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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第4章 夜の訪問者 3

 エンヘドゥの部屋の警備がほとんどいなくなったことが、彩羽の手によるものかどうかは分からない。しかし少なくとも雲雀たちにとって、それはエンヘドゥを兵たちに見つからないように部屋から連れ出すチャンスだった。
「こっちです」
「は、はい……」
 雲雀はエンヘドゥの手を握って廊下を駆け抜けた。なるべく早く、しかしバレないように神経を張り巡らせておかねばならない。
 幸いにも、カグラは彩羽たちと同様に賊の捜索へと出ているようだった。きっと彼女は反対したであろうが――それも彩羽の手によるものか? いや、それともアムドゥスキアスか?
 ……考えている暇はない。ただとにかく、ひたすらに雲雀は目的地を目指した。
 それは、昼間ロイヤルガードの証による暗号で『彼』が伝えてきた場所――
「着きました」
 塔の隅にあってほとんど目立たない、みすぼらしい倉庫だった。どうやら廃材や使わなくなった布類など、いわゆる処分品が置かれているところのようだ。
 扉を開く二人。奥にいたのは――
「エンヘドゥ!」
「正悟……!」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は立ち上がり、彼女を出迎えた。
 エンヘドゥは嬉しそうに顔をほころばせ、彼に触れられる場所まで駆け寄る。それまでおさえ込んでいた不安が一気に溢れ出てきて、涙がこぼれそうになっていた。
 やはり、彼女も一人の少女だ。雲雀は微笑ましそうにそれを見守る。
「感動の再会はいいけどな。僕たちも忘れないでくれよ?」
「当たり前だろ。何言ってんだよ」
 同じように二人を見守っていたヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)がからかうように言って笑うため、正悟は口を尖らせた。
「エンヘドゥさん……よかった、無事だったんだ!」
「朝斗……ルシェン!」
「わわっ」
 倉庫の奥から遅れて出てきた榊 朝斗(さかき・あさと)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の二人を見て、思わずエンヘドゥは飛び込んだ。抱きしめられたルシェンが、少しだけ驚いた顔になる。だがやがて、彼女の涙目になった瞳に気づき、優しくその頭を撫でてあげた。
「大丈夫よ。みんなちゃんといるわ」
 まあ女性同士だからこその触れあいなのだろうが――なんとなく、男性陣は羨ましそうに見ている。それに気づいて、慌ててエンヘドゥはルシェンから離れた。わきわきと動くルシェンの手は、どことなーく残念そうだ。
「それにしても無事でなによりだよ、本当に」
 朝斗は安堵の息をついて言った。それは正悟たちも全く同じで、ひとまずは彼女と再会できたことに安心して頷く。
 エンヘドゥは顔を伏せた。
「すみません……わたくしのために……」
「エンヘドゥ……僕たちは自分たちの意思で此処に来たんだよ」
「そうだ。言っただろう? お前を『護る』って。その誓いは……まだ忘れられたわけじゃない」
 正悟たちの視線が一点――エンヘドゥに集中する。それは誓いの瞳であり、そしてどこにいても見守っているということを告げるような瞳だった。
「ザナドゥに来たこと――なにか理由があるなら、良かったら……聞かせてくれないか?」
「それは――」
 エンヘドゥはわずかに逡巡したが、意を決して答え始めた。
 彼らと近しい場所にいることで、どうにか戦い以外の戦争の解決方法がないかと模索しようとしていること、少しでも血を減らすために、彼女はわざと敵に捕まったこと。そして――アムドゥスキアスは普通の魔族とはどこか違った意思を持っているように感じていること。
(彼ならばあるいは、少しでも血のない解決を図ることが出来るんじゃないか……)
 朝斗はエンヘドゥの意図を理解して、そう導き出した。
 はっきりとしたものではない。しかし、彼女が何かこの戦いに見出そうと思っていることは確かだ。
 正悟が朝斗たち、仲間を見る。頷く彼ら。
「……手助けが必要か?」
 エンヘドゥは静かに、そして力強く頷いた。言葉はなくとも、そこにある決意は知れる。彼女の瞳に灯る色は、硬かった。
「これ、渡しておくよ」
「これって……」
 それは正悟のロイヤルガードエンブレムだった。そしてルシェンが、かつて渡した月雫石のイヤリングの片方を無言で手渡す。
「約束したとおり、俺も無駄に死ぬ気は無い。だから後で…………大学戻った時にでも返してくれ」
 そのときには、必ず再び出会う。それはそんな誓いの証でもあった。
「正悟、そろそろ時間だよ」
 ヘイズの合図で、四人は立ち去ろうとした。
 と――そのときである。
「こっちだ! こっちに逃げたぞ!」
 遠くから聞こえた兵士の声。そして、倉庫の扉をぶち破って何者かが飛び込んできた。
「!?」
 その男は――ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)と、彼の外套となって着込まれる魔鎧、常闇の 外套(とこやみの・がいとう)だった。彼は、正悟たちを見てハッとなる。
「ヒャーヒャッヒャッヒャッヒャ! なんだこいつらぁ! へへっ……まさか俺たち以外にもこんな侵入者がいるなんて、今日は偶然が多いもんだなぁ!」
 外套はけたたましい声で笑った。
 追いかけてくる兵士の足音を聞くに、男が『賊』と呼ばれた者たちであるのは間違いなさそうだった。
 思わず身構える正悟たち。兵士の足音は次第に近付いてきた。
「チッ……!」
 舌打ち一つ。
 ロイはその場に落ちていた大きな布を拾い上げた。ボロボロで汚らしいが、無駄に大きい布だ。そしてそれを、正悟たちに向けて一気に覆いかぶせる。
 交錯は一瞬。そして兵士が倉庫へとなだれ込んできたのはその直後だった。
「見つけたぞ! 大人しくしろ!」
 喉元に突き付けられた槍の切っ先。もとよりここまで包囲されては抵抗は無意味だ。ロイは大人しく両手をあげて兵士たちに投降した。
 兵士たちに連れられて倉庫を出る前に、彼の視線はわずかに背後へ動いた。布の隙間から覗いたエンヘドゥたちは、怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
 あれが噂に聞く南カナンのお嬢様か。大勢で捕まるのも厄介なことになりそうなので気紛れに助けてやったが……意外と功を奏すかもしれないな。
 廊下を進みながら、ロイは身体を縛り付けている縄を見下ろした。
(まさかここで捕まるとはな……。だが、まあいい。これでアムドゥスキアスと会えるのならば、好都合だ)
 ロイは薄く微笑した。
 廊下に響くカツンカツンという足音は、嫌に響く音となっていた。