空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

冒険者の酒場ライフ

リアクション公開中!

冒険者の酒場ライフ

リアクション


第五章:M・I・L・K!!!
 荒くれ者にも暗黙のルールはある。
 一例をあげれば、紙巻タバコではない葉巻の場合。
 元来、葉巻は放っておけば勝手に火が消えるものである。
 それを紙巻タバコの如く、灰皿でグシャリと消すのは、「てめぇ、殺るのか?」のサインである事は酒場にたむろする荒くれ者なら誰もが知っている。
と、同時に、とある飲み物を注文する事も御法度であった。
 傍にはべらせたオグラさん(パラミタセントバーナード)に愛用の対物ライフルを咥えさせ、慎ましい胸をウェイター服に身を包んだ店員の由乃 カノコ(ゆの・かのこ)はホールで接客を行っていた。
 カノコの目が半開きなのは、今までは夜はキチンと寝る規則正しい生活を送っていたせいであった。
「(アカン……めっちゃ眠い)」
 カノコの前では、メニューを指さしながら、客が注文を続けている。
「……と、スパゲッティのカルボナーラ。あと、飲み物は……何があるんだ?」
「……ふぇ? ああ、そやねー。ドリンクバーとかお得やで?」
「うん……でも、今は故障中なんだろう?」
 客の視線をカノコが追うと、故障中のドリンクバーの前で、工具を振りかざして修理にあたるつぐむの背中が見える。
「せやね……堪忍して」
「じゃあ……この、ミル……」
 客の言葉を遮ってカノコが声を張り上げる。
はいー! 十二番テーブルのお客様、コーヒー牛乳や!!
「え……ま、まぁいいけど」
 客を残してカノコが調理場の方へと移動を開始し、その傍をオグラさんが行く。
「(ああッ! もう!)」
 乳白金の前髪ぱっつんロングの髪を掻き上げたカノコが愚痴る。
「(何で、みんなドリンクバー壊れた言うたら、ミルクやねん! もっとカフェイン取れや!)」
 調理場付近では、料理が出来上がるのを待っている店員の鳥丘 ヨル(とりおか・よる)がそんなカノコを苦笑して見つめていた。
「カノコ、ナイスセーブ!」
 ヨルの声にカノコが「疲れたわぁ」と肩を鳴らし、ヨルの傍に行く。
「ありえへんわ。みんな、何であんなミルク頼むん?」
「そりゃあ、ドリンクバーが壊れてるし……一見荒っぽそうな人にだってお酒飲めない人は多いんだよ」
「ちゃうちゃう! 夜はコーヒーやろってこと! カフェインとらんで、よう起きてられるわ」
「あ……そこなんだ」
 カノコがヨルを訝しげに見て、
「そういうヨルさんも、さっき注文誤魔化してへんかった?」
「まぁね。でも、冒険者の酒場って言うから店員バイトに応募してみたんだけど、中はファミレスみたいなんだね」
「ファミリーで来るとこちゃうけどな。……で、どうやってミルクの注文誤魔化したん?」
「私がお手伝いしましたからね……」
 カノコが背後に気配を感じて、慌てて振り向くと、店員のゲイルがそこにいた。
「ゲイルさんが? ……てか、いきなり背後に現れるのやめてくれへん?」
「それは失礼」
 ゲイルが頭を下げる。
「んで……ゲイルさんとヨルさんがタッグでどうにかしたん?」
「えっとね……話せば長くなるんけど」
 ヨルがミルクの注文を阻止した、その対策と方法を語りだす。


「ミルクを注文する客?」
 ヨルとゲイルが料理を並んで運んでいた時であった。
 ヨルの問い掛けにゲイルが反応した。
「うん! 乱闘の元らしいミルクを頼みそうなお客さんを見たら教えてほしいんだ。諜報活動が得意なら、そこら辺の判断は他の人より優れてるんじゃないかな?」
「……何故?」
「だって、ドリンクバーの機械が壊れてから、店内の空気がギスギスしてるんだよ?」
「ああ……それはわかります」
 ゲイルがホールを歩きながら、各テーブルに目を向ける。
 先ほどまでは、ドリンクバーのドリンクを飲みながら、
「ヒャッハー! だから俺はそこで言ってやったんだ! お前、俺を誰だと思っているってな! 俺は温情ある男だから、当然見逃してやったけどなー!!」
「流石ッス!! 兄貴!!」
「どんな悪でも、弱いものイジメはしちゃあ駄目なんだぜ? 覚えておけ!」
「兄貴、悪の鏡ッス!! マジ痺れるッス!!」
と、悪党ならではの自慢話をしていた兄貴と舎弟のコンビも、ドリンクバーが故障した今では……。
 空になったコップの中、溶けた氷で極限まで薄くなったコーラを飲み、
「畜生……あの時、ぶっ殺しておけばよかった……」
「兄貴……昔俺っちに言ったじゃないスか!? 鏡以外の眼の前の敵は全員殺すって宣言してたじゃないスか?」
「うるせぇ!」
 ゲイルがヨルを見て、
「荒れていますね。まるでオアシスが急に砂漠になったみたいです」
「でしょ?」
「わかりました。では、その作戦に協力しましょう」
「ありがとう……でもさ、そのお客さんが荒し目的か単なるミルク好きかも見てくれるといいな。できるかな?」
「人相と仕草を見れば、それくらいは判断可能でしょうな。ただ、100%は無理ですが」
「そっか……じゃあ。ミルクは注文時にMドリンクとでも言い換えようか?」
と、ヨルが目的のテーブルへ料理を運んでいく。
 そのテーブルでも、やはりドリンクバーを頼んでいた客がいた。
「お待たせしましたー! こちら、チーズハンバーグになります!」
と、ヨルが料理を置く。
「ああ! それと追加注文いいか?」
 見るからに怪しそうな客の男が口元を歪め、ヨルが危険な匂いを即座に嗅ぎとる。
「ミル……」
はい! ミルクレープですね!! すぐお持ちしまーす!!
「あ……おい!!」
 脱兎の如く、ヨルがホールを駆けていく。