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リアクション
●彼女に新たな絆を・3
今日のバロウズは気持ちが明るい。
こうして、自分の姉妹(シスター)たるクランジの一人とともに、夏祭りを楽しめるのだから。
といっても、ここに至るまでには数々の悲劇があったのは事実だ。
それを思い出させないよう、アリアはひっきりなしにバロウズに話しかけていた。
「あのね。『七夕』ってのはほんとうは、『たなぼた』という言葉がなまったものなの。なぜって? その理由を説明してあげるわ」
もちろん大嘘を言うつもりだが、嘘は大きいほど良いと、どこかの独裁者も言っていたわけなので堂々としておくことにする。
「一年に一度しか会えない織姫と彦星。しかもその二人はいっつも働いてばっかりで、お菓子もロクに食べれなかったの。だから二人は切実な願いを込めて、天の川の近くにある笹に『お菓子食べたい』って短冊をつるるしたわけ。そうしたら神様の棚からぼた餅が落ちてきて、それを二人で美味しく食べましたとさ」
「え、神様の棚……? 神棚?」
バロウズが怪訝な顔をするが、ここは押し切っておきたい。
「そうよ! 願い事を短冊につるせば、労せずラッキー! つまり『たなぼた』こそが『七夕』の発祥だったのよ!」
キリッ、といい顔で言い切った。
いいんだこれで。
「そうだったんですかぁ……」と、バロウズが納得顔をしているからいいんだ。
彼が悲しんでいなければ、それ以上は望まないアリアなのである。
不思議だ。
リーズは思う。
かつて、敵として相対し、ファイスの死因を作ったクシー。
その彼女と……正確には同一人物にならないかもしれないが、仮にもクシーの頭部を持つ彼女(空)と、こうして自分はともに祭の会場にいる。
それどころか、彼女を楽しませようと色々話しかけている。
(「ボクは、クシーと会いたいんだろうか……」)
たぶん、そうだ。どうしてという理由を突き詰めていくときりがない。理由なんてないんだろう。
(「強いて言えば、縁(えん)かな」)
かつてリーズたちは、クランジΨ(サイ)を倒した。ただの敵として破壊した。
それはきっと、縁がなかったからだと今では思える。
クランジΦ(ファイ)と呼ばれていたファイスが、縁を作ってくれたのだろう。だからクシー、オミクロンとも縁ができたのだろう。
真奈も似た気持ちだった。だからこそ、反応が薄くとも空に、空の星々を教えている。
「見えますか、あれが射手座です」
話しながら真奈は、ファイスと出逢ったときの事を回想していた。
ファイスも最初は反応が薄かった。
けれどファイスは最期の瞬間、真奈に教わった干潟星雲の知識を、語りながら散っていったそうだ。
黙って彼らの姿を見ていた磁楠は、はじかれたように腰の武器に手を伸ばした。
(「迅い――!」)
一歩遅れた。
刺客と思わしき姿が忽然と人混みから出現、跳躍して大黒空の背後を取ったのである。
私としたことが、磁楠は臍をかんだ。
だが直後、それが刺客ではないと知ってやや安堵した。
けれど緊張は抜けない。抜かない。
ローザマリア・クライツァールが背後から空を拘束し、その喉元に銃を突きつけているのだ。
「大黒澪は死んだわ。あの時――教導団の眼を逃れ、何も無い棺に澪の尖り帽子を入れて、密かにザナ・ビアンカに埋葬したのは私だもの。答えなさい。貴方は、誰なの……?」
「しまった……」
グロリアーナ・ライザは舌打ちしている。事情を説明せずローザを連れてきてしまった。とすれば彼女が、あのような行動に出るのは当然だろう。
「聞いて下さい!」
朝斗は武器をすべて足元に落とし、丸腰で空とローザに近づいた。
「早まっては駄目です!」バロウズも、
「マジ頼む! 信じてくれ!」陣も、続く。
スカサハは何も言わなかったが、すがるような目でローザを見ていた。
「……」
ローザマリアは警戒姿勢のまま四人を見回し、「続けて」と言った。
かくて朝斗の口から事情が語られた。
「……その話、信じてもいいわ」
ローザは銃をしまって、空を解放した。
「あなたが……澪じゃないなんて……」
言いながらローザマリアは、大黒空の姿を上から下まで眺めた。しかし、
「これは何?」
と目を止めて、首に巻かれていた小尾田真奈お手製の黒いチョーカーを外した。
稲妻が走ったような、痛々しい縫合痕が現れた。緊急手術の代償である。
その間、空はぼんやりとローザを見ているだけだった。
「見るに堪えないわね、まったく――そんな大きな傷跡、隠し通せるものではないわ。私が、完全に生れ変らせる……貴方を一人の機晶姫に、ね」
ローザマリアは腰のポーチに手を伸ばし、そこからクリーム色した絆創膏ないしパックのようなものを数枚取り出した。
「ずっと研究していたものよ。機晶姫用の人工皮膚。とくに、あなたたちクランジは人間が改造のベースになっているから、合成には手間取ったけど」
パックに持参の液体を染みこませ、空の首の傷痕に貼り付けていく。すべて貼ってしまうと、今度は包帯を巻いて、最後にチョーカーをもう一度つけた。
「24時間は包帯を取っちゃ駄目、あとは、少しずつその人工皮膚がなじんでいくわ。一週間もする頃には、傷痕は消えているはずよ」
「御方様が研究されていたのは、このようなものでしたか……」
「最初は、澪に使ってあげるつもりで考えていたんだけどね」
というローザの声は沈んでいた。
彼女が『大黒空』と呼ばれていることを知ると、ローザはポツリと言った。
「何か物足りない気がする……その名前にけちをつけるつもりはないのだけれど」
そうね、と彼女が
「――大黒美空(おぐろ・みく)。私ならそう名付け、呼びたいの。よければ一文字、加えさせてもらえない? 澪の頭文字の『M』は、彼女が生きた大切な証として残したいから」
「賛成であります!」
スカサハが手を挙げた。
「澪様の『み』に、クシー様の『く』、両方残っているであります!」
「だったら、みくちゃんになるのかな?」
リーズが問うと、
「そうだな。最初の案も残るし、澪の魂も残る……そうしようか」
陣も、悪くないと答えたのである。
そのときだった。絹を裂くような悲鳴が聞こえたのは。