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凍てつかない氷菓子

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【十三 破壊の嵐】

 エッツェルが大通りのど真ん中に着地すると、既に周辺はほとんど人気らしい人気は無く、ただ例外的に、風紀委員の護衛部隊や、協力者たるコントラクター達の姿のみが、そこかしこに点在しているといった具合であった。
「き、来た!」
 十七夜 リオ(かなき・りお)の緊張した叫びに、まずフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)が反応した。
 フェルクレールトは即座に飛翔し、大通りの上空を高速で接近しつつある影を、じっと凝視した。
 そのフェルクレールトの左右に、飛空艇を駆るロアとレヴィシュタールが配置についた。僅か三人では、ほとんど防衛ラインの意味を為さないであろうが、しかし全く何もしないよりは、遥かにマシであろう。
「……ミサイルだっ!」
 フェルクレールトが、低く叫んだ。幾つもの円筒が、白い煙を後方に吐き出しながら、宙空の中を一直線に飛んでくる。
「散開だっ!」
「心得た」
 ロアとレヴィシュタールの飛空艇は即座に左右へと距離を取り、残ったフェルクレールトが持てる全ての能力を発揮して、飛来するミサイルを片っ端から迎撃してゆく。
 その間もアイスキャンディは圧倒的な速度で距離を詰めてきていた。ミサイルをフェルクレールトに任せたロアとレヴィシュタールが、アイスキャンディに直接攻撃を加えようと待ち構えた。
 ところが。
「うっ、は、速い!」
 思わずロアが、驚きを隠せずに小さく叫んだ。
 ヘリファルテの速度ならば対抗出来ると踏んでいたロアだが、実際にアイスキャンディのとんでもない高速飛行を目の当たりにしてみると、自身の考えが如何に甘かったかを思い知らされる結果となった。
 一方、リオはアイスキャンディに対してどのように策を講じれば良いか、必死に頭を回転させていた。
 既にルージュから通達があった通り、アイスキャンディの駆るストウにはインフィニットPキャンセラーが搭載されている事実が分かっており、接近されてしまえば、ほとんどの技能は役に立たなくなる。
 かといって、今のリオに出来るのは、アイスキャンディがある程度近づいてくれないとどうにもならない技能ばかりであり、先の戦闘でジレンマに陥っていた杏と、同じ苦境に立たされているといって良い。
(何か……何か策を考えなきゃ!)
 必死に思考をめぐらせるリオだが、どうにも良いアイデアが浮かんでこない。そうこうするうちに、いよいよアイスキャンディが目と鼻の先に近づいてきていた。
 もうあれこれ迷っている暇は無い。とにかく、何かをしなければ。
 その時、不意にリオの隣で、エッツェルの不気味な容貌が呑気に佇んでいた。異形の半身に込められた力を解放し始めたエッツェルは、喉の奥から短い気合の息を漏らす。
「それじゃひとつ、いってみましょうか」

 いよいよエッツェルが、異形の力を駆使してアイスキャンディに対抗しようとしたその時、突然バイクに跨ったひとりの少女が、エッツェルとリオの前に飛び出してきた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 永倉 八重(ながくら・やえ)は、バイク型の機晶姫ブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)に跨ったまま、両腕を左右に大きく広げ、アイスキャンディと対峙しようとした。
 はっきりいって、無謀ではある。しかし、八重には八重の想いがあり、そんな八重の心に、ブラックゴーストは応えてやりたいと思った。
「お願い、止まってください! あなたの話を、聞かせてください!」
 するとどうであろう。
 何とアイスキャンディは、八重の呼びかけに応じるかの如く急ブレーキをかけて、その場でホバリング飛行を始めたではないか。
 八重は、ほっとした表情を浮かべた。
「良かった……まだ、あなたには理性が残されていたのですね」
 僅かに緩んだ八重の頬に、しかし、緊張が走ったのはその直後であった。
 アイスキャンディは両腕の前腕部に装備しているレーザーガトリングの砲口を、ゆっくりと八重の頭上に向けたのである。八重の面が、戦慄に凝り固まった。
 瞬間、レーザーガトリングのオレンジ色の弾道が無数に伸び、八重の頭上を通り抜け、背後のリオとエッツェルに襲いかかった。
 既にアイスキャンディの攻撃を予期していたリオとエッツェルは、横っ飛びに回避しながら、反撃の態勢に入っている。八重は、悲痛な表情でアイスキャンディに問いかけの声を放った。
「そんな……どうしてなんですか!?」
 だが、アイスキャンディは応えない。その禍々しいシルエットは既に八重の前には無く、大通りの上空を自在に滑空して、他のコントラクター達との戦闘に突入していた。
「矢張り駄目だ、八重……あれはもう、言葉でどうこう出来る相手ではない」
 ブラックゴーストの声に、八重は沈痛な面持ちで僅かに俯く。八重自身、何となくこうなるのではないかという、予感めいた思いが無いことも無かったのだが、いざこうして現実に直面してみると、予想以上の落胆が彼女の精神を打ちのめした。
 周囲で激しい爆発音や熱気が渦巻く中、ブラックゴーストは厳しくも優しい響きのある声で、八重を諭す。
「八重……お前が止めろ。止めてやるのも優しさのひとつだ。ただの殺人犯ではなく、開発実験の被害者を、お前の手で止めてやるのだ!」
 ブラックゴーストの声に鼓舞されたのか、八重は意を決した表情で、空中戦を展開するアイスキャンディに強い視線を送った。
「そう、ですね……止まらないなら、止めるまで!」
 その瞬間、八重の全身が魔力の輝きに包まれた。漆黒の髪と瞳は、情熱の炎の色である紅蓮へと変じ、そして八重の纏う制服は、魔法少女の戦闘服へと変貌を遂げた。
「永倉八重……押して参ります」

 エッツェルが、珍しく苦戦している。
 彼の異形の肉体を、アイスキャンディのレーザーガトリングが次々に削ぎ落としていき、その攻撃はエッツェルの再生力を圧倒的に上回っている為、肉の楯としての機能が、早々と崩れてしまったのである。
 その傍らでは、リオが焦燥の色が濃い叫びを放つ。
「フェル! やっぱり、駄目か!?」
 問いかけられたフェルクレールトは、悔しそうに頷いた。インフィニットPキャンセラーの絶対的な防御力を相手に廻しては、如何に強化人間といえども、容易に突破出来るものではなかったのである。
 最早、打つ手無し――そう思われた瞬間、アイスキャンディの舞う宙空周辺を、巨大な火球が数珠状に覆い尽くし、灼熱の渦がストウの装甲表面を僅かに焦がした。
「すまん、遅れた!」
 ルージュ率いる主班が、相当な人数で参戦してきた。
 既に先の戦闘で、アイスキャンディ対策は半ば完成している。後は、ルージュのパイロキネシスによる包囲火球を、他のコントラクター達がどれだけ上手く活用出来るか、であった。
「良い加減、諦めろ、津田俊光!」
 果敢に接近戦を挑む垂は、敢えてその名を呼ぶことで動揺を誘う作戦に出てみたが、どうやらアイスキャンディ側は正体がばれようがどうなろうが、あまり気にはしていないらしい。
 こうなってくるともう、力と力のぶつかり合いである。
 だが、全くの無策ではない。先の戦闘で、理沙が超接近戦を挑んだところ、アイスキャンディが酷くやりづらそうにしていたという旨の報告は、ほぼ全員に行き渡っている。
 今回、その任を請け負ったのは垂に加え、カイと明子であった。
「こうなった以上は、どっちが先に根負けするかだ!」
「上等よ! パラ実の番長がどんなもんか、きっちり教えてあげるわさ!」
 ところが、気合十分なふたりの間に、要がいきなり割って入ってきた。何故かカレーパンを頬張ったままであるが、誰も気にする余裕が無い。
「食い物の恨みは怖えぇんだぞぉオラァッ! お前がッ! 謝るまでッ! 殴るのをッ! 止めないッ!」
 ひとりブチ切れている要。何が彼をそこまで駆り立てるのか。
 恐らく、カレーパンではないだろう。

 だが、これだけの猛攻をアイスキャンディは凌ぎ切った。要の攻撃をかわした直後、アイスキャンディはパイロキネシスによる火球群が途切れた上空に舞い上がり、レーザーガトリングの掃射態勢に入った。
 誰もが拙い、と思った直後。
 レーザーガトリングのみならず、ミサイルやロケット弾が一斉に火を噴き、その場はさながら阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。
「うっ……」
 炎に包まれる戦場の中、ルージュは聞き覚えのある声が間近で唸るのを聞き、一瞬我が耳を疑った。だがその苦悶に満ちた声の主は間違い無く、風紀委員統轄たる媛花そのひとであった。
「と、統轄! どうしてあんたがここに!?」
 だが媛花はといえば、額に脂汗を流しながら、その口元を苦笑に歪めるばかりである。
「部下が苦境に陥っているのを、黙って見ていられなくてね……つい、手を出してしまったよ」
 どうやら媛花は、レーザーガトリングに額を撃ち抜かれそうになったルージュを庇って押し倒したまでは良かったが、その際、自身の左太股を貫かれてしまい、動くに動けなくなってしまったようである。
「誰かっ! 救護を!」
 ルージュの半ば悲鳴に近い叫びに、彩羽と彩華が慌てて駆け寄ってきた。
「うっ……だ、大丈夫なの!?」
 媛花の傷口と、今にも死にそうな程の真っ青な顔色を見て、彩羽はしゃがみ込みながら思わず訊いた。これに対してルージュは、明らかに苛々した調子で短く吼える。
「大丈夫じゃないから呼んだんだ! 後は任せたぞ! 絶対に、統轄を死なせるな!」
 叫ぶや否や、ルージュは圧倒的な火力で猛威を振るうアイスキャンディに向けて、轟然たる勢いで走り出していった。