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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第4章 夜の訪問者 5

 真夜中――アムドゥスキアスは謁見の間の芸術品を手入れしていた。
 一部の兵を除いて、塔の従者たちも眠りについている。不気味なほど静かで、自分のいる場所以外は灯も落とされてどこかほの暗い。
 そんな時だった。
「やあ、待ってたよー」
 足音が聞こえて、アムドゥスキアスは振り返った。
 そこにいたのは、数名の契約者たち。彼らはそれぞれにアムドゥスキアスを見つめ、恭しく頭を垂れた。
「南カナン領主の使者として参りました。神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)と申します」
「同じく、エマ・ルビィ(えま・るびぃ)です。はじめまして、アムドゥスキアスさま」
 授受は、普段の天真爛漫な姿からは想像できない礼儀正しい態度でアムドゥスキアスと対峙した。あくまで丁寧に。あくまで失礼のないように。
 一応は旧家のお嬢様だけはある。礼儀作法はしっかりと身についているようだった。
「そんなに固くならなくてもいいよー。それで? 話があるんでしょ?」
「その前に……アムドゥスキアスさまは芸術に造形が深いとお伺いしました」
「造形が深いかどうかは分からないけど、好きだねー」
 自嘲して苦笑を浮かべるアムドゥスキアス。
「そこで一曲……こちらのエマの曲を聴いていただくのはいかがでしょう? それに……他にもご満足いただける見世物はご用意されているかと」
 ニコッと笑みを浮かべた授受が、振り返るようにして他の契約者たちを見る。茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)が指先を軽く動かすと、床に倒れていた人形がぴょこっと立った。
「うん、面白そうだね」
「では……さっそく」
 前に進み出たエマが、一呼吸置いて歌を紡ぎ始めた。繊細な歌声と力強い声音。共存し合うそれが生み出す劇歌の世界に、思わずアムドゥスキアスは瞼を閉じる。
 ――これで、少しでも彼は話を聞いてくるだろうか?
 授受は半ば不安な気持ちを押しかくしてエマの歌を見守っていた。思い起こされるのは、使者としてアムドゥスキアスのもとに向かうとシャムスに告げた時のこと。心配するシャムスに『待っててね』と言って抱きしめたのは自分だ。
 本当につらいのは、彼女なはずだ。妹を奪われてもその不安を表に出さず、気丈に振舞って戦う彼女の姿を、授受は誰よりも近くで見てきたつもりだ。
 だからこそ……
(あたしは、出来ることをやる……!)
 授受は決意を込めた瞳でアムドゥスキアスに臨んでいる。
 やがて――歌は終わった。
「うん、とっても素晴らしい歌だったねー」
「では続いては……私ですね」
 拍手するアムドゥスキアス。進み出た衿栖――そして彼女の人形を彼はさりげなく見つめた。
 ――人形師。ある種、アムトーシスでも珍しき芸術家の少女は、自作の人形を動かした。まるでひとりでに意思をもっているかのよう立ち上がる人形。
「はっ……」
 軽く衿栖が指先を動かすと、自慢の4体の人形はぴょんととび上がって芸術品の上に立った。彫刻や甲冑などを飛び渡ってゆくその姿は、まるで舞っているかのようでもある。次いで気づけば、衿栖も人形たちと一緒に舞いを披露していた。
(今日は上出来だな)
(ほんと、レオンってば素直じゃないのね。ちゃーんとすごいって褒めてあげれば?)
(……より高い芸術は互いの実力を競い合うことによる。安易に褒めるのはよくないな)
 囁く声で茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)と会話していたレオン・カシミール(れおん・かしみーる)は、タイミングを見計らって自分の人形も操った。朱里は肩をすくめる。
 彼が操るのは1体の人形だが、その動きはとても人が扱うには及ばないほどの複雑かつ卓越したものを見せる。黒いクマの人形はそれこそ意思を持っていると勘違いするほどに細かに動き、くるくるとその場を回った。
 やがて人形たちの舞いは終わりを告げる。衿栖が中央にスタッ――と立ち止まると一緒に、4体の人形は彼女の周りでペコリと頭を垂れ、しゅん……と、それこそ魂が抜けたように床に伏した。
「人形使いなんて久しぶりに見たよー。いやー、やっぱりすごいねー」
 称賛の拍手を差し出すアムドゥスキアスは、にこやかな笑顔を浮かべていた。
 同じ芸術を愛する者として――彼は授受や衿栖たちを無下に突き放したりはしない。むしろ尊敬と敬意をもって接するのだ。
 とはいえ――
(用心に越したことはないわよね)
 朱里の目が警戒を解くことはなかった。相手は仮にも“魔神”。いついかなる時も衿栖の盾になれるように、朱里は集中している。
「それで……?」
 アムドゥスキアスは衿栖と授受――そしてもう一人の男に視線を送った。
「君もまた、何か見世物があるのかな?」
「見世物ってほどたいそうなものかは分からないけどな。見せたいものは、確かにあるよ」
 男は――政敏はそう言って、片手に握っていた鋼の代物を掲げてみせた。



 政敏たちを待って、謁見の間の前ではカチェアが待機していた。
 不思議なことに扉の前には兵士の姿がまったく見当たらない。こちらに向かう時に、一応はリーンの手引きをもらったものの、その必要もまたほとんどなさそうだった。
 無論――帰り際に兵士に見つかっては厄介だ。そのときはまた彼女の用意してくれた逃走経路を使っていくつもりである。
 それにしても思うのは、アムドゥスキアスが自ら兵を引きはらわせたのではないか? ということだった。もちろんそこに根拠などありはしない。単なる推測に過ぎず、アムドゥスキアスという魔神を知らぬがゆえの憶測だった。
 ただ政敏は――そんな魔神相手にどうするだろう。
「……シャムスさんに花嫁修業させるつもりですかね?」
 窓からは、街のほのかな明かりが差し込んでいた。



 政敏は掲げた代物――刀を抜いた。
「この『刀』は、戦乱の時代から継がれた技術とその時代で、人が求めた意味が宿るらしい」
 銀に輝く刀身は政敏の顔を映し込んだ。
「俺は、ここには『魂』が宿っていると思っている。貴方から見てそれは……どうだろうか」
「『魂』……ね」
 アムドゥスキアスは興味深そうに刀を見下ろしながら呟いた。刀身は洗練された力強さを抱いているが、決して美しいだけではなかった。姿見だけを見れば、曇りもあれば刃こぼれもある。しかしそれが『刀』だ。この刀身は、多くのものを吸っている。
「綺麗事だけじゃないが、俺はそれを含めて気に入っている」
 政敏はぐっと刀を前に突き出してみせた。
 アムドゥキアスは答えないが、刀を見つめ続けている。いや――あるいは刀を持った政敏を、だろうか。そこにある『芸術』はなにか? まるでそれを探り、見出そうとしているかのような瞳だった。
「どうだろう。血の流れない戦いをしてみないか?」
 そして政敏は告げる。
 アムドゥスキアスは怪訝そうな顔になった。
「血の流れない、戦い……?」
「この美しい街を戦火に巻き込みたくはない。戦争の手段をとらず、勝ち負けを決したいと思うが、いかがかな?」
 レオンが問いかけた。
 しばらく、アムドゥスキアスは黙る。
 だがやがて彼は――
「……面白そうだね」
 興味深いものに出会った子供の笑顔で、そう答えた。
 ようやく、朱里たちからもある程度の緊張が解けた。使者たちは南カナンの領主にその返事を伝えておくこと。そして、後日改めて領主自らが彼と謁見することを約束してその場を後にした。
 と――部屋を出て行く前に政敏が振り返る。
「なあ、アムドゥスキアス」
「んー?」
「モートって知っているか?」
 芸術品の手入れを続けようと歩き始めたアムドゥスキアスの足が、一瞬だけ止まった。
「……一応は、かなー。すごい人だったね、あの人は」
「そうか」
 政敏はそれ以上何も言わず、その場を立ち去った。
 閉じられた扉の音が、尾を残して広がる。それまでの喧騒が嘘だったかのように、静寂が戻ってきた。
「さてと……どうなるかなー」
 その問いに答えられる者は、誰もいなかった。