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●Greatest Day (prologue)
昼間の熱気が少しずつ、紅みがかった白い手を引いていくのが判る。
まだ爪痕のように熱気の残るなか、ひとり、きびきびと働く姿があった。
糊の利いた黒のスーツを着込み、眩いばかりに白いシャツを襟元からのぞかせている。いくら夕刻とはいえ真夏七月のこの季節、この気温というのに、その人物は涼やかな顔をしていた。加えて白い手袋までしているではないか。しかし動きには何ら無駄がなかった。
なぜならその人は執事だから。
執事たる者、常に平静に。
常に凛然として、かつ、穏やかに。
それでいて仕える相手に、来客に、最高の時間を提供しなければならない。
執事の名は本郷 翔(ほんごう・かける)、小柄ながらすっくと立つ姿は惚れ惚れするほど清らかで、優雅な足取りはワルツを舞うかのよう、しかしながら決して目立たず、設営を行う者たちの邪魔にもならず、限りなく最高に近い仕事ぶりをしている。
翔の仕事は会場スタッフだ。準備の段階から翔は現地入りして環境を整えているのだった。そればかりではなく翔は、閉会になるまで、ずっと働きたいと自ら望んでいた。
やがてペールブルーの宵闇が、昼間のオレンジに取って代わる頃、すべての準備は整った。
笹がほうぼうに立てられ、緑葉を垂らしていた。
様々な看板を持つ屋台も軒を連ねていた。
提灯を中心とした控えめの明かりが、ぼんやりとした光をなげかけ幻想のテイストを加えた。
夏祭りそのものといった姿だが、それが不思議と安っぽくなく、華やかで、一夜の夢のようにまとまっているのは、翔の手腕が反映された結果といえよう。
翔は顔を上げた。
両脚を揃えて一礼する。形のよい唇に、うっすらと笑みを浮かべてもいた。
「ようこそ、お待ち申し上げておりました」
主賓たる各校校長や、彼らを先導する山葉 涼司(やまは・りょうじ)の姿が見えたのである。
(「執事としての技量を駆使することで、皆様が楽しんでくれるのであれば……」)
彼らを案内しつつ翔は思った。
それに勝る喜びはありません――と。
「佳い夜を」
翔はそっと付け加えた。
翔にとっては忙しく、しかれども充実した夜になることだろう。
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