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契約者の幻影 ~暗躍する者達~

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契約者の幻影 ~暗躍する者達~
契約者の幻影 ~暗躍する者達~ 契約者の幻影 ~暗躍する者達~

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第3章(2)

「朱里、君はここに」
 各所で戦闘が始まったのを受け、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)幹が集中して特に入り組んだ所に隠れる。アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は近場の警戒を仲間に任せ、ノクトビジョンを使用して特に怪しい暗がりを中心に調べ始めた。
 するとそこに、三つの影が見えた。その影はこちらが気付いた事が分かったかのように、ゆっくりと姿を現す。
 一人はリネン・エルフト(りねん・えるふと)。もう一人は緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)。この二人は一緒に調査に参加し、別の場所に向かったのを確認済みだから複製体だろう。そして最後の一人が――
「あれは……三道 六黒(みどう・むくろ)……!」
 何度か姿を見た事のある無限 大吾(むげん・だいご)がその名をつぶやく。普段、強力な相手としてこちらに立ちはだかる事の多い六黒の存在に、一行はより警戒心を強くする。
「これは随分大変な戦いになりそうだな……セイル、アリカ、出来るだけ向こうを攪乱してくれよ」
「朱里に近づけない事が最優先ですね。ではアリカ、行きますよ」
「うん! 皆の為に頑張るよ!」
 大吾とアインが盾を構え、防御優先の行動を取る。その間を縫って西表 アリカ(いりおもて・ありか)が飛び出す。当然ながら迎撃の構えを見せる敵側の三人。そこに、アリカの突撃にタイミングを合わせてセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)が加速ブースターで突撃して来た。
「さぁ、行くぜ虫けら共……地獄って奴を見せてやるぜ! クククッ……アハハハハッ!」
 すっかり戦闘モードに入り、人格が豹変したセイルがソニックブレードを放ち、同様にアリカが乱撃を行う。散った相手に対し、アリカはまずリネンに狙いを定めて追跡する事にした。
 
「待て待てー!」
 超感覚を発動して木々の間を素早く駆けるアリカ。だが、リネンも同様にフゥ・バイェン(ふぅ・ばいぇん)の虎耳と尾を生やした姿で同じスピードを保っている。
(向こうも速い……もう少し離せたら狙えるけど……)
 手にある武器は剣と銃。本物のリネンはこれを器用に操って遠近両方の戦いに対応している。だが、不完全な複製体であるリネンはその技能までをコピーする事は出来ていなかった。剣を持つアリカが相手であれば銃で相手をした方が良いのだろうが、こう走りながらでは木々に当たってしまうし、立ち止まって狙いを定めるにはもう少し引き離さないと安心出来ない。
 そんな葛藤の中、突如木の間からライフルの弾が飛来し、剣が弾き飛ばされた。その狙撃は正確で、相手が落ち着いた状態から狙っている事が分かる。
(伏兵がいる……まずはそちらを何とかしないと)
 不完全である代わりに歴戦の武術を継いだリネンは落ち着いて狙撃された方へと狙いを変える。もちろん出来る限り木々を盾にして、狙撃を防ぐ事も忘れない。
(あの対応の早さ、やるわね。その辺は本物に似たのかしら)
 何度目かの狙撃を幹によって邪魔された事でスナイパーライフルのスコープから目を離し、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が賞賛する。彼女は罠を仕掛け終わった後、空飛ぶ魔法によって天井近くまで移動してこっそりと潜伏していた。そしてアリカがリネンを追いかけているのを見て、援護射撃を始めたのだ。
(他にも敵がいるなら罠は温存した方がいいわね。あの娘と協力して接近戦……それで行きましょうか)
 武器をグルカナイフ型の光条兵器に持ち替え、リネンの行動を予測して先回りする。そのままアリカと挟み撃ちをするポジションから接近し、一気に攻撃を始めた。
「さぁ、一気に行くわよ」
「回り込まれた!? でも……!」
 奇襲に気付いたリネンが反転し、クロスファイアを放つ。同時にローザマリアもアクセルギアの効果を発動し、ギリギリの所でそれを回避した。
「いた! もう逃がさないよ!」
 逆方向から来たアリカが今度は実力行使に出る。そのままリネンを掴まえ、近くの木に押さえつけた。そこにローザマリアが光条兵器を突き刺し、リネンの身体から魔力を失わせる。
「これで終わりだね。本当のリネンさんはもっと強かったから、この偽者ってやっぱり強くは作れないのかな?」
「少なくとも融通は効かないみたいね。彼女は空賊。得意である空がこの状態じゃ、本当の実力を出せる訳が無いわ」
 二人がいるのはこの部屋の中でも特に枝が入り組んでいる場所だった。地上を走るならともかく、空中戦を行うには地形が悪すぎる。ましてやリネンは、剣と銃の使い分けといった本物が持つ力を受け継いでいなかったのだから。
「ところで、ライザ達は別の場所?」
「あ、うん。あと二人敵がいるんだよ。早く行こうっ」
 
 
「では、やらせて頂きます」
 遙遠が一対の黒き翼を羽ばたかせ、戦場を駆ける。この翼は本来飛行用ではなく、実際に使用しても何とか飛べるかどうか、といった所だ。その為本物の遙遠は地獄の天使によって生み出された物と合わせて二対の翼として扱うのだが、この遙遠にはそちらを生み出す力は無いようだった。その代わりに――
「くっ、速い! アインさん、気をつけて!」
「あぁ。油断すると切り裂かれそうだ」
 大吾とアインが間を通り抜けていった遙遠を捕り逃す。六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)の力を得た遙遠はバーストダッシュを使う事により、木々の多いこの部屋ではむしろ空を飛ぶよりも効果的な攻撃を行っていた。更に凪百鬼 白影(なぎなきり・あきかず)のサイコキネシスも取り込んでいる為、手で操る以上に柔軟な動きをしている事も二人が苦戦する理由となっていた。
「本物の遙遠さんなら戦わなくて済むのに……」
 木に隠れながら朱里がつぶやく。遙遠は興味が無い物にはとことん無関心だが、その反面友や仲間を大切にする気持ちが強い男だった。なのでもし目の前にいる遙遠が本物であったなら、友人である朱里が呼びかければ戦いを止めてくれた事だろう。
 だが、残念な事にこの場にいる遙遠は創られた存在だった。おまけに彼の身体からは闇の気が漂い、更に冷酷な面を強くしている。こうなっては説得など通用するはずもなく、今はただ、攻撃が朱里に及ばないように気をつけて戦うのみだった。
 
 一方、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)六黒の相手を務めていた。
 六黒は本物が持つ防御的な技能を受け継いでいない。反面、攻撃的な技能を融合によって手に入れ、ただでさえ強力な一撃が更に強化されていた。中でも特徴的なのは、ソニックブレードを得意とする者の力を二人分受け継いだ事だ。
「わしの道をぬしらが止められるか否か……その身で証明してみせよ!」
 振り下ろされた剣から衝撃波が発せられ、目の前にあった大木すら貫通するほどの威力を見せる。その一撃により、切れ目にそって崩れだした大木が周囲の木を巻き込んで倒れていった。六黒の攻撃――さながら、倍撃ソニックブレードとでもいうべきか――を見たグロリアーナが眉をひそめる。
「この威力……あやつが人外の力を手に入れたのか、はたまたあやつ自身が人外であるのか……いずれにせよ、さぁ、妾と踊るには何とも無粋な力よ」
「ライザ様、わたくしにお任せを」
 そこに上杉 菊(うえすぎ・きく)の声が聞こえてきた。見ると彼女の周囲には炎と氷、光と闇といった対となるエネルギーが輪を描いている。
「わたくしの魔技とこの技……掛け合わせる事により、最大の効果を発揮致します」
 光と闇がぶつかりながら菊へと力を宿し、更に炎と氷が互いを打ち消しあわずに指先に止まった。菊はその狙いを六黒へと定め、放つ。
「『龍虎双剋』……お受け下さい」
 凍てついた炎は一直線。六黒が切り開いた道を抜けて彼へと直撃した。相手がダメージを受けている隙に、今度は弓を構える。
「ライザ様、今のうちに朱里様をこちらに。間もなくジョー様もいらっしゃるはずです」
「うむ。朱里よ、参るぞ」
「はい、ライザさん」
 六黒が木ごと攻撃をするのであれば、この辺は最早安全とはいえない。その為朱里は更に後方へと下がる必要があった。菊が六黒を抑えている間にそれを行おうとするが、そこに上空にいる廿日 千結(はつか・ちゆ)の声が聞こえて来た。
「むむ、邪気だよ。皆、危ないんだよ〜」
「何……そこか!」
 グロリアーナがとっさに剣を構え、防御の姿勢を取る。すると丁度そこに、最初に攻撃を仕掛けてきた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)のナイフが飛んで来た。
「……もう少しだったのじゃがな。勘の良い奴もいよる」
 投擲した主である刹那が一瞬だけ姿を現し、再び消える。遙遠六黒だけでなく、刹那の奇襲にも気を配る必要が出来たグロリアーナ達は、早急な対処を迫られていた。
 
 遙遠六黒、そして刹那を同時に相手しながらグロリアーナ達が後退する。どれだけ攻撃を防ぎ続けてきただろうか、いつしか彼女達はローザマリア達と別れた地点まで戻ってきていた。その先にエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)の姿が見える。
「ライザ」
 エシクが微かに頷く。それだけで意思疎通を図ったグロリアーナは最前線で攻撃を受け止めている大吾とアインに呼びかけた。
「そなたら、よくぞ耐えた。さぁこちらに参れ」
「分かった! アインさん、下がりましょう!」
「了解だ。1、2……3!」
 タイミングを合わせ、盾を構えていた二人が一気に後退する。その間隔を詰めるように、複製体の二人は更なる力を解放した。
「逃さぬ……わしの渾身の一撃、受けてみるが良い!」
 六黒は相手を一刀の下に両断する強力な一撃を。
「黒翼よ……風を受け、地を駆ける速さを」
 遙遠は融合した夏侯 淵(かこう・えん)のヒロイックアサルト『疾風』を使い、一直線に迫ってくる。
 ――二人が大吾達に迫ろうとした瞬間、風鈴の音が響いた。それを受け、エシクが仕掛けていた罠を起動する。
「刃は貴方達だけの物じゃ無い……これで」
 発動した罠、それはナラカの蜘蛛糸による捕縛だった。完全に拘束する事は出来なかったものの、鋭い刃物のような特性を持つ糸の効果で、六黒達の動きが鈍る。
「この程度でわしを捕らえるなど――」
「――ならこいつも喰らいなっ!」
 隙を逃さないようにその場にいた全員が反撃を開始した。いつの間に木の上に登っていたのか、セイルが六黒の頭上に降下すると、思い切り足を振り下ろし、相手の肩口に脚部装甲に付いている固定用スパイクを打ち込んだ。
「ぬぅっ!?」
「私の砲撃でもビクともしないくらいしっかり固定させるスパイクだ。痛いなんてもんじゃ無いだろ? ハハハッ!!」
 本物である六黒の意志の強さを受け継いでいるのか、それでも倒れこむ事はせずしっかりと立っている六黒。彼に止めを刺すべく、上空から箒に乗った千結が続いて降下してきた。魔力を覚醒させているのだろう。赤い瞳が更に紅くなっている。
「あたいの全魔力、プレゼントするんだよ〜」
 零距離からの火術。紅が千結から六黒へと移り、その身体が燃え盛る。そして正面にはブリタニアとタイタニア、二振りの剣を手にするグロリアーナの姿が。
「そなたの武、見事であった。だが、そなたの道に先は無い……これまでの道を得ていないそなたではな」
 六黒が本物では無い事を戦い方で察したグロリアーナが雷を宿した剣を振るう。千結の炎でダメージを負っていた六黒は成す術も無く倒れ、そのまま消えていった。
 
 もう一人、遙遠も最期を迎えようとしていた。闇黒の力を手に入れ、強化されていた遙遠。だが、それ故に弱点を抱える事となっていた。
「参ります」
「ここで決める。皆を、朱里をやらせはしない!」
 七支刀型光条兵器『デヴィースト・ガブル』を振るうエシクと光の拳を放つアインの攻撃が重なる。その攻撃は遙遠に的確なダメージを与え、これまで変わらなかった表情を微かに歪めさせていた。
「くっ……ならヨウエンの全ての力で……!」
 遙遠の力にはまだ先があった。封印を解く事により、自身の攻撃力を更に強化する物だ。だが、遙遠が糸を振り切って攻撃を行うより早く、大吾が大型銃、インフィニットヴァリスタを持って突撃する。
「チャンスは逃さない。俺の全力をぶつける!」
 インフィニットヴァリスタには先端に銃剣が付いている。大吾はそれを遙遠に突き刺すと、止めとばかりに破邪の力を宿した銃弾を発射した。
「喰らえ! シャインニングレーザー!!」
 光が遙遠を突き抜け、闇の力を消し去っていく。次第に光は全身へと渡り、周囲が元の明るさに戻った時には遙遠の姿は完全に消滅していた。
 
「あ、大吾〜! 皆〜! そっちは大丈夫?」
 光で場所が分かったのだろう、アリカとローザマリアがこちらにやって来た。その表情は明るく、追って行った複製体との決着がついたであろう事が大吾達にも分かった。
「こっちも複製体の二人は倒したよ。でも気をつけるんだ、あと一人――」
「! 皆様、上です!」
 大吾の声を遮り、菊が矢を放つ。それと入れ違い様、朱里に向けて一本のダガーが飛んできた。
「朱里!」
 アインがとっさに朱里の前に立つが、先ほど光の拳を放つ為に槍と盾は手放してしまっていた。だが、アインは避けようともせず、身体を張って朱里を守り抜く。
「アイン!」
「大丈夫だ、朱――ぐっ!?」
 ダガーのダメージ自体は軽微のはずだが、アインはその場に片膝をついてしまった。表情を見る限り、ダガーに毒が塗られていたらしい。
(ふむ、狙った相手という訳では無いが、まぁよかろう。わらわの仕事はあくまで時間稼ぎじゃからの。あの複製体とやらもやられておるし、報酬分は働いたじゃろ……潮時じゃな)
 ダガーを投げた主である刹那は、状況を冷静に判断してそう結論づけた。あくまで依頼を受けたに過ぎない自分にはこれ以上のリスクを冒してまで戦う理由は無い。結論が出たなら即行動。刹那はすぐそばの木に刺さった矢を一瞥すると、気配を消して素早く立ち去って行った。
「気配が無くなりました……どうやら撤退したようですね」
 矢に続き、ブリザードを放とうとしていた菊が溜めた魔力を消し去る。他の者達も同様に気配を感じられなくなったのか、次々とアインの下に集まって来る。
「アインさん、大丈夫かい?」
「あぁ、念の為に解毒術を覚えてきて良かったよ」
 自身の力で解毒を行いながら大吾に答えるアイン。その隣では朱里もキュアポイゾンを使い、夫の身体を癒していた。
「アイン、本当に大丈夫? 無理だけはしないでね」
「大丈夫だよ朱里。僕は倒れない。君と……子供達を護る為なら、どんな事があってもね」
「もう……でも、ありがとう……」
 二人が微笑む。再度の奇襲を警戒しながらも、他の者達は夫婦を見守り続けていた。