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サンマ

 
 
「いらっしゃいませー。サンマいかがですか……」
 ホバートラックをちょっと改造して、荷台のコンテナをそのまま屋台にした物の中で和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)が、道行く人たちに声をかけていた。
 新しい百合園女学院の制服にエプロンをして、ちょっと清楚でかわいらしい売り子さんになっている。もちろん、さりげなく寄せて上げて出るとこを強調することも忘れてはいない。
「大丈夫かなあ、絵梨奈の奴」
 運転席で、トラックが急に動きだしたりしないための監視をしながら、ジャック・メイルホッパー(じやっく・めいるほっぱー)が、荷台で売り子をしている和泉絵梨奈を心配した。
 いきなり食堂番長を手伝うと言いだしたときはどうしたものかと思ったが、何かあれば急発進してそのまま逃げるつもりだ。ただ、問題は、トラックの免許を持っていないことだが、そのへんはなんとかなる……というかなんとかするしかないだろう。出来れば、何もしないでここにいられれば楽なのだが。
「いやあ、すまねえな。だが、なんで俺なんかの手伝いを言ってきたんだ?」
 さすがに理由がまったく思いつかないと、食堂番長が和泉絵梨奈に訊ねた。
「それは、あなたを監視に……」
 和泉絵梨奈がわざとらしく言ってから、ニッコリと微笑んだ。
「ああ、まあ、そんなところだろうな」
 バンカラな学生服を風に靡かせながら食堂番長が言った。
「嘘ですよ。あなたが心を入れ替えてまっとうなお仕事をしていると小耳に挟んだからです。それで、本当にそういうことがあるのかなあと……」
「言ってくれるな。一番驚いてるのは、俺自身なんだからよ。最初は、サンマ料理でぼったくってやろうと思ってたんだがなあ」
「まあ」
 食堂番長の言葉を聞いて、そうなのという顔を和泉絵梨奈がした。
「それが、料理を作っているうちに、だんだん面白くなって来ちまってよお。ほら、以前は料理番長に任せっきりだっただろ。それが正月に皿屋敷の用心棒にボッコボッコにされて、手下の番長たちはそのまま行方知れずさ。それで、自分で料理するしかなかったってわけなんだが……。料理ってさあ、意外と面白いよな」
 なんだか、今さらに、食堂番長は天職を見つけたようである。
「うーん、本気でちゃんとお店をやるのでしたら……。そうだ。ジャック、少し替わってくれるかしら」
「いいぜ。でも何するんだ?」
 和泉絵梨奈に言われて、ジャック・メイルホッパーが売り場に立った。売っているのはサンマの塩焼きだが、元が巨大な空峡サンマなので、一人前に切り分けると柵型の焼き魚でしかない。プラパックに入れた焼き身に大根おろしとしょうゆがかけてある。
「いいから。ちょっと番長さん、こっち来て」
 食堂番長をホバートラックの裏に連れていった和泉絵梨奈は、トラックの中から何やら衣装と化粧道具を引っ張り出してきた。
「ちょ、ちょっと待て、何をする気だおまえ!?」
「ちょっとだけ我慢していてくださいね」
 
「いったい、何してるんだ?」
 なかなか戻ってこない和泉絵梨奈に、ジャック・メイルホッパーがちょっと心配になったころ、やっと二人が戻ってきた。
「えっと、そちらのお嬢さんは誰?」
 なんやら見知らぬ女の子と戻ってきた和泉絵梨奈を見て、ジャック・メイルホッパーが訊ねた。
「やだなあ、食堂番長さんじゃないですか」
「ええ〜っ!」
 予想もしない展開に、ジャック・メイルホッパーが叫んだ。そういえば、和泉絵梨奈の特技は女装である。もっとも、本人はれっきとした女の子なので、それは主に他人に発揮されるわけではあるが……。
「僕が地味だから、客寄せに可愛い女の子がほしいなっと思って……」
 ぼさぼさの髪にぼろぼろの学生服を着ていた上にあの口調であるから本人すら気づいてはいなかったのだが、この食堂番長、意外と美形である。無精髭を剃ってちゃんと髪をセットし、少しお化粧をしたら、見違えるほど見られる顔になったのだった。だが、それですめばよかったのだが、さらに、和泉絵梨奈の持っていた予備の百合園女学院の制服を着せられてしまったというわけだ。これがなかなか似合っているから困る。
「す、すみません、姐さん。スカートだけは勘弁してください!」
 食堂番長が、土下座をして和泉絵梨奈に哀願した。どちらかというと、せっかくの制服が汚れる方を気にして、和泉絵梨奈が別の服に着替えることを許す。とはいえ、男物の服となると、さすがに持ち合わせがない。
「焚きつけいりませんかあー」
 ちょうどいいタイミングで、シャーミアン・ロウが行商にやってきた。焚きつけとはいっても、元はクロセル・ラインツァートの衣装である。
「それいただけます? ああ、ひとそろいで結構です」
「まいどありー」
 首尾よく手に入れた服に、さっそく食堂番長が着替えた。なんだか、もうすでに番長の面影は微塵もない。
「さあ、頑張って売りましょう」
「はい、姐さん」
 和泉絵梨奈に言われて、いろんな意味で生まれ変わった食堂番長が、威勢よくサンマを売っていった。
「サンマを一つくださらんかのう」
 さっそく、大洞藤右衛門が客としてやってくる。
「うむ、うまい。やはり、サンマはキマクに限る」
 
 
シュラスコ

 
 
「ぼぼぼーなのだ」
「ありがとうございました、お嬢さん、お礼に一枚食べていってください」
「わーいなのだあ!」
 ドンと立てた柱に巻きつけてある肉に炎を吹きかけて焼いていた巨大マナ様が、アッシュ・トゥー・アッシュに言われて歓声をあげた。
 屋台『シュハスカリア・スカル』では、本格的なシェラスコが焼かれている。
 クェイルタイプのグレイヴストーンが、ソードでほどよく焦げ目がついた部分を薄くこそぎ落としていった。ポトンと落ちる肉を、巨大マナ様が待ってましたとばかりに大きな皿で受けとめた。
「うまいのだぁ!」
 お肉を食べられて、巨大マナ様は御満悦である。
 それを見たシュラウド・フェイスレスが、ちょっとうらやましそうな顔をする。
「どれ、今さらですが、うまく焼けているかちょっと味見してもらえますか? これは僕ではだめですからね。あなたにしか頼めません」
 そう言うと、アッシュ・トゥー・アッシュがイコンのコックピットをいったん開いて、巨大シェラスコの方へと寄せた。持っていたナイフで、ちょっと肉を削いでパートナーに差し出す。それを口にしたシュラウド・フェイスレスが、ニッコリと微笑んだ。
「さあ、どんどん切り落としますよ。遠慮なく食べてください」
 そう言って次々に肉をこそいでいくアッシュ・トゥー・アッシュであったが、意外にも、いや、当然というか、下にいる者たちはそれどころではなかった。
 次々に肉片が舞い落ちてくるので、わんこ肉状態になっていたのだ。
「美味しいけどさあ、いつまで食べ続けてればいいんだい。そろそろデザートがほしいよー」
 甘い物を求めて、御弾知恵子が叫ぶ。
「うん、これは堪能できるであります」
「あまり食べ過ぎないようにするのじゃぞ」
 肉だ肉だとはしゃぐ大洞剛太郎に、大洞藤右衛門が軽く釘を刺した。
 当然のように、セレンフィリティ・シャーレットは入れ食い状態である。
「和輝たちがお肉を提供したところは、盛況のようね」
 遠目にそれを見て、スノー・クライムが言った。
「スノーは食べないの?」
「お肉はちょっとね……」
 見ているだけで胸焼けしそうだと、スノー・クライムがルナ・クリスタリアに答えた。
「さあ、そろそろ和輝の所へ戻りましょう」
 搬入場所へと戻ると、駐機してあるグレイゴーストのそばで、一仕事終えた佐野和輝とアニス・パラスがのんびりと休んでいた。約束通り、アニス・パラスは佐野和輝に膝枕をしてもらっている。
「あ、あれは……」
「アニスですぅ。でも、あれじゃ、恋人というよりは親子ですねぇ。それとも兄妹ですかぁ。ああ、ちょっと、スノー、落ち着くですぅ。落ちる落ちるぅ」
 プルプルと肩を震わせるスノー・クライムに、振り落とされそうになったルナ・クリスタリアが必死にしがみつきながら叫んだ。