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リアクション
第3章「青き龍の間」
「うわ、何これ」
青い扉を潜り抜けた如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が開口一番、そうつぶやいた。
彼女の目に広がる光景は、一面の木、木、木。それも林のように真っ直ぐそびえ立っているのでは無く、枝が、果ては幹までもが曲がって入り組むように伸びていた。さながらその姿は東洋の竜だ。
「これじゃあどこに何があるか分かんないね。敵がいたら危なくないかな?」
続けて足を踏み入れた緋王 輝夜(ひおう・かぐや)も先の地形が明らかに待つ者有利である事を危惧する。他の者達も同じ考えのようだ。
「地下二階にこれだけの木があるのは意外だったけど、逆に何か情報が得られるかもしれないわね」
そう言って前に出たのはローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だった。草木と心を通わせる術を得ている彼女は近くの木の幹に手を付くと、この付近を通った者がいないかを尋ねる。
「――そう、有り難う……ここを通ったのは赤い髪の男が一人。さっきの偽者の事ね。でも、奥の木がざわめいてる感じがするとも言っているから、この先に伏兵がいる可能性は高いと思うわ」
「左様であるか、では気配の察知に優れた者が先陣を切り、慎重に進むべきであるな。菊媛、そなたは後備えを」
「畏まりました、ライザ様」
ローザマリアの情報を受け、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が先頭に立つ。彼女の指揮を受けた上杉 菊(うえすぎ・きく)は穏やかな笑みでそれに応えると、弓を手に最後方へと移って行った。
「ライザ、私とジョーはこの辺りに罠を仕掛けておくわ。戦いになった時は上手く使って」
「うむ、任せたぞローザ、ジョー」
「えぇ。ではローザ、始めましょう」
ローザマリアとエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)にこの場を任せ、それ以外の者達が進み出す。人工とも天然ともつかない林は、一行を静かに待ち受けていた。
「朱里、もう少し後ろへ。何があるか分からないからね」
「えぇ、分かったわ、アイン」
道を塞ぐ木を潜り抜けながら、慎重に歩く。その集団のやや前寄りにいる蓮見 朱里(はすみ・しゅり)を護る為にアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が右前方に出た。そして彼と並ぶように無限 大吾(むげん・だいご)が朱里の左前方を歩く。
「今の所敵の気配は無いね。油断せずに進もう」
「そうだな……大吾、ありがとう。君がそちら側を護ってくれるのは心強い」
「気にしないでくれ、アインさん。この場で一番周りを固める必要があるのは朱里さんの所だからね」
大吾が隙を作らないようにしながら二人の方を見る。本来であれば朱里はこの場にいるべきでは無い人間だった。
と言うのも、彼女は現在妊娠四ヶ月で、お腹の中にはアインとの子を宿している為である。
激しい動きが出来ない朱里がここまで来た理由、それは以前の盗賊騒ぎの際、朱里とアインが養子として育てている二人の子供が盗賊退治に関わったからだった。
事情で来られない子供達の代わりに、神殿のその後、そして今回の調査の結果を知る為にこうして無理をしてついてきたという訳だ。
「仮に後ろから来ても、私が抑えれば菊の援護もあるでしょう。戦闘は私達に任せて、朱里は自身の安全を確保する事に専念してくれればそうそう相手の好きにはさせませんよ」
「上もあたいが護るんだよ〜」
アイン達だけでなく、朱里の後方をセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)が護りながら敵の殺気を逃さないように気をつけて歩く。丁度朱里を中心にY字となる布陣だ。
更に上空には箒にまたがった廿日 千結(はつか・ちゆ)が浮いていた。彼女が乗っているのはスパロウと呼ばれる森など障害物の多い場所での飛行を想定した箒で、まだ歩きの速度という事もあって張り巡らされた枝や幹を器用に避けながら進んでいる。
「皆……ありがとう。それからごめんなさい、いつも守られてばかりで。アインにも迷惑掛けて……でも、私は私の方法で皆を守るから」
杖を握り締めて朱里が言う。当然直接的な戦闘は出来ないが、それでも回復などを中心に周りを援護する気持ちだけは十分にあった。
敵の気配を探りながら進んでいたのはアイン達だけでは無い。グロリアーナ達はもちろん、それ以外の多くの者が慎重に進んでいた。そんな中――
「ふっ……部屋といえど、この空間は一種の洞窟。であれば洞窟探検の第一人者、スペランカーであるこのわしに任せるのじゃ!」
慎重かつ大胆かつ大胆かつ大胆に天津 麻羅(あまつ・まら)が前に出る。そんな彼女をティー・ティー(てぃー・てぃー)と水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が心配そうに見守っていた。
「あの、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「う〜ん……まぁ何があっても問題無いでしょ、麻羅だし」
根拠の無い結論を出しながらも周囲の地形や情報についての記録をテクノコンピューターに記録している緋雨。彼女に情報を与える為、麻羅は自身の知識をもってこの部屋についての推測を行おうとしていた。
「しかしこの場所は……アレじゃな」
「知っているの? 麻羅」
「そう、ここは縁結びで有名な武信稲荷神社にある小さな社の一つ……」
武信稲荷神社とは地球、日本の京都にある神社で、そこには樹齢八百年を越える榎がある。『えんの木』とも呼ばれるその木には弁財天が宿っているとされ、それを祀る末社の宮姫社は縁結びの神、恋愛の神としても知られている。
「つまり、この中には縁結びを求める者が――!」
振り返り、一行の中から恋愛に関係ありそうな男女を探し出そうとする麻羅。そんな彼女に向け、突如一本のダガーが飛んできた。
「ぬわーーっっ!!」
「麻羅ー!?」
「麻羅さんっ!?」
緋雨とティーの声が響く。ダガーの直撃を受けた麻羅は倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
余談だが、十分な準備を行った洞窟探検者の事は『ケイバー』と呼び、スペランカーは『無謀な洞窟探検家』を意味する。
【天津 麻羅】残機:4/5
「と、とりあえず麻羅を下げないと!」
「私も手伝います! 皆さん、すみませんが後をお願いします」
二人掛かりで麻羅を持ち上げ、入り口側へと連れて行く。そんな緋雨達を見送りながら、他の者は奇襲を行ってきた相手に対し、強い警戒を行っていた。
(まず一人。悪く思うなよ……こちらも仕事なのでの)
木々の間から辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が運ばれていく麻羅を見る。彼女の後ろでは大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)が感心した様子で刀を握っていた。
「さすが、陰からの暗殺はお手の物か」
「あの程度は容易い事じゃ。じゃが、他の者はそう簡単にはいかんぞ」
「あぁ、かなりこっちを警戒してるみてぇだからな。まぁ……だったらこいつらを使うまでよ」
「そうじゃの。せいぜいわらわ達の役に立って貰うとしよう……」
二人の視線が後ろにいる男達を捉える。そこにいる人物、『複製体』達は刹那達の言葉に応えるように散り、相手を迎え撃つ為に動き出した。
「さて、俺達もやるとするかね。クク……せっかくの戦いだ。楽しく殺ろうぜ?」
鍬次郎のつぶやき。それはとても静かな、戦いの開始を告げるゴングだった。
「麻羅さんが襲われたみたいです。透矢さん、花梨ちゃん、玲奈さん、気をつけて行きましょう」
火村 加夜(ひむら・かや)が近くにいる三人に警戒を促す。相手が動き出した以上、じきにこちらにも攻撃があるだろう。そう思った彼女だが、警戒は早速活かされる事となった。
「! 透矢さん、上です!」
木の枝を足がかりに近づいてきた男が急降下し、篁 透矢(たかむら・とうや)に向けて剣を振り下ろす。加夜の声でその存在に気付いた透矢は素早く前に動いて攻撃をかわすと、その反動を利用して後ろ回し蹴りを繰り出した。反撃は剣の側面へと当たり、相手を僅かに後退させる。
「中々やるね。そっちのお嬢さんがいなければもう少し上手く行ってたんだけど」
「エース? ……いや、エースはこっちには来てなかった。という事は最初の大樹と同じで偽者か」
透矢と対峙する相手、それはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の複製体だった。融合によって奇襲の力を得た彼はそれが防がれた事を確認すると素早く跳び上がり、枝の一つに乗る。
その枝に乗っているのはエースだけでは無かったもう一人、七枷 陣(ななかせ・じん)の複製体もこちらを見下ろしている。
「もう少しやったな。けど、もう少し上手いやり方があったように見えたけど?」
「仕方無いだろう。お嬢さん方に余り乱暴な事は出来ないからね」
エースがやれやれと首を振る。複製の基となったエースは女性を尊重する人物なので、複製体として生まれた彼も同じ思考を持っていた。
ちなみに透矢以外にも当然男は来ているのだが、アインと大吾は妊婦である朱里の護衛をしているから狙う訳にはいかないし、他の男性陣はこちら側の因縁がありそうな相手と戦っている。その為エースは消去法として透矢と戦いに来たという訳だ。
「そういう事でお嬢さん方、出来ればこのまま大人しく帰って欲しいかな。来る以上は相手せざるを得ないから」
「俺も同じ考えやな。というかあいつ、女三人引き連れてハーレムか……何や、めっちゃムカついて来たわ」
透矢にとって篁 花梨(たかむら・かりん)はパートナーかつ家族だし、加夜は花梨と共に親友の間柄。玲奈も以前一度同じ冒険を行った仲間という事で三人とも恋人と呼べる関係では無いのだが、それを知らない陣は男の敵とばかりに透矢を睨んでいた。
ちなみに、本物の陣には恋人が二人いたりするのだが。
「んじゃ、倒す相手は決まりという事で……攻撃開始や!」
陣が枝を伝って更に奥へと行ってしまう。すると突然、木を越えて超能力の刃が襲い掛かってきた。
「くっ! こいつは」
「透矢さん!」
肩口を斬られた透矢を花梨が素早く癒す。その間にも玲奈と加夜は攻撃が来たと思われる方向を注視していた。
「木は切られてないし、矢が飛んできた訳でも無い……これってやっぱり?」
「はい、真空波だと思います」
真空波は斬る物と斬らない物を発動者自身が選択出来る。その為木をすり抜けて直接透矢を襲う事が出来たという訳だ。また、すり抜けられるという事は女性陣が透矢の周囲を囲んで相手の攻撃を防ぐ、といった戦い方も使えない事を意味する。
「向こうがそう来るならこっちもお返し。ここは私に任せて!」
自信ありげに前に出した玲奈の手に、光が集まる。その光は次第に形を成して行き、最終的に光の投刃、ラスターブーメランの姿となった。
「すり抜けられるのは真空波だけじゃないよ! これでっ!」
玲奈が身体を捻り、思い切りラスターブーメランを投擲する。木々を通り抜けた光の刃は直接陣へと襲い掛かり、彼の攻撃を止める結果となった。
「今のうちに行きましょう。透矢さん、私が道を作りますね」
真空波が止んでいる間に加夜が逆に真空波を放つ。それは陣を切り裂くものでは無く、途中にある木の枝を払い落とすものだった。相手も自由に動き回れるようになっては困るので最低限の場所だけ枝を払うと、龍鱗化で身体を強化してから一気に通り抜ける。
「皆さん、切った枝で怪我をしないように気をつけて下さいね」
透矢、玲奈、花梨の順でそれに続き、四人が陣とエースのいる場所へと躍り出た。先ほどの場所よりは視界が開け、戦いやすくなっている。
「まずは陣から何とかしよう。加夜、エースを抑えててくれるか?」
「分かりました。これで……行きます!」
エースに向かって氷術を放つ加夜。その隙に透矢は陣の所へと向かい、玲奈のラスターブーメランを回避し続ける彼へと攻撃を仕掛けた。
「倒せばあの偽大樹のように消え去るんだろうな。悪いが……仕留めさせて貰う」
「ちっ、やられる訳には行かんで!」
拳が当たる直前、陣は皮膚を硬質化させる事で透矢の攻撃を真正面から受け止めた。加夜の特性が融合された事による龍鱗化だ。
「物理耐性持ちか……厄介だな」
素早く下がる透矢。そこに加夜も戻って来た。その先にいるエースは加夜の氷術を受けたはずだが、動きを押さえるまでには至っていない。
「あのエースさん、魔法耐性が強くなってますね。逆になりましょう」
「分かった。俺がエースを抑えておくから、陣は加夜と玲奈で頼む」
「任せて! 二人で一気に行くよ!」
「はい、玲奈さん」
加夜が飛行翼を展開し、陣へと向かう。対する陣は融合したダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の力を利用し、左手からカタールに似た剣型の光条兵器を生み出した。更に自身のヒロイックアサルト『クウィンタプルパゥア』によって各属性の魔力波が合体し、光輝としての力を持つ光条兵器の輝きをより一層強くする。
「こんなとこから落としたく無いけどな……大人しくしぃ!」
攻撃を続けざまに繰り出し、加夜の飛行翼を断とうとする陣。だが、左手側に生み出された光条兵器は利き手が逆となる彼では扱いが完璧では無く、加夜の立ち回りもあって中々命中させる事が出来ない。加えて加夜は自身の幻影を周囲に生み出しているから尚更だ。
「いくら強い力があっても、それを使いこなせなければ意味はありません……玲奈さん!」
「オッケー!」
牽制の為に投げていたラスターブーメランを手に取り、玲奈がこれまで以上にしっかりと狙いを定める。再び放たれた光の刃は、地上から陣へと襲い掛かった。
「なっ、あかん!」
下からの攻撃に対し、陣がとっさに光条兵器で迎撃する。だがそれは、上が隙だらけになる事と同義だった。
「これで終わりです! 偽者はいなくなって下さい!」
「ちょ、待っ、うぉぉぉぉおお!?」
加夜の手が陣を捉え、そこから高温の炎が発せられる。それにより陣の身体から魔力が流れ出し、まるで溶けるかのように消えていった。
「まず一人。次はあっちね!」
対象が消えたのを確認し、玲奈がもう片方の相手へと走る。そちらでは透矢とエースによる接近戦が繰り広げられていた。
「さぁ、これでどうかな」
「おっと! 偽者は見た目以外の力が混ざってるみたいだけど、このエースは随分バランスが良いみたいだな」
連続して繰り出されるソニックブレードを避けながら透矢が相手の力を見極める。エースはこの攻撃に加え、雷を纏った一撃を喰らわせようと積極的な攻勢に出ていた。おまけに透矢が足場にしている枝に破壊工作を行う事で透矢の持ち味である機動性を奪っている。
(向こうは片が付いたか……よし)
透矢が地上に降り、相手を誘き寄せる。それに乗って降りてこようとしたエースに対し、いきなり遠当てを放つ事で剣を弾き飛ばしてみせた。
「やるね。でも、格闘戦が出来ないと思ったら大間違いだよ」
素早く左右の拳を繰り出すエース。融合した事によって得た鳳凰の拳が透矢を狙う。
「手さえ出してくれば……こっちのものさ」
それに対し、透矢は受け止める事で応じてみせた。いや、止めるだけでは無い。相手の拳を掴んで逃げられないようにしている。
「隙有り! これで……最後だよ!」
次の瞬間、エースの身体を槍が貫いていた。魔法耐性がある事を認識していた玲奈は走りながら槍へと持ち替え、攻撃の隙を伺っていたのだ。先ほどの陣同様エースの身体からも魔力が流れ出し、まるで最初からいなかったかのように消え去ってしまう。
「他にもこんな偽者がいるのかな。急いで皆を助けに行こうっ」
玲奈の言葉に加夜達が頷く。四人は再び周囲を警戒しながら、木々の間を抜けて行くのだった。
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