校長室
大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
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第15章 (……うーん……) 「な、何ですか?」 先頭のカチェアが持つライトの光が、彼等の進む先を示す。政敏は後方から天井を照らし、その灯りの最中を歩きながら、優斗はアクアの顔をじっと見詰めていた。花見の席でアクアに感じた気持ちが本物なのかどうか確認する為である。あの時は彼女を女性として可愛いと思い、勢いあまって告白までしてしまったわけだが。 それがパートナーに仕掛けられたホレグスリ効果だとはまだ知らず。 (……すごく可愛らしいと思うのは間違いないですけど、前回とは感じ方が違うというか……まあ、それはそうと先日の剣をどうお詫びすればいいのか……というか何か背後から凄まじいプレッシャーを感じるような……) アクアが戸惑っている事にも気付かず、壁も天井も見えていない、罠への警戒なんか気にしないという感じで、道々アクアの横顔から目を離さずに思考に耽る。というか、この思考がアクア本人に聞こえていたら確実にぶっとばされていただろう。 ――そう、テレサ達にタコ殴りにされる前に。 はっ、と我に返って振り向くと、そこではテレサとミアが自分から目を離さずに問い詰めるような視線を送ってきていて。 「優斗さん、なんでアクアさんを見つめているんですか?」 「優斗お兄ちゃん、僕達よりアクアさんが気になるの?」 「アクアさん、迷惑そうですよ? しかも、今はもっと見るべき警戒すべきところがあるのでは? 場を弁えてください!」 「え? ……いや、あの〜その」 これはまずい。本日2回目の浮気疑惑だ。2回目ともなれば今度は無罪放免されるかどうか……。あまりされる気がしないが、優斗は誤解を解こうと努力する。花見の後日に電話があったと隼人が言っていたし、迷惑や心配を掛けた事をお詫びしよう、という気持ちを誠心誠意正直に。 「違うんです。こうして皆さんとはぐれてしまいましたしここは危険です。今回、僕はアクアさんのモノになると志願して彼女を守る事を伝えようかと……」 「「「!?」」」 途端、かぎかっこ3個分の「!?」が発生した。2個はテレサとミアの、もう1つはアクアの分である。全くもって、どこに誠心誠意があるのか分からない。 「…………!!!!!」 驚愕に満ちた表情で、アクアは言葉を失った。言葉の意味を理解しているが、それが完全に守備範囲外で対応出来ない、という状態だ。 「優斗お兄ちゃん、『アクアさんのモノになる』ってどういう事? 優斗お兄ちゃんは僕のモノなんだよ!」 怒り心頭に発したミアが、動物達と共に優斗を囲む。なんだろう、特に嘴がやる気満々になっている気がする。攻撃出来る良い機会的なその目の光は―― 「誰が1番か、ショック療法で思い出させてあげるよ!」 「い、いえ、だからお詫び……う、うわあああああ!」 ぐさぐさぐさがぶがぶがぶぽこぽこぽこぷるぷるぷる……最後に顔の上をふわふわふわ。盛大にくしゃみが出る。 「さあアクアさん、皆さん、行きましょう」 「僕達が協力するから大丈夫だよ!」 「え、ええ……」 魂抜けかけの優斗を放置して、テレサとミアは護衛の皆と歩き始めた。サルとカモノハシを足して2で割った感じの動物略してサルカモが数匹やってきて彼の回収に掛かっていたが誰もそれには気付かない。 風祭優斗――アルカディアの奥へ行く前に、脱落。 ちなみに解説しておくと先の優斗の台詞。『アクアさんのモノ』というのは『隼人がファーシーさんにしたような非武装者用の操作キャラクター』になる、という意味だったらしい。 優斗が回収された後、アクアはちらりと来た道を振り返る。ミアは「アクアさん、優斗お兄ちゃんの台詞は気にしちゃだめだよ!」とか言っていたが気にならぬわけがなく。 「お詫び……、一体何のお詫びでしょうか心当たりがありませんが……。まさか、告白めいた事を言ってそれについてお詫びということでしょうか?」 だとしたら、散々それっぽい事を言っておいて人を混乱させておいて実はその気が無いとか愚弄するにも程がある。いやこちらにその気は無いしこれからも誰かと付き合うなど考えられないのだが。 「…………」 思えば出会った時からそうだった。私が私のした事に引け目を感じていないといえば嘘になる。だからこそ彼の行動や言動が益々理解出来ず、しかし何故かいつも傍に居るといううざ……気になる存在で。 (……もしかして彼は今までも、上滑りな事しか言っていなかったのでしょうか……) 何だか、アクアは腹が立ってきた。ミア達に対し、彼女は言う。 「……あんな男のどこが良いのか解りませんが……、私は貴女達を応援しますよ。どちらでもいいからモノにして、あの巫山戯た性格を矯正してさしあげてください」 カチッ。 「カチッ……?」 『カチッ』。それは、スイッチを押した時に使われる汎用的な擬音。電気のスイッチなどの一般的な日常の音。日常過ぎて気にすらしない音。でも、今この場では不吉過ぎる音。 「これは……!」 落とし穴だった。人3人程が落ちそうな大きさの穴。傍のテレサとミアも驚き、彼女達は―― 「…………っ!」 だが、アクアは穴に落ちる事は無かった。強盗鳥がテレサ達を背に乗せる隣で、政敏がバーストダッシュを使って追いつき助けたからだ。 「…………」 「危ない危ない。もっと注意しろよ」 無事穴の先に着地すると、お姫様だっこ状態であるところのアクアにジト目を向けて政敏は溜息を吐いた。やれやれ仕方ないな、というように。 「……な、何ですかその態度は。少々失礼じゃないですか?」 アクアは驚き覚めやらぬ顔で政敏と目を合わせていたが、そのうちムキになったように無駄に上から目線で彼に言った。自分の落ち度を認めないわけではないが何か非常に癪である。ので。 「私は注意してました。確かに少し気がそぞろにはなっていましたが……大体、まだ私は初めてです! 他にもカチカチカチカチ罠を踏んでいる間抜けな者がいるでしょう。そこの金髪とか!」 「なっ! それは誰のことですの!?」 その言動に、ノートが心外そうにいきり立った。 「名を言う必要はありませんね。ちゃんと自分で分かっているじゃありませんか」 「く、くぅ〜!!!」 ノートはハンカチを噛む勢いで悔しがる。だが、アクアはそれを無視して政敏に意識を向けた。 「……何を笑っているのですか。私は面白い事も、貴方が喜ぶような事も言っていない筈ですが」 「いや……」 政敏は笑い顔のままアクアを見下ろす。何か、満足そうですらある。 「何も言わない方が堪えるだろ。どんな言葉でも、嬉しいもんさ」 「…………! い、いいから早く降ろしなさい!」 アクアは不意を突かれたように黙り込み、そして現状を思い出して抗議した。地に足を付けると怒ったように歩き出す。 「まあ、笑顔もたまには見たいけどな。アルバイトにも、笑顔は必要だろ?」 「……! 余計なお世話です」 「ブラッドちゃん、大丈夫〜?」 その頃。穴に落ちたカリンは自力で這い上がっていた。アクアを助けようと走ったものの政敏の方が一足速く、彼女は落ちてしまったのだ。ちなみに、アクア側にはカリンと花琳のみがワープしてきていて朔やスカサハは居ない。朔達は恐らく、ファーシー側に残ったのだろう。 「ったく、何がアルカディアだよ。落とし穴の神殿とでも改名した方がいいんじゃねぇの?」 アクアの背を見ながら穴の縁でそうぼやいた、その時。 「機械人形達が来ます!」 先頭で警戒していたカチェアが曲がり角の前で皆に注意を促した。 「武器は……剣が多いです!」 彼女がヴァーチャーシールドで人形の初撃を防ぐのとカリンが銀の飾り鎖をアクアに巻きつけて引っ張るのはほぼ同時だった。 「…………!」 直前、アクアの鼻先を人形の剣戟が掠める。ワープ前の部屋にいたものがこちらに来たのか、人形達だけではなく魔物達もいる。最初から戦闘意欲満々だ。 「…………」 皆が前に出て機械人形達を防ぎ始めたところで、天樹がヒラニィの袖を引っ張った。天樹の手元を見ると、ホワイトボードに何か書いてある。 「どうしたのだ? 『床が変』?」 文字のままに床を見る。不透明だった床が、前方から徐々に透明になっていく。その後から姿を現したのは、白い薄羽衣を着た金髪美女。彼女は皆の前で進行を止めると、厳かに宣告する。 ――“花琳・アーティフ・アル・ムンタキム”、『アルカディアニ行キタイ』ノナラ……招イテヤロウ。 「……へ? ……あ、そういえばそんな事言ったね」 不意に名を呼ばれて驚く花琳。彼女が工房出発前の言動を思い出していると、その間にカタコト美女はさっさと姿を消した。床も元に戻る。一度始めたら後には引けない、という感じの潔い去り方だった。 だが、美女が去ったからといって安全になったわけではない。状況は変わらず、機械や魔物は彼女達を狙ってくる。護衛の皆が個々に機械達の対処に追われる中、人型は相変わらずアクアに的を絞り、襲ってきた。 「……あ……」 ふ、と防衛体制に穴が空く。ほんの少しの、極僅かな間隙だった。それを見逃さず、機械人形がアクアの正面に突進する。 ちょうど1体の機械獣を倒した政敏がそれに気付いてバーストダッシュを使った。一気に間合いを詰め、人形の前面に粘体のフラワシを展開する。ゼリー状のフラワシは柔軟に剣を受け止め、勢いを殺して押し返す。そこで、政敏は銘刀【風雅】を振り下ろして相手の剣を叩き折った。丸腰になった人形は、尚も何かを求めるようにアクアに迫る。それを認めた彼は、動きを止める為に人形の稼動部を狙った。機体自体は極力傷つけないようにして無力化を図る。 そして―― 静かになった通路で、アクアは機械人形達を見下ろしていた。皆が彼女を見守る中、リーンが人形の体を点検する。ケーブルを繋げられる箇所が無いかを探しているのだ。 「うん。ここならいけるかな?」 籠手型HCを接続し、リーンは画面を操作する。しばらくしてから何かを見付けたのか、彼女は言った。 「“彼女”達の『記録』を少し貰う。……データ転送出来ればいいのだけれど」 「記録? 何か残っているのか?」 「攻撃相手を見極めるプログラムとかもあるけれど、一番抽出したいのは神殿の地図情報ね。これが無いと正確に敵を追うことも出来ないし入ってると思ったら、案の定」 それを聞き、レオンはリーンに近付いた。 「ユビキタスで学校のコンピューター宛てに送っておこう。それと、銃型HCで現在探索中の者達がすぐに見られるようにした方が良いな」 「では、わらわも協力しよう」 山海経も近付き3人が作業をする中、アクアは黙ったままだ。考える事、浮かぶ疑問。 “彼女”達――とリーンは言った。そう、この神殿の機械人形は全て、少女の姿をしている。何故“少女”なのか。何故機械獣や魔物達と違い、機晶姫を優先して狙ってくるのか。 脳裏に蘇ってくるのは、丸腰になった時に伸ばされた手。 「アクア」 落ち着いた声で、政敏が声を掛けてくる。 「――武器だけを壊した理由、分かるよな」 アクアは彼を見なかった。彼を見ないまま、少女達を注視した。分かるかどうかはさておき、確かに『出来る』事はあるだろう。彼女達が、機械故に。かつての自分を思い出す。状態によっては、もしかして他の人形達も―― 作業を終えたリーンがアクアを見上げ、静かに言った。 「この位置はマーキングしたわ。どうするかは貴方が決めなさい」 「…………」 アクアは黙り込み、その意味を考えてから言葉を返す。 「私が? 私が決めるのですか? 此処に居るのは、この場に立ち会っているのは私だけではありません。貴女も、そして、皆も。私は何もしていません。彼女達と直接対峙したのは、貴女達です。それなのに貴女は……私に決定権を与えるというのですか?」 リーンは静かにアクアと目を合わせ、視線を交わす。そこからは、肯定の意が伝わってくる。 「道理に合いません。私がこの者達の行く末を決定する際、貴女達の意志はそこに介在しないのですよ? それが意に沿わないものでも良いというのですか?」 「生み出せばいい。貴方が。私達はその可能性を残す」 「…………」 「貴方の気持ちを形にしなさい。それがきっと、笑顔に繋がるわ」 そう言って、リーンは笑いかけてくる。彼女の笑顔をじっと見詰め、アクアは―― 彼女は、1つの結論を出した。次に決めるのは、今後の行き先。これまでとは違い、手元には詳細な地図がある。何処へ行くか。何を選び取るか。 「…………」 何か、靄々としたものが胸の中に渦巻いている。しかし上手く言葉に変換することが出来ず、アクアはますます靄々した。実は、それは焦燥感というものだったのだが彼女は分からない。本気で自分達を攻撃してきていた機械人形達。その最中でワープし、あの後ファーシーはどうなったのか―― 彼女がそんな思いを抱えている中、テレサがワープ直前に起きた事について説明する。優斗の話を聞き、ファーシーが隼人に壁を攻撃するように言った時の事だ。 「ですから、隼人さんがライナスさん達の所へ行ったのは確実だと思います。私達がこうして纏まっているように、ファーシーさんも一緒にワープしたかもしれません」 「…………」 「アクア様、ファーシー様なら大丈夫ですよ」 それでもまだ心配なのか、アクアの表情は浮かない。そこで、彼女を安心させるように望は言った。 「先へ進めば、再会も出来ます。ファーシー様の目的は、ライナス様達を助ける事でした。ですから、そのように動いてみてはどうでしょう? もしかしたら、ファーシー様を助ける事にも繋がるかもしれません」 「ライナスを……助ける、ですか?」 確かに、彼を助ければ先の決定の一助にもなるだろう。だが――一度は葬ろうとした男を助けるなど、何という皮肉か。 「そうですね……分かりました」 「あ、ちょっと待って!」 そこで、花琳が何かを思いついたように声を上げて携帯を取り出す。 「ばたばたしてて忘れてたけど……、私達ならお姉ちゃんに電話出来るよ! ファーシーさん達が今どこにいるか、確認出来るかも……」 彼女の言葉を聞いて、皆は「あ」という顔をした。すっかり失念していた。花琳は早速朔に電話を掛ける。無事に繋がったようで少し会話し、通話を切った花琳は皆に行った。 「うん、やっぱり、ライナスさん達と一緒にいるって。私達以外は、全員ワープしたみたいだよ?」 『…………?』 報告を聞き、アクア達は顔を見合わせる。居場所が分かり安心したが、何故全員なのか。どうにも、ワープの規則性が不透明だ。だがこれで、次の目的は100%決まった。出られなくなったファーシーを、助ける事だ。 「では……まずは、情報管理所に行きましょう」 望が音頭を取り、今までに集まった情報と地図を照らし合わせて情報管理所を割り出し、向かう。 「本を守るガーゴイル、のう……。切り崩すのは、そう難しい話ではないのかもしれんの」 その道中で、山海経はひとり自分の所感を述べる。それを聞きながら歩き、やがて広めの通路に出る。動物の下半身を模った石が通路に転がっていて少々驚いたが―― 彼女達は無事、情報管理所に辿り着いた。