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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)
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第19章 街〜バァルとバルバトス

 火災で崩壊した家屋が両側から道をふさいでいた。
 彼らの背丈を越えて積み重なり、向こう側がどうなっているかも分からない。
「仕方ない。回り道をしよう」
 横の小路地に向かおうとしたとき。
「あら〜。まだこんな所にいたの〜?」
 いつからそこにいたのか、バルバトスが屋根の上で膝を組んで足をぶらぶらさせていた。
 反射的、全員が臨戦態勢をとるのを見て、さもおかしそうに目を細め、ふふっと笑う。
「飛べない人間って不便ね〜。かわいそうになったから、ちょっとだけお手伝いしてあげちゃおうかしら〜」
 立ち上がったその手にはハルバードが握られている。先端に漲り始めた力。それは到底魔弾と呼べるものではなく、それをはるかに上回る、魔力の塊だった。
 道をふさぐ家屋の瓦礫どころか、そこにいる全員を即死させかねない。
「避けてね〜」
 それができるなら、だけど♪
 冷笑を浮かべて、バルバトスは槍を突き出し放出した。
「くそっ!!」
 とっさに七刀 切(しちとう・きり)フランメ・シュルトを向かわせた。自身はバァルの前に立ち、少しでも彼をかばおうとする。
 フランメ・シュルトはバルバトスの槍を持つ手に傷をつけ、攻撃の方向をわずかにそらすことに成功した。
 ――が。
「うわあああっ!!」
 直撃を避けられたとはいえ、彼女の放った魔力の塊の威力は凄まじかった。すぐ横の家屋にぶつかり、両隣3軒を破壊する。生まれた爆風は、彼らを人形のようにいともたやすく吹き飛ばした。
「……いたたたた……」
 自分の上に乗っていた瓦礫を蹴っ飛ばし、切は身を起こした。
「無事か? 切」
 魔鎧黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)が訊く。
「なんとか。音穏さんのおかげだねぇ」
 向かい側の破壊跡を見て、つくづくため息をついた。そこは丸く地面がえぐれているだけで、何もない。
「――っと、バァルたちは?」
 魔鎧をまとっていたのは自分だけだ。早く合流して、無事を確認しないと。そう考えたときだった。
「ふふっ。面白い技を使ってくれるじゃな〜い」
 すぐ真上から、ぞっとするほどの冷気をまとった声がした。
 仰ぎ見た先、バルバトスが斬り裂かれた腕を見ている。赤く塗られた爪が、ピン、と流れた血をはじく。その滴が下の切にかかる前に、腕は元どおりなめらかな肌に戻っていた。
「ああ……なんだか楽しくなってきちゃったわ〜」
「くそったれ!」
 我刃を抜刀しながら再びフランメ・シュルトを放つ。しかしバルバトスはそれを読んでいたように残像を残してその場から消えた。
「どこだ!?」
 必死に姿を求める切をあざ笑う声が頭上より降る。
「上か!」
「はずれ〜」
 声は、すぐ真後ろからした。頭上のバルバトスは消え、それも残像であったことを知らせる。
「吹き飛びなさい」
 酷薄な宣言がして、切の頭に手が伸びた。チカッと魔弾の光が手のひらで生まれた瞬間。
 銃声とともに、バルバトスの手に丸い穴があいた。
「私は、血を見るのは好きです」
 建物の影から対物ライフルを手にリゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)が姿を現した。淡々と、抑揚のない声で彼女はバルバトスに向かい、言葉を発する。
「だから争いを否定する気はありません。でも、戦う覚悟のない人、裁かれる罪もない人を殺すことを良しとはしません」
「あなた、ばかね〜。本気でそんなことを言ってるの〜?」
 バルバトスはきゃらきゃらと笑い、手にあいた穴を舐める。その穴がきれいにふさがっても、もうだれも驚かなかった。
「だとしたら、とんだ甘ちゃんね〜。どんな争いも、当人だけですむものなんかないのよ。いつだって弱い者が巻き添えになるの。あなた、水は高い所から低い所へ流れることぐらい知ってるでしょ〜? 高いものは常に低いものを犠牲にするのよ。そして必ず低いものは存在する。存在しなければならないから。それが定理」
 そのためにはるかな昔、ザナドゥは地下に落とされた。――そんなことのために。
「……それがいやなら、強さが必要なのよ。何者も侵すことができないくらいの強さがね!」
 声から攻撃を嗅ぎ取った切が我刃を振り切る。それを楽々かわし、上空へ舞い上がったバルバトスから、リゼッタに向けて魔弾が撃ち込まれた。
「ねぇ」
 後方に跳びながらシャープシューターで相殺を図ったリゼッタに、バルバトスはまるで赤子に問いかけるように話しかける。
「あなたは歩くとき、足の下でつぶれるアリのことを考えたことはある? アリはあなたに害意を持っていたかしら〜?
 アリをつぶすことを気にしていたら、外なんか歩けないのよ」
「だけどあなたはそれを楽しんでいる! 無力なアリを踏みつぶし、その上でダンスを踊ることを!
 過去にどんな理由があろうとも、今のあなたたちは争いに、血に、狂いすぎました。次は地下ではなく、地獄に堕ちなさい!」
 宙のバルバトスに向け、リゼッタは連射する。その銃弾は、すべてバルバトスに届くはるか手前で見えない壁に激突したように砕け散る。
「……地獄なら、とうに堕ちてるわ。こんな場所、なんてことない」
 ハルバードが振り切られた。
 カチリ、とスイッチの入った音がする。
 みるみるうちに展開していく鋼鉄の兵器、ガンランス。
「もういい? 私、今日はばかなコの相手ばかりして、疲れちゃった〜」
「リゼ!!」
 切がその背にかばう。
「駄目だ、切。この距離ではあれは我でも防げない」
 そして逃げようとも、バルバトスの飛速の方が上なのは分かりきっている。逃げられない。
 凶暴な獣のごとき砲弾が、今しも発射されようとしたときだった。
「させない!」
 一陣の風がバルバトスを強襲し、翻弄した。
 突然横からの攻撃を受け、手からガンランスがはじけ飛ぶ。
 タービュランスからのエアリアルレイヴ。フリューネがハルバードを振り切った。
「フリューネ!」
「行って」
 バルバトスを見据え、警戒しながら言う。
「だけど――」
「早く行きなさい! あなたたちには彼女と戦うよりしなければいけないことがあるでしょう!?」
 その言葉に、切はバァルたちを思い出した。これだけの騒ぎが起きているのにだれも現れない。彼らにも何か起きているのだ。あるいは、先の切のように瓦礫の下敷きになってしまっているのかもしれない。
「……くそっ。行くぞ、リゼ」
 切はリゼッタを連れ、その場を離れた。
 フリューネはそれを横目で確認すると、すぐにバルバトスへ注意を戻した。バルバトスの手にはガンランス形態を解いたハルバードが握られている。
 殺意にぎらついた水色の瞳が彼女を見返した。
「はぁっ!!」
 ハルバードを両手でかまえ、フリューネは突貫した。バルバトスは笑ってそれを迎え討つ。
 己を貫かんとしたバルバトスのハルバードを、フリューネは背中側に流して紙一重で避けた。ハルバードを片手に持ち替え、リーチを伸ばす。交錯する2人。フリューネのハルバードがバルバトスの胸元に下がっていたクリフォトの護符の紐を断ち切った瞬間、フリューネはカウンターの魔弾を受け、吹き飛ばされた。
 圧倒的な力の前には悲鳴を上げることもできず、フリューネは家屋に突っ込んだ。屋根を突き破り、二階の床を突き破ってさらに一階へと激突する。だが意外にも、フリューネが覚悟していたほどの痛みはなかった。
 落下が止まり、顔を上げてようやく自分が静麻を下敷きにしていることに気がつく。
「……っぁ……」
「! ごめんなさいっ」
 自分の身代わりになって声もなく痛みに耐えている静麻を見て、あわて気味にフリューネはその胸を押しやった。そのまま舞い上がろうとした彼女を静麻は強引に引き戻し、自分の下にかばい込む。
「動くな。月明かりの下に出るんじゃない」
 そして、月光を背にしたバルバトスらしき影の様子を伺った。護符を失ったその体はイナンナの結界に反応してパチパチと青白い光を放っている。だがさすがに魔神ともなれば、ほかの魔族のように燃え上がったりはしないようだ。うとましげに髪を肩向こうへ払い込んだりしているが、能力が衰えている様子もない。
 この状態で魔力の塊か、あの兵器を撃ち込まれれば万事休すだ。祈るしかない。固唾を飲んで見守る中、バルバトスはフリューネが戻ってこないのを見て、どこかへ飛び去って行った。
「……よし。もういいぞ、フリューネ。――フリューネ?」
 ぴくりとも動かなくなったフリューネを訝しみ、見下ろす。苦痛に顔をゆがめたフリューネの下から血のにじみが広がっていた。急いでひっくり返すと、背中が斬られていた。
「あのときか!」
 バルバトスのハルバードを紙一重で避けたと思っていた。だが完全に避けきれていなかったのだ。
「フリューネ! ヘイリー、早く来て!!」
 真っ赤に染まった背中に、降りてきたリネンが真っ青になってヘイリーを呼ぶ。彼女のヒールを受け、瞬く間にフリューネの傷は癒された。
「もう……大丈夫」
「フリューネ……」
 心配げに見下ろしている3人を順に見て、フリューネは小さく笑んだ。
「ありがとう、みんな」


*          *          *


(ここは……)
 目覚めたとき、バァルは一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
 道に仰向けになって月を見上げている。だが夜空を飛びかっているのが鳥などではなく魔族であると気付いたとき、瞬時にすべてを思い出した。
「……うっ……」
 大急ぎ身を起こし、くらりときて頭に手をあてる。痛みをふり払い、よろめきながらも横の半壊した家屋を支えに立ち上がった彼の前に、進み出る者が1人。
 彼の元へ近寄るでなく、距離を置いて足を止め、そこでじっと沈黙している。
 バァルは吐き気と戦いながら、足から順に目を上げて行った。
 見覚えのない男だった。
 表情が冴えず、どことなく投げやりな暗い目をしているのが印象的な男だ。だが今のアガデの状況を思うと、そうなってもなんら不思議はない。
「きみ――」
「みごと会談は失敗に終わったようだな、バァル・ハダド」
 せせら笑うでなく。
 ただ事実を語っただけ、という声で彼――互野 衡吾(たがいの・こうご)は告げた。
 それを耳にした瞬間、夜目にもはっきりとバァルの顔が強張ったのが分かる。
 黒煙に覆われた空を飛ぶ魔族、崩れ落ちて見る影もない家屋、いまだ消し去れていない火の手、風に乗ってかすかに届く悲鳴と苦悶の声――それらすべてを指し示すように、衡吾はぐるりと見渡した。
「この惨劇。これを魔族が引き起こしたと思っているなら、それは筋違いだぞ。
 キミだよ。すべての発端はキミにこそある」
 胸を斬り裂かれたような痛みがバァルを襲った。
 それはバァルも一度ならず思っていたことだった。
 彼を気遣い、だれも口にしなかったが、それが事実であることは動かしようがない。
 アガデが今燃えているのも、人々が虐殺されているのも、自分の認識が甘すぎたから。
「しかしこれではっきりしただろう? 魔神が望んでいるのは女神イナンナであって、小国の一領主にすぎないキミなどではないんだよ」
 衡吾は沈黙するバァルから的確にそれと読み取り、さらに一歩踏み込む。
「手痛い授業料だったね。とても高くついた。その代償を負ったのがキミではなく、この街の人たちとは理不尽な話だけれど。現実とはそういうものだ。それは受け入れるしかない。
 今、キミはこの事実を前に打ちひしがれているかもしれない。だけどキミがしたことだって、そう悪いことばかりじゃない。拾い上げられるものだっていくらかある。魔神たちの目的があくまでイナンナだということも分かったしね」
「……きみは……。何を、言っている……」
 そう口にしながらも、バァルは理解していた。
 ぐらぐらと揺れる重い頭の隅で。にぶい警鐘が鳴っている。彼は敵、悪魔のささやきだと。
 頭にあてていた手を、腰のバスタードソードに降ろす。――いけるか? 今の状態で。
「それに、あの段階で講和を求めたキミの考えは賞賛に値する。魔族と手を結ぶことを考えた領主はキミだけだった。戦うことを拒み、平和を求めることは決して悪いことじゃない。そう、キミは手順を誤っただけだ。先に彼らの求めるものを準備することができなかっただけ。だが、今度は間違ったりしないだろう?
 やり直そうじゃないか、今度こそ、平和のために。俺も微力ながら協力する――」
「ああ、また耳にしてしまいましたわ」
 もううんざり。そんな言葉が向かいの小路地から聞こえてきた。
 石畳にヒールの音をさせながら、彼らと同じ月明かりの下に出てきた崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、本当に辟易しているのだと言わんばかりに不満と嫌悪の表情を浮かべている。
「ねぇバァルさん、知っていました? 聞くに堪えない言葉っていうのは本当に存在するんですのよ。そしてしばしばこうして耳にしてしまうんですの。いやになりますわ」
 素気なく肩をすくめ、衡吾を斜に見る。
 衡吾が何をしようとしていたか、亜璃珠は先刻承知だ。
「こんな論理をはき違えたおばかさんには、おしおきが必要ですわね?」
 だれかに問いかけるような言葉。彼女が言い終わると同時に、ザッと黒い影がその横をすり抜けた。
「なに!?」
 その存在に衡吾が気付いたときにはもう、腕に衝撃を受けていた。
 ベルフラマントをなびかせたマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)のバイタルオーラだ。そしてそれにひるんでいる隙に距離を詰め、則天去私を叩き込もうとする。
「くっ……!」
 腕をかばいつつ、衡吾は危ないところでそれを回避した。触れただけで切れたほおも、腕も、肉体の完成とリジェネレーションで回復可能だ。痛みを知らぬ我が躯もある。バァルに接触しようとする以上、コントラクターとの接触は避けられないことが分かっていたから防御はあらかじめ固めてきている。
 よろめきながらも衡吾は闇術を放ち、マリカがそれにひるんでいる間に距離をとった。
 その手には、いつの間にかワイヤークローがある。
「おまえ、悪魔だな。同胞を裏切り、人間の側につくのか。悪魔なら悪魔らしく、人間を説得してこちらに引き入れるべきじゃないのか」
「私はあまり賢くはありません。魔神の方々のように、誇るものもありません。だから亜璃珠様やお友達……あの人と、一緒にいられる小さな幸せを守れれば、それでいいんです」
 マリカの胸に、小さな灯のように、ここにはいないその人の姿が浮かんだ。彼女とすごした記憶は、そしてもらった言葉は、思い出すだけで彼女を温めてくれる。
 それは、ザナドゥでは決して得られなかった幸せ。
 その幸せのために、戦いましょう。
 マリカはかまえをとり、まっすぐ走り込んだ。
「バァルさん、大丈夫ですか?」
 戦闘はマリカに一任し、亜璃珠は道を渡って彼の横につく。
 バァルは彼女が現れたときと全く同じ、横の壁に身をもたせかけていたが、気丈に頷いて見せた。
「大丈夫……少しめまいがしているだけだ」
 めまいと吐き気。軽い脳震盪を起こしているのかもしれない。
「腰を下ろして、休んでください。あの者のお相手はマリカで十分。ここで待っていれば、そのうちほかの人たちが見つけてくれますわ」
 手を貸し、その場に座らせた。壁にもたれた彼の額に浮いた汗を拭きとってあげる。
「すまない……」
 バァルは立てた膝に手をつき、目を閉じた。
「ねぇ、バァルさん。魔族は何の為に地上を攻めたのでしょうね」
 マリカの戦いを見ながら、亜璃珠は静かに問いかけた。
「カナンの再生、シャンバラ建国、そしてルシファーの復活……どれもその地の民にとっての悲願。それを理解しようとせず、ないがしろにするようにただ戦いたくないと停戦を求めるのは、さすがに底が浅かったのではないかしら?
 武器を捨てても、この場で和解ができても、彼らの願いは叶わない。まして、よく知りもしない相手に向かって闇雲に手を伸ばせば、虚を突かれるのは当然。もちろんセテカさんや騎士様方を配されていましたわ。けれど十全ではなかった……その非は、たしかにあなたにあります。でも、それ以上の責は負う必要のないものですのよ。
 ああ、それにネルガルの事にしても……戦わなければ解らなかった。ぶつからなければ、意味がなかったんじゃなくて?」
「それは……」
「相手の意図を汲んであげていればよかった……そう思うのはあなたの勝手。ですが、それはネルガルの意図したことではなかったということを、あなたはお忘れじゃありません?
 彼はあなたに理解を求めてはいませんでしたわ。あなただけでなく、すべての人に。彼が望んだのは感じること、そして1人ひとりが気付くこと。悟ること。立ち上がり、ぶつかってくること。決して、彼を理解することではなかった。そうではなくて?
 彼はみごとにカナンを再生させ、自分の成したことに満足して逝きましたわ。あなたがこだわることなど何ひとつないでしょう」
 亜璃珠の言葉は胸にしみた。傷口に塗り込む薬のように。
 やがて彼らの前、衡吾は逃走に入った。もともと彼は、彼女たちを傷つけたいわけじゃない。
 マリカの足に奈落の鉄鎖をぶつけ、動きがにぶった隙に路地の暗がりへ走り込む。あとを追おうとしたマリカを、亜璃珠が呼び止めた。
「いいわ、マリカ。それよりこちらにきて、ナーシングをお願い」
「申し訳ありません」
 亜璃珠の元へ戻ってきたマリカがバァルの治療にあたる。
 それが終わるころに切やリゼッタが合流して、彼らは再び居城を目指して走り出した。


*          *          *


 居城へ近づくごとに、魔族の数は増えて行った。彼らの目的も城であるから、当然ではあるが。
 リゼッタが援護射撃をする中、バァルがバスタードソードを、そして切が我刃を手にマリカとともに突っ込み、中央突破をかける。側面や後方から回り込もうとする敵の攻撃は亜璃珠が戦乙女の心を展開させ、防御した。
 突破しさえすれば、魔族はなぜか追ってこなかった。
 隊列を整え、再び粛々と進軍を始める。
「案外、攻撃さえしなければ通してもらえるのかもねぇ。「通してください」って言えば」
「じゃあ切くん、次に魔族の軍と出くわしたら、武装解除して突っ込んでください。もちろん1人でですよ。援護しませんから」
「いやそれはちょっと」
 ごにょごにょごにょ。
「ホラ、ちょうど目の前にいますよ」
 彼らは居城へと続くゆるやかな坂道の手前にさしかかっていた。最外門があり、ここを抜ければあとは居城への1本道だ。
 当然そこには魔族の軍兵がいる。しかも大勢。今までで最大規模の。
 簡易な鎧に身を包み、槍や剣をかまえた彼らは、少なくとも今視界に入るすべての道をおおっていた。
 この中を突っ切るのか? どこまで続いているかも分からない、この魔族の壁をたった5人で突破するだって?
「これはまた……」
「行くぞ」
 魔族の軍兵たちが彼らの存在に気付いて振り返ったのを見て、バァルが走る速度を速めた。疾風バァルの異名を持つバァルは、あっという間に彼らとの距離を詰めようとする。
「……ちっ」
「行くわよ、マリカ」
「はい、亜璃珠様」
 ここまで来て、バァルだけを行かせるわけにはいかない。その背に続くように走り出す。
 そのとき、彼らを追い越していったミサイルが前方の魔族の固まりにぶつかり爆発した。間髪あけず、カッと火線が前列の魔族を横なぎするかのように走り、燃え上がる。
 爆風が去ったあと、振り返ろうとしたバァルの横を小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が駆け抜けた。
「遅れてごめん、バァル!
 コハク! やって!!」
 すさまじい火力による連続攻撃を受け、いまだ立て直しきれないでいる魔族に向け、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が容赦なくジェットドラゴンのブレスの第二波をぶつける。
「美羽!?」
 驚くバァルの前、美羽は炎のカーテンを越えてこようとする魔族の影を狙い、両手に持った魔銃モービッド・エンジェルでクロスファイアを放った。
 ヴォルケーノによるミサイル、ジェットドラゴンのブレス、そしてクロスファイアによる地獄の業火が大道でひしめきあっていた魔族をほんの数秒で半円状にえぐりとる。
「みんな、行こう! ここを登り切ればお城だよ!」
 勝利の女神のごとく燦然と、美羽は接近戦用に切り替えた大剣を持つ手を高く掲げた。そして先陣を切るように、火力の弱まった魔族の軍に突っ込んでいく。それを追うようにコハクのジェットドラゴンが飛翔し、敵陣のただなかに舞い降りた。両手に持った飛竜の槍で、巨大な機械竜の出現にとまどっている魔族にライトニングランスを叩き込む。
 周囲すべてが敵という状況でありながら、彼らはそんなことものともせず、戦っていた。
 そして、そんな彼らを後方から我は射す光の閃刃を飛ばして援護するベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)
「バァルさん。この一晩で、たくさんの人がたくさんのものを失いました……。失われたものは返ってきません。今も、これからも。ですから……これ以上失わないために、今は戦ってください」
 決してさっきのような、自暴自棄な心からではなく。今あるものを守るために。
「――そうだな。すまない」
 バァルに、ベアトリーチェはにこっと笑いかけた。
「やあーーーーっ!!」
 裂帛の声とともに美羽の持つ大剣が振り切られた。それはただの剣にあらず、光の刃を持つ大剣型光条兵器である。夜の暗がりで光輝にまぶしいほど輝くその刀身は、今、ライトブリンガーの輝きでますます輝きを強めている。
 その大ぶりの剣を見て、小柄な美羽には扱いきれないのではないかと眉をひそめる者は少なくないだろう。美羽はわずか150センチにも満たない。大剣はほぼ、彼女の身長と同じ長さだ。
 しかし彼女はそれを、まるで己の手の延長であるかのように巧みに操っていた。夜気を切り裂き、ひと振りで複数の魔族をなぎ倒す。胸の中の熱く燃える怒りそのままに、それは非情な一撃となって彼らを裁いていた。
 彼女にとって、これは正義の鉄槌だった。平和を願って差し伸べられた手を、あまつさえ利用し、大勢の罪なき人々を死に追いやった。
 ここに来るまでに見た、殺された人々の姿を思い出すたび、心がねじれそうな痛みが生まれる。そして、際限ない怒りが。
『憤怒は力を生む。が、感情に囚われるな。使いこなせ。心は思いの奴隷にあらず』
 高台で戦ったザナドゥ側コントラクターの言葉がよみがえる。
「そんなの……無理!!」
 この思いを止める方法なんか知らない。熱く、熱く、頭が芯まで燃え上がるようなこの力を止めることなんかできない。
 きっとこのパワーが、私なんだ。
「はっ!!」
 隣で戦っているバァルの死角をついて振り下ろされた剣をハイキックで蹴り飛ばす。勢いを殺さずくるりと回って、奥足であごを蹴り上げた。鍛え上げられた彼女の蹴りは凶器も同然。まともに受けた魔族は白目をむいて後ろ向きに倒れる。
「美羽」
「絶対、絶対、お城を守ろう、バァル。これ以上この都を、魔族なんかの好き勝手にさせない!」
「……ああ。絶対に」
 美羽につられたように笑みを返し、思い新たに剣をかまえたバァルは魔族の壁へと斬り込んでいく。
 戦いのただなかで。美羽はほんの数瞬、城を仰いだ。
(でないと、エリヤだってきっと安心して眠れないから……。
 ねぇ、エリヤ。あなたのお兄さんも、この都も。きっと私たちが守ってみせる!)
 コハクやベアトリーチェと視線を合わせ、頷き合う。思いは同じだ。心はひとつ。
「いくよ」
 コハクの短い合図のあと、ジェットドラゴンが再びブレスを放つ。猛々しい火炎が走り抜けたあとには、道が生まれた。
「そこを、どけーーーーっ!!」
 道をふさごうとする魔族たちに向かい、美羽の大剣が大上段から振り下ろされた。