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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~後篇~

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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~後篇~

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第四章  捜索


「う〜ん。右か、左か……。どちらに行くべきか……」

 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、もう一度廊下の角から首だけだすと、左右の通路を見比べてみた。しかし何度見ても、変わり映えのない廊下が淡々と続いているだけで、コレといって決め手になるようなものは何もない。

「主よ。どちらになされるのか、いい加減決めてください。一箇所にとどまり続けるのは危険です」

 黒地に銀糸で装飾の施されたロングコート、という姿に化身しているアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が、痺れを切らして口を開く。

「いや、そうは言っても、どうせ行くなら面白い方がいいだろう?」
「しかし……」
「いいではないですか、アウレウス。別に行く宛がある訳で無し。グラキエス様の気の済むようにさせてあげましょう」

 【銃型HC】で要塞内の地図を確認しながら、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が言う。

 一緒に行動していた仲間たちと別れ、グラキエスはアウレウスとエルデネストをお伴に、要塞内をブラブラと歩いていた。
 人質の救出を目指す仲間たちと違い、『要塞の探検』が目的のグラキエスは気楽なモノだ。

「ん?ちょっと待て。アレはなんだ?」

 グラキエスが、右手の通路、床スレスレのところに、小さな鉄の板が打ち付けてあるのを見つけた。
 だいぶ前からこのままになっているらしく、板やビスには、所々サビが浮いている。

「ちょっと開けてみるか」
「は、はぁ……。しかし、明らかに長い間使われていないようですが……」
「何か、隠してあるかもしれないじゃないか。開けてみてくれ、エルデネスト」
「はっ」

 鉄板の端に手をかけて無造作に引っ張ると、錆びたビスは、呆気無く吹っ飛んだ。
 中を覗き込んだグラキエスは、歓声を上げた。階段だ。細い階段が、下へと続いている。

「ほら見ろ!隠し階段発見だ!」
「こ、これは……!」
「さすが、グラキエス様」

 嬉々として階段を降りていくグラキエス。中は人一人がやっと通れる位の幅しかないので、エルデネストは見張りとして残ることになった。

 狭い階段に四苦八苦しながら階段を降り、同じ位狭い通路を更に数メートル歩く。
 そこには、小さな石の祠が、ポツンと一つあった。
 その祠の前には、祠と同じくらいの大きさの、黒い石が置かれている。
 祠の中にも何かあるようなのだが、石が邪魔になってよく見えない。
 身を乗り出して中を覗き込もうと、黒い石に手をかけるグラキエス。すると、力のかけ方が悪かったのか、石がバキッ!と割れてしまった。

「あ!」
「主!」
 2人が、『ヤバッ!』と思ったその瞬間−−。

 眩い光と共に、何か、ふわっとした白いモノが現れた。
 思わず目を閉じるグラキエス。
 しかし、恐る恐る目を開いてみると、まるで今見た物が幻だったかのように、光も、白いモノも無くなってしまっていた。

「な、なんだ?今のは……」
「わ、わかりません……」

 黒い石の後ろあったのは、小さな白い石だった。
 さっきの黒い石の件もあって、手を触れないようにして顔を近づけてみる。
 どうやらそれは、着物を着た女性の姿を模しているようにも見える。
 しばらくその石と見つめ合っていたグラキエスは、何とはなしに神妙な気分になって、手を合わせてみた。
 何か良い事をした後のような、清々しい気分がしたものの、しかし、他に何が起こる訳でもない。
 それ以上その場ですることもなく、グラキエスはその場を後にした。

 グラキエスが、要塞内でテレパシーが通じるようになった事を知るのは、随分と後になってからの事である。



「敵だ、みんな隠れろ!」

 《殺気看破》で敵の接近に気づいた椿が、仲間を手で制す。
 その目の前で、弾丸が乾いた音を立てて跳ねた。

「いたぞ、こっちだ!!」

 続いて、仲間を呼ぶ敵の声が響く。

「ここは任せて!」

 ブリジットが前に進み出ると、銃撃の隙を縫うようにして、2度、3度と《雷術》で攻撃する。
 その攻撃を隠れ蓑に、【ブラックコート】と《光学迷彩》で姿を消した娘子が、敵に向かって突っ込んだ。
『コレでも喰らうニャ!』と叫び出したいのをグッと我慢して、先頭の兵士にパンチを見舞う。
 だが、顔面を捉えるかに見えたその一撃を、敵は身を屈めて避けた。

「ニャに!?」

 驚く娘子に、兵士が銃床で殴りつける。駆けつけた兵士もそれに加わり、波状攻撃を浴びせる。
 娘子も巧みにガードするが、予想外の攻撃にジリジリと押されていく。

「娘子!」

 娘子の危機を察して、椿が飛び出す。その後を、ブリジットが続いた。

 椿は《神速》の速さで距離を詰めると、《軽身功》で壁を蹴り、敵の頭上を取った。
 だが、そのトリッキーな攻撃も、敵の兵士はライフルで受けた。

「まだよ!」

 相手の注意が上に向いたところに、ブリジットがスライディングで突っ込む。
 さすがの敵も、これは避けられない。足を取られ、前のめりに倒れ込む敵の顔面を、《盛夏の骨気》で炎を纏った椿の拳が捉えた。
 吹き飛ばされ、壁に激突する兵士。その隙にブリジットは 足を回して一挙動で立ち上がる。

「いやぁ!」

 光り輝く《則天去私》の蹴りを喰らい、兵士は動かなくなった。
 

「ウニャニャニャニャーー!」

 残った一人に、物凄い勢いで突きを連打する娘子。怒涛の連打の前に兵士のライフルが吹っ飛ぶ。
 徐々にスピードを増していく突きに呼応するように、娘子の身体が色鮮やかな炎の文様に染め上げられる。
 拳の雨を全身に浴びた兵士は、ボロ雑巾のようになって倒れた。
 

「皆さん、大丈夫ですか?」
「すぐ手当するからね!」

 戦闘が終わったのを確認して、駆け寄るディオ。赤く腫れ上がった娘子の傷に、手早く《ヒール》をかけ、《治療》する。

「クッソー!まさか、ニャンコの場所に気づくなんてー!」
「あれには、ちょっとビックリしたな」
「もう一つ、ビックリの発見がありますよ!」

 何かを後ろに隠しながら、春美がやって来る。

「発見って?」
「ほら、コレ!」

 春美が掲げた指の間に光るモノ。朱いビー玉だ。

「あ!ビー玉!」
「どこにあったのニャ!」
「そこの通風口です」

 春美の指の先、天井近くに通風口がある。

「このビー玉を《サイコメトリ》してみましたが、確かにあゆみちゃんが手にした物に間違いありません」
「というコトは、その通風孔をたどっていけば……」
「そう。きっと、あゆみちゃんたちのところまで、辿りつけます!」
「やった!行こうぜ、みんな!」
「うん!」

 椿の言葉に、皆一斉に頷く。『仲間たちのところまでもうすぐ』という事実に、皆の意気は上がった。



「あ……!また、爆発ですね」
「さっきとは違う方向だな。例の援軍か……」
「作業を、急ぎましょう」
「ああ。いつ、こっちまで手が回るか分からないしな」

 源 鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)は、先程から上層にある司令部の捜索を続けていた。
 あゆみたちの居場所や、敵の作戦企図に迫る手がかりを求めてのことである。

 鉄心自身は常々、『出来る限り、血を流さずに戦いを終わらたい』と考えていた。
 今のところ鉄心は、『相手に圧倒的な力量差を見せつけた上で、作戦企図を挫けば−−この場合、人質の奪還がそれにあたる訳だが−−に成功すれば、降伏を促すのはそう難しくないだろう』と分析している。

 回復した《テレパシー》によって得られた『周囲で戦いの音はまるでしない』という情報に基づき、先程から中層の捜索が重点的に行われている。恐らく、人質の奪還までさほど時間はかからない筈だ。

 もし敵の目的が、こちらの読み通り『人質による戦力の分断』ならば、これで敵が降伏する可能性がグッと高くなる筈だが、もし違っていた場合、敵に投降を促すのは難しくなる。

 その意味で、このタイミングでの戦力の追加投入というのが、非常に気にかかっていた。
 戦術的に言えば、『敵は要塞の瀬戸際で叩く』というのが、常道である。
 その方が、地の利を生かせるからだ。
 ところが、敵が取ったのは『一旦中に呼び込んだ上で、外から追い込む』という、不可解な戦術だ。しかも、初期配置の兵よりも優秀な、いわば『精鋭』を、後から投入している。

『この一連の動きは、敵の作戦企図が、こちらの想定と異なっている事の表れではないか』という危惧を、鉄心は抱いているのである。

「やっぱり、手がかりになりそうなモノはないですね……」

 ティーが、『お手上げ』というカンジでテーブルに腰をかける。
 実際、司令部だというのに一人の兵士もおらず、鉄心たちが入り込んだ時にも、部屋の中はもう何ヶ月も使用されていないような有様だったのである。
 室内に残されていた物を幾つか《サイコメトリ》してみたが、視えてくるのは先の紛争時の映像ばかりだ。
 つい先程、地下を調査しているエヴァルトから、『地下の臨時司令室も、使われた形跡がない』という報告もあった。
 つまり敵の司令部は、はじめから拠点を設定せずに点々と移動しているのか、あるいは、そもそも要塞内には指導者が存在しないか、どちらかということになる。

「鉄心?」
「ん?何だ?」
「これからどうしますか?」
「そうだな……。これ以上、ここにいても仕方ない。通信施設はもう調査済みだし、予備の発電施設に行こう。あそこも破壊しておかないと、宇都宮たちの工作が無駄になる」
「了解です。祥子さんたちに、連絡を取っておきます」
「あぁ。うん、頼むよ」

 口では、そう平静に答えながらも、内心鉄心は穏やかではなかった。
 先に調べた通信施設でも、コレといった手がかりは得られなかった。それに続いての空振りだ。焦燥感がないといったら嘘になる。
 鉄心は、言いようのない不安が鎌首をもたげて来るのを感じていた。



「させるかっ!」

 《先の先》で敵の行動を読み、一気に懐に飛び込んだ宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、【レプリカ・ビックディッパー】を、真一文字に振り抜いた。敵は、咄嗟にライフルで受け止めようとしたが、そんなモノでは鋼の塊は止められない。両手剣は、ライフルをへし折りながら敵の肩口へと喰い込み、胸板の半ばまでを切り裂いて止まった。
 兵士の胸から、血しぶきが上がる。

 もう一人の兵士に対処するため、祥子は、剣を引き抜こうとした。だが、何かに引っかかっているのか、上手く抜けない。
 死体に足をかけて引き抜こうとしたその時、死体の目がカッと見開かれた。
 死んだと思っていた敵が、まだ生きていたのだ。
 敵が、血まみれの腕を伸ばして、祥子の足を掴む。

「キャッ!」

 突然のことに、大きくバランスを崩す祥子。
 そこに、刀を振り上げた敵が、気合の声と共に駆け込んでくる。
 背中から床に倒れ込んでいる祥子に、その攻撃は避けられない。
 敵の刀が、祥子の頭目掛けて振り下ろされる−−。

『ガキィィィィン!』

 激しい金属音が、辺りに木霊する。
 その一撃を、鎧から人の姿へと一瞬で変化した那須 朱美(なす・あけみ)が、【ハイパーガントレット】で受け止めたのだ。
 上から押し切ろうとする敵と、下から押し返そうとする朱美。2人は、そのまま力比べになる。

「祥子、早く!」

 朱美の声に我に帰った祥子は、剣を引き抜くのを諦め、【ギガントガントレット】を嵌めた拳で、足を掴んでいる敵の腕を力一杯殴りつけた。
 だが、それでも敵は手を離そうとしない。

「こ、このぉ!放せぇぇ!!」

 2度、3度と殴りつける祥子。骨が砕ける音がして、ようやく腕の力が弱まった。
 兵士を蹴り倒し、その勢いを利用して立ち上がる祥子。
 それを見たもう一人の兵士は、素早く身を翻すと、懐から何かを取り出し、地面に投げつけた。
 辺り一帯が、真っ白い煙に包まれる。

「え、煙幕!?」

 たじろく祥子たちの耳に、「退けっ!」という言葉が響く。
 煙が晴れた時には、もう敵の姿は無かった。

「祥子さん、朱美さん!」

 そこに、イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)が駆け寄って来る。

「イオテス!敵は?」
「逃げました。スゴイ変わり身の早さです」

 彼女は彼女で、敵と射撃戦を繰り広げていたのだが、そちらも撤退したようだ。

「そう……」

 ホッとした、いうカンジで一息つく祥子。
 無残な姿になった手を突き出したまま、絶命している敵に歩み寄ると、剣を引き抜く。

「祥子さん、怪我してるじゃないですか!」
「うん。近づくまでが大変だったから……」
「見せて下さい。治療しないと」
「全く、無茶するんだから。私がいなかったら、今頃ハチの巣だよ」

 朱美が、憮然とした顔をする。

「無茶じゃないわ。朱美がいるからやったんだもの。あぁ、イオテス、傷の手当は後でいいわ。先に、発電所に行きましょ?機械見ながらでも、治療は出来るわ」


「ここが、発電施設ですか?始めてみましたけど、工場みたいですね」
「実際発電所なんて、電気工場みたいなものでしょ」
「うわー!おっきいね〜」

 3人が辿り着いたのは地下のスペースの1/3ほどを占める、かなり大きなプラントだ。
 幾つもメーターがついた箱型の機械や円筒形の機械、それに大きなタンクやタービンなどが鎮座しており、その間を縫うようにして、渡り廊下やはしごが張り巡らされている。

 3人は、この発電施設を破壊するために、ここまでやってきたのだ。『電力供給を断つことが出来れば、敵の作戦の大きな妨げになるだろうし、敵を引きつけることも出来るのではないか』と考えてのことである。
   
「いや〜、なんだかさっぱりだね〜」
「そりゃ、朱美が見てもわからないでしょうね」

 何しろ、朱美は存在自体が魔法の産物だ。科学の塊の発電施設が、『魔法の塊』に見えても不思議はない。

「もうすぐ傷の手当が終わりますから、そうしたら祥子さんに見てもらいましょう」
「そうね。その間、イオテスと朱美には見張りをお願いするわ」
「むぅ……。わかった」

 無論、祥子とて専門家という訳ではない。だが、しばらく観察すれば、装置の詳しい構造はわからないまでも、『どの機械が何をするのか』ぐらいは分かる。

「ふーん……これもしかして、地熱発電所なのかしら。てっきり重油とかディーゼルとかだと思ってたのに」

 二子島は、元々火山島である。確かに火山の力で発電が出来れば、補給も必要ないし、籠城にも有利だろう。

 ひとしきり調べた結果、祥子は装置全体を制御しているコントロールパネルを、《雷術》でショートさせることに決めた。
 電力供給をストップさせるのに、何も装置全体を破壊する必要はない。
 何より、下手に装置本体に手を出して、爆発でも起こされたら厄介だ。

「2人とも。念のため、装置から離れてて!」

 祥子自身も出来るだけ離れると、コントロールパネル目がけて雷を降らせた。『バチバチッ!』と激しく火花が散る。
 コンパネから盛んに煙が上がり、発電機が停止した。
 途端に、照明が非常灯に切り替わる。辺りに警報が鳴り響き、赤いパトライトが回転を始めた。

「ヨシッ!これで電気は止まったし、警報も出たし、バッチリね!」
「今、鉄心さんに連絡しました。向こうでも、すぐに爆破を行うとのことです」
「隠れるのに良さそうな場所を、見つけてあるよ。そこで、敵を待ち伏せしよう!」

 朱美の案内で、3人はプラントに身を潜めた。