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リアクション
ルーナサズの民の意志は、イルヴリーヒにある。
そう確信した大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、今度は迷わなかった。
民を扇動して士気を高め、テウタテスに向かわせようと考えたのだ。
「できれば旗頭も置きたいところやったがな」
民を先導する場所に、イルヴリーヒが居れば良かったのだが、担ぎ出そうとしたパートナーの悪魔、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)のパートナー、童子華花の猛反対を食らい、断念せざるを得なかったのだ。
「イル兄は大怪我してんのに!
連れてったら絶対駄目駄目駄目――!!!!」
泣き叫ぶ華花に、部屋の中にも入らせて貰えなかったのだった。
更には
「ここを通りたかったら、コレを倒してからにしろ!」
と、剣の花嫁、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)を突き出され、馬鹿馬鹿しい、と手ぶらで戻ったという顛末である。
民の蜂起を導いて、城までの行軍の先頭に立つのは、泰輔と、パートナーの英霊、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)だ。
「――我々は今、この怒りを結集し、テウタテスに叩きつけて、初めて真の勝利を得ることができる」
泰輔は、政治や演説、説得の特技を駆使して、ルーナサズの民衆を扇動した。
「この勝利こそ、イルヴリーヒ様への最大の慰めとなる。
民よ立て! 悲しみを怒りに変えて、立てよ! ルーナサズの民よ!」
そして、フランツの指揮で、民衆を誘導し、コントロールされた暴徒を作り上げる。
「テウタテス……。
踏み付けられたままで、民衆が耐え忍び続けるとは思わないことだ」
「今」は常に同じようには続かない。
時は、等しく流れるのだ。王たる者にも、下民にも。
頭上を、何騎もの龍が断崖上のテウタテスの城へ向かって行き、それが更に民衆を鼓舞するかのようだった。
城へのルートを決めたのは、剣の花嫁であるレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)である。
事前にルーナサズの地図情報を調べ、皆で相談しながら決めた。
予定との狂いがないよう、また変化にすぐ対応できるよう、全体を把握して泰輔達へ指示する。
蜂起する民は、千人を越えていた。
――だが、辿り着いた断崖の下で待ち構えるテウタテスの騎士もまた、百人近くいた。
戦いの経験など無いただの民を相手にするには、多すぎると言っていい量だ。
「やはり、来ましたね」
レイチェルは剣を抜き、騎士達に向かった。
だが、レイチェルや泰輔達だけでは、一斉に斬りかかって来た騎士を一度には相手にできない。
レイチェルが1人の騎士と斬り結ぶ向こうで、別の騎士が民衆に斬りかかった。
剣の振るい方も、避け方もままならない。
ひい、という叫び声がしたその直後、しかし弾き飛んだのは騎士の方だった。
今正に激突しようとしていた民衆と騎士の間に入り込んだ1人が放った衝撃波が、僅かな隙間を縫うようにして、騎士だけを吹き飛ばす。
「……!?」
レイチェルは、飛び込んできたその少年を驚いて見たが、少年がうんざりと見たのは、遅れて飛び降りて来た中年の男だった。
「あーあ、民を護れって言ってもさー。
自分から火の中に突っ込んで行く蛾まで範疇なわけ?」
「文句を言うな、ユッハルヴァ。1人も死なすなとユッハルの指示だ」
「面倒くさいこと押し付けるよなあ、兄さんは。あっちは全員殺していいんだろ?」
「好きにしろ」
「待ってください」
二人の会話を聞いて、思わずレイチェルは呼び止める。
「あん? 誰?」
「殺さなくても、戦意を削げれば、それで十分です」
この騎士達も、雇われ、ただ自分の仕事をしているだけなら、戦闘不能にできればいいのだとレイチェルは思っていた。
何も殺すことはない。
少年はケラケラと笑い出した。
「俺に命令すんな!
他人を虫けらのように殺す奴は、虫けらのように殺されていいんだよ!
文句があるならアンタも俺を、虫けらのように殺してみな!」
龍騎士の少年はそう叫ぶなり、テウタテスの騎士達の中に飛び込んで行き、次々斬り捨てて行く。
「悪いが、価値観の相違と理解してもらおう」
後に続こうとしていたもう1人の龍騎士が、そう言い残す。
「アレに、問答無用で皆殺しにさせないだけでも、俺達としては殊勲でな。
民を死の淵へ扇動しておきながら、民も死なせない、敵も死なせないなどと、虫のいい話には乗れない」
「私達が民を扇動したのは、死なせる為ではありません!」
テウタテスから自由を勝ち取るのが、ルーナサズの民自身の手であれば尚更と思うからこそ。
「理想と同様の現実はついてこないぞ。
イルヴリーヒとやらが返り討ちにあったようにな」
龍騎士はそこまで言うと、身を翻して走り出す。
「まあそういうのも嫌いではないが」
最後の一言は聞こえないように呟いた。
「何を固くなっているのですか、なぶら」
なぶらとは別の龍から降りたパートナーのヴァルキリー、フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が、緊張しているなぶらに声をかけた。
「う、うん、大丈夫」
前回の襲撃に間に合わなかったなぶらは、今回はちゃんとやらないと、という気概があり、それが一層彼の体を固くしていた。
更に、周囲には龍騎士達がいる。
彼等に無様な姿を晒すわけにはいかない、という思いもあった。
「ううっ、しっかりしないと……」
「緊張はわかりますが、気を張りすぎると逆に失敗しますよ。
いつも通り、しっかり戦えばいいのです」
「ん? どうした、初陣というわけでもないのだろう?」
なぶらを乗せて来た龍騎士が、その様子に気付いて声を掛けた。
「しっかりしろよ、今は俺達の代わりにお前達が第七龍騎士の看板を背負っているのだろう」
ガチ、と更になぶらの体が固まったのを見て、その励ましは逆効果です、とフィアナは心の中で嘆息した。
セレンフィリティの対物ライフルが、城の外壁を破壊する。
それは狙いを外したものでも、セレンフィリティが自暴自棄になったわけでもなく、派手で威力のある攻撃で、敵兵の戦意を喪失させようとする思惑だ。
「暴走しているのかと思っていましたが、意外と冷静ですね」
パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に、
「あたしはいつも冷静よ」
と言い返す。
「何故、そんな回りくどい戦い方をする?」
訊ねたのは、近くで戦っていた龍騎士だった。
セレンフィリティを龍に乗せたその龍騎士、アヌは唯一の女だ。
その周囲には、夥しい数の死体が転がっていて、全くこっちの努力を無にしてくれるわよねと思ったが、それはそれで、これを見たら、皆怯えて逃げてくれそうなものだと前向きに考えてもみた。
「生憎、無駄な殺生は嫌いなのよ」
「地球人は面白いことを言う」
アヌは肩を竦めた。
「首謀者を倒せば、それで済むし、テウタテス如きの為に体を張るのはアホらしいと思わせられれば、こっちも必要以上に戦わなくても済むじゃない」
「なるほど」
そう言いながらも、アヌの容赦ない攻撃が緩むことはなかった。
「なるほどは何処に行ったのよ!」
「私とは、考え方が違うものだな、という意味の、なるほどだ」
「歩み寄りを要求するわ!」
イルヴリーヒの容態は悪化の一途を辿った。
最初から、起き上がれるような状態ではなかったのだが、無理をしてきたのだ。
今はもう、意識も戻らない。
「傷はじわじわ広がり続けています。熱も下がりませんね」
治療の魔法が効かない。
ユイリの言葉に、水桶を手に、ファルが泣き声で呼雪に助けを求める。
「コユキ〜。助けてあげられないの?」
「これが呪詛の類なら、テウタテスを討てば、あるいは……」
間に合ってくれ、と、呼雪はテウタテスの城へ向かった仲間達に祈った。
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