
「おっ、美味そうだな。ちみっ子、オレにもちょこっと食べさせてくれ!」
 フェイがあまりに幸せな顔でスコーンを食べているから、そんなに美味いのかと康之が綾耶に頼んだ。
「はい。たくさんクリーム載せますね〜」
「お、ありが……ぐは、っ……!」
 礼を言いかけた康之はテーブルの下の足を押さえて呻いた。
 向かい側に座っていたフェイのつま先が、思い切り蹴りこまれたのだ。
「いてえ! でかっ子め、やりやがったな!」
「何してるんですか〜」
 スコーンにクリームを塗る手を止めて、綾耶はフェイを
「めっ」
 とたしなめる。
 途端にフェイはしょぼんとなって、今度はさっきより弱い力でぽんぽんと康之の足を蹴って八つ当たり。
「てっ、てっ、てっ……何度蹴るんだよ、でかっ子!」
「フェイちゃん、ミルフィーユあげるから悪いことしちゃダメですよ〜、はい、あーん」
「あーん」
 フェイは言われた通りに口を開け、ミルフィーユを食べた。綾耶が食べさせてくれたと思うと、一層美味しく感じられるというものだ。
「こっちの菓子も食うか? グレープフルーツゼリーと……こっちは何だ? 芋けんぴ?」
 フェイに蹴られてもへこたれずに康之はどんどん話しかける。そのたびフェイからはぎんぎんと殺気が飛んでくるが、康之は出来る限りそちらには意識を向けずに接するようにした。相手から睨まれるのは仕方ないけれど、せっかくのお茶会なんだからみんなで楽しむという姿勢は崩したくない。
「ありがとう。どれも美味しそう」
 綾耶は康之が持ってきた菓子をフェイに食べさせ、自分も味わった。
「このグレープフルーツゼリー、さっぱりしてて夏にぴったり。作り方聞いて帰って、某さんに振る舞ってあげようかな〜、なんて……えへへへ」
 頬を押さえて綾耶が笑うと、フェイからこれまでと比べ物にならないほどの殺気が放たれる。
「あれぇ、フェイちゃんからパルパルしたオーラが滲んできてる気が……」
「いってええーっ!」
 きょんっと首を傾げる綾耶の向かいで、康之が椅子から飛び上がった――。
 
 
 
 クレアたちは自分の分のお茶を飲むのもそこそこに、テーブルを回っては茶菓子やお茶を配り歩いた。
「お菓子はまだまだあるからね」
 クレアが呼びかければ、エイボンの書もグレープフルーツゼリーをティースタンドに載せる。
「冷たいうちにゼリーをどうぞ」
 お喋りに花を咲かせる人々は、良く飲み良く食べる。菓子や軽食、様々なお茶もお茶会の大きな楽しみだ。
「これを淹れてくれるか?」
 ルークは夏野司に特製ハーブティの茶葉を渡した。
 折角良いハーブの割合を見つけたことだから、ここでお披露目といきたい。ブレンドは自信作なのだけれど、自分で淹れるのには不安がある。相手が女の子だったりしたら、緊張で手が震えて相手の上にハーブティをこぼしかねない。
「お茶を淹れるのは司に任せて!」
 司はルークからブレンドしたハーブを受け取ると、ティーポットに入れた。
 お湯を注いで、メイドとしての勘で一番ハーブの香りが引き立つタイミングを見極めようとする。
 その日の天気や淹れる環境で加減が変わってきてしまうから、時間はただの目安にしておいて、少しずつ味見をしながら出して実際に自分の舌で確かめる。
「ルークさんの自信作のハーブティ、どうぞ召し上がれ〜」
 司がカップにハーブティを注ぐと、優しい香りがたちのぼる。
「良い香りですわね」
 リース・バーロット(りーす・ばーろっと)がカップに顔を寄せて微笑んだ。
 カモミールのようなハーブの香り。口に含むと甘さの中にレモングラスの様なほのかな酸味を感じる。
「何をブレンドしたお茶なのでしょう?」
 リースに聞かれ、司はルークを振り返った。
「ルーク、お茶の説明してくれる?」
「ああ……って、うっ……」
 司が指したところにいるのが女性なのを見て、ルークは硬直した。
「あ、ごめん。無理だよね。司に教えてくれれば伝えるから」
 司は笑ってルークからリースが見えないような位置に入ると、伝え聞いたブレンドをリースに伝えた。
 そうして皆がお茶会を楽しむ様子をさして、フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)カレン・ヴォルテール(かれん・ゔぉるてーる)を促した。
「カレンもお茶をいただいてみたらどうですか?」
「む、無理……」
 家具の陰に隠れてカレンは首を振る。
 極度の対人恐怖症と恥ずかしがりのカレンにとって、知らない人が多く集うお茶会はかなり苦手な場なのだ。
「な、なんでこんな沢山人がいんだよ……こんなに人いるなんて聞いてねぇよ」
 フィアナに連れられてやってきたのは良いけれど、まさかこんな場に放り込まれるとは。もう絶対にこの位置から離れまいと、カレンはひしっと家具に貼り付いた。
「カレン……」
 フィアナは嘆息した。カレンは家族以外とは恥ずかしがってまともに話すことも出来ない。他人を恐れる余り、強がって口調がきつめになるのも、カレンが親しい友人を作る妨げになってしまっている。
 それをなんとかしたいとお茶会に連れてきてみたのだが……これでは話をするどころではない。
「口がほんの少し悪いだけで、本当は凄く優しくて可愛くて良い子なのですが」
 たぶんに身内贔屓のこもった言葉を呟くと、フィアナはカレンのことを木之本 瑠璃(きのもと・るり)に頼み、自分はカレンがスムーズに会話できるよう、他の参加者に話をしに行った。
「うむ、カレン殿のことは任せるのだよ」
 瑠璃は壁に隠れているカレンの腕を引っ張った。
「楽しそうな会なのだ。カレン殿もせっかくのパーティ楽しまないともったいないのだよ」
「お、俺はここで良い……」
「あっちにたくさんお菓子あるのだ、一緒に行くのだ、皆と一緒に話すのだ!」
「引っ張るなって!」
 瑠璃にぐいぐい腕を引かれ、カレンは焦った。人が多い場所に行くことを考えるだけで冷や汗が出てくる。
「そんな隅っこで何してるの?」
 通りかかったアリアクルスイドがカレンと瑠璃がもめている様子なのに気づいて声を掛けた。
「カレン殿が隅っこから出てくれないのだ」
「こ、こら、言うなって……」
 カレンは慌てて瑠璃の口を押さえた。
「そんな端っこにいちゃつまらないよ。こっちに来て一緒にお菓子を食べようよ。ほら、このお菓子、ボクたちが作ったんだよ。レシピに忠実に作ったから美味しくできてると思うんだ」
 アリアクルスイドはクレアたちと作った菓子を見せてカレンを誘った。
「美味しそうなのだ! 皆と一緒にお菓子を食べて一緒に話すのだ!」
「そうそう。食事はみんなでするからおいしいんだよ。……って実はこれ兄ぃからの受け売りなんだけどね。でも的を射てるでしょ」
 楽しまないと損なんだから楽しんじゃおうよとアリアクルスイドに言われ、瑠璃には手を引かれ。仕方なくカレンは家具の陰から出てきた。
「フィアナ殿も手招きしているのだ。あっちに行くのだ。カレン殿もきっと皆と仲良くなれるのだ」
「俺は話さなくて良いって」
 抵抗する姿勢は崩さないまま、カレンは瑠璃に引かれてフィアナのいるテーブルへと近づいた。
「今話していたカレンです。よろしくお願いしますね」
 フィアナに紹介されてカレンの顔にかっと血がのぼる。
「っ……あ……は、はじめ……まし……て………………っ!」
 それだけを絞り出すと、カレンは脱兎の勢いで家具の陰に逃げ戻った。
「う、うぅ、や、やっぱり無理だ!」
 あれだけ話すだけで精根尽き果て、壁に背中をつけたままずるずるとカレンは座り込む。そこに、はい、とミルフィーユの載った皿が差し出された。
「ちょっとだけだけど、頑張れたご褒美だよ。美味しく食べてね」
 アリアクルスイドはそう言って皿をカレンに渡すと、また忙しく給仕の仕事に戻っていった。
 
 
 お茶会は概ね和やかな雰囲気だったが、その一部では険のある会話が交わされていた。
「会場では別行動だと言っておいたはずよ。なんであんたが付いてくるのよ」
 せっかくのお茶会なのにカルラと一緒とか、無いわ、とブリジットが眉を寄せる。
「その言葉、そのままお返し致しますわ。私もご一緒したいなど露ほども思っておりません。たまたま行く方向が同じなだけです。気に入らないのなら、あなたが別の場所に行けばよいでしょう。それと、私の横に立たないでいただきたいものです。不愉快です」
 ブリジットと同じケーキを取り分けながら、カルラがつんと答えた。ブリジットより30cm以上低い背は、カルラにとってのコンプレックスだ。隣に立たれるとどうしてもブリジットから見下ろされる形になるだけに忌々しい。
 そのカルラの様子に、ブリジットの眉はいっそうきつく寄せられた。
「カルラってチビのくせにやたら態度でかいし、何かと私の言うことにケチつけるのよね」
「ケチなどと……! だいたい、あなたが自分勝手で落ち着きがなさ過ぎるからいけないのです。舞にどれだけ迷惑をかけるつもりですか? あなたがパウエルの名を名乗っているなんて……」
 カルラの口をついて、いつもの愚痴が飛び出した。
 パウエル家はカルラの代で途絶えてしまい、その家名をブリジットの父が復活させた。同じパウエル家でありながら、カルラが生きていた頃と今のパウエル家とは違う。
 そのこともあって、カルラとブリジットの仲は良い状態とはとても言えなかった。
「何かあるとパウエルの家名がどうのって、私とあんたは血縁者でもなんでもないんだから余計なお世話よ」
 弱い犬ほどよく吼えるっていうあれかしらね、とブリジットは鼻で笑った。
「なっ……」
 カルラは言い返そうかと息を吸い込んだが、ふぅとそれを吐き出した。
「パウエル家の話はよしましょう。周囲に迷惑ですし、お茶もまずくなるというもの」
「そうね。……でもこのお茶は……やっぱり舞の淹れたお茶と比べると落ちるというか、うーん、合わないわよね」
 そう言ってブリジットはお茶のカップを置いた。続いてカルラもカップを置く。
「普段舞が淹れてくれる紅茶が美味しすぎるのでしょうけど、確かに少し違和感を感じますね」
 いつもの紅茶の味が恋しい。
「帰ったら、舞に紅茶淹れてもらおうかなぁ」
「寮に戻ったら舞の淹れた紅茶をよばれたいですね」
 期せずしてブリジットとカルラの言葉が重なった。2人は互いに顔を見合わせ、ふいっと同時に顔を背ける。
 この2人が反発しあうのは、もしかしたら似たもの同士だから……なのかも知れなかった。