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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第2回/全2回)
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第16章 街〜バルバトス(1)

「〜〜〜♪」
 時計塔を飛び立ったバルバトスは、かなりの上機嫌で夜空を飛んでいた。
 地上の空を舞う魔族たち。下から聞こえるのは人間たちの阿鼻叫喚。
 ゾクゾクするほど心地いい。
「これが真昼の青空だったら申し分ないんだけど〜」
 くすくす笑いが口をついて出る。
 ふと下に流した視界に、屋根の上に墜落した者の姿が見えた。よほど高度から落ちたのか、屋根を破砕し、半ば埋もれるようにして仰向けに倒れている。
 最初、それは魔族に見えた。だが違う。かといって、人間にも、他の種族にも見えないが……。
「あなた、人間〜?」
 興味をひかれ、バルバトスは舞い降りた。
 鋼鉄製の骨でできた羽――それもほとんど折れて、使い物にならなくなっているが――と、奇妙な四肢をしている。
「ねえ〜? 生きてるんでしょー? それとも死んじゃってるの〜?」
 左目が破壊されて血まみれになった顔を、ためしにつんつんつついてみた。
 それに反応してか、ぶつぶつと何かをつぶやき始める。
「んんっ?」
 耳を近づけてみたが、よく分からない。『悠美香』がどうの『約束』がどうの、何度か繰り返し出てくる単語がかろうじて聞き取れるぐらいだ。そもそも、ちゃんとした文章を発しているかどうかもあやしかった。
 残った右目の上でさっさと手のひらを振ってみる。瞳孔が開きっぱなしで、見えているようにも見えない。
「ん〜?」
 唇に指をあて、バルバトスはちょっと考え込んだ。
「まぁ、こういう毛色の変わったものも、たまには面白いかもね〜。
 さあ出てきなさ〜い、魂ちゃん〜」
 バルバトスの五指が、月谷 要(つきたに・かなめ)の胸にめり込んだ。
「……ッ……ッ!!」
 胸の中をかき回されるような痛みに反応して、要の体がびくりと跳ねる。じっとりと汗ばんで震える体。だがすぐに込み上がってきた熱い感覚に支配された。痛みに耐える表情は快楽に緩み、悦楽の表情へと変化する。
「ううっ……はぁ……っ」
「ねぇ……気持ちいい? イッちゃいそう〜? あなた、とっても敏感ね〜。それに、強くて元気。やっぱり若いからかしら。死にかけてるくせに〜」
 たわむれに指をうごめかせながら、耳元で吐息まじりにささやく。
 それから時間をかけて要をひと通り堪能したバルバトスは、やがてずるりと魂を引き出して壺の中に入れた。
「……あ……」
 結局のところ、強すぎる快楽は痛みと変わらない。今の彼の状態ではなおさらに。
 竜巻のごとき奔流からようやく解放された要の胸が、大きく深呼吸をする。
「ふふっ。ここであんまり楽しみすぎると、あなたほんとに昇天しちゃいそうだから……この続きは、あとの楽しみにとっておきましょ。
 ついでにこの顔の傷も治してあげましょうね〜。せっかくの美形サンなんだもの〜、やっぱり見られる容姿がいーわよね〜」
 バルバトスはぺろりとほおについた血をなめとる。舌をはわせ、唇で吸い……チュッと額にキスをしたとき、要の左目は修復されていた。
 だが元通りというわけではない。黒い右目と違い、あきらかに左目は明度が上がって銀色っぽい灰色になっている。
「んふっ。これはね〜、あなたは私の物っていうしるしなの。オモチャには必要だもの〜。鏡を見るたび、思い出しなさい、あなたは私のオモチャなんだって。
 さぁさぁ起きて〜、起きなさい。命令よぉ」
「は……い……」
 目は開いていても焦点は定まっておらず、まだまだ意識は回復の途上にある。失われていた感覚もほとんどが戻っていない。そんな、心身ともに大部分が朦朧として判然としない状態ながらも、魔神の命令に従って、肉体が起き上がろうとしたときだった。
「!」
 バルバトスは己への殺気を感知して、後方へ飛んだ。
 残像を抜いて、銃弾が向かいの屋根を破壊する。
「あなた、やっぱり裏切るのね〜」
 殺されかけたというのに、バルバトスは楽しげにくつくつと笑っていた。
「裏切る? ……あぁ。あのですね。最初に言ったでしょう?「私は味方ではない、ただいるだけだ」とね」
 反対側の屋根の上で、六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)は肩をすくめて見せる。
「ふう〜ん? そのただいるだけサンが、なぜ私に攻撃をしてくるのかしらぁ?」
「私は、こうも言ったはずです。「私はあくまで研究者、観察する者」だと……」
 なのに、その私を当事者とした。それだけじゃない、加害者として利用したのだ。
 もしも裏切った者がいるとすれば、それはバルバトスの方だった。
「ああ、そう。そういうコト」
 強張った鼎の白い面から察して肩をすくめると、バルバトスはどことなくハルバードに似た重厚な槍のような己の武器をタクトのようにクルクル回転させ、カツンと立てた。
 カチカチカチッ――鋼同士が噛み合う音がして、それまで折りたたまれていた部分が伸び、槍は一瞬で本来の姿、ガンランスへと戻る。
 槍のように見えながら槍ではない、この鋼鉄の武器。穂先となる部分についているのは砲である。まるで戦艦用大型砲を引きはがして無理やり3分の1程度の大きさにしたような外見だ。トリガーを内部に持ち、厚い装甲で右腕を半ば以上おおってしまう構造は、ギガントガントレットをさらにひと回り大きくしたようにも見える。
 初めて目にしたその超級砲に度肝を抜かれ、鼎は息を飲んだ。
 こうなるともはや武器といった生やさしい言葉ではおさまりがつかない。これは、兵器だ。
「さあいらっしゃい。相手してほしいんでしょ〜? その覚悟で、私に銃を向けたのよね〜?」
「……くッ!」
 事ここに至って、退くことはできなかった。そもそも魔神を相手に単身勝負を挑んで、勝ち目がないのは分かっていたことではないか。
 身を低く構え、プルガトリー・オープナーと孤影のカーマインの二丁拳銃で鼎は走った。漆黒の魔弾を撃ち込むが、思った通り、優雅な腕のひと振りで弾かれてしまう。
 あれほどの超重武器でありながら、バルバトスはまるで己の腕の延長であるかのようにやすやすとガンランスを操っていた。
 常に移動することで避けようとしていた鼎。しかしバルバトスは彼の動きの先を読み、ぴたりと砲口を合わせるや爆音とともに砲弾を発射する。
 かろうじて鼎の避けた先、背後の家屋が一瞬で吹き飛んだ。
 爆風で飛来した礫を銃舞でかわし、あるいは銃弾で砕く。
「ほらほら〜、こっちがお留守になっちゃってるわよ〜?」
 足を止めた鼎に、再び砲弾が撃ち込まれた。
 屋根を走る鼎を追いたてるように、次々と撃ち込まれる砲弾。しかし鼎とて、いつまでも逃げる気は毛頭なかった。
 強力な破壊力を誇るガンランスにも弱点はある。
 対人とすれば巨大な武器ではあるが、砲としては小型だ。チャンバーに送り込める砲数は少なく、装填数も限られる。
 鼎は砲撃数を数えていた。3つ。そこでバルバトスはリロードしている。
(3……2……1)
 リロードされ、排莢口が空薬莢を排出する。その数秒をついて、鼎は横の動きから縦の動きに変えた。
「中距離砲など、いくら威力があろうと接近戦には向かないんですよ」
 紅の魔眼発動。銃舞の動きで懐へ飛び込み、ヘルファイアを零距離から叩きつけようとする。

  ――くす。

「ほんと、かわいいコねぇ〜」
 バルバトスはヘルファイアが完全に発動する前に、鼎のこぶしを握りつぶした。
「……ぁあ……ッ」
「こーんなのろい動きで、私をどうにかできると考えるなんて〜。お・ば・か・さん♪」
 ぶすぶすと赤黒い炎がくすぶるこぶしを掴んだまま、鼎を地面にたたきつける。仰向けになった胸を、バルバトスはハイヒールで踏みつけた。
 勝負はついた。
 バルバトスの手が引き抜かれると同時にカチカチカチと音をたて、ガンランスは再び折りたたまれてハルバード形態に戻る。
(……くそッ。あのばか悪魔が拒否らなかったらこんなことには……!)
 ゆっくりと加重してくるバルバトスの足を、どうにか押しやろうとしながら鼎は頭の中に浮かんだパートナーの悪魔ディング・セストスラビク(でぃんぐ・せすとすらびく)に毒突いた。
 バルバトスにしてやられたことに腹をたて、戦うことを決意した鼎は、まず最初にディングを召喚したのだ。昼間、バルバトスは「抜くこと自体はだれでもできる」と言った。つまりはディングにもできるということ。それに「魂を抜かれた人間は何が起ころうとも死ねない」という事実と組み合わせれば、不死身の戦士ができあがる――鼎はそう考えついたのだった。


「はぁ……まぁ、そうですね」
 話を聞いたディングは、妙に歯切れの悪い言い方だったものの、鼎の説を認めた。
「でも、いやですよ。そんなことしません」
「は?」
「鼎さん、あなた忘れてるでしょう? 悪魔と契約するってことはすなわち魂を将来的に譲渡する意味も含まれてるんですよ。つまりあなたの魂はすでに契約の内なんです」
 でなかったらなんで悪魔が人間と契約すると思ってるんですか。魂がほしいからに決まってるじゃないですか。ばかじゃないですか、あなた。
「二重契約になるようなことは拒否させていただきます」
 あーあー。なんでよりによってこんな場所に私を召喚したりするんですかねー。すすけちゃうじゃないですか。
「じ、じゃあ将来と言わず、今魂を取ればいいでしょう!」
 いらいらと髪を掻き上げ、訴える鼎を振り返り、ディングは先まで以上に冷たい目で彼を見た。
「それでもいやです。バルバトス様に逆らったことが知れたら、私までお仕置きされるんですからね。止めはしませんよ、やりたかったらやればいいでしょう。ただし、1人でやってください」
 あ。捕まっても、私が知っていたことは内緒にしていてくださいね。もし訊かれても、私は知らなかったを貫き通しますからねっ。


「……不死身の肉体だったら、こんなことは……」
 ミシミシと不吉な音をたて始めた肋骨に、鼎はつぶやく。それを聞きつけたバルバトスは、ぴたっと足の動きを止めた。
「なぁに〜? 不死身だったら私に勝てると思ったの〜?」
 くすくす。くすくす。
「やん。もうおばかさんすぎて、ほんとに愉快になっちゃったわぁ。これもアレかしら〜? ほら、ばかなコほどかわいいってヤツ〜。
 仕方のないコ。しょうがないからかなえてあげる」
 かぶさるように体が押しつけられたと思った次の瞬間、指が、ずぶりと鼎の胸に沈んだ。
「……く……あっ……」
 指に貫かれた痛みは、ほんの一瞬で消えた。血は一滴も出ていない。なのに自分の内側で虫のようにうねうねと這い回る異物感が感じられることに、体中の毛がそそけ立つ。
 何よりも、下腹部の辺りからじわじわと波のように押し寄せてくる感覚が――それを気持ちいいと感じることが、おぞましかった。
 今まで一度たりと感じたことのない、頭の中がドロドロの黄金に溶かされるような、熱い快感。
「ホラ、おーわりっ」
 引き抜いた魂を壺に入れる。そしてぐったりとなった鼎の喉を掴み、吊り上げた。そのまま、すぐ近くにあった家屋の残骸、白壁に押しつける。
「さあ不死身の肉体とやらになったわよ〜? ご感想はどう〜?
 ほらね。苦しいでしょ〜。死なない体だからって、痛みも苦しみも感じないわけじゃないのよぉ。むしろそれはね、呪いになるの。永久に続く、終わりのない苦しみ。……ふふっ」
 バルバトスの浮かべた冷笑を見た瞬間、快楽にしびれていた鼎の頭ははっきりと冷めた。そんな彼に見せつけるように、バルバトスは吹き飛んだ家屋から突き出していた木材を取り、持ち上げる。
「さあ覚悟はいい? 不死身サン。今から発狂するぐらいの痛みを教えてあげる♪ 前にこれをした人間はね、5本しかもたなかったのよ。死んだ方がマシだって、私の慈悲を乞いながら狂っていったわ。あなたは何本まで耐えられるかしら〜?」
 先端が尖ってもいないそれを、じわじわと心臓に押し込んで串刺しにしようとした、そのとき。
 レーザー光が走り、木材が砕けた。