First Previous |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
Next Last
リアクション
●火花に雷光、星光
ここからなら、祭の会場が一望できる。
蒼空学園。校舎のひとつの屋上に緋山 政敏(ひやま・まさとし)の姿があった。
彼は一人だ。カチャカチャと音を立てて白い望遠鏡を組み立て、設置していた。趣味のレベルとしては最上級の大きな望遠鏡だ。カンテラを複数置いて光源にしている。
「出会いがあれば別れもある。俺達の進む道が違ってきたってだけの話なんだろう……」
言葉が口をついた。
誰に向けて言ったものでもない。独り言だ。
哀しみでも怒りでもない。ただ、愁いに似た感情が、彼の目には表れている。
言葉は、夏の空気に溶けて消えた。
政敏の背後で扉が開いた。
「よう」
振り返った彼は、久我 浩一(くが・こういち)に手を振った。
「兄貴。今日はまたどうして、屋上に……?」
政敏は実の兄ではないものの、敬愛を込めて浩一は、彼を『兄貴』と呼んでいる。
浩一だけではなかった。政敏のパートナーであるカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)とリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)も扉をくぐった。浩一のパートナー希龍 千里(きりゅう・ちさと)も一緒だ。
「まあなんだ。ちょっと趣向の異なる祭をやってみようと思ってな」政敏はにやりと笑って、「先に言っておくが、決してこの望遠鏡を使って恋人達の『逢瀬』を覗く訳じゃないぜ」
「えっと、女性陣の前でそういう事を堂々と言うのは……駄目、じゃないかな?」
浩一はばつが悪そうに頬をかく。千里は、じろりと冷たい目で政敏を見据えた。
「ははっ、まあカタいこと言うなって。大人のジョークってやつさ。実際は、浴衣の美女たちと共に天体観測といきたいわけだ。似合ってるぜみんな、リーンもカチェアも、千里さんも」
「ま、お世辞だとは思うけどありがとう」
リーンは黒地の浴衣姿だった。柄は、淡い緋の花が散らしてある。薄い紺色の帯が大人っぽい。
「素直に喜んでおきます」
照れくさそうにカチェアは頷いた。白地に紫陽花柄で、帯も紫という明るい組み合わせだ。健康的な印象である。
「……どうも」
千里は短く返事した。浅い黒地に藤花の柄、赤の帯がきりりと凛々しい浴衣姿だった。彼女はコンビニの袋をどさっと置いた。中には、あらかじめ買っておいた飲み物のペットボトルが数本と、夜食用のおにぎりがぎっしり詰まっている。
「おっと、もちろん菜織さんと美幸ちゃんもな」
ほんの少しだけ間を開けて、綺雲 菜織(あやくも・なおり)と有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)が姿を見せたのだった。
「気をつけて下さい菜織様。緋山さんのことです。きっと下心があっての言葉に違いありません」
青みをおびた白系の浴衣で、美幸は菜織をかばうように彼女の前に立った。しかし、その美幸の前に出て、
「やあ、緋山君、今日は気合いを入れてめかし込んできたからね。褒めてもらえて嬉しいよ」
菜織は薄く、頬を染めて返答したのだった。
そんな菜織の浴衣は、白地に紫陽花柄で、帯は紫……ということは、
「私と……同じ……」
カチェアの眉がぴんと上昇した。まったく同じというわけではないのだが、二人の装いはあまりにそっくりだったのだ。示し合わせてペアルックにしたようにすら見える。丸被りというやつだ。
「おや、カチェア君、奇遇だね。私の浴衣を参考にして選んだのかな?」
「何言ってるんですか、菜織さんのほうが私を参考にしたんでしょう?」
「……」
「……」
暫時、菜織とカチェア、互いの視線がぶつかりあった。
一触即発の空気が流れたものの、先に視線を流したのは菜織だった。
「ま、それはそれとしてだ。緋山君、望遠鏡を見せてもらっていいだろうか」
と言って政敏に近づこうとするも、カチェアはいち早くその機先を制していた。
「政敏。望遠鏡の位置調整、先にして下さい」
そればかりか彼女は、政敏の背を押して望遠鏡の前に立たせ、自分は菜織と彼との間に立ったのである。
「え? なんだよ。もう」
政敏は頭をばりばりと掻いて望遠鏡の装置に手を入れ始めた。
菜織は、「そう来たか」とでも言いたげな顔をした。
対するカチェアは、「負けませんから」と言いたげな顔だ。
リーンは苦笑いする。
(「やれやれ、恋のさや当てというにしても少々露骨よね……」)
若いなぁ、と言いたくなるのだが本当は二人とも同年代だとか思い直し、結局リーンは、我関せずと決めて浩一に声をかけた。
「久我君。そのノートパソコン、何に使うの?」
待ってましたとばかりに浩一は持参のパソコンを起動し、用意したプログラムを見せた。
「以前、何かのおりに話していたプログラムが完成したんだ。あれから少し弄って、追尾以外にも画像取り込みと解析を一緒に出来るようにしておいた。これだけの設備でネット配信とかも可能さ」
技術屋の血が騒ぐのか、リーンは目を輝かせてこれをのぞきこんだ。
「へー、やるものね。あ、でもネット配信するなら、こっちのHCに先に回して。輝度の調整をするから……」
「了解。たとえばこういうのは……」
二人はいつの間にか、空の星そっちのけで技術的な会話を始めていた。専門用語が飛び交い、一般人には少々近づきがたい空間を形成する。
そして、菜織とカチェアの静かな戦いは加速しつつあった。
一段落した政敏に菜織が話しかけようとした途端、
「飲み物持って来ましたから、どうぞ」
と牽制する。
「ありがとう」
言葉とは逆に冷たい口調で、菜織はジュースの注がれたグラスを一口含んで、
「おっと、炭酸入りだな。私はあまり好まない。緋山君はこういうの好きだったね? よければ飲んでみてほしい」
と、彼に渡そうとする。
――間接キス!
妨害成功。グラスをつかんだのはカチェアだった。
「ありがとう。いただきます」
ぐいとつかむと、カチェアはグラスを呷ってしまった。飲み口を避けなかったため思いっきり菜織と間接キスする格好になっているのだが気にしない。というか正確には気づいてすらいない。
「なぜ私の邪魔をするのかな、カチェア君」
「邪魔なんかしてません。たまたま菜織さんの行動が私と重なってしまっているだけです」
「気が合うようだねえ」
「好みも似ているようですしねえ……あ、服の話ですよ」
「さしでがまいいようだが、少しはカチェア君も、譲るということを学んでみてはどうかな。……もちろん服の話だ」
だんだん語気が荒くなっており、再び、緊張状態に陥る両女子なのであった。
リーンと浩一の横に立ち、半ば呆れ顔で美幸は溜息をついていた。
「あれはあれできっと楽しんでらっしゃるんでしょうね……」
ところで、と、美幸は屋上を見回した。そういえば、話題の中心(?)たる政敏はどこに行ったのだろう。姿が見えなかった。
政敏は豹のように音もなく、千里のすぐそばに立っていたのだ。
「いやあ、あの二人は俺を話の輪に入れてくれないし、技術屋二人も星なんかそっちのけだし。千里さんもほっとかれているわけだろ? 俺と一緒にここから抜け出して、星空の下でアバンチュールでも愉しまないか……?」
ぽんとさりげなく肩を抱く。またその抱き方というのが、ほんの少し腕を伸ばすだけで、千里の豊かな胸の谷間に手を忍び込ませることのできる絶妙の角度であった。
(「不覚……!」)
千里が最初に思ったのはこれだった。格闘の心得がある自分が、いくら虚を突かれたからといってこうもやすやすと接近を許し、あげく接触までさせてしまうとは。動揺して心臓は高鳴っていた。
しかし千里は、早まる動悸を感じさせぬよう、努めて声を落として言った。
「『Aventure』は仏蘭西語で『冒険』という意味、ならばこのような冒険もあっていいかと」
言うなり裏拳で政敏の顔面を、手加減を一切せず殴り抜けた。
ごっ、という着実な手応えが手の甲から、右腕の骨に反響する。
「……殴り倒しても問題はないのでしょう?」
不覚を取られたという悔しさと、彼の馴れ馴れしさへの赫怒は心に秘め、無表情で千里は言い放った。
直後、政敏の体は宙を舞っていた。
疾風迅雷。
美幸が凄まじい速度で駆け寄るや、モーションの大きいアッパーカットを彼に喰らわせたのだ。
サンダークラップを同期させているので、政敏は雷光まみれですごいことになっている。
どさっと落ちたとき、黒い煙が上がったのは決して誇張ではなかった。
「ホント、懲りない人ですよね。貴方は」
美幸は両手をパンパンと打ち合わせると千里に言った。
「大丈夫でしたか? お怪我は?」
「それは俺に言うべき言葉じゃないのかー?」
蚊の鳴くような声で政敏の抗議が聞こえたような気がするが気にしない。
「大丈夫です。美幸さん、いい拳でした」
「いえ、千里さんの無駄のないパンチこそ素晴らしいです」
これをきっかけにして、千里と美幸は親交を持つことができたようだ。
一方でカチェアと菜織はまだ火花を散らしており、
浩一とリーンはテクノロジーの話題に夢中、
そして政敏は這いつくばって口から煙を吹いていた。
それぞれが胸に抱く想いをよそに、音もなく天の河は流れつづけていた。
First Previous |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
Next Last